エヴゲーニイ - みる会図書館


検索対象: 白痴(下)
91件見つかりました。

1. 白痴(下)

痴 ヴゲーニイ・ ーヴロヴィチは公爵に、この友人を紹介したいといって、そのゆるしを求めた。 公爵はこの人たちが自分に何を求めているのか、ほとんどわからない様子であった。しかし、と ーヴロヴィ にかく紹介がすんで、二人は会釈を交わし、その手を握りあった。エヴゲーニイ・ チの友人は何か質間をしたが、公爵はそれにたいしてどうやらまったく答えなかったようだ。あ るいは答えたのかもしれないが、何やらロの中でぶつぶつつぶやいたばかりであった。その様子 があまりにも奇妙だったので、その士官は長いことじっと相手の顔を見つめていたほどである。 ーヴロヴィチのほうへ視線を転じたが、なんのためにエヴゲーニイ・ やがて彼はエヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチがこんな紹介を思いついたかを察して、かすかな薄笑いをもらし、またアグラー ヤのほうをむいてしまった。そのときアグラーヤがさっと顔を赤らめたのに気がついたのは、エ ヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチひとりだけであった。 公爵はほかの人たちがアグラーヤと話したり、機嫌をとったりしているのにも、気づかないふ 白うであった。ときには、彼女のそばにすわっていることさえ忘れがちであった。彼は、どうかす ると、どこかへ行ってしまいたい、ここからまったく姿を消してしまいたいと思うことがあった。 ただたったひとりで物思いにふけるために、また自分がどこにいるのやら、誰ひとり知らないよ うに、陰気で寂しい場所が、自分には好もしいようにさえ思われるのだった。それもできぬとあ れば、せめて自分の家のテラスにでもすわっていたいと思うのだった。ただそこには誰もいては まくら いけない、レーベジェフもその子供たちも。自分の長椅子に身を横たえ、枕に顔を埋め、そのま まの格好で昼も夜もまたつぎの日も、じっと横になっていたかった。ときどき山の姿がちらと頭 に浮んだ。もっとも山といっても、彼にとって馴染みのふかいある一つの場所だった。それは、

2. 白痴(下)

彼、エヴゲーニイ・。ハ 1 ヴロヴィチも、やはり外国旅行へ出かけるかもしれない。以公爵まで が、事情さえゆるせば、アデライーダといっしょに二月ばかりの予定で、出かけるかもしれない 当の将軍はこちらに居残ることになっている。今度みんなが引きうつっていったのは自分たちの 領地のコル ミノ村で、ペテルプルグから二十キロばかり離れたところで、そこには広々した地主 邸があるという。べロコンスカヤ夫人はまだモスクワへ帰らないが、どうやらわざとこちらに踏 と、つしても みとどまっているように思われる。リザヴータ夫人はあんな出来事があった以上、。 ーヴロフスクに居残るのは不可能だと強く主張した。それは彼エヴゲーニイ・ ーウロヴィチ 痴が、毎日町の噂を夫人に伝えたからである。エラ 1 ギン島の別荘にも、やはり住むわけには、 ないとい一つことになった。 「いや、それに実際のところーエヴゲーニイ・ ーヴロヴィチはつけくわえた。「まあ、考えて もごらんなさい、とても辛抱できるものですか : : : それに、ここで、あなたのお宅でほとんど一 白時間ごとにおこることがすっかり筒抜けになるうえに、公爵、いくら断わっても、あなたが毎日 のようにあそこを訪問なさることがわかっているんですからねえ : 「ええ、ええ、ええ、おっしやるとおりです。私はアグラーヤ・イワーノヴナにお会いしたく て」彼はふたたび首を振った。 「ああ、公爵」ふいにエヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチは、興奮と憂愁を声にこめて叫んだ。「な ぜあなたはあのとき : : : あんな出来事をみすみすそのままにしてしまったのです ? もちろん、 もちろん、あんなことはあなたにとって、じつに意外なことでしたでしようね : : : ぼくも、あな たが度を失われたのは、当然だと思いますよ。それに、あの気の狂った娘さんを引きとめること 486

3. 白痴(下)

です、エヴゲーニイ・。ハ ーヴルイチ。あっ、また頭が痛みだしました。さあ、あの女のところへ 行きましよう ! 後生です、ねえ後生ですから ! 」 「だから、あの女は。ハーヴロフスクにいないって言ってるじゃありませんか、あの女はコル、、 村にいるんです」 「じゃ、そのコルミノ村へ行きましよう、さあ、いますぐに ! 」 ーヴロヴィチは立ちあがりながら、言葉尻 「そんなことはで 1 きーませんよーエヴゲーニイ・パ を引いて言った。 編「それじゃ、私は手紙を書きますから、それを届けてくださいー 「だめです、公爵、だめですよ ! そんなお使いはご免をこうむります、とてもできませんー 四 二人は別れた。エヴゲーニイ・ ーヴロヴィチは奇妙な確信をいだいて立ちさったのである。 彼の考えによると、公爵は少々気が変になっているのであった。あの男があんなにも恐れながら、 第しかもあんなにも愛しているというあの顔は、、 しったいどんな意味をもっているんだろう ! や、それにしても、あの男はアグラーヤがいなかったら、ほんとに死んでしまうかもしれないの だ。そうすると、ひょっとしたら、アグラーヤは、あの男がそれほどまでに自分を愛しているこ ま、まー いや、それにしても二人を同 とを、一生知らずにすごしてしまうのかもしれないー 時に愛するなんてことができるのだろうか ? 何か別々の二つの愛情でかな ? ほう、こりゃな かなかおもしろいぞ : : : かわいそうなお白痴さん ! それにしてもあの男はこれからどうなるん 497

4. 白痴(下)

い顔をして、さかんに眼配せしながら笑っていた。それはフェルディシチェンコだとわかったが、 いったいどこからあらわれてきたのであろう。 「フェルディシチェンコを覚えておいでですか ? 」その男はたずねた。 「いったいどこからいらしたんです ? 」公爵は叫んだ。 「この男は後悔しているんですよ」駆けよってきたケルレルがどなった。「この男は隠れていた すみ んですよ。あなたの前へ出るのはいやだと言って、そこの隅っこに隠れていたんです。公爵、こ の男は後悔していますよ。自分で自分が悪かったと思っているんですー 編「いったい何が悪かったんです、何が ? 」 「じつはこの男にばったり出会ったんですよ、公爵、それでさきほどここへ連れてきたんです。 この男は友だちのなかでも珍しいやつでしてね。とにかく、後悔してるんですから」 「それはどうも。みなさん、さあ、どうぞあちらへ行って、ほかの人たちといっしょにすわって ーヴロ 第ください、私はいますぐまいります」ようやくけりをつけると、公爵はエヴゲーニイ・。ハ ヴィチのほうへ急いだ。 ーヴロヴィチは言った。「あなたをお待ちして 「あなたのお宅は愉快ですねーエヴゲーニイ・パ いた三十分ばかりのあいだ、ぼくは大いに愉快でした。ところで、レフ・ニコラエヴィチ、クル ムイシェフのほうは万事うまく話をつけましたよ。それで、ご安心させるために、ちょっと寄っ てみたのです。もう何もご心配にはおよびません。あの男はじつに、じつに冷静に事件を受けと ってくれましたから。それに、なにしろ、ぼくの考えでは、むしろあの男のほうが悪いんですか らねえ」

5. 白痴(下)

「とうとう泣きだしてしまったじゃないか」フ = ルディシチンコが言い添えた。 しかし、イボリートは決して泣いてなんかいなかった。彼は席を離れようとしたが、まわりを 取りまいていた四人の者が、いきなりいっせいにその手をつかんだ。と、どっと笑い声がおこっ た。 「自分の手をおさえつけてもらうためにやったのさ。そのために手帳を読んだってわけさ」ロゴ 1 ジンが言った。「じゃ、失敬、公爵 ! とんだ長居をしちまったな、骨が痛くなったよ 「たとえきみがほんとに自殺するつもりだったにしてもですね、チ = レンチ , フ君 , エヴゲーニ ーヴロヴィチは笑いだした。「あんなお世辞を言われたからには、ぼくだったらみんなを じらすために、わざと自殺なんかしませんがね」 「あの連中ときたら、ぼくの自殺するところを、見たくてたまらないんだ ! 」イ【小リートは彼に むかって叫びたてた。 白 彼はまるでとびかからんばかりの勢いで言った。 「それが見られないもんだから、あの連中はくやしくてたまらないんですよ」 「じゃ、あなたも見られないと思ってるんですね ? 」 「ぼくは何もきみをけしかけちゃいませんよ。いや、それどころか、きみが自殺される公算が大 きいと心配しています。でも、肝心なことは、腹をたてないことですよ : : : 」エヴゲーニイ・ じり 1 ヴロヴィチはいかにも相手をかばうような口調で、一一一一口葉尻を長く引きながら言った。 「この連中に手帳を読んで聞かせたのは、大失敗だったってことが、いまようやくわかりました よ」イボリートは、まるで親友から忠告でも求めるように、思いがけない信頼の色を浮べてエヴ 178

6. 白痴(下)

公爵はいかにも真っ蒼といってもいい面持で、円テープルの前にすわっていた。そして、どう やら彼は並々ならぬ恐怖と、それと同時に、ときどき自分にさえわけのわからぬ、胸のつまるよ ひとみ うな歓喜の情にひたっているようであった。ああ、彼は自分にとって馴染みぶかい二つの黒い瞳 が、じっと瞬きもせずに自分のほうを見つめている部屋の一隅に視線をやるのを、どんなに恐れ たことだろう。が、それと同時に、彼女からあのような手紙をもらったにもかかわらす、ふたた びこうして人びとのあいだにすわって、聞きなれた彼女の声を耳にすることができたという幸福 感にどんなに胸をしびれさせたことだろう。《ああ、あのひとはいまにも何か言いだすにちがい せぎ 編ない ! 》と思いながら、彼自身はひとことも発しないで、一心に《堰を切って落したような》工 ヴゲーニイ・ハ ーヴロヴィチがこの ーヴロヴィチのおしゃべりを聞いていた。エヴゲーニイ・。ハ 三晩のように興奮して、満足な心もちになることは珍しかった。公爵はその話をすっと聞いていた が、長いことひとこともわからなかった。まだペテルプルグから戻ってこないイワン・フヨード シチャー 第ロヴィチのほかは、全員そろっていた。坦公爵もやはりその場に居あわせた。みんなはもうす こしたったら、お茶の支度ができるまで、音楽を聞きにいくことになっているらしかった。いま の会話は、どうやら公爵がやってくるちょっと前にはじまったものらしかった。まもなく、突然 どこからかコーリヤがあらわれて、テラスへはいってきた。《してみると、相変らすこの家へ出 入りをゆるされているんだな》と公爵は心の中で考えた。 ぜいたく 工パンチン家の別荘は、スイスの山小屋の趣を取りいれて、まわりを花と青葉で飾った贅沢な ものであった。あまり大きくはないが、みごとな花園が四方から建物を取りかこんでいた。みん なは公爵の家でと同じように、テラスに腰をかけていた。ただそのテラスがいくぶん広くて、も

7. 白痴(下)

ちあがって、エヴゲーニイ・ 1 ヴロヴィチと視線を合わせたとき、彼は二人のあいだで約束さ れた話合いを思いだして、愛想よくにつこり笑った。エヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチはうなずい てみせると、ふいにイボリ ートを指さした。ちょうどそのとき彼はじっとその顔を見つめていた のであった。イボリートは長椅子の上に身を横たえて、眠っていたのである。 「ねえ、いったいなんだってこの小僧っ子は、お宅へ押しかけてきたんです、公爵 ? 」彼はいき ふんぬぞうお なり公爵がびつくりするほどの憤怒と憎悪をあらわに見せながら、切りだした。「誓って言いま たくら すが、この小僧っ子は何か善からぬことを腹の中で企んでいますよ ! 」 編「私は気がついたんですが」公爵は言った。「いや、少なくともそんなふうに見えるんですが、 きようあなたはこの子にとても関心をもっていらっしやるようですね、エヴゲ 1 ニイ・パ ーヴル 一一一イチ。ねえ、そうでしよう ? 」 「それに、こうつけくわえたらいいでしようよ、いまの状態じゃ、当の本人がいろいろと考えな 第くちゃならないことがあるくせに、ってね。実際、自分でもびつくりしてるぐらいですよ、今夜 つら は一晩じゅう、このいやらしい面から、眼を放すことができないんですからねえ ! 」 「この子の顔は美しいじゃありませんか : : : 」 「まあ、ちょっと、見てくださいよ ! 」エヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチは公爵の手をひつばりな がら、叫んだ。「ほらー 公爵はびつくりして、改めてエヴゲーニイ・。ハ 1 ヴロヴィチの顔をながめた。 111

8. 白痴(下)

痴 公爵はふいにエヴゲーニイ・ ーヴロヴィチに近寄っていった。 「エヴゲーニイ・ ーヴルイチ」彼は相手の手をつかんで、妙に興奮した面持で言った。「どう ぞ信じてください、私はたとえどんなことがあろうとも、あなたを最も高潔で、最も善良なかた だと思っているのですから。どうぞこのことだけは信じてください : エヴゲーニイ・ ーヴロヴィチはおどろきのあまり思わず一歩うしろへさがったほどであった。 一瞬、彼はこみあげてくる笑いの発作をかろうじてこらえたのであった。しかし、よく見つめて いるうちに、彼は公爵がわれを忘れているような、いや少なくとも何か特別な心理状態になって いることに、気づいた。 白「賭をしてもいいですが」彼は叫んだ。「公爵、あなたの言おうとしていられたのはまるつきり 別のことでしよう。しかも、たぶんわたしにではなく、ほかの人におっしやりたかったんでしょ う : : : それにしても、どうなさったんです ? ご気分でも悪いんじゃありませんか ? 」 「そうかもしれません、大いにそうかもしれません。それに、ひょっとすると、私が近寄りたか ったのはあなたではないだろうなんて、よくお気づきになりましたねえ ! 」 こつけい そう言って、彼はなんとなく奇妙な、滑稽にさえ感じられる微笑を浮べたが、急にかっとなっ て叫んだ。 この三日間、私は恥ず 「あの三日前の私の振舞いを、どうかもう思いださせないでくださいー かけ

9. 白痴(下)

ーヴロヴィチはもうずっと前から一種特別の冷笑的な態度で公爵にたいしていたのに、 いまこの答えを聞くや、急におそろしくまじめな顔つきになって彼をながめた。どうやらこんな 答えを彼から聞くのは、まったく思いがけないという様子であった。 ーヴロヴィチは一 = ロった。 「そうですか : : : でも、なんだかおかしいですね」エヴゲーニイ・ 「ほんとうに、公爵、あなたはまじめにお答えになったんですか ? 」 「それじゃ、あなたはまじめにおたずねになったんじゃないんですか ? 」こちらはびつくりして ききかえした。 編みんなはどっと笑いだした。 1 ヴルイチはいつもみんなを 「そのとおりですわ . アデライーダが言った。「エヴゲーニイ・ 三おからかいになるんですもの ! あなたはご存じないでしようけれど、このかたはときどきとん でもないことを、まじめくさってお話しになるんですからー 第「なんだかむずかしいお話のようですわね、もうきれいさつはりやめてしまったらどうでしょ う」アレクサンドラが鋭く言った。「散歩にいこうとしていたんですのに : ーヴロヴィチは叫んだ。 「ええ、まいりましよう、すばらしい晩ですからね ! 」エヴゲーニイ・。ハ 「しかし、今度こそ、わたしがまじめに言ったのだということをみなさんに証明するために 誰よりもまず公爵に証明するために ( ねえ、公爵、あなたはとてもわたしの興味をひきましたよ。 それに、誓って申しあげますが、わたしは絶対に見かけほどからっぽな人間じゃありません、も っとも、ほんとのところは、からっぽな人間ですがね ! ) 、みなさん、もしよろしかったら、わ たし自身の好奇心を満足させるために、ひとっ公爵に最後の質問をしたいと思います。これでお

10. 白痴(下)

白 しかしながら、公爵はその結婚式の当日まで、エヴゲーニイ・パ ーヴロヴィチに予言したよう に、《寝ているあいだ》にも、さめているときにも死ななかった。ひょっとすると、彼はよく眠 れないで、悪い夢ばかり見ていたのかもしれないが、昼間、人といっしょにいるときは、なかな か親切で、満足しているようにさえ見えた。ただときおり、ひどく沈みこむこともあったが、そ 痴れはひとりきりでいたときに限っていた。結婚式は急がれて、エヴゲーニイ・ ーヴロヴィチが 来訪してから約一週間後ということになった。こう急がれては、公爵の最も親しい友だちでさえ も かりにそうした人たちがいるとしてもーー・・・この不幸な気ちがいじみた男を《救おう》とい う努力に幻滅を感じたにちがいない。エヴゲーニイ・。ハ ーヴロヴィチの来訪には、イワン・フョ うわさ 1 ドロヴィチ将軍とリザヴ = ータ夫人がいくぶん責任を負っているという噂もあった。しかし、 たとえ彼ら二人が、その量り知れぬやさしい心もちから、このあわれな気ちがいを破滅から救い だそうと望んだにしろ、このおぼっかない試みだけにとどめておかなければならなかったにちが いない。将軍夫妻の立場もその好意すらも ( それは当然のことながら ) 、これ以上真剣な努力を ゆるさなかったからである。公爵を取りまいていた人びとすらも、いくぶん彼に反抗的な態度を とったことは前に述べたとおりである。もっともヴ = ーラ・レーベジ = ワは人のいないところで 涙を流すとか、あるいはまたおもに自分の家に引きこもって、公爵のところへ前よりあまり顔を 出さないとか、せいぜいそれくらいなことであった。コーリヤはそのころ父親を葬っていた。老 498