顔 - みる会図書館


検索対象: 白痴(下)
547件見つかりました。

1. 白痴(下)

おやじ がおこったのか、さつはりわからんが、相変らずなんてものじゃないさ ! 親父は気ちがいみた いになってくるし、おふくろときたら、わめきちらすし : : いや、まったくだよ、ワーリヤ。お まえはなんと思うか知らないが、おれは親父を追いだしてしまうか、でなけりや : : : おれがここ を出ていくことにするよー彼は他人の家から誰を追いだすこともできないのにどうやら気がつい たらしく、こうつけくわえた。 「すこし大目に見てあげなくちゃいけませんわーワーリヤがつぶやいた。 「何を大目に見てやるんだ ? 誰を ? 」ガーニヤはいきりたった。「あの親父の卑劣な振舞いを 痴かい ? とんでもない、おまえはどう思うか知らないが、そんなことはできないさ ! だめだ、 だめだ、だめだとも ! ほんとになんていうざまだ、自分が悪いくせに、よけい威張りかえって かぎね いるんだから。《門からはいるのがいやだから、垣根をこわせ ! 》と言わんばかりじゃないかー ・ : おまえなんだってそんなすわり方をしているんだい ? 見られた顔じゃないぜー ふきげん 白「顔は顔だわーワーリヤは不機嫌そうに答えた。 ガーニヤはなおいっそう眼をこらして、妹の顔を見つめた。 「あすこへ行ったんだね ? ー彼はふいにたずねた。 「ええ」 「ちえつ、またどなってるじゃないか ! なんて恥っさらしなことだ。おまけに、よりによって こんなときにさ ! 」 「こんなときって、どんなときなの ? なにもそんな特別なときなんかありやしないじゃない の」

2. 白痴(下)

「いまこの家にはおれたち四人のほかには、誰もいないからな」彼は声をたてて言うと、妙な眼 つきで公爵の顔をちらっと見た。 すぐっぎの間で、これもごく地味な黒ずくめの服を着たナスターシャ・フィリ。ホヴナも待って いた。彼女は出迎えのために立ちあがったが、微笑も浮べず、公爵にさえ手をさしだそうともし なかった。 彼女のにらみつけるような落ちつきのない眼差しは、いらだたしそうにアグラーヤの上にそそ かたすみ がれた。二人の女性はすこし離れあって、アグラーヤは部屋の片隅のソフアに、ナスターシャ・フ 編ィリポヴナは窓のそばに席を占めた。公爵とロゴージンはすわらなかった。二人はすわれとも一言 われなかったのである。公爵はけげんそうに、また痛々しそうな眼つきで、ふたたびロゴージン 四を見やった。だが、相手はやはり相変らず例の薄笑いを浮べていた。沈黙はさらに数秒間つづいた。 何か無気味な感じが、ついにナスターシャ・フィリポヴナの顔をさっと走った。その眼差しは ぞうお しつよう 第執拗な断固たる決意にあふれ、ほとんど憎悪の色さえ浮べてきたが、瞬時も客の顔から離れよう おじけ としなかった。アグラーヤはいくらかどぎまぎしたらしかったが、怖気づいた様子はなかった。 部屋へ通ったときに、ちょっとその竸争相手の顔に視線を投げたばかりで、いまは何か物思いに でもふけっているように、じっと伏し目になってすわっていた。二度はかり彼女はなんというこ ともなく部屋の中を見まわしたが、まるでこんなところにいて身がけがれるのを恐れるかのよう に、嫌悪の色がその顔に浮んだ。彼女は機械的に自分の服をなおしたり、一度などは不安そうに ソフアの片隅へ身を移したほどであった。しかし、そうした動作も、自分ではほとんど意識して いないようであった。ところが、この無意識ということが、なおいっそう相手を侮辱するのだっ

3. 白痴(下)

は顔をゆがめ、唇をからからにかわかして、やっと胸の底から絞りだすようにしながら、ほとん ど前後を忘れて叫んだ。どうやら、彼女はこのような自分のから威張りを、露ほども信じてはい ないらしく、またそれと同時にせめて一秒間でもこの瞬間をのばし、自分を欺いていたいと望ん でいるようであった。その興奮ぶりがあまりにも激しいものだったので、そのまま死んでしまう のではないかと、思われるほどであった。少なくとも公爵にはそう感じられた。「ねえ、ごらん なさい、あの人はここにいますわ ! , ついに彼女は公爵を手でさし示しながら、アグラーヤにむ かって叫んだ。「もしこの人がいますぐあたしのそばへ寄ってきて、あたしの手を取らなかった 痴ら、そしてあんたを捨てなかったら、そのときはあんたは勝手にこの人をお取んなさい、譲って あげるわ、そんな人には用はないからね : : : 」 彼女もアグラーヤも、何か待ち受けるように立ちどまって、二人ともまるで気ちがいのように 公爵の顔をじっと見つめていた。だが、ひょっとすると、彼にはこのいどむような一一 = ロ葉がどんな 白力を持っているのか、よくわからなかったのかもしれない。いや、たしかにそうと断定してもい いくらいであった。彼はただ自分の眠の前に絶望的なもの狂おしい顔を見たばかりであった。そ れはかって彼がアグラーヤにロ走ったように、一目見ただけで《永遠に胸を突き刺された〉よう な気持になる顔であった。彼はもうそれ以上耐えることができなかった、哀願と非難の色を浮べ て、ナスターシャ・フィリ。ホヴナを指さしながら、アグラーヤにむかって言った。 「ああ、こんなことがありうるでしようか ! だって、この女は : : : じつに不幸な女しゃありま せんか ! 」 しかし、アグラーヤのものすごい視線に、射すくめられて、彼に言うことができたのは、ただ ひと

4. 白痴(下)

やみ 並木道の砂にきしむ静かな足音に、彼は思わず顔を上げた。闇にまぎれて顔のはっきり見えな いひとりの男が、・ヘンチのほうに近づき、彼と並んで腰をおろした。公爵はいきなりその男のほ うへびったりと体を寄せた。と、ロゴージンの蒼ざめた顔が見わけられた。 「どうせどこかこの辺をうろついているだろうと思ったよ。捜すのにあまり手間はかからなかっ たよ」ロゴージンはもぐもぐとつぶやいた。 二人はあの居酒屋の廊下で顔を合わせて以来はじめて出会ったのであった。思いがけないロゴ ージンの出現にびつくりした公爵は、しばらくのあいだ考えをまとめることができなかった。や 編がて、悩ましい感触が彼の心によみがえった。見たところ、ロゴージンは自分が公爵にどんな印 象を与えたか、よく承知しているふうだった。彼ははじめしかつめらしく、妙にわざとらしい、 三くだけた調子で話していたが、公爵は、相手の言葉がすこしもわざとらしくなく、またべつに取 りみだしているところさえないことに気づいた。もし彼の身ぶりや話しぶりに、何かぎごちない 第ところがあったとすれば、それはただ外見上のことだけであった。この男が内面的に変るはずも なかった。 「なぜきみは : : 私がこんなところにいるのを捜しだしたんだね ? 」公爵はただ口をきくために そうたずねた。 「ケルレルから聞いたのさ ( おれはあんたのところへ寄ったよ ) 。『公園へ出かけた』とね、ふん、 そんなことだろうと思ったさ」 「何が『そんなことだろう』なんです ? 」公爵は、相手が何気なく口をすべらせた言葉尻を気が 行かりそうにとらえた。 じり

5. 白痴(下)

364 : 私はいま、十三万五千ループル持っていますー公爵はさっと顔を赤らめてつぶやいた。 「私は : 「たったの ? ーアグラーヤは顔を赤らめることもなく、露骨におどろきの色を見せて、大声で言 った。「でも、まあ、なんとかなるわね。ことに経済的にやっていきさえすれば : : : お勤めでも なさるおつもり ? 「家庭教師の試験を受けようと思ったんですが : : : 」 「たいへんけっこうですわ。むろん、それは家計の助けになりますもの。侍従になる気はおあり ですの ? 」 痴「侍従ですって ? そんなことは考えてみたこともありませんが、しかし : : : 」 ところが、そこまでくると二人の姉はとうとう我慢しきれなくなって、ぶっと吹きだしてしま った。アデライーダはもうずっと前から、アグラーヤの顔に、こらえきれない激しい笑いを押し 殺しているような表情が浮んでいるのに気づいていた。アグラ 1 ヤは大声で笑っている二人の姉 白たちを、こわい顔をしてにらみつけていたが、自分でもほんの一秒も我慢できなくなり、おそろ しく気ちがいじみた、ほとんどヒステリックともいえる高笑いを爆発させてしまった。ついに彼 女は席をとびあがって、部屋から駟けだしてしまった。 「あたくしははじめから、こんなことにはあんな笑いよりほかになんにもないだろうと思ってた わ ! , アデライーダが叫んだ。 はりねずみ 「いちばんはじめから、あの針鼠のときからー いえ、こんなことはもうゆるしておけません、ゆるしておけませんとも ! ーふいにリザヴェ 1 タ夫人は怒りを爆発させて、急いで娘のあとを追って駆けだしていった。二人の姉もすぐにそ

6. 白痴(下)

そうな顔をしてすわっていた。姉たちはまじめくさった顔つきで、申しあわせたように、黙りこ んでいた。リザヴータ夫人はついに何から話していいかわからず、いきなりたいへんな剣幕で 鉄道の不備を罵倒しはじめ、いどむような断固たる態度で公爵の顔を見やった。 ああ、悲しいかな ! アグラーヤは姿を見せなかった。公爵はがつくりしてしまった。彼はす つかりどぎまぎしてしまって、ようやくまわらぬ舌で、鉄道の修理はきわめて有益なことだと意 見を述べかけたが、急にアデライーダが吹きだしてしまったので、公爵はまたもや面目をつぶし てしまった。ほかならぬその瞬間、アグラーヤが落ちつきはらってはいってきた。そして、しか 痴つめらしくうやうやしい会釈を公爵にしてから、円テ 1 プルのいちばん眼につく場所へ、得々と して腰をおろした。彼女はもの問いたげに公爵の顔をのぞいた。みんなは、ついにあらゆる疑惑 が解決されるときが訪れたことをさとったのである。 「あたくしの針鼠をお受けとりになりまして ? 」彼女はきつばりと、ほとんど腹だたしげな調子 白でたずねた。 「受けとりました , 公爵は顔を赤らめ、はらはらしながら、答えた。 「そのことについてどうお考えなのか、いますぐここで説明してくださいませんか。お母さまを はじめ家族みんなを安心させるためにぜひ必要なことですから」 「これ、アグラーヤ : : : 」将軍は急に心配しはじめた。 「そんなことは、そんなことは常軌を逸しています ! 」リザヴ = ータ夫人はふいに何やらぎよっ としたように叫んだ。 「常軌なんてものは、この場合、まったくありませんわ、ママ」娘はたちまちきびしい声で答え

7. 白痴(下)

こうしてついに彼女は公爵と別れて以来はじめて、顔と顔を突きあわせて彼の前に立ったので ある。彼女は何やら一一一一口葉を口にしたが、彼は黙ったまま彼女の顔を見つめていた。彼の胸はいっ ばいになって、痛みにうずきはじめた。ああ、彼はその後決して、この彼女とのめぐりあいを忘 れることができなかった。いや、思いだすたびに、いつも同じ心の痛みを感じたものであった。 彼女はまるで気でも狂ったように、いきなり彼の前に、その場の往来の上にひざまずいた。彼は びつくりして、思わず身をひいた。と、彼女は相手の手を取って、接吻しようとした。と、さき ほどの夢と同じように、いまも彼女の長いまっげの上には涙のしずくが光っていた。 痴「お立ちなさい、お立ちなさい ! 」彼は相手を抱きおこしながら、おびえたような小声でささや いた。「早くお立ちなさい ! 」 「あなたはお仕合せ ? お仕合せなの ? 」彼女はたずねた。「ねえ、たったひとことでいいから、 聞かせてくださいな、あなたはいまお仕合せ ? きようの、たったいま ? あのかたのところへ 白いらして ? あのかたはなんて言いまして ? 」 彼女は立ちあがらなかった、いや、相手の言うことを聞こうともしなかった。ただ急いで質問 を浴びせかけ、まるで追いかけられているみたいに、早ロでしやペろうとするのであった。 「あなたのお言いつけどおり、あしたここを発ちますわ。あたしはもう決して : : : あなたにお目 にかかれるのもこれが最後ですわ、最後なんですわ ! 今度こそは、もうほんとうに最後ですわ 「さあ、気をしずめて、お立ちなさい ! 」公爵は無我夢中で言った。 彼女は相手の両手をつかんで、むさぼるように彼の顔を見つめていた。 258

8. 白痴(下)

これだけであった。その眼差しにはじつに多くの苦痛の色と、それと同時に無限の憎悪の色があ ふれていたので、彼は思わず両手を拍って、叫び声をあげながら、彼女のほうへ飛んでいった。 しゅんじゅん だが、もう手遅れだった。彼女にはたとえ一瞬間でも、彼の逡巡が耐えられなかった。両手で顔 をおおいながら、『ああ、どうしよう』と叫ぶや、いきなり部屋からとびだしてしまった。彼女 とびら のあとを追って、ロゴージンが往来へ出る扉のかんぬきをはずすために駆けだしていった。 公爵も駆けだしたが、敷居のところで誰かの両手に抱きすくめられてしまった。ナスターシャ・ フィリポヴナの打ちひしがれてゆがんだ顔が、じっと彼の顔を見つめていた。そして、紫色にな 編った唇が動いて、たずねた。 「あの娘をとるの ? あの娘をとるの ? 」 四彼女は意識を失って、彼の手の中に倒れた。彼は相手を抱きおこして、部屋の中へ運び入れ、 肘掛椅子の上へ寝かしつけ、淡い期待をいだきながら、その上に身をかがめて立っていた。ト 第なテープルの上には、水のはいったコップが置いてあった。やがて引きかえしてきたロゴージン はそれを取って、彼女の顔の上にさっとふりかけた。彼女は眼をあけたが、一分間ばかりは何も わからなかった。が、ふいにあたりを見まわすと、ぎくりと身を震わせて、叫び声をあげて公爵 に身を投げだした。 「あたしのものよ ! あたしのものよ」彼女は叫んだ。「あのお高くとまったお嬢さんは行って しまったの ? は、は、は ! 」彼女はヒステリックに笑い声をたてた。「は、は、は ! もうす こしのところでこの人をあのお嬢さんに渡すところだったわ ! でも、なんだって ? なんのた めに ? ふん、気ちがいだよ ! 気ちがいだよー : さっさと出ておゆき、ロゴージン、は、は、 475

9. 白痴(下)

こしも眠らないで、その間ずっと彼を相手にスリコフの話をしていたそうである。ときおりぼく はひどくやるせないもの狂おしい気持にかられたので、コーリヤはとても心配しながら帰ってい かぎ った。ぼくがそのあと、自分でドアに鍵をかけようとして立ちあがったとき、ふと一枚の絵が肭 裏に浮んだ。それはさきほどロゴージン家で見てきたもので、そのいちばん陰気くさい広間の扉 の上にかかっていたものである。通りがかりに、彼がみずから指さしてくれたのであった。ぼく は五分間ばかり、その前にじっと立っていたような気がする。その絵は芸術的に見て、すこしも いいところはなかったが、しかし何かしら奇妙な不安を、ぼくの心の中に呼びさました。 痴その絵には、たったいま十字架からおろされたばかりのキリストの姿が描かれていた。画家が キリストを描く場合には、十字架にかけられているのも、十字架からおろされたのも、ふつうそ の顔に異常な美しさの翳を添えるのが一般的であるように思われる。画家たちはキリストが最も 恐ろしい苦痛を受けているときでも、その美しさをとどめておこうと努めている。ところが、ロ 白ゴージンの家にある絵には、そのような美しさなどこれっぽっちもないのだ。これは十字架にの むち ぼるまでにも、限りない苦しみをなめ、傷や拷問や番人の鞭を受け、十字架を負って歩き、十字 むち 架のもとに倒れたときには愚民どもの笞を耐えしのんだあげく、最後に六時間におよぶ ( 少なく とも、ぼくの計算ではそれくらいになる ) 十字架の苦しみに耐えた、一個の人間の赤裸々な死体 である。いや、たしかに、たったいま十字架からおろされたばかりの、まだ生きた温かみを多分 に保っている人間の顔である。まだどの部分も硬直していないから、その顔にはいまなお死者の 感じている苦痛の色が、浮んでいるようである ( この点は画家によって巧みに表現されている ) 。 そのかわり、その顔はすこしの容赦もなく描かれてある。そこにはただ自然があるばかりである。

10. 白痴(下)

第 しい様子で、彼にたいしてじつに愛想よく、心から親切な態度を示してくれている、しかも、二 人は見す知らすの他人で、いまはじめて顔を合わせたはかりなのだ、と思われたのである。いや、 ことによると、その慇懃さが何よりも強く、公爵の鋭い感受性に作用したのかもしれなかった。 またあるいは、彼がはじめから、あまりに買いかぶって、幸福な印象を受けいれるような気分に なりきっていたためかもしれなかった。 しかし、これらの人びとはみんなーー・むろんおたがい同士《この家の友だち〉ではあったが しかし、公爵がこれらの人びとに紹介されて近づきになったとたん公爵が思ったほどには、 編この家にとってもおたがい同士でも、友だちと言えるほどのものではなかった。そこには、エ。 ンチン家の人びとを、どんなことがあっても対等に考えてない人びともいた。いや、それどころ 四か、たがいに激しく憎みあっている人たちさえいたのである。べロコンスカヤのおばあさんはこ けいべっ れまでの生涯ずっと《老いぼれ高官〉の夫人を〈軽蔑〉していたし、その夫人はこれまたリザヴ ータ夫人が大きらいだったのである。彼女の夫であるこの〈高官》はどうしたわけか、エバンチ ひごしゃ ぎゅうじ ン夫婦の若い時分からの庇護者であり、その晩も一座を牛耳っていたが、イワン・フヨードロヴ けいけん イチの眼から見ると、じつに偉大な人物で、彼はこの人の前へ出ると、敬虔と恐怖の念よりほか、 何も感じないほどであった。したがって、彼がたとえほんの一分間でも、この相手をオリンピャ のジ = ピターと崇拝しないで、自分と対等の人間だなどと考えるようなことがあったら、彼はき っと心から自分を軽蔑したにちがいない。そこにはまた、もう何年も顔を合わせたことがないの けんお で、たがいに嫌悪の念でないまでも、無関心な気持よりほか、親しみは何も感じていないくせに、 まるでついきのうあたり、非常に打ちとけた気持のいい集まりで顔を合わせたばかりのような顔 いんぎん