っしやって、ひどいお方」 董は女の美貌にぞっこんになっていたところだったので、そう言われてみるとますます分別 を失って、かえって自分のほうが間違っていたのだと思う一方、それにしてもこの女がどうし てここにと首をかしげもした。しかし、 「お隣に髪の赤い娘かいたのを覚えていらっしゃいませんか。引っ越してもう十年になります。 あのころわたしはまだお河童頭をしていましたし、あなたもそうでしたわね」 と言われて、はっと覚った。 「すると、あなたは周家の阿瑣さんでー 「そうですわ」 「そう一一一口えばそうでしたね。十年お会いしないあいだに随分おきれいになりましたね。しかし、 いまさらど、つしてここに」 男 人「わたしはろくでもない男に嫁いで四、五年になりましたが、舅姑があいついで亡くなり、そ とのうえ夫にも先立たれて帰る家もなくなってしまったのです。思えば子供のときからの知り合 女 いといえばあなたきりしかいません。それで頼ってこちらまでまいったところ日が暮れ、そこ へお迎えの人がみえたので、中にはいってお待ちすることにしたのですが、そのうち手足が冷 えてきてどうにも我漫できなくなったので、お布団をお借りして温まっていたのです。ご免な 143
332 しかし、貴顕の家からの縁談があっても、決して承知しない。不審に思って訳を尋ねてみると、 かくかくしかじかと前生の約東をつぶさに話したので、指を繰ってみて、 「馬鹿な娘だね。その張さまとやらは今年でもう五十になろうというお人じゃないか。この世 のことは分からないもの、もうとうにお亡くなりになっているかも知れないよ。かりに生きて おいでだとしても、髪も歯もないご老人でしようよ」 と大笑いしたが、娘は頑として聞こうとしなかった。母親は娘の気持ちが変わらないのを見 て盧公と相談のうえ、門番に命じて来客があっても一切取り次がせないことにした。期限をや り過ごし娘の未練を絶たせようとしたのであった。 ほどなく張が訪ねてきたが、門番ににべもなく追い返された。宿に引き返したものの、手だ ても思いっかぬまま海しく思うばかり、郊外をぶらぶらしたりして時間をつぶしながらひそか に様子をうかかっていた。 娘は張が約東を破ったものと思い、泣いてばかりいて物も食べようとしなかった。母親が、 「張さまがお見えにならないのは、もうお亡くなりになったからですよ。そうでないとしても、 約束を破ったのはあちらで、あなたが悪いわけではないではありませんか」 と慰めたが、何も言わずに終日臥せっているばかりだった。 盧公は心配して、ともかくどんな人物か張に会ってみようと思い、気晴らしに行くと言って
「この子は父のお気に入りの子なのです。あなたがひとり身でご不自由していらっしやるのは、 わたしもとうに承知しておりました。ちかぢかお似合いの人をお世話いたしましよう」 と言われ、 「もしそうしていただけるなら、ぜひ香奴のような人をお願いします」 と言うと、公子は笑った。 「あなたは本当に世間知らずなんですね。この子くらいでいいのでしたら、簡単にお望みにそ えますよ 半年ばかりしたある日、孔は郊外へ遊びにいってみようと思い立って表門へいったところ、 一一枚の扉に外から錠がかけてあったので、公子にどうしたのかと尋ねると、 「あまり付き合いが多いと気が散るし疲れると父が一一一口うので、こうして客に会わないようにし ているのです」 とのことだったので、なるほどと思ったものだった。 あずまや おりしも、夏の盛りでひどく蒸し暑く、書斎を庭の四阿に移した。胸もとに腫物ができ、は じめ桃のようであったものが、一晩でどんぶりほどになった。うんうん呻いていると、公子が 朝晩見舞ってくれ、寝食を忘れて看病してくれた。さらに数日すると、いよいよひどくなって、 物も食えなくなった。公子の父親も見舞いにきたが、公子と顔見あわせて溜め息をつくばかり、
168 と、艶めかしい娘の声がした。 誰だろうと耳をすませていると、ひとりの娘が東のほうからひと枝の杏の花を手にして出て きた。花を髪に挿そうとしていたが、ふと顔を上げて子服に気がつくと、花を持ったままにつ こりして奥へはいってしまった。 それこそ、元宵節の日に出会った彼女だったので、「しめた」と思ったが、門を叩く口実が よい。伯母を訪ねてきたと言ってみようかとも思ったが、考えてみれば、これまで行き来があ ったわけでもない、万一間違ったらと思うとそれも躊躇われた。また尋ねてみようにも、門の 中には人影もない。ぶらぶらと歩いたり、腰をおろして休んだりで、朝から日暮れになったが、 門内をひたすら見すえたまま、空腹はもちろんのこと喉の渇きも忘れていた。 例の娘がときおり顔をのぞかせて不審そうな目を向けていたが、そのうち、一人の老婆が杖 をついて出てきて、 「どちらの若さまか存じませんが、朝からお出掛けだそうで、なにかご用でしようか。お腹は お空きにならないので」 と言ったので、急いで立って頭を下げ、 「親戚を訪ねてきたのですー と言った。老婆は耳が遠く、よく聞こえないふうだったので、もう一度大きな声で言ってや ためら
団もなかった。 一方、子服のほうは、呉が帰ってから血色もよくなり、食もいくらか進むようになった。 数日して呉がまた訪ねてきた。子服が「どうだった」と聞くと、呉は、 「もうわかったよ。誰かと思ったら、なんと僕の父方の伯母の娘、つまり君の母方の従妹だっ たのさ。縁組はまだ決まっていない。身内同士というのが問題だが、事をわけて話せばきっと まとまるよ」 と言いつくろった。ところか、 「どこにいるの」 と子服が目をかがやかせたので、 「この西南の山のなかだ。三十里 ( 約一五キロ ) と少しというところかな」 と出まかせを言い、さらに子服に「頼む、頼む」と言われ、「まかせておけ」と請け負って 帰っていった。 子服はこの日以来食もとみに進み、数日するうちにはすっかり元気になった。枕をどけてみ ると、例の梅の花は枯れていたが、まだ枝に残っていた。手にとってじっと見つめていると、 さながら彼女が眼前にいるかのようであった。 ところがその後、呉が一向にあらわれないので、不審に思って来てくれと手紙を出した。し
しつ建て直されたのですか」 「しばらくご無沙汰しておりましたが、、 と聞 / 、と、 「つい最近のことです」 とのことだった。部屋に入ると貴族の館でも見られないような豪華な家具調度である。二人 はすっかり恐れ入って席に着いたが、酒の酌をしたり料理を出したりするのは、みな錦の衣に 朱の履といういでたちの十五、六の美少年ばかりだった。酒肴はすべて香たかく味も極上なの が、次から次と運ばれた。食事が済むと果物がでた。名も知らぬものばかりで、それらを盛っ た水品や玉の器はきらきらとあたりに光をふりまき、酒の杯は玻璃で、回りは一尺 ( 二三・四セ ンチ ) ほどもあった。道士が、 せき 「石家の姉妹を呼んでおいで」 と言い、少年が出て行ったかと思うと、一一人の美人が入ってきた。ひとりはほっそりとして、 柳のようになよなよとし、もうひとりは小柄で年も若かったが、その艶めかしさはともに比べ はくはん ようもないほどであった。道士が座興に歌をうたうよう命ずると、若いほうが拍板 ( カスタネッ どうしよう ト風の一種の拍子木 ) を鳴らしながら歌い、年長のはうが洞簫 ( 尺八風の立て笛 ) を吹いたが、歌と しい洞簫の音といいいずれも涼やかなものだった。歌い終わると、道士が杯を挙げて二人に杯 を重ねるよう促し、少年に命じて酌させながら、美人たちに、
302 に一筋の炊煙があがっているのが見えた。婆やが車をおりて門を叩くと、中では母子ふたりが 客を待っ風情で、部屋を掃ききよめ卓を拭いたりしていた。婆やは挨拶をして使いにきたおも 三娘を見て驚いて、 むきを伝えたが、 「こちらがわたくしどもの若奥さまになられるお方でございますか。わたくしが拝見してさえ ほればれしてしまうほどですもの、若さまが寝ても醒めてもお慕いになられるのも無理はあり ませんわ」 と言い、上のお嬢さまはと尋ねると、華氏が、 「あれはわたしの養女でしたが、三日前に、突然亡くなりました」 と言い、酒食を出して下僕と婆やをもてなした。婆やが帰って三娘の容姿をつぶさに伝える と、廉の両親はともに大いに喜んだ。最後に巧娘が死んだことに触れると、廉は涙を浮かべて 哀れがった。婚礼の夜、三娘を迎えにいったおりに華氏に会って直接尋ねると、 「もう北のほうでこの世に生まれ変わりましたよ とのことであったので、しばらくは涙をとどめることもできなかったものであった。 三娘を家に迎えとってからも、巧娘との交情が忘れられぬままに、瓊州から来た人がいると、 かならず家に招いて消息をたずねた。と、ある人が、秦女村の荒れ塚で夜毎、亡霊の泣き声が 聞こえるそうだと言った。廉が不審に思い、奥に入って三娘にこれを告げると、三娘はしばら
454 五一碁に狂った男ーー碁鬼 とくどう 揚州の督同将軍 ( 副知事兼副将軍 ) 梁公は、致仕して帰郷してからは、毎日、碁石や碁盤、酒な ちょ・つよう どを携えて野遊びに出た。ちょうど重陽の節句の日のことだったが、小高い丘に登って食客を 相手に碁を囲んでいると、ひとりの男が通りかかって、去りがてに立ち止まり、熱心に覗き込 むではないか。見ればうっそりとした顔をして、着ている物もばろぼろだったが、品があり、 教養がある風だったので、坐るよう勧めるとしきりに恐縮しながら腰を下ろした。 「お見受けしたところ、あなたもおやりになるようですな。こちらと一局囲んでみられては」 と盤を指すと、しきりに謙遜したすえに石を手に取ったが、一局終わってみると地が足りず、 いよいよ海しげで、酒を勧め 海しそうに口元をゆがめていた。もう一局やってまた負けると、 ても受けようとせずに、もう一局とせがんだ。かくて昼前から日暮れにいたるまで、小用に立 ついとまもしむありさまだった。 ちょうど一つの石をめぐって待っ待たないの言い争いになったとき、不意に席を離れ、顔面 蒼白になってしばらく立ちすくんでいたかと思うと、梁公に向かってべたりと跪き、「どうか
と若い女の声がして、また、みなが口々に挨拶する声、席を譲りあう声、敷物を取り寄せる 亠円 . などが入りまじってがやがやし、しばらくしてやっと静まった。 そこで女が病人のことをもちだすと、九おばさんは人参 ( 朝鮮人参 ) がよかろうと言い、六お おうぎ じゅっ ばさんは黄耆 ( 薬草。和名やわらぐさ ) を、四おばさんは朮 ( 同。和名うけら ) を主張してひと時あま りも話しあっていたが、やがて九おばさんが筆と硯を命ずる声がした。まもなくかさかさと紙 を折る音、筆の鞘をとってことりと置く音、墨を磨るきゅっきゅっという音などがし、そのあ とほんと筆を置く音かおおきく響いたかと思うと、薬をつつむさらさらという音が聞こえてき た。まもなく、女が簾から顔をのぞかせ、病人を呼びよせて薬と処方箋を渡したが、身を翻し て室内に入ったかと思うと、三人のおばさんたちがそれぞれ別れを告げる声、三人の小間使い の挨拶の声、子供のきやっきやっという笑い声、うーうーという猫のうなり声などが一時に起 こった。九おばさんの声はよく透り、六おばさんの声は年寄りじみ、四おばさんの声はなまめ かしく、三人の小間使いの声にいたっては、それぞれ特徴があって、はっきりと聞きわけるこ のとができた。人びとはまことに神ではないかと思ったものだったが、もらった処方のほうはそ 七れほど効かなかった。 こわいろ これは蓋し世にいう声色というもので、この技で客を集めて薬を売っていたものだが、それ にしても珍しいことではある。
なり、もう死ぬかと思ったほどですが、はからずもこうしてお目にかかれたのです。このわた しの気持ちをわかってください」 「そんなことでしたの。親戚なんですもの、いくらでも差し上げますわ。お帰りのとき、爺や にいって庭の花を折らせ、ひと束背負って届けさせましよう」 「君、気はたしかなんですか」 「え、何のこと」 「わたしが好きなのは花ではなくて、花を持っていた人なんですよ」 「あたしたちは身内同士なんですもの、好きあうのはあたりまえでしよ」 「わたしが言っているのは、身内同士ということではなくて、夫婦同士になって好きあおうと い、つことですよ」 「夫婦と身内ではどこが違うの」 「夜、床をともにするんですよ」 子服に言われ、嬰寧がしばらく考えこんでから、 「あたしははじめての人と一緒に寝たことはないのよ」 と一一一口ったとき 、小間使いがそっと近づいてきたので、子服は慌ててそこを離れた。 しばらくして、老婆の前で嬰寧と会ったが、嬰寧は、