あの男 - みる会図書館


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1. ABC殺人事件

なら、 ハーティガンさん」 「いかがでしたか 2 ・」しばらくして、ジェーコ・フがもどって来て、きいた。「何か、お役に立ち ましたか ? 」 「有望だよ」クローム刑事がいった。「もしも、事実があの男のいうとおりならば、だ。靴下製 造業者のほうはまだうまくいっていないが、そろそろもう何かっかまえてもいいころだ。ところ で、チャーストン事件のファイルを出してくれ」 彼は、しばらくのあいだ、自分の見つけようとするものを探していた。 「ああ、あった。トーケー警察でとった供述書のなかにあるんだが、ヒルという名の若者が、 ーケー座で『一羽の雀も』という映画を見たあとで、へんなそぶりの男を見たというんだ。その 男が独りごとをいうのを、きいたんだが、『そりや、いい考えだ』っていったというのだ。『一 羽の雀も』っていうのは、ドンカスターのリーガルでやっていた映画だな ? 」 「はい、そうであります」 「何かありそうだよ。そのときはなんでもなかったがーーらぎの犯罪のための方法がそのときう かんだということは、考えられる。ヒルの名も住所も書いてあるな。彼の供述はあまりはっきり しないカメリー ・ストラウドやトム・ ( ーティガンの供述とかなり一致している : ・ : ・だいぶ熱 くなって来たそ」クローム刑事はこう、つこ : しナカーーーあまり正確とはいえなかった。というのは、 彼自身はいつでも冷たかったからである。 「何か命令がありますか ? 」

2. ABC殺人事件

私の頭のてつべんがどうしたというんだね ? 」 どう , も」 「いや、どうもしない 「私が禿げて来たというつもりじゃないだろうね」 「もちろん、そんなことはないよ ! そんなことは」 「あの国の暑い夏は、自然、いくらか髪をうすくはするがね。せいぜい上等なヘア・トニックを 持ってかえるよ」 「それがいいね」 「それにしたって、ジャップなんかの知ったことじゃありやしない。あいつは、いつだっていや なやったった。それにユーモアのセンスもない。人がすわろうとしているときに、椅子が引かれ ると、笑うような男だ」 「たいていの人間は笑うね」 「およそセンスがないことだ」 「すわろうとしていた男の立場からいえば、たしかにそうだね」 しくぶんきげんをなおして、いった ( 髪のうすい話には、私がとても感じゃ 「そうそう私は、、 すいことを、みとめなければなるまい ) 。「匿名の手紙がなんでもなくて残念だったね , 「あれはすっかり私のまちがいだったね。あの手紙には、どうも何かなまぐさい匂いがしたよう に思ったんだが。しかしただのいたずらだった。ああ、私も齢をとって、なんでもないのに吠え つく盲目の番犬みたいに、疑い深くなってしまった」

3. ABC殺人事件

話というのは、あんたの伯母さんのアッシャー夫人のことです」 「ご主人はお出かけですの。おはいりになっても、ご主人はおかまいにならないと思いますわ」 彼女は小さなモーニング・ルームの扉をあけた。私たちは家にはいった。ボワロは窓のそばの 椅子に腰をおろすと、するどく娘の顔を見つめた。 - よ、もちろんきいておられますな ? 」 「伯母さんのなくなられた話を 娘はうなずいたが、涙がまた新しく眼にうかんだ。 「今朝がた、警察の方がいらっしゃいました。ああ、おそろしいことですわ ! かわいそうな伯 母さん ! あんなつらい目にあってきて、またその上にこんなことになるなんてーーーひどすぎま すわ」 「警察は、アンドヴァーに来るようにはいいませんでしたか ? 」 「月曜日に喚間されることになっておりますの。でも、わたくし、あそこではいくところがない んですーーー今ではーーーあの店にまいるわけにもいきませんしーーそれに、女中がいないために、 ご主人にめいわくはかけたくありませんもの 「あんたは伯母さんがお好きでしたね、メリーさん ? 」ボワロはやさしくいった。 「ほんとに大好きでしたわ。いつだって、伯母はわたくしによくしてくれました。母がなくなり ましてから、わたくしは十一のときに、ロンドンの伯母のところにいきました。十六のときから 働きに出ましたが、休みの日には、きまって伯母のところにいっていたんです。伯母は、あのド ィッ人のためにたいへんひどい目にあいました。あの男のことを、伯母はよく『私の悪魔』とい

4. ABC殺人事件

思っておりましたのに : : : 」彼女はしばらく考えるようにした。「カーはたいそうじようぶでご ざいましたーーーーあの齢でふしぎなほどでございます。けっして病気になりませんでした。もうほ とんど六十でございましたがーー・五十くらいにしか見えませんでした : : : そうです、たいそうじ うぶで : : : 」 彼女はまた夢のなかにおちこんでしまった。ボワロは、ある種の薬の効果を知っており、それ が飲用者にどんな限りない時の印象をあたえるかということも知っていたから、何もいわなかっ レディー ・クラークはまた急にしゃべり出した。 「そうですーーーほんとに、よくいらしてくださいました。私は、フランクリンに申しました。あ れは、あなたに申し上げるのを忘れないと申しておりました。フランクリンがばかなことをしな ければ、よろしいのですけれど : : : あれはすぐひき入れられてしまうのです、あんなに世間をま わって来ましたのに。男というものは、みんなああしたものです : : : いつまでも子供で : : : フラ ンクリンは、とりわけ、・そうなんでございます」 「あの方は直情的な方ですな」ボワ口がいった。 「そうなんですーーそれに、騎士的なところがございまして。男というものは、そんなふうにば かなものでございます。カーさえもーーー」その声は消えていった。 彼女は、熱っぽく、いらいらしたように、くちびるをふった。 「みんな、ぼんやりして : : : からだというものは、やっかいなものでございますね、ボワ口さん、 こ 0 185

5. ABC殺人事件

「それに、あなたの戸棚から発見されたは ? 」 「私は何も知りません。あれは、みんな靴下だと思っていました」 「なぜあなたはアンドーヴァーの人たちのリストのなかで、アッシャー夫人の名にしるしをつけ たのですか ? 」 「そこから始めようと思ったからです。どこからか始めなければなりませんからね」 「そうですな、そのとおりです。どこかから始めなければならない」 「そんなつもりでいったのじゃありません ! あなたのいうような意味でいったのじゃないんで 「しかしあなたは、私がどういう意味でいったかわかりましたね ? 」 カスト氏は何もいわなかった。彼はふるえていた。 「私がしたんじゃありません ! 私はまったく無実です ! みんなまちがいです。まあ、二番目 あのべクスヒルのを。私はイーストボーンでドミノをしていま の犯罪を考えてみてください した。それはみとめてくださらなくちゃいけません ! 」 彼の声は勝ち誇ったようになった。 「そうですね」ボワ口がいった。彼の声は考え深く、やわらかであった。「でも、一日まちがえ ることは容易なことでしよう ? あなたが、ストレンジさんのように、強情な断固とした人なら、 あなたのいったことにいつまでも固執し まちがったという可能性を考えることはないでしよう。 ているでしよう : ういうタイプの人ですよ。それに、あのホテルの宿帳ーーあな : ・あの人は、そ

6. ABC殺人事件

ゆいいっ よう。あの男は、腕だめしなんですよ。狂気というものが唯一の弁護点ですがね」ジャップがい っこ 0 ボワ口が肩をすくめた。 「狂気に放免はあり得ないな。陛下のお考えが死刑に反対でいられるかぎり、監禁ですね」 「ルーカスは、チャンスがあると思っています」ジャップがいった。「べクスヒルの殺人に第一 級のアリ・ハイでもあれば、事件全体が弱められるかもしれませんからね。彼は、この事件がどん なにはっきりしているか、気がついていないようです。とにかく、ルーカスは変ったことをやり ますよ。まだ若いし、公衆の前でヒットを打ちたがっていますからな」 ボワロはソンプスンのほうにむいて、いっこ。 「ご意見はいかがですか、博士 ? 」 「カストについてですか ? どうも、なんといっていいかわかりませんな。あの男は正気の人間 てんかんかんじゃ のようにふるまっていますが、もちろん、あれは應癇患者ですよー 「おどろくべき大団円でしたな」私がいった 「あの男が、アンドーヴァーの警察に発作を起して倒れこんだことですか ? さようーー・あれは あのドラマにふさわしいドラマチックな幕切れでした。は、いつも、なかなか効果をねら っていましたよ」 「犯罪をおかして、それに気がっかないということが、あるでしようか ? 」私はたずねた。「あ の男の否認は、何か真実のひびきがありますがね」 262

7. ABC殺人事件

「さようでございますとも。お二人はたいへんしあわせなご夫婦でございました。ご主人は、お 気の毒に、たいそう奥さまのことを案じていらっしゃいました。それで、先生もいつも困ってい らっしゃいました。ごまかしの希望なんかで、元気になられる方々ではございませんでしたし。 はじめのころは、たいへん気にかけていらっしやったようでございます」 「はじめのころは ? あとでは、それほどでもなかったのですか ? 」 「何ごとも慣れるものでございますわ、そうではございません ? それに、カーマイケル卿には コレクションがございますし。趣味というものは、殿方にはたいした気ばらしになるものでござ います。売立てがありますと、よくお出かけになって、そのあとでは、ご主人とミス・グレーと 二人して、美術館のカタログや陳列を変えるのに大童になっていらっしゃいました」 「ああ、そうそう ミス・グレーでしたね。あの人はここを出られたのですね ? 「はい ほんとにお気の毒でございましたーーーでも、ご婦人方は、ご病気のときにはよくいろ いろのことを想像なさるものですから。それに、議論の余地というものがございません。そのま ま、うけいれたほうがまだましなのです。ミス・グレーはよくわかった方でいらっしゃいますー 「レディー ・クラークはずっとあの人をきらっておられましたか ? 」 いえ , ーーきらっていたとは申せませんでしよう。実際のところ、むしろはじめのころは好い ていらっしやるのだと思っておりました。でも、ここでおしゃべりしておとめしてはいけません わ。ご病人が、私たちのことを心配なさいますから」 彼女は階段を案内して、二階の部屋に私たちをみちびいた。いちど寝室だったところを、気持 183

8. ABC殺人事件

みあって、若い男女がうつっている。男のほうはボタン穴に花を挿して、全体に時代おくれの儀 式ばった感じがある。 「おそらく、結婚の記念写真だね」ボワ口がいった。「みてごらん、ヘイスティングズ、彼女は 美人だったと私がいっただろう ? 」 そのとおりだった。古めかしい髪型と、奇妙な着物のせいで、そこなわれてはいるが、目鼻立 ちのはっきりして、しつかりしたものごしの娘の美しさは、疑いようがない。私はもう一人の人 物をよく見たが、この軍人ふうのものごしのスマートな青年が、あのみすぼらしいアッシャー・こ とはとても思えない。 私は、あの横目を使う酔っぱらいの老人と、働き疲れた顔の死んだ老婆とを思い出して、いさ さか、時というものの無慈悲さに身ぶるいした : 居間からは、二階の二つの部屋に階段が通じていた。ひとつはからで、家具もなく、もうひと つは、たしかに死んだ老婆の寝室だった。警察が探したあとで、そのままになっていた。寝台に は、古い、すりきれた毛布が一一枚あつなー・・ーひとつの引出しには、よくつぎのあたった下着がす こしーーーもうひとつの引出しには料理の仕方書きの類ーー・『緑のオアシス』という題のカバーの かかった本ーー新しい靴下が一足ーーそれは安光りがしてあわれだったーー瀬戸の飾りものが一 対ーードレスデン焼きの、こわれた羊飼と、青と黄のぶちのかかった犬ーー木釘にかかった黒い レインコートと毛のジャンパ こういったものが、故アッシャー夫人のこの世における財産 。こっこ 0

9. ABC殺人事件

私はその知恵はそこにあるのだと確信しています、もし私たちがそれを手に入れることができる のだとしたら」 クラークはくびをふった。 私たちのだ 「私たちは何も知ってはいませんーーあの男が年よりか若ものか、色白か色黒か ! れもあの男と会ったこともなければ、話したこともないのです ! 私たちは何度も何度も知って いることをみんな話しあいました」 「みんなではありませんよ ! たとえばミス・グレーはカーマイケル卿が殺された日に、だれも 見知らぬ人間に会って話したことはなかったとおっしゃいましたね」 ソーラ・グレーはうなずいた。 「そのとおりですわ , ・クラークは、あなたが正面の戸口の階段の 「ほんとにそうですか ? マドモワゼル、レディー ところで一人と男と話しているのを窓から見たといいましたがね」 「あの方が、見知らぬ人と話している私を見たんですって 2 ・」娘はほんとに驚いたようだった。 たしかに、その清純な眼つきは真正のものに思われた。 彼女はくびをふった。 「レディー ・クラークはおまちがいになったにちがいありませんわ。私はけっしてーーーおお ! 」 そのさけび声はだしぬけにーーー彼女の口からもれた。頬が真赤に染った。 すっかり忘れてしまって。でも重要なこ 「思い出しましたわ ! なんておかしいんでしよう ! 201

10. ABC殺人事件

はまいりませんわ」 「あの日、あやしいものはお宅のそばまで来ておりません」 「だれがそう申しました ? 」レディー ・クラークは急に、勢いよくきぎかえした。 ボワロはすこしびつくりしたようだった。 「召使たち、それからミス・グレーです彼はいった。 ・クラークは非 E にはっ拳 0 りといっこ 0 「あの女は嘘つきです ! 」 私は椅子からとび上がった。ボワロは私のほうをちらりと見た。 「私はあの娘がきらいでした。いちども好きだったことはありません。カーは、すっかり信じこ んでいました。よくあの娘が孤児で、この世に独りっぽっちだなどといっておりました。孤児だ からって、何が悪いのでしよう ? ときには、それがかくれた祝福の場合だってあります。ろく そうすれば、文句もたくさんあり でなしの父親や、のんだくれの母親があってごらんなさい ますわ。あの娘は勇敢で、いい働き手だといっていましたけれど、私にいわせれば、あの娘は自 分の仕事をちゃんとしていませんでしたよ ! その勇敢なのが、どこから来たか、わかるもんで すか ! 」 し学ー 「そう、興奮なさってはいけませんわーキャプスティック看護婦が、ロをはさんで、 「おっかれになってはいけませんのです」 「私はさっそくあれを追い出してやりましたよ ! フランクリンは、あれが私のなぐさめになる っこ 0 187