いも、しばし水の表面から消えて波ひとっ立てず、一見死にたえたようにひっそりさしてしまう 水の精のように、影をひそめた。ふたりよって、溺死した者の話をするときは、必ず完全な名ま えを使った。死人に対しては、ヒンズーというあだ名は礼を失するものと思われた。ふだんは目 だたす顧みられす、生徒の群れの中に見失われていた静かなヒンズーが、いまはその名と死でも って大きな修道院全体を満たした。 二日めにヒンディンガーの父親が着いた。彼は子どもの寝かされているヘやに二、三時間ひと りでいた。それから校長にお茶によばれ、夜はシカ屋に泊まった。 下 それから葬式があった。棺は寝室に据えられていた。アルゴイの仕立て屋はそのそばに立って、 の万事をながめた。彼は正真正銘の仕立て屋型で、おそろしくやせてとんがっていた。緑色がかっ 輪た黒いフロックコートを着、細いみす・ほらしいズボンをはき、手にはキューベル射撃会員時代の 彼の小さい細い顔は風の中の一銭ロウソクのように憂わしく悲しげに 古びた礼帽を持っていた。ノ 弱々しく見えた。彼は校長や教授たちに対する尊敬の念にたえす恐縮していた。 いよいよ担ぐ人が棺を持ち上けるという時に、悲しい仕立て屋はもう一度歩み出て、当惑しお じおじした情愛の身ぶりで棺のふたにさわった。それから涙を押えながら、とほうにくれて立ち 止まり、大きな静かなへやのまん中に、冬の枯れ木のように立っていた。それがあまりに寂しく やるせなけにしょんぼりした様子だったので、見ているのが痛ましかった。牧師が彼の手を取 って寄りそった。彼は異様に湾曲したシルクハットを頭にのせ、棺のすぐうしろについて、階段 を降り、修道院の庭を通り、古い門を抜け、雪の積もった野を越えて、低い墓地のへいに向かっ できし
第三章 州の西北のはずれ、森の丘と静かな小さいいくつかの湖のあいだに、シトー教団のマウルプロ ン大修道院がある。広い美しい古い建物がしつかりとよく保存されていて、内部も外観もみごと なので、住んでみたいような気を起こさせるであろう。建物は数百年のあいだに、おちついて美 下 しい緑の周囲と、高雅にしつくりと溶けあっている。修道院をたずねるものは、高いへいのあい の だに開いている絵のような門を通って、広いしんとした庭にはいる。そこに噴泉が水をふいてい 輪る。また、古い厳粛な木が立っている。両側に古い石造のがっしりした家がある。奥には大きな 本堂の正面があり、その後期ロマネスクふうの玄関は、比類のない優雅な愛すべき美しさをもっ ており、 パラダイスと呼ばれている。本堂の堂々たる屋根の上に、針のように細いユーモラスな よ 小さい塔がまたがっている。どうしてそれに鐘がつるしてなければならないのかわからない。 く保存されている回廊はそれ自体美しい建物であるが、その一部にある、みごとな噴泉付き礼拝 堂はさながら一個の珠玉である。僧職の食堂はカづよく高雅な十字形丸天井をなしており、すば - きとう らしいへやである。さらに祈祷室、談話室、俗人の食堂、修道院長の住居などと、教会堂が二つ かたまってつながりあっている。絵のような壁、出張り、 ド、小さい庭、水車、住宅などが、重 厚な古い建築を快く朗らかに飾っている。広い前庭はがらんとして静かで、まどろみながら、木
見送るものも少なくなかった ( ヘラス室には、あいた机が二つできた。あとからいなくなったほうは、先にいなくなったもの ほど早く忘れられはしなかった。校長だけは、二番目の方もおとなしく身を固めてくれればいし と思っていた。しかし ( イルナーは修道院の平和を乱すようなことはなにもしなかった。ハン は待ちこがれていたが、なんのたよりもなかった。ハイルナーは立ち去ったきり、行くえ不明に なった。彼の人物と逃亡とは次第に過去の語り草になり、ついに伝え話になった。あの熱情的な 少年は、のちに、なおいろいろと天才的な所業と迷いとを重ねた末、悲痛な生活によって、身を 下 持すること厳に、大人物といわないまでも、しつかりしたりつはな人間になった。 のあとに残った ( ンスは ( イルナーの脱走を知っていたろうという疑いからぬけられす、先生た 輪ちの好意をまったく失ってしまった。先生たちのひとりは、 ( ンスが授業中いくつもの質問に答 えられなかった時、「なぜきみはりつばな親友 ( イルナーと一しょに行かなかったのだ ? 」と言っ 校長は彼を見放し、。、 / リサイの徒が税吏を見るようにけいべつに満ちた同情をもって、わきか ら彼をながめていた。このギーベンラートはもはや生徒の数にはいらなかった。彼はライ病やみ に属していた。 135
立ちの影をもてあそんでいる。昼過ぎの一時間のあいだだけ、ちょっと活気らしいものが現われ る。その時刻には若い生徒たちの一群が修道院の中から出て来て、広い庭に散らばり、わずかな がら人の動きや呼び声や話し声や笑い声が起きる。まり遊びをする者もあるが、その時間が過ぎ ると、たちまち壁の中に消えてしまって、人影一つ見えなくなる。この庭に立って、こここそ十 分に生活と喜びとを味わうにふさわしい場所だ、ここでこそ生命ある者や祝福をもたらす者が成 長しうるにちがいない こんな所でこそ成熟したよき人々は喜ばしい思想を考え、美しい朗らか な作品を作るにちがいないと、考えた人も少なくない。 下 深い思いやりをもって、政府は、丘と森のうしろに隠れ、俗界を離れた、この美しい修道院を、 の新教の神学校の生徒たちにあけてやった。美しい静かな環境を、感じやすい若い心に与えてやる 輪ためである。同時にここにいれば、若い生徒たちは、都会と家庭生活の、心を散漫にする影響を 脱し、あわただしい生活の有害な光景に対し保護されている。それによって、少年たちに数年間 へプライ語とギリシャ語の研究をほかの参考科目とともに、真剣に生活の目標とさせ、若い魂の 渇望を清い精神的な研究と享受に集中させることができるのである。それにはさらに寄宿生活が 自己教育を促し、団体感情を養うものとして重要な要素となっている。神学校の生徒は官費で生 活し勉強することができる。そのかわり、政府は、生徒たちが特別な精神の子となるように配慮 している。その精神によって彼らはのちになっても、いつでも神学校の生徒だったということが れいぞく 見分けられる。 それは一種の巧妙なしかも確実なしるしづけである。自発的な隷属の意味深 い象徴である。ときとして脱走する乱暴者を除いては、シュワーベンの神学校生徒は一生その面
ハンス・ギーベンラートも、 ハイルナーの身方をしなかった。そうするのは自分の義務だとい うことはよく感じていた。そして自分の卑きようなことを思って苦しんだ。彼は情けなさと恥す かしさに、とある窓の中にひっこんで、顔を上げることもよくしなかった。彼はハイルナーをた と思っ ずねたいという気持ちに駆られ、人知れずそれができるなら、うんと犠牲を払ってもいい た。しかし重い監禁の罰に処せられたものは、修道院ではかなり長いあいだ、極印をおされたも 同然である。ことわるまでもなく、罰せられたものはその後特別な監視を受ける。彼とっきあう ことは危険であり、悪い評判を招く。国家が生徒たちに示す恩恵に対しては、当然厳格な規律を 下 もって報いなければならない。それはすでに入学式の長い訓辞の中でいわれたことである。 のスもそれは知っていた。彼は友情の義務と功名心との戦いに負けた。彼の理想はなんといって 輪も、群を抜き、試験で名をあげ、一役演ずることであって、ロマン的な危険な役を演することで ーなかった。こうして彼はもだえながらすみつこにじっとしていた。まだ飛び出して勇気を示す ことはできた。しかし刻一刻とそれは困難になった。そして、いつのまにか、彼の裏切りは行為 になっていた。 ハイルナーは十分それに気づいていた。熱情的な彼はみんなが自分を避けるのを感じた。そし てそれももっともだと、思った。しかしハンスにだけは信頼を持っていた。いま彼が感じた苦痛 と憤りにくらべれば、いままでのとりとめのない慨嘆は自分自身にも空虚でこつけいに思われた。 彼はちょっとギーベンラートのそばに立ちどまった。青ざめた見おろすような顔をして彼は低い 声でいった。
「うん、見せてもいいさ」 ふたりは立ち上がって、ゆっくり歩いて修道院に帰った。 「見たまえ、きみはもうあの美しさに気づいているかい ? 」と、ふたりがパラダイスのそばを通 った時、ハイルナーはいった。「会堂、アーチ形の窓、回廊、食堂、ゴシック式とロマネスク式、 すべてこれ豊かで精妙で、芸術家の手になったものだ。しかもこの魅力がなんの役にたっている たろう ? 牧師になろうという三十六人の哀れな少年の役にたっているんだ。国家には余分な金 があるものだ」 下 ハンスは午後いつばいハイルナーのことを考えずにはいられなかった。なんという人間だろ の ハンスの知っている心配とか願望とかいうものは、ハイルナーにはまったく存在しなかっ 輪た。彼は自分の考えやことばを持ち、一段と熱のある自由な生活をしていた。風変わりな悩みを いだき、自分の周囲をことごとくけいべっしているように見えた。彼は古い柱や壁の美しさを解 していた。また自分の魂を詩の句に映し出し、空想によって非現実的な自己独特の生活を作りあ げる神秘的な奇妙なわざを行なっていた。そして身軽で奔放で、ハンスが一年間にいう以上のし やれを毎日いっていた。同時に彼は憂うつで、自分の悲しさを、他人の珍しい貴重なものででも あるように、楽しんでいるように見えた。 その日の夕方のこと、ハイルナーは彼のとっぴに目だっ性質の一端をへや全体に示した。仲間 のひとりで、オット 1 ・ ヴェンガーというロほどにもないホラふきがハイルナーとけんかを始め たのだった。しばらくのあいだハイルナーは静かにしゃれをいって、ゆったり構えていたが、や
じとった。それが彼の文学の芽ばえとなった。 神学校脱走前後 祖父や父と同様に新教の牧師になることは、ヘルマンにと 0 ても初めからきま 0 ていたような ものであった。そのためマウルプロン (Maulbronn) の神学校を経て、チ = ービンゲン大学で 神学を修めるというのも、自明なコースであ 0 た。官費でその業を終えれば、牧師として尊敬さ れる地位が一生保証されるのであ 0 た。だが、アウトサイダーに生まれついた〈ッセは、その安 下 全確実な道をわれから踏みはすした。しかしその転落と受難によ 0 て詩人 ~ ッセが生まれた。 の の集まる神学校の入学試験にそなえるため、ヘッセは家を離れ、ゲッピンゲンのラテ 輪ン語学校 ( 古典語を主とする高校 ) に転学した。彼があんまりわがままなので、父母は教育的な 見地から彼を外に出したのでもあ 0 た。厳しいけれど子どもの心理を理解する校長は、反抗的な ( ルマンの心をとらえた。勉強のかいあ 0 て、彼は入試にパスし、一八九一年九月、マウルプロ ンの神学校に入った。彼はそこで半年ほどしか勉強しなか 0 たが、大きからぬ池があるほかは、 まばらな林と畑との平凡な自然、そして十二世紀以来のロマネスクの高雅な修道院建築、十六世 紀にファウスト博士が錬金術を試みて非業の死をとげたと伝えられる無気味なファウスト塔など マウルプロンでの生活は、、ツセの心に強烈なものを焼きつけた。『車輪の下』だけでなく、『知 と愛』 ( 原題『ナルチスとゴルトムント』 ) でもマリアプロンとしてここが舞台にな 0 ている。最 後の大作『ガラス玉演戯』の宗団もマウルプロンを思わせる。にがい別れをしたが、マウルプロ 214
と春の間の退屈ないく週間かを目あてにしたものたった。い まは、始まりかけた美しい季節が植 物採集や散歩や戸外の遊戯によって十分に楽しみを与えてくれた。毎日お昼には、体操する者や、 すもうをとる者や、競走する者や、たま遊びをする者が修道院の中庭を叫び声と活気とをもって 満たした。 そこへもってきて新しいセンセイションが起こった。その張本人と中心は例のごとく、全体の つますきの石たるヘルマン・、 / イルナーだった。 校長はおせ 0 かいな同級生から、 ( イルナーが校長の禁止を愚弄して、毎日のように散歩に出 下 るギーベンラートにくつついて行くということを聞いた。こんどは ( ンスのほうはそのままにし のて、その古い友だちである主犯者を執務室に呼び寄せた。彼は親しげにおまえと呼んだが、 ( ィ一 輪ルナーは即座にそれをことわ 0 た。 ( イルナーは命令にそむいたことを責められると、自分はギ べンラート の友だちだ、おたがいの交わりをとめる権利はだれにもない、 と言い放った。激し 車 い言いあいが起こったが、その結果、 ( イルナーは二、三時間監禁され、同時に、当分 ( ンスと 一しょに外出することを厳禁された。 それで翌日 ( ンスはまたひとりで公認の散歩をした。二時に帰って来て、ほかのものと一しょ に教室にはいった。授業の始まる時、 ( イルナーがいないということがわかった。ヒンズーがい なくなった時とまったく同じだったが、今度はだれも遅刻だとは思わなかった。三時に全生徒が 三人の先生とともに、 いなくなった者の捜索に出かけた。みんなは分かれて森の中を叫びながら 走 0 た。先生のうち、ふたりを初めとし、 ( イルナーは自殺をしていないともかぎらないと思う
をするための機知と毒とが乏しくなかった。ほ・ほ一か月のあいだこの小さい新聞は修道院全体を 息づまらせた。 ギーベンラートは友だちのなすに任せた。彼には事を共にする興味も才もなかった。それのみ か彼ははじめのうちは、ハイルナーがほかの用事に忙しいため近ごろひんばんにス。ハルタ室でタ 方を過ごしているのを、気づかずにいた。ノ、 、ノスは終日ものうくぼんやり動きまわっていた。そ してだらだらと気乗りうすな勉強をした。あるときリヴィウスの時間に妙なことが起こった。 教授がハンスの名を呼んで訳を命じた。彼はすわったままでいた。 下 「どうしたというのだ ? なせ、きみは立たないのだ ? 」と、教授はおこってどなった。 の ハンスは動かなかった。まっすぐべンチにこしかけたまま、頭を少したれて、目をなかば閉じ 輪ていた。名をよばれて夢からなかばさめたけれど、先生の声がはるか遠いかなたから響いて来る ようにしか聞こえなかった。隣席の生徒に激しくつつかれたのもわかった。それはしかし彼には なんのかかわりも持たなかった。彼はほかの人間に取りかこまれ、ほかの手に触れられていた。 ほかの声が彼に話しかけた。ことばを発せず、ただ泉の音のように深くやさしくざわめく、近い 低い深い声が話しかけた。それからたくさんの目が彼を見つめたーーー見慣れぬ、予感にあふれた、 大ぎな、輝く目が。おそらくそれは、リヴィウスの中で読んたばかりのローマの群衆の目だった。 おそらく彼が夢に見たか、あるいはいっか絵で見た未知の人間だった。 「ギーベンラート」と教授は叫んだ。「きみは眠っているのか」 ハンスは静かに目を開き、驚いて、先生を見つめ、頭をふった。 124
しいものになっていた。 ( ンスも変わった。背の高さと、細さにかけてはハイルナーに負けなくなった。それどころか ハイルナーよりふけて見えさえした。以前は柔らかに透きとおっていた額の角がはっきり目だっ てきた。目は一段とく・ほみ、顔は不健康な色を示し、手足や肩は骨ばってやせていた。 ハイルナーの感化を受けて、彼は一そういこ 学校での成績に自分から不満になればなるほど、 じに仲間と関係を断った。彼はもはや模範生として、将来の首席として仲間を見おろすという根 拠を失ったので、その高慢さはまったく似合わしくなかった。しかし人からそれを気づかせられ 下 ること、自分の心の中でそれを苦しく感じることは、容赦できなかった。とりわけ、模範的なハ のルトナーと生意気なオットー・ヴェンガーと、ハンスはたびたびけんかになった。ヴェンガーが ハンスはわれを忘れ、げんこでもって応酬した。 輪ある日また ( ンスをあざけり、おこらせると、 ひどいなぐりあいになった。ヴェンガしは臆病者だったが、ひ弱い相手を片づけるのはたやすか 車 った。彼は容赦なく打ちかかって来た。ハイルナーは居合わさなかった。ほかのものたちはのん 、ノスはしたたかに打ちのめされ、 きにながめながら、ハンスがこらしめられるのを痛快がった。 , 、 ろっこっ 鼻血を出した。肋骨が残らす痛んだ。一晩じゅう、恥すかしさと苦痛と怒りとに眠れなかった。 ( イルナーにはこのできごとを隠していたが、この時から ( ンスはがんこにほかのものと絶縁し、 同室の生徒とほとんど口をきかなかった。 春に向かって、雨の昼間や雨降りの日曜日や長いたそがれどきのために、修道院の生活の中に 盟も新しい組織と動きが現われた。アクロポリス室には。ヒアノの名手がひとりと笛を吹くものがふ