向かっ - みる会図書館


検索対象: 車輪の下
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1. 車輪の下

とりは、「どうしたのだい ? 錠前屋になったのかい ? 」と、尋ねさえした。 仕事場ではもう威勢よく働いていた。親方はちょうど鍛えているところだった。彼は赤く熱せ られた鉄塊を鉄砧にのせていた。職人が重い向こうづちをふるった。親方はこまかく形をつける ように打ち、鉗子をあやつり、合い間に手ごろなハンマーで鉄砧を打って拍子をとった。その音 はさえて快く、明け放たれた戸から朝の戸外に響いた。 油とやすりくずとで黒くなった長い作業台に向かって、年かさの職人とアウグストが並んで、 せんばんといし せんこうき めいめい万力で仕事をしていた。天井では、旋盤や砥石やふいごや穿孔器を動かすべルトが急。ヒ 下 ッチでうなっていた。ここでは水力を使っていたのだ。はいって来た友だちに向かってアウグス のトはうなずいて、親方が手のすくまで戸のそばで待っているようにいナ ハンスはやすりや、とまっている旋盤や、ごうごう鳴るべルトや、空転盤をびくびくしながら 輪 見ていた。親方は例の鉄塊を鍛え終えると 、ハンスのほうにやって来て、大きなかたい厚い手を 出した。 「そこにシャッポを掛けな」と、 いって、壁のあいているくぎをさした。 「じゃ、こっちに来た。これがおまえの席と万力だ」 そういって、 ( ンスを一ばんうしろの万力の前に連れてゆき、まず万力の扱い方と、いろいろ な道具や作業台のせいとんの仕方を教えた。 「おまえがカ持ちでないことは、おやじさんから聞いた。見たところも、そうらしいな。よろし 、も少し強くなるまで、さしずめ鍛冶仕事をしなくてもいし」 187 かなしき かんし

2. 車輪の下

あったからである。 国道をかなり川しもに向かって歩いた。それから、ゆるやかなこうばいでぐっと曲がって上り 坂になっている車道か、距離は半分くらいしかないがけわしい小みちか、どっちかを選ぶことに なった。遠くてほこりつぼかったが、車道を選んだ。小みちは仕事日や散歩する紳士に向いてい た。普通の人は、特に日曜日には、まだ詩的な魅力の失われていない国道を好んだ。けわしい みちを登ることは、百姓や町の自然愛好家向きであって、労働かスポーツではあるが、普通の人 これにひきかえ、国道ではらくに歩けるし、歩きながらおしゃべりも にとっての娯楽ではない 下 でぎ、くつや晴れ着もいたまない。車や馬も見られるし、ほかにぶらっき連中にぶつかったり、 の追いついたり、めかした娘や、歌う徒弟 e 仲間に会ったりする。だれかにうしろからしゃれをい うと、向こうでも笑いながら応酬する。立ちどまってたべることもできるし、ひとりものなら、 娘の列を追って、あとから笑いかけることもできる。あるいはよい仲間との個人的な不和をタ方 腕ずくに破裂さして、それから仲直りすることもできる。職人の弟子なら、おもしろい、らくな、 めつけものの多い国道を小みちと取りかえるほど、ばかではない。町の小市民もめったにそんな ことはしない それでみんなは車道を行った。道は大きく曲がり、暇を持ち汗を流すのを好まない人のように、 ゆっくりと気持ちよくあが 0 ていた。職人は上着をぬいで、ステッキにつるして肩にかけた。彼。 は話のかわりにこんどは、思いきって陽気な調子でロ笛を吹き始め、一時間ののちビーラッ ( に 、ノスにも二、三あてこすりがいわれたが、さして手ひどいものではなか 着くまで吹き続けた。 (

3. 車輪の下

101 いっせき わった。一夕、一ばん大きいへやとしてヘラスのへやで行なわれるはずのクリスマスのお祝いに 先生方を招こうということにきまった。お祝いのことばに、朗読二つ、笛の独奏、ヴァイオリン 二重奏が準備された。しかしどうしても一つはおどけた出し物がプログラムになければならなか った。いろいろ相談し、案を出したり、しりそけたりしこ・ : ナカなかなかまとまらなかった。その 時カール ・ハーメルがなんの気なしに、エ ル・ルチウスのヴァイオリン独奏が一ばん愉快 だろう、といった。それが人気をあつめた。頼んだり、いろんな約東で釣ったり、おどしたりし て、哀れな音楽家を納得させた。丁重な招待状をつけて先生たちに送られたプログラムには番外 下 としてつぎのように書いてあった。「静かなる夜、ヴァイオリンのための歌曲、宮廷名楽手エー の ール・ルチウス演奏」宮廷名楽手の称号を付けられたのは、遠く離れた音楽室で熱心に練習し 輪たおかけである。 校長、教授、助教師、音楽教師、助手長、などがお祝いに招待され、出席した。ルチウスが、 、ルトナーから借りた、すそのある黒い礼服を着こみ、めかしこんでりゅうとして、穏やかにつ つましい徴笑さえ浮かべて登場すると、音楽の先生の額には汗が出て来た。彼のおじぎからして すでに笑いを誘わすにはおかなかった。歌曲「静かなる夜」は彼の指の下では、そっとするよう な嘆き、うめくようないたいたしい苦しみの歌となった。彼は二度初めからやり、メロディーを 引き裂き切りこまざいた。足で拍子をとり、寒空の木こりのように精を出した。 憤りのため青くなっている音楽の先生にむかって、校長は愉快そうにうなずいた。 ルチウスは歌曲を三度やり始めて、こんどもっかえると、ヴァイオリンをさげ、聴衆に向かっ

4. 車輪の下

いも、しばし水の表面から消えて波ひとっ立てず、一見死にたえたようにひっそりさしてしまう 水の精のように、影をひそめた。ふたりよって、溺死した者の話をするときは、必ず完全な名ま えを使った。死人に対しては、ヒンズーというあだ名は礼を失するものと思われた。ふだんは目 だたす顧みられす、生徒の群れの中に見失われていた静かなヒンズーが、いまはその名と死でも って大きな修道院全体を満たした。 二日めにヒンディンガーの父親が着いた。彼は子どもの寝かされているヘやに二、三時間ひと りでいた。それから校長にお茶によばれ、夜はシカ屋に泊まった。 下 それから葬式があった。棺は寝室に据えられていた。アルゴイの仕立て屋はそのそばに立って、 の万事をながめた。彼は正真正銘の仕立て屋型で、おそろしくやせてとんがっていた。緑色がかっ 輪た黒いフロックコートを着、細いみす・ほらしいズボンをはき、手にはキューベル射撃会員時代の 彼の小さい細い顔は風の中の一銭ロウソクのように憂わしく悲しげに 古びた礼帽を持っていた。ノ 弱々しく見えた。彼は校長や教授たちに対する尊敬の念にたえす恐縮していた。 いよいよ担ぐ人が棺を持ち上けるという時に、悲しい仕立て屋はもう一度歩み出て、当惑しお じおじした情愛の身ぶりで棺のふたにさわった。それから涙を押えながら、とほうにくれて立ち 止まり、大きな静かなへやのまん中に、冬の枯れ木のように立っていた。それがあまりに寂しく やるせなけにしょんぼりした様子だったので、見ているのが痛ましかった。牧師が彼の手を取 って寄りそった。彼は異様に湾曲したシルクハットを頭にのせ、棺のすぐうしろについて、階段 を降り、修道院の庭を通り、古い門を抜け、雪の積もった野を越えて、低い墓地のへいに向かっ できし

5. 車輪の下

つ見たまえ」 彼はびかびか光る鋼鉄製の小さい精巧な機械の部分を二つ三つ持って来て、 ( ンスに示した。 「半ミリでも狂っていちゃ、いけないんだ。ねじまで全部手で作るんだ。目を大きくして見てな くちゃ、いけない。 これをみがいてかたくすると、はじめてできあがるわけさ」 「まったく、きれいだね。そうだとわかっていたらーー」 アウグストは笑った。 「心配なのかい ? そりや徒弟はいじめられるさ。そりやどうにもしようがない。たが、・ほくも 下 まだいることだから、助けてやるよ。きみがつぎの金曜に始めれば、ぼくはちょうど二年めの修 の業を済まし、土曜日には最初の週給をもらうんだ。日曜日にはお祝いだ。ビールも菓子も出る。 輪みんな来る。きみも来るさ。そしたら、・ほくたちの様子がわかるよ。そうだ、そうすりやわかる。 それに元来・ほくたちは昔親友だったんだからね」 食事の時 ( ンスは父親に、機械工になるつもりだ、一週間たったら始めてもいいか、といった。 「そりや、結構だ」と、父親はいって、午後 ( ンスと一しょにシ = ーラーの仕事場に行き、申し 込みをした。 だが、暗くなりかけると、 ハンスはそんなことをほとんど忘れて、晩方エンマが待ちうけてい るということしか、考えなかった。いまからもう息が苦しくなって、時間がひどく長く思われた り、短く思われたりした。彼は船乗りが早瀬に向かうような気持ちで、あいびきに向かった。そ の晩は食事なんか問題でなかった。 ミルク一杯をやっと飲み下して、出かけて行った。 179

6. 車輪の下

した。おばさんは慰めてくれたけれど、父は興奮して、ふきげんになった。食後、父は少年を隣 室につれて行き、重ねて根掘り葉掘り聞こうとした。 ハンスはいった。 「失敗しちゃったんだよ」と、 「なぜ気をつけなかったんだ。心をおちつけてやれるはずじゃないか。しようがないやつだな」 ハンスはだまっていたが、父親がののしり始めると、彼は赤くなって、いった。「おとうさん はギリシャ語なんかちっともわかんないじゃないか」 一ばん弱ったのは、二時に口頭試問を受けに行かなければならないことだった。彼は口頭試問 下 を一ばん恐れていた。やきつけるように暑い往来を歩いている途中、彼はまったくみじめな気持 のちになった。苦痛と不安と目まいのため、目をあけていられないくらいだった。 輪大きな緑色の机に向かっている三人の先生の前に彼は十分間こしかけて、ラテン語の文章を一一 っ三つ訳し、きかれた質問に答えた。それからまた十分間、別な三人の先生の前にこしかけて、 ギリシャ語を訳し、いろんなことをきかれた。最後に試験官は、ギリシャ語の不規則な過去形を 一つきいた。ハンスは答えなかった。 「行ってもよろしい。あっちの右の入り口から」 彼は歩きだしたが、戸ぐちで過去形を思い出した。彼は立ち止まった。 「外へ出なさい」と、試験官はどなった。「外へ出なさい。それとも気分でも悪いのかい ? 」 「そうじゃありません、さっきの過去形をいま思い出したのです」 彼はヘやの中に向かって過去形を大声でいった。先生たちのひとりが笑うのを見て、彼は燃え

7. 車輪の下

8 ろ半分くらい野ブドウがおいかぶさっていた。 「諸君の健康を祝す」と職人は叫んで、三人とコツ。フを打ち合わし、腕まえを示すため、コップ を一息に飲みほした。 「きれいなねえさん、からつぼだぜ。すぐにもう一杯もって来てくれよ」と、彼は女給仕に向か ってどなり、テープル越しにコップを差し出した。 ビールは上等で冷たく、あまりにがくなかった。′、 、ノスは自分のコップを楽しく味わった。ア ウグストは通らしい顔をして飲み、舌打ちし、かたわら詰まったストーヴのようにタ・ハコをすっ 下 こ。ハンスはそれを静かに感嘆していた。 の こういうふうに陽気な日曜日を持ち、当然その資格のある人間のように、人生を心得、愉快に 物やることを心得ている人たちと一しょに、料理店のテー・フルに向かってこしかけるのは、やはり 悪くなかった。一しょに笑い、ときには自分から思いきって、しゃれを飛ばすのは、すてきだっ た。飲みほしてから、力をこめてコップでテー・フルをとんとんたたき、屈託なく「ねえさんもう 一杯」と叫ぶのは、すてきで男らしかった。ほかのテー・フルの知りあいに向かって乾杯したり、 ほかの者と同じように、消えた葉巻きの燃えさしを左手の指にはさみ、帽子を背くびのほうにず らしたりするのは、すてきだった。 一しょに来たよその職人も調子づいて、話しだした。 , 彼の知っているウルムの錠前屋は上等の ウルム・ビールを二十杯も飲むことができた。それだけたいらげると、ロをぬぐって、「じゃ、こ んどは上等のブドウ酒の小びんを一本」と、 いうのだった。また昔知っていたカンシュタットの

8. 車輪の下

て歩いた。墓のそばで賛美歌を歌ったとき、たいていの生徒たちは、指揮する音楽教師の拍子を 取る手を見ないで、小さい仕立て屋のしょんばりした姿を見ていたので、音楽の教師は腹をたて た。仕立て屋は悲しく凍えて雪の中に立ち、頭をたれて牧師と校長と首席の生徒の弔辞を聞き、 合唱する生徒たちに向かって・ほんやりうなすき、ときどき上着のすそにしまってある ( ンカチを 左手でさぐったが、それを引き出しはしなかった。 「あの人のかわりに・ほく自身の父があの場に立ったら、どうだろうと、・ほくは思い浮かべずには いられなかった」と、あとでオットー ハルトナーがいった。すると皆は異ロ同音こ、 冫し 4 に「き ( 下 ったくぼくもそう思ったよ」 の後刻、校長がヒンディンガーの父と一しょに〈ラス室にや 0 て来た。「皆の中で故人と特に親し 輪くしていたものがあるかい ? 」と、校長はヘやの中に向かってたすねた。はじめはだれも名のり 出なかった。ヒンズーの父は不安にせつなけに若い生徒たちの顔を見た。その時ルチウスが歩み 車 出た。ヒンディンガー氏は彼の手を取り、しばししつかりと握りしめた。が、なにもいえないで、 やがてつつましくうなずいて出て行 0 た。それから彼は出発した。まる一日雪の野を汽車で走ら ねば、家に帰りついて、むす子のカールがどんなに寂しいところに眠 0 ているかを、妻に物語る ことができないのだった。 修道院ではまもなく不思議な力が消えてしま 0 た。先生たちはまたしかりだした。ドアをしめ 柄る手も乱暴にな 0 た。いなくな 0 た〈ラスの室生のことはほとんど思い出されなか 0 た。あの悲

9. 車輪の下

リンゴはいつも当たらないほうの手にあった。子どもたちがののしりたすと、ようやく彼女は一 つ出してやった。それも、ちいさめの青いのをやった。彼女はハンスのことも聞いたらしく、 つも頭痛がするのはあなたですか、とたずねた。しかしハンスが返事もしないうちに、彼女はも う近所の人たちとのほかの話に巻きこまれていた。 ハンスはこっそり逃げて帰ろうかと思った。その時、フライクが彼の手にハンドルを握らした。 「さあ、少し続けてやってもらおう。エンマが手伝うから。わしは仕事場に行かなきゃならん」 親方は出かけて行った。弟子はおかみさんと一しょに果酒を運ぶように言いっかった。ハン 下 は圧搾機のそばにエンマとふたりきりになった。彼は歯をくいしばって、敵のように働いた。 のその時、なぜ ( ンドルがこんなに重いのか不思議に思われた。それで顔を上げると、エンマが 輪かん高い声でふきだした。彼女はふざけて反対につつばっていたのだった。ハンスがこんどは憤 慨してひつばると、彼女はまたつつばっこ。 彼は一言もいわなかった。娘のからだが向こう側で抵抗しているハンドルを押しているうち に、彼は急に恥ずかしい重苦しい気持ちになって、しだいに続けてまわすのをすっかりやめてし まった。彼は甘い不安に襲われた。若い娘が大胆に彼の顔に笑いかけると、彼には突然娘が別人 のように親しく思われた。しかしやはりよそよそしく見えた。彼も少し笑った。ぎごちない親し さで。 それでハンドルはすっかりとまってしまった。 エンマは「あまりがつがっ働くのはやめましよう」と、 165 いって、自分が飲んだばかりの、半分

10. 車輪の下

ンゲンの少年は、堂に入ったラテン語通らしかった。少なくとも彼は、ハンスがまだ・せんぜん聞 いたことのない文法上の用語を二度も使った。 「あしたはなにがあるかしら ? 」 「ギリシャ語と作文だよ」 それからゲッ。ヒンゲンの少年は、ハンスの学校からは何人受験者が来たか、とたずねた。 ハンスはいっこ。 ・ほくだけだ」と、 「ひとりも来ない。 「おやおや。・ほくたちゲッ。ヒンゲンからは十二人来たよ。なかにはとても利ロなのが三人いて 下 ね、それがトツ。フを占めるだろうって、みんな期待しているよ。去年も一番はゲッ。ヒンゲンのも ののだったからね。 きみは落第したら、高等中学へいくかい ? 」 輪そんな話はまだぜんぜん出たことがなかった。 「わからない : しや、いかないと思うよ」 「て、つかし ・ほくはこんど落第しても、どっちみち上の学校へいくんだ。落ちたら、おかあさん がウルムへやってくれるんだよ」 それを聞くと、 ハンスには相手が偉いものに思えてきた。とても利ロな三人を擁する十二人の ゲッ。ヒンゲンの生徒も彼を不安にした。これではとても通りつこなかった。 家に帰ると、机に向かって mi に終わる動詞をもう一度調べた。ラテン語に対しては彼は不安 カギリシャ語については一種独特の気持ちを持 を持っていなかった。それには自信があった。・ : っていた。彼はギリシャ語が好きなどころか、それに熱中していた。しかしただ読むためだけだ