っていました、あの男はどこでも伯母のいるところにやってきて、伯母をそっとしておかなかっ こじき たんです。お金ばかりまきあげる、乞食みたいなけだものですわ」 娘は、はげしい勢いで語った。 「伯母さんは法的手段で、あの男の圧迫をのがれようとはなさらなかったのですか ? 」 「そりや、やつばり、夫だから、それができなかったんですわー 娘は単純に、しかしきつばりといっこ。 おど 「メリーさん、あの男は伯母さんを威かしたんでしよう 2 ・」 「ええ、とてもおそろしいことを、よくいっていました。のどをかき切ってやるとか、そんなよ のろ うなことを。呪ったり、ロぎたなく罵ったり ドイツ語と英語の両方で。でも、伯母は、結婚 当時、あの男はすてきないい男だったといっていました。人があんなになるなんて、おそろしい ことですわ」 「まったく、そうですな。ところで、メリーさん、実際にそういう威しをきいていては、事件が おこったのを知っても、あんたはそれほど驚かなかったでしような ? 「でも、やつばりおどろきましたわ。だって、本気でいってるのだとは思いませんでしたもの。 ただひどいのは言葉だけで、それ以上には思いませんでした。伯母だって、こわがっていなかっ たようですわ。伯母が喰ってかかると、犬が脚のあいだにしっぽをまくみたいにして、あの男が しりごみするところを見たこともあります。むしろ、あの男のほうが伯母をこわがっていたくら いですわ」
いるかね ? そんな男は、すぐ目につくはずだね。だからに指紋がないとすれば、注意ぶ かく拭ぎとったにちがいない。罪のない男なら指紋を残すだろうが、罪のあるものは残さない。 だが、そうであればこそ、それが手 だからわが殺人犯人はわざとそれを残していったわけだ がかりになる。はだれかによって買われーー・そしてだれかによって運ばれた 可能性があるわけだ」 「その方法で何かわかるかね ? 」 この男、 「ほんとうをいうと、ヘイスティングズ、私はあまり希望を持っているわけじゃない。 この未知のなる男は、たしかに自分の能力に誇りを持っている。彼は後をつけられるようなし るしを残したりはしない」 「それじゃ、は全然有望ではないわけだね」 「君のいう意味ではね」 「ほかの意味なら、あるのかね ? 」 ボワロはすぐにはこたえなかった。やがて、彼はゆっくりといっこ。 「その答は、ある、だね。われわれは、ここで、見知らぬ人物とむかいあっている。相手は闇の なかにおり、いつまでも闇のなかにいようとしている。しかし事の性質そのものから、彼は自分 に光をなげかけずにはいられないのだ。ある意味では、われわれは彼について何も知らない 別な意味で、われわれはすでにかなりのことを知っている。私には彼の姿がぼんやりと形をとっ てくるのが見えるーーはっきりと上手な活字体の書ける男ーー上質の便箋を買う男ー・・・、なにより
「いささかね」刑事はみとめた。「しかし私は信じてはいません。そいつは事実じゃありません からな。しかしそいつを破るのがなかなかやっかいです。このストレンジという男はねばり強い やつでしてね」 「その人物のことを説明してください」 「四十歳ぐらいの男で、ねばり強い、自信たつぶりな、自説をまげようとしない鉱山技師です。 証人に立つように申したのは、この男でして、チリに出かけるというので、早く片づけてほしい といっています」 「いままでのなかで、いちばん断乎としたやつなんだ」私がいった。 「自分の誤りをみとめたがらないタイプの人間だね」ボワ口が考え深くいった。 「自説に固執していて、適当にいなされるような男ではないのです。彼は七月一一十四日の晩にイ ーストボーンのホワイトクロス・ホテルでカストをつかまえたのだと断乎としていい張っていま す。彼は一人でさびしかったので、だれか話し相手をさがしていた。たしかに、カストは理想的 な聴き手だったでしよう。彼はすこしも相手のじゃまをしなかったのです ! めしのあとで、彼 とカストとはドミノをやりました。ストレンジという男はドミノにかけては相当の腕前らしいの ですが、その彼がおどろいたことには、カストもなかなかたいした腕なのです。おかしなゲーム でしてね、このドミノというやつは。やってる連中はすっかりむちゅうになってしまいます。何 時間もつづけてやります。ストレンジとカストとの場合もご多聞にもれずで、カストが寝にいこ うとしても、ストレンジが放さない それで、どうやら夜中までやったらしいのです。二人は
この <O の手口には、何かゆきあたりばったりのようなものがあります。 ちょっとした推理をすることは、ゆるされます。を使 0 たことは、鉄道に関心を持っ男四 を予想させます。これは、女よりは男によくあることです。少年は、少女よりも汽車が好きです。 それはまた、。 - とうかしてあまり発育しなかった心のしるしであるかもしれません。この『子供ら しい』動機がまだ支配しているわけなのです。 ・バーナードの殺され方は、また別な手がかりをあたえます。その殺され方はとくに 暗示的です ( ごめんなさい、フレーザー君 ) 。はじめに彼女は自分のベルトでしめられています ですから、彼女はたしかに、親しい、あるいは愛しあっているものによって殺されたにちが ィーの性格をいくらか聞き知るにしたがって私の頭のなかにひとつの絵がで いありません。・ヘテ き上がって来ました。 ふうさい ・・ハーナードは浮気娘であります。風采のよい青年から注目されるのが好きでした。 ですから <O が、彼女にいっしょに出かけるように説きつけるには、相当に魅力がーーーっまり 性的ア。ヒールがあったにちがいありません ! あなたがたイギリス人がよくいうように、彼は 『うまくひっかけた』にちがいありません。彼はそういうことに手馴れた男だったのでしようー 私は海岸での場面をつぎのように描いてみます。男が娘のベルトをほめる。彼女がそれをはずし 『くびをしめてみようか』とかなんとかい てみる、彼がふざけて、娘のくびにまわしてみる って。すべては、じようだんのようにすすみます。彼女がくつくっ笑うーー・・それから男がひつば
も自分と個性をあらわしたがっている男。私には、無視され、ひとにかまってもらえない子供の ような男ーー・内部に劣等意識を育てあげて来た男ーーそれを不当に感じて闘って来た男が眼にみ える : ・ : ・。私には、自分を主張し、自分の上に他人の注意をむけたいという内心の衝動がだんだ んと強くなりーー事件や事柄というものが、それをうちのめしーーその上にいっそう卑屈な感情 をつみあげていったのが、眼にみえる。そして、内部のマッチがこの火薬をつんだ列車に火をつ けることになったのだ : : : 」 「そんなことは、みんな臆測にすぎないじゃないか」私は反対した。「実際にはなんの役にも立 ちゃしない」 「君はマッチの燃えさしとか、煙草の灰とか、釘を打った靴とか、いったもののほうがお気に召 すんだよ。いつだって、君はそうだった。だが、すくなくとも、われわれはみずから実際的な質 間をしてみなければならない。・ とうして << O なのか ? どうしてアッシャー夫人なのか ? ど うしてアンドーヴァーなのか ? 」 「あの女の過去の生活は単純すぎるように思えるし」私は考えこんだ。「あの二人の男との会見 は失望だった。彼らは、われわれがとっくに知っている以上のことを何もいえなかったものね」 「ほんとうをいえば、私はあの方面ではあまり期待していなかった。しかし、だからといって、 二人の殺人可能の候補者を無視するわけにもいかなかった」 「ほんとうに君は・ーー・」 「すくなくとも、犯人がアンドーヴァーもしくはその近くに住んでいるという可能性はあるわけ
「ロシア人がやったんですって ? 」 「なんすでって ? 」女はするどく見返した。 「警察が逮捕したそうですな」 「ほんとですか ? 」女は興奮して、ロが軽くなった。「外国人ですか ? 」 「そうです、私はきっと、あなたが昨夜その男を見なさったのだと思いましたよ」 、え、そんなチャンスはありませんでしたよ。そうなんです。なにしろ、夕方のいそがしい ときで、仕事のかえりの人たちが大勢通りますからね。背の高い、ひげのある、りつばな男です しいえ、そんなふうな人がそのへんにいたとは思えませんがねー そこで、私がせりふをうけた。 ホワ口にいった。「あなたは聞きちがえられたように思います。背の低い 「失礼ですが」私は、。、 色の黒い男だと、私は聞いていますがー それから、この肥った女にやせた亭主と、しやがれ声の小僧までが加わって、おもしろい議論 がはじまった。四人もの短身色黒の男が目撃されたことになり、しやがれ声の小僧は、長身のり つばな男は見たが、「ひげはなかった」と残念そうにつけ加えた。 やっと買物がすみ、私たちは嘘はそのままにして、店を出た。 「いったい、ありゃなんのことだったんだね、ボワロ ? 」私はいくぶん咎めるようにきいた。 「いやね、私は見馴れぬ人間が向うの店にはいったかどうかを聞こうとしただけさー 「そんなら、ただ聞いてみればよかったじゃないかーーあんな出まかせをいわなくたってー 「いや、君、君のいうように、『ただ聞いて』みただけだったら、私の質間は何も答えられやし
私どもはいまやーー老婦人と若い娘さんと、年配の紳士との、三つの殺人事件を持っておりま す。たったひとつのことが、これらの三つの人々を結び合わせておりますーーーそれは、同一の人 物がこの人々を殺害したという事実であります。このことは、この同一の人物が三つの異なった 場所にいて、かならずたくさんの人々によってこの男が見られているということであります。こ の男がかなり強度な段階の狂人だということは、申すまでもありません。その外見や振舞がこの 事実になんの暗示もあたえないということは、同様に確実です。この人物ーー私はこの男と申し ますが、それは男であるかもしれぬし、女であるかもしれませんーーーこの人物は狂気の持つあら こうかっ ゆる悪魔的な狡猾さをそなえています。この男はこれまでその形跡をくらますのに完全に成功し て来ました。警察はある漠然とした徴候はつかんでおりますが、それによって行動するとなると、 何もないのにひとしいのであります。 しかしながら、漠然としたものではない、確実な徴候がなければなりません。ひとつ、特別な 点をあげますと この殺人鬼はべクスヒルに真夜中に到着して、海岸でつごうよくではしま る娘さんを探しあてたというわけではないーー」 「その点にはいらなければなりませんか ? 」 こういったのは、ドナルド・フレーザーだったーーその言葉は、何か内心の熕悶のためにもっ れているようであった。 「なんでも、その核心にはいってみることが必要なのですよ、君」ボワロは、彼のほうにむいて いった。「君がここにおられるのは、細部の点を考えるのを掴んで君の気持をたいせつにしてお 163
ファウラー夫人は、残念そうに否と返事をした。 「あなたのおっしやるようなこと、あたし、存じていますわ。匿名の手紙といいますわね。大き ええ、もち 、つま、書、てあって な声でいうのも恥すかしくて顔の赤くなるようなことがし。し一し ろん、フランツ・アッシャーがそんなものを書いたかどうか、あたし、知りません。もしそうだ としても、アッシャー夫人があたしにいうはずはありませんもの。なんですって ? 鉄道案内、 、え、そんなもの、見ませんでした。それに、もしアッシャー夫 O 鉄道案内ですって ? いし 人がそんなものを送られたとしたら、あたしだ 0 てその話をきかされていたと思いますわ。この 事件のことをききましたとき、もうちょ 0 とのことで倒れるところでした。娘の = ディーが知ら せてくれたんです。『ママ、隣りにお巡りさんがたくさんいるわよ』といってね。ほんとにび 0 くりしましたよ。それをきいて、あたしはい 0 たんです。『あの人は家のなかにひとりでいちゃ あの娘でもいっしょに住んでいてあげればよかったのに。酔っぱらい いけなかったのだよ。 の男なんてものは、ほんとにがつがっした狼みたいなもんだからね。あの人のだんなと来たら野 獣もかわらないんだからね。私はあの人に何度も注意してあげたのに、とうとうあたしのい 0 た とおりになってしまった ! あの男はあなたをひどいめにあわせてよ、っていっていたのにね』 あの男はほんとにやってしまったんです。男なんて酔っぱらったら、何するかわかりませんから ね。この人殺しがいい証拠ですわ」 彼女は息をきらして話し終えた。 「このアッシャーという男が店にはいるところは、だれも見なかったわけですな ? 」ボワ口がい
ートリッジ氏とリデル氏 グレン刑事はいくぶんげつそりしているようにみえた。彼は、タ・ハコ屋にはいった人々のリス トをつくるのに、午後じゅうかかったらしかった。 「それで、だれもみかけたものはなかったというわけですな ? 」ボワ口がたずねた。 「いや、見かけたことは見かけたのです。こそこそした感じの背の高い男が三人ーー・黒い口ひげ の背の低い男が四人・ーーあごひげのあるのが二人ーー肥ったのが三人ーーーみんな見なれないもの ばかりで、証言を信用するとすれば、どれもみんな、どこかあやしげなようすのものたちばかり です。。ヒストルを持って、マスクをつけたギャングの一団が兇行を演じてるところを見たという ものがいないのがふしぎなくらいですよ」 ボワロは同情的に微笑した。 「アッシャーという男を見かけたものはいないのですか ? 」 「それが、いないのです。これも、あの男に有利な点です。私はいまちょうど署長に、これは警 視庁の仕事だといって来たところです。これは地方的な犯罪じゃありません」 ボワロは慎重にいっこ。 私はあまり要点がっかめなかった。ちょうどこのとき、われわれはグレン刑事に出会った。
さらに、こんどは、靴下の手がかりが私の手にはいりました。犯罪のたびに靴下を売り歩く人 間がいるということはたんなる偶然ではないということが、明白になって来ました。しかしこの 人間の説明は、たとえばミス・グレーによってしめされたものでは、私がべティー の絞殺者について抱いていたイメージにはびったりしませんでした。 大急ぎで、つぎの段階にすすみましよう。 四番目の犯罪が犯されましたーージョージ・アール スフィールド (EarIsfield) という名の男が殺されましたが、これはダウンズ (Downes) という 名の男とまちがえられたものと考えられます。彼は映画館でその人の近くにすわっていた、同じ かっこう ゴ月恰好の人物であります。 そして今や、運は変って来ました。事態は O の思うつぼにはいらないで、反対になって来 ました。彼はみつけられーー追われーーそしてついに逮捕されました。 ヘイスティングズがいいますように、事件は終りました ! 公衆の知るかぎりでは、まったくそのとおりであります。その男は牢獄におり、疑いもなく、 当然、プロードムアに送られるでありましよう。もはや殺人はありません。退場です ! おしま いです ! ねがわくば、やすらかに眠れ、であります ! ところが、私にはそうはいきません ! 私はなんにも知りませんーー・まったく知りませんー なぜとい、 ) こと、も、 しかにしてということ、も。 しかも、そこには、ひとつの小さな困った事実があります。カストという男は、べクスヒルの 夜のアリ・ハイを持っているのです」 296