長椅子 - みる会図書館


検索対象: 罪と罰 上巻
64件見つかりました。

1. 罪と罰 上巻

445 罪と罰上巻 彼の・方をうかがい続けている。 ふいに男は用心深く敷居をまたいで、うしろ手にそろっとドアを閉め、テープルへ近寄って、一 分ばかり待っていたーーーその間ずっとラスコーリニコフから目を放さなかったのでーー・ーそれから静 かに、音のしないように、長椅子の傍の椅子に腰をかけた。帽子をわきの床において、両手をステ ッキの上に重ね、その上へあごをのせた。見うけたところ、長く待っ用意らしい。ラスコーリニコ フがしばたたくまっ毛を通して見分け得た限りでは、この男はすでに若い方でなく、ほとんど真っ 白なくらい薄色の濃いひげをはやした、肉づきのいい男であった : 十分ばかりたった。まだ明るくはあったが、もうそろそろ暮れに近い。部屋の中は森閑と静まり 返っている。階段の方からも、物音一つ聞えてこなかった。ただ一匹の大きなはえが、勢いよく飛 んだはすみに、窓ガラスにぶつつかっては、。 ふんぶん鳴いているたけであった。とうとう、そうし ているのがたまらなくなってきた。ラスコーリニコフはいきなり身を起こし、長椅子の上へすわっ 「さあ、言ってください、 いったいあなたは何用なんです ? 」 「いや、わたしもあなたが眠っていらっしやるのしゃなく、たた寝たふりしていられるのを、ちゃ んと知っていましたよ」と見知らぬ男は落ち着き払って笑いながら、寄妙な調子で答えた。「自己紹 介をお許しください。わたしはアルカージイ・イヴァーヌイチ・スヴィドリガイロフですよ : : : 」

2. 罪と罰 上巻

こうして、彼はすいぶん長い間横になっていた。時おりふっと目がさめるらしく、もうとっくに 深夜が訪れているのに気づくこともあったが、起きようなそという考えは頭に浮かばなかった。と うとう彼は、もう昼間の明りになっているのに気がついた。先ほどからの忘却状態で、硬直したよ 学を力しュ、・ うになったまま、長椅子の上で仰向けに寝ていた。通りの方からは恐ろしい、やけ半分みたいな叫 喚が鋭く彼の耳にまで伝わってきた。もっとも、それは毎晩二時過ぎに、窓の下あたりでよく聞い たものである。つまり、この音が今も彼の目をさましたのである。『ああ、もう酔っぱらいどもが 酒場から出て来たな』と彼は心に思った。『二時過ぎだ』こう思うと彼はいきなり、まるで誰かに もう二時過ぎた ! 』彼は長 もぎ離されでもしたように、長椅子からがばとはね起きた。『やっー・ と、その時初めていっさいを思い出した ! 突如として一瞬の間に、何も 巻椅子の上にすわった かも思い出したのであるー おかん 罰 最初の瞬間、彼は気が違うのたと思った。恐ろしい悪寒が全身を包んだ。もっともその悪寒は、 はっさ まだ寝ているうちから起こっていた熱のせいでもある。ところが、今はふいに激しい発作となって 襲ってきたので、歯は抜けておどり出さんばかりにがちがちと鳴り、体じゅうがわなわな震え始め がくぜん た。彼はドアをあけて耳を澄ました。家の中は何もかもしんと寝静まっている。彼は愕然として自 第二篇

3. 罪と罰 上巻

彼は翌日、不安な眠りの後に、遅くなってから目をさました。しかし、眠りも彼に力をつけなか った。彼はむしやくしやといら立たしい意地わるな気持で目をさますと、さも憎々しそうに自分の おり 小部屋を見回した。それは奥ゆき六歩ばかりのちつぼけな檻で、方々壁から離れてぶら下っている 埃まみれの黄色い壁紙のために、 いかにもみすぼらしく見えた。その低いことといったら、少し背 の高い人なら息がつまりそうな気がして、始終いまにも天井へ頭をぶつつけそうに思われるほどだ った。家具も部屋に相応していた。あまりきちんとしていない三脚の古椅子と、幾冊かのノートや 本をのせて片隅に置かれているべンキ塗りのテープル。すべてが埃まみれになっているのから見て も、もう長いこと人の手の触れないことがわかった。それから最後にもう一つ、ほとんど壁面全体 と部屋を半ば占領している粗末な大形の無格好な長椅子、かってはサラサばりだったのが、今はす つかり・ほろぼろになって、ラスコーリニコフのために寝台の役を勤めていた。彼はいつも服さえ脱 こしよくそうぜん がず、着のみ着のままでその上へ横になった。シーツもなしで、古色蒼然とした学生外套にくるま まくら まだぎ り、頭には小さい枕がたった一つ、その枕を高くするために、持っているだけの腮着を、きれいな のも着よごしたのも、残らずその下へ突っこんだ。長椅子の前には小さいテーブルが置いてある。 これ以上に身を落として引き垂れるのはいささか難儀なくらいだった。けれど、ラスコーリニコ フにとってはーーー彼の今の心持からいえば、それがかえって痛快に思われた。彼は亀が甲羅へ引っ はこり 見だ、つけ焼き刃の恐怖だ。そして、もういかなる障害もない。それは当然そうあるべきはずだー こうら

4. 罪と罰 上巻

字か切りながらつぶやいた。 「いったいどうなさったの、兄さん ? 」とドウーニヤは疑わしげに尋ねた。 「いや、なんでもない、ちよとした事を思い出したんた」と彼は答えて、急にからからと笑い出 した。 「いや、ちょっとしたことならけっこうです ! 実は僕ももしやと思ったくらいでした : : : 」と 長椅子から立ち上がりながら、ゾシーモフは言った。「ときに、わたしはもうおいとましなくちゃ なりません。また後ほどお寄りするかもしれません : : : もしお目にかかれたら : : : 」 彼は会釈をして、立ち去った。 「なんて立派な方だろう ! 」とプリへーリヤは言った。 当 5 にラスコーリニコフよ、 「ああ、立派な、よくできた、教育のある、りこうな男ですよ : それまでにない生き生きした調子で、何かしら思いがけないほど早口に言った。「病気になる前に どこで会ったろう、どうも一向に覚えがないが : : : どこかで会ったような気がする : : : それから、 ーミヒンを顎でしやくった。「お前、この人が気に入っ これもやはりいい男ですよ ! ーと彼はラズ ドウーニヤ ? と彼は妹に問いかけて、急になんと思ったか大声で笑い出した。 巻ー、刀し 上 「ええ、たいへん」とドウーニヤは答えた。 「ちょっ、きさまは : : くだらんことを一言う男だな ! 恐ろしくてれてまっかになったラズーミ と ヒンは、そう言いながら椅子から立ち上がった。 。フリへーリヤは軽くほほえんだ。ラスコーリニコフはからからと爆笑した。 「おい、君はどこへ行くんだ ? 」

5. 罪と罰 上巻

だがな。一杯やりたいんでね」 ながすね 「まあ、この長脛ったら ! 」とナスターシャはつぶやいて、命を果たすために出て行った。 ーミヒノ、よ ラスコーリニコフはけうとい緊張した目つきで、凝視を続けていた。その間に、ラズ 長椅子に席を移して、彼と並んで腰をおろし、当人は一人で起きることもできたのに、熊よろしく の無骨な格好で、左手に彼の頭をかかえ、右手にスープのさじを持ち、病人が口を焼かないように、 あらかじめ幾度も吹いてから、彼のロへ持っていってやった。けれど、スープはわすかに暖かいと いうだけであった。ラスコーリニコフはむさぼるように一さしのむと、つづいて二さじ、三さじと ーミヒンはふいに手を止めて、これ以上は 飲みほした。けれどもいくさしかロへ運んだのち、ラズ ゾシーモフに相談してからでなければと言った。 ナスターシャがビールを二本もってはいってきた。 「お茶はいらないかい ? 」 「ほしいよ」 「ナスターシャ、お茶も早く頼むぜ。お茶の方は、医科先生に相談しなくてもかまわんだろうか 、よ、よビールがきた ! ーと彼は自分の椅子に席を移して、スープと牛肉を手もとへ 巻らな。どが、しし 上 引寄せると、まるで三日も食わなかったような勢いで、さもうまそうに食い始めた。 罰 「僕はね、君、ロージャ、このごろ毎日君んところで、こういう食事をしてるんたぜー牛肉をい ーシェンカ、 罪つばいつめこんだロの許す範囲内で、彼はむに・やむにやと言った。「これはみんな。 ( 君んとこのおかみが賄ってくれたんだよ。あの女、一生懸命に僕にちやほやしてくれるのさ。むろ ん、僕はかくべっ主張もしないが、拒絶もしないんだ。さあ、ナスターシャがお茶を持ってきた。

6. 罪と罰 上巻

あ ? この靴下や、房の切れつばしや、求ケットをどこへやったものたろう ? 』 彼はそれをすっかり両手へかき集めて、部屋のまんなかに突っ立っていた。『ストー、、フの中へ隠 ト , ーブの中はまっ先に捜すたろう。焼いてしまうか ? たが、何で焼くんた ? すかな ? しかし、ス そうだー マッチもないしゃないか。いや、それよりどこかへ行って、みんな捨てちまう方がいし 捨てちまう方がいい ! 』また長椅子に腰をおろしながら、彼は考えた。『すぐ、今すぐ、猶予なし : ・』けれどそうする代わりに、彼の頭はまたしても、枕の上へ傾いてしまった。またしても 堪え難い悪寒が体を水のようにしてしまった。彼はまた外套を引っかぶった。こうして長いこと幾 時間も幾時間も、絶えす一つの想念がちぎれちぎれに彼の夢を訪れた。『今すぐにも、猶予なしに どこかへ行って、何もかも捨ててしまおう、二度と人の目にはいらぬように、少しも早く、一刻も 早く ! 』彼は幾度も長椅子から身をもぎ放して、起き上ろうとしたけれど、すでにそれはできなか った。激しくドアをたたく音がやっと完全に彼の目をさました。 いつもぐうたらぐうたら寝てばかしいて 「あけなさいってばよ、生きてるの、死んでるの ? さ」拳でドアをたたきながら、ナスターシャがわめいた。「毎日毎日朝から晩まで、犬みたいに寝 、い加減にあけなさいってば ! 十時過ぎよ」 巻てばかしいるんた ! 全く犬たよー 上 「いねえのかもしんねえぜ」と男の声が言った。 罰 : なんの用たろう ? 』 『やっ、あれは庭番の声だ : と 彼はがばとはね起き、長椅子の上にすわった。心臓が痛いほど動悸を打ち始めた。 「たって、この鍵は誰がかけたの ? 」とナスターシャは言い返した。「まあ、鍵なんかかけるよ とうへんぼく うになってさ , ご当人が盗まれそうで心配なのかしら ! あけなさいよ、この唐変木、起きなさ

7. 罪と罰 上巻

子をかぶっていたが、手には昨日の通り。 ( ラソルを持っていた。部屋の中が思いがけなく人でい ? ばいなのを見て、彼女はまごっいたというよりも、すっかり度を失い、まるで小さい子供みたいに おどおどしながら、すぐ引っ返そうとするような素振りさえ見せた。 「ああ : : : あなたですかー ラスコーリニコフはなみなみならぬ驚きのさまでこう言ったが、 急に自分でもまごまごしてしまった。 彼はすぐその時、母や妹がルージンの手紙によって、『いかがわしき生業を営む娘』の存在を、多 ひぼう 少なりとも知っているはすだということを、ふと思い浮かべた。彼はたった今ルージンの誹謗を反 駁して、その娘は初めて見たばかりたと言ったのに、突然その当人がはいって来たのである。それ から彼はまた、『いかがわしき生業を営む女』ということばに対しては、少しも抗弁しなかったこと を思い出した。こうしたすべてのことカ ; 、はっきりとではなかったが、瞬間的に彼の頭にひらめい た。けれど、なおよく注意して見ると、娘が卑しめはすかしめられた哀れな存在である一、とに、急一 かわいそう に気がついた。それはまったく可哀想なほど小さくなっていじけていた。彼女が恐怖のあまり逃げ 出しそうな素振りを見せた時、・彼は自分の内部で何か引っくり返ったような気がした。 「あなたがいらっしやろうとは、思いもかけなかった」と、目で彼なを引き止めながら、ラスコ ーリニコフはせきこんで言った。「どうそおかけくたさい。きっとカチェリーナ・イヴァ 1 ノヴナ のお使いでしよう。どうそ、そこじゃない、こちらへお掛けください : ラスコーリニコフの三つしかない椅子の一つに腰をかけ、戸口のすぐ儚に座を占めていたラズ 1 ミヒンは、ソーニヤがはいって来ると一緒に、彼女に道を与えるために席を立った。初めラスコ リニコフは、ゾシーモフの掛けていた長椅子の一隅をすすめようとしたが、ふとそれではあまり慣 .

8. 罪と罰 上巻

「覚えてますよ、よく覚えてますよ。あなたのみえたことは」と老婆はやはり彼の顔から、例の 物問いたげな目を離さないで、はっきりと言った。 「そこでその : : : また同じような用でね : ラスコ 1 リニコフは老婆の疑り深さに驚き、いさ さかうろたえ気味でことばを続けた。 『しかし、この婆あはいつもこんな風なのに、俺はこの前気がっかなか 0 たのかもしれない』と 彼は不快な感じをいたきながら心に思った。 老婆は何か考え込んたように、ちょ「と黙 0 ていたが、やがて脇の方〈身をひくと、中〈通する ドアを指さして、客を通らせながらこう言った。 「まあおはいんなさい」 青年の通「て行「たあまり大きくない部屋は、黄色い壁紙をはりつめて、窓に鋼かのぜにあお いを載せ、紗のカーテンをかけてあ「たが、おりしもタ日を受けて、か「と明るく照らし出されて いた。『その時もきっとこんな風に、日がさしこむに違いない : 』どうしたわけか、思いがけ なくこういう考えがラス「ーリ = 「フの頭にひらめいた。彼はすばしこい視線を部屋の中にあるい 0 さいのものに走らせて、できるだけ家の様子を研究し、記憶しようと努めた。しかし部屋の中に 上は、何もとりたてていうほどのものはなかった。 罰家具類はひどく古びた黄色い木製品で、ぐ「と曲「たもたれのある大きな長椅子と、その前に置 罪かれた楕円形のテーブルと、窓と窓との間の壁に据えられた鏡つきの化粧台と、壁ぎわの椅子数脚 と、小鳥を持「ているドイツ娘を描いた黄色い額入りの安「ぼい絵ーーこれが全部であ「た。片隅 に冫灯明が一つ大きからぬ聖像の前で燃えている。全体が中々こざ「。はりとしてい、家具も、床も、

9. 罪と罰 上巻

: だって、もしソーニヤが養ってくれなかったら、それこ を ? 子供の泣き声もやはり恐ろしい : だから、ぶ そ : : : 今ごろはどうなっとるか見当もっかんのだからな ! 全く見当がっかんのだー ちょうちゃく たれることなんか恐れはせんよ : : : ね、君、わしにとってはそんな打ち打擲なんか、痛いどころか うれしいくらいだ、 : : だって、そうでもしなけりや、わし自身やりきれんのだからな。かえってそ の方がましだ。少しぶって腹の虫を収めるがいい : : その方がいし : : ああ、もう家た、コーゼル の持家だ。金持のドイツ人の家だ、錠前屋の : : : 案内を頼むよー 彼らは裏庭からはいって、四階へ上った。階段は先へ行けば行くほど、だんだん暗くなった。も う十一時近かった。。 へテルブルグではこの季節に本当の夜はないのだが、階段の上はことに暗かっ ろうそく 一番上の階段のはずれに 、小さなすすけたドアが明けっ放しになっていた。蝋燭の燃えさしが、 奥行十歩ばかりの貧しい部屋を照らしている。部屋は入り口から一目で見渡された。何から何まで 乱雑に取り散らされている中に、さまざまな子供のぼろぎれがことに目立った。奥の方の片隅に、 穴だらけのシーツが幕のように引かれていたが、そのかげに寝台が据えてあるらしかった。部屋の す 方にはただ二脚の椅子と、。ほろ。ほろに裂けた模造皮張りの長椅子と、その前になんのおおいもない 上台所用らしい白木の松の古いテー。フルが据えられているばかりだった。テープルの端には、鉄の燭 罰台にさした燃え残りの蝋燭が立っていた。それで見ると、マルメラードフはよその部屋の片隅でな 罪く、別室を借りて住まっているわけだが、しかしその部屋は通り道になっていた。アマリヤ・リッ とりか 11 ペヴェフゼルの住まいを細かく割っているいくつかの奥の小部屋、というより鳥籠へ通するドアは、 あけっ放しになっていた。そこはがやがやと駈々しくて、人のわめき声や高笑いが聞こえた。どう こ 0

10. 罪と罰 上巻

ごれた長椅子の上に横になったまま、やはりじっと彼を見回している当のラスコーリニコフに目を 移し、そのままひたと見つめていた。それから、座を立とうともせず、同じくうさん臭そうな人を ーミヒンの、ひげも剃ってなければ、髪もとか 食った態度で、まともに彼の目を見すえているラズ してない・ほうぼう姿を、ゆっくりじろじろながめ始めた。緊張した沈黙が一分ばかり続いたが、や がて当然予期された通り、場面に小さな変化が生した。あれやこれやの徴候によって、 ( もっとも、 それはかなりはっきりした徴候たったが ) 、くだんの紳士はこの『船室』の中では、誇張したいかめ しい態度をとったところで、なんの効果もないと気がついたのだろう、いくらか気色を柔らけて、 多少しかめつらしい調子がないでもなかったが、いんぎんにゾシーモフの方へ向いて、一言一言は つきり区切りながら問いかけた。 「大学生の、いや、もと大学生だったロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ氏は、こちら でしようか ? 」 ゾシーモフはやおら身を動かした。そして、おそらくその返事をしたはずだったろうに、まるで ーミヒンが、やにわに先を越してしまった。 Ⅲいかけられもしないラズ いったいあなた何用です ? 「そらあすこに、長椅子の上に寝ていますよー 巻 上 このなれなれしげな『あなた何用です ? 』が、気取り紳士の出鼻をくじいた。彼は危くラズー 罰 ヒンの方へふり向こうとしたが、どうやらうまく自制して、また大急ぎでゾシーモフの方へ向き直 「あれがラスコーリニコフです ! 」ゾシーモフは病人の方を顎でしやくって、ロの中でむしやむ しやと言った。そして、やたらに大きく口をあけてあくびをすると、やたらに長くそのまま口をあ