五七狐の仲人ーーー封三娘 ろくじよう ( l) まんじゅういち 范十一娘は城出身の国子監祭酒 ( 国立大学長 ) の娘で、見目麗しく、詩歌に長けていた。父 母は愛してやまず、婿の話があっても、すべて娘次第にしていたが、十一娘は一度として承知 しなかった。 うらぼんえ 上元の日には、水月庵の尼僧たちが盂蘭盆会を催す。この日、庵には参詣の女が雲のごとく で、十一娘もその一人だった。境内を歩いていると、一人の娘が小走りで後を追ってきて、と きどき物言いたげに顔をのぞきこんだ。見れば十六、七の絶世の美人なので、思わず足を止め、 振り返ってまじまじと見つめると、娘がにつこりして言った。 「あなたは范十一娘さまではございませんか」 人 狐「お名前はかねがね伺っておりましたが、まことにお噂どおりですわ」 住まいを尋ねると、 「わたしは封家の三番目の娘で、近くの農村に住んでおりますー ほ・つ M 、んじし・つ た
十一娘は承知して、ともに部屋に帰り、寝台に上がって思いのたけを語り合った。 病も次第によくなり、姉妹の誓いを固め、着る物履く物もたがいに交換して着たり履いたり とばり した。人が来ると、二重の帷のあいだに隠れるなどしていたが、五、六カ月もするうち、両親 の知るところとなり、ある日、一一人が碁を囲んでいるところに夫人が踏み込んだ。よくよく見 て、 「これこそ娘のお友達ですー と驚き、十一娘に言った。 「あなたによいお友達ができることは、わたしたち大歓迎ですよ。どうして早く言ってくれな かったのです」 十一娘がそこで三娘の気持ちを伝えると、夫人は三娘を見て言った。 「娘のお友達になってくださるとは、本当に有り難いことです。ご遠慮には及びませんのよ」 三娘は頬を染めて、帯をいじっているばかりだった。夫人が立ち去ると、帰ると言い出した が、十一娘に強く引き留められて、思いとどまった。 ある日の暮れ方、外から走り込んできて、泣き泣き言った。 「早く帰らなければと言っていましたが、とうとうとんでもない目に遭ってしまいました」 驚いてどうしたのかと聞くと、
「わたしもお伺いしたいのですが、お家の方に知られたくないのです。帰ったらお庭の裏口を あけておいてください。お伺いいたします」 帰宅した小間使からこれを聞いた十一娘が急いで裏口をあけにゆかせたところ、庭にはすで に三娘が来ていた。二人は一別以来のことを寝もやらずに話し合ったが、三娘は小間使が寝込 んでしまったのを見て床を出、十一娘の床に移って枕をともにしながら囁いた。 「あなたはまだ決まった方がおいでにならないのでしよう。才色兼備のうえお家柄も非の打ち どころがないのですから、どんなご大家からでもお迎えになれるはず。でも、ご大家の若さま は放蕩者ばかりですから問題外です。もし、本当に良いお相手が欲しければ、貧富に拘っては いけませんわよ」 十一娘が自分もそう思うと言、つと、 せがき 「去年お目にかかったお寺でいま施餓鬼が行われています。明日、お出かけになりませんか きっとお気に召すような殿方にお会いできるはずです。わたしは前に人相術を勉強したことが あるので、まず間違うことがないのですのよ」 明け方、三娘は寺での再会を約して帰っていったが、十一娘が約東通り出掛けて行くと、三 娘はもう来ていた。境内を一回りしてから、十一娘は三娘を誘って車に乗った。二人が手を取 り合って門を出たとき、一人の生員を見かけた。年の頃は十七、八、着ているものは質素な綿
十一娘の消息を聞いて、まだ希望があるとひとりで思っていた。ところへ彼女の嫁ぎ先が決ま ったとの話を聞き、胸中怒りの火が渦巻き、万事休すと諦めたが、間もなく、彼女の訃報を聞 いて麗人とともに死ねなかったことを悲しんだ。その夕暮れ、闇に乗じて十一娘の墓に詣でよ うと外に出ると、突然、誰かが近づいてきた。見れば封三娘である。 「おめでとうございます。いよいよご縁組みがまとまりますわね」 言われて、はらはらと涙を流し、 「君は十一娘が亡くなったことを知らないのか」 「わたしがご縁組みがまとまると言ったのは、お亡くなりになったからこそです。急いでお宅 の人を呼んで墓をあばかせてください。わたしが生き返らすことのできる妙薬を持っています から」 孟はこれに従って墓をあばいて棺桶から死体を取り出し、墓を埋めもどした。みずから死体 とき を背負って三娘とともに家に帰り、寝台に寝かせて薬を飲ませると、一刻ばかりして息を吹き 返した。三娘を見て、 「ここはどこ」 と一言うので、三娘が孟を指さして、 「この方が孟安仁さまよ」
「あなたの姻縁はもう動き出しているのですが、まだ邪魔をしている業が消えておりません。 わたしはそれで、この際先に親しくしていただいたご恩返しをさせていただこうと思ってお伺 きんさい いしたのです。これでお別れして、先に頂戴した鳳の金釵をお娘さまからといってお届けして まいりますわ」 十一娘はもっと相談しようと思ったが、三娘ははや出て行ってしまった。 時に、孟安仁は貧乏だったが才能があり、良い伴侶を選ばうと思っていたので、十八になっ ていたのにまだ相手を決めていなかった。この日、偶然、二人の美人を見かけ、帰宅してから も思い返していたが、夜も更けようとしていたとき、封三娘が戸口を叩いてはいってきた。灯 りを掲げて見ると、昼に見かけた女だったので、喜んで用件を聞くと、 「わたしは封と申し、范家の十一娘さんと親しくしていただいている者です」 とのことだったので、大いに喜んでいきなり進み出て抱きっこうとしたところ、「いけませ んわ」と拒まれた。 もうすい そうきゅうせい 「わたしは毛遂ではなくて、曹丘生なのです。十一娘さんがあなたさまとのご婚約を望まれ、 わたしが頼まれて仲人として来たのです」 孟が驚いて「まさか」と疑うと、三娘は釵を取り出して見せた。孟は驚喜して誓った。 「有り難いことです。もし十一娘を頂くことができなかったら、わたしは一生一人で暮らしま 「 ) う
ある日の暮れ方、腰元がひょっこり帰ってくると、十四娘は急いで出迎え、人払いして話し ていたが、 出てきたときは喜色満面、平日のように家事を見た。翌日、下男が見舞いに行くと、 馮は十四娘に最後の別れに来てくれと伝言した。下男がこれを伝えたのに、十四娘は軽く受け 流して平然としているので、みなが「なんと薄情な」と言いあっている折しも、外がにわかに へいよう 騒がしくなった。楚銀台が免職になり、平陽道台 ( 知事 ) が特命を帯びて馮の事件の再審理に当 たることになったとの噂が突然広まった。下男がこれを聞いて喜んで十四娘に報告すると、十 四娘も喜んで、下男を役所へ走らせた。馮はすでに獄舎から出されていて、主従悲喜こもごも の対面をした。そこへ楚公子が連行されてきて糾問され、一部始終を白状した。馮はその場で 釈放されて家に帰った。十四娘と涙にくれたのち、ようやく笑顔になった。 それにしても、自分の事件がどうして上聞に達したのかと不審がると、十四娘が腰元を指さ して、 「このひとがあなたの命の恩人ですよ」 と笑ったので、驚いて訳を聞いた。 これより先、十四娘は腰元を上京させた。馮の無実を天子に直訴させようとしたのである。 腰元は都に着いたものの、皇城の守護神ががんばっていたので、数カ月、濠の回りをうろうろ するばかり、どうしても忍び込むことができなかった。手遅れになっては大変と、引き返して
だして腰のあたりをカ一杯殴りつけると、男はどたりと地面に落ちた。男はなんと大皿ほども あるロをした大きな亀だったので、びつくり仰天して、これでもかこれでもかと殴りつけ、と うとう殴り殺してしまった。 これより先、亢家の主人に一人の娘がいて、両親に可愛がられていたが、ある夜のこと、一 人の男が入ってきて、有無を言わせずに犯そうとした。娘は助けを呼ほうとしたが、そのあい だにも相手の舌がロに入ってきて、気を失い、思うままにされて逃げられてしまった。恥ずか しくて人には一一一口えず、ただ小間使や下女を集めて、戸口を厳しく固めていたが、夜が更けてく ると、戸がひとりでに開き、男が入ってきた。女たちはみな気が遠くなり、片端から犯されて しまった。お互い話し合って驚き、翁に打ち明けた。翁は使用人に武器を持たせて娘の部屋を 取り囲ませ、娘は中で灯火をあかあかと灯して座っていた。真夜中近くなったとき、部屋の中 の娘も外の使用人たちも、一斉に気が遠くなり、ふと気がつくと、娘は丸裸で床に入っていて、 うつ 虚けたようになっていたが、しばらくしてようやく気がついた。翁は地団駄踏んでくやしがっ たか、ど、つすることもできなかった。こうして何カ月かする、っち、娘は骨と皮のよ、つになって しまったので、つねづね、 「化け物を追い払ってくれた人に、三百両の礼金を進呈する」
これを聞いて三娘は帰り、孟は朝になるのを待ちかねて隣の老婦人に頼んで范の奥さまに申 し入れてもらった。夫人は孟の家が貧乏だったので、娘に相談もせずに言下に断った。十一娘 はこれを知って失望するとともに、三娘に一生を台無しにされてしまったと恨みもしたが、金 の釵を取り戻すこともできぬまま、死をもってこの約束を果たすことを心に誓った。 それから数日、なにがしという役人が息子のために婚約を申し入れようとしたが、断られた ら困ると、知県に仲人を頼んだ。時になにがしは枢要な地位にいた。范公は断るわけにいかず に、十一娘の意見を尋ねると、「いやです」とのこと、母親が理由を尋ねても、黙って涙を流 すだけ。小間使を通して母親にひそかに「孟でなければ、死んでも嫁がない」と伝えた。范公 はこれを聞いてますます怒り、役人の家からの申し入れを受け入れるとともに、十一娘が孟に 心を引かれているのではないかと疑い、吉日を選んで早々に式を挙げることにした。十一娘は 怒って食事を絶ち、昼も夜も寝ていたが、女ネ月 昏しの前夜、にわかに床を出て鏡に向かい化粧をは 中じめた。夫人はひそかに喜んでいたが、そこへ小間使が駆け込んで来た。 狐「お嬢さまが首をくくられました」 一家を挙げて驚き、泣いて後悔したが、いまさら取り返しもっかず、三日して埋葬した。 孟安仁は隣家の老婦人から范夫人の返事を聞いて、死なんばかりに憤慨したが、風の便りに
使を犯そうとして殺害におよんだものと決めつけ、広平府の役所へ突きだした。 十四娘は二日目になってやっとこの由を知り、「ああ、とうとう」とほろほろと涙を落とす と、以来、毎日、獄中に金を届けさせた。馮は府尹 ( 知事 ) の尋問を受け、無実の証拠を挙げる ことができないまま、朝夕拷問にあって、皮も肉も無残に張り裂けた。十四娘が見舞いに出向 いこが、馮は悲しみに胸ふさかり、物を一一一一口うこともできなかった。十四娘は馮がきわめて丹念 わな に仕組まれた罠にはまってしまっていることを知ると、とりあえず無実の罪に服しておいて拷 問を免れるよう勧め、馮は泣く泣くこれに従った。十四娘が出入りするのを、人々はその場に いながらまったく気づかなかった。 十四娘は帰宅すると、はげしく泣き、慌ただしく腰元をどこかへ送り出した。それから数日、 ひとりで家に閉じ籠っていたが、仲人業の婦人に頼んで、堅気の家の娘を買い入れた。名は禄 児といって年は十五、すこぶる美しかった。その禄児を寝食をともにして可愛がり、並の腰元 や下女のようには扱わなかった。 苦馮は誤って人を殺したことを認めたために絞首刑が確定した。この知らせを持ち帰った下男 狐は涙にむせて物を一言うこともできなかったのに、十四娘は平然と聞き流していた。だが、いよ いよ秋の死刑執行の日が近づくと、朝からそわそわと出たり入ったりし、部屋に入っては声を 殺して泣き、寝食も廃するほどだった。
「いまお手洗いに出たところ、若い男の人にいきなり抱きすくめられそうになったのです。幸 い逃げることができましたが、こんなことになっては、人様に会わせる顔がありません」 十一娘は顔立ちなどを仔細に確かめて、 「ごめんなさい。それはわたしの兄で、少し頭がおかしいのです。お母さまに申し上げて折檻 してもらいますから」 と謝ったが、どうしても帰ると言った。夜が明けてからにしたらと言ったが、 「叔父の家はすぐそばです。梯子を貸していただければ、わたしがひとりで垣を越えて帰りま と言った。どうしても引き留めることはできないと知ったので、二人の小間使に垣を越えて 見送らせたが、半里ばかり行ったところで、ここまでで結構と言って立ち去った。小間使がも どると、十一娘は蒲団に顔を埋めて、まるで連れ合いを失ったように泣いたものだった。 その後数カ月して、所用で東の村へ出掛けた小間使が、夕方の帰り道で三娘が老女を連れて 人 歩いてくるのに出会った。喜んで挨拶し、機嫌を伺うと、三娘も懐かしげに十一娘の日常の様 狐子を尋ねたので、その袖をとって、 「三娘さま、どうかおいでくださいませ。うちのお嬢さまはあなたさまのお出でを待ちかねて おいでなのです」