181 の説教を聞かされた。 毎年、秋のはじめごろになると、エイプラム・ストロングと呼ばれる人物が「鷲の家」へやっ てきて、敬愛される大切なお客さまとして、しばらくのあいだ滞在した。レイクランズでは彼は 「エイプラム神父」と呼ばれていた。というのは、髪が真白で、顔が力強く、しかも、やさしく て、血色がよくて、笑い声が非常に明るく、その黒い服と、つばの広い帽子とが、見たところい かにも牧師らしく見えたからである。新しくきた客でさえ、三、四日も彼と接すると、この親し みのある呼び名を使うようになった。 ェイプラム神父は、遠方からはるばるこのレイクランズへやってくるのであった。彼は北西部 教 るの、ある大きな活気に満ちた都会に住んでいた。そこに彼は、いくつかの製粉工場をもっていた あり のが、それはべンチやオルガンのある小さな製粉所ではなくて、蟻が蟻塚のまわりをまわるよう 車に、貨物列車が終日そのまわりを這いまわっている、大きな醜い、山のような製粉工場であっ 水 た。さてこれから、エイプラム神父と、教会になっている水車小屋について話を進めることにし よう。というのは、この二つの話は一つになっているからである。 この教会がまだ水車小屋であったころ、ストロング氏は粉屋の主人であった。その地方で、彼 ほど愉快で、粉まみれで、忙しくて、幸福な粉屋はいなかった。彼は製粉所と道一つへだてた 小さな田舎家に住んでいた。仕事ぶりは不器用だが、挽き賃が安いので、山の人たちは、何マイ ルもの岩だらけの道をへとへとになりながらも、わざわざ彼のところへ穀物を運んできた。 この粉屋の生活のよろこびは小さな娘アグレイア話、光神 ) であった。亜麻色の髪の、よち
を恨みますよ」 それから三日後の日曜日の夕方、二人は同じ・ハルコニ 1 で小さなテープルに向って腰をおろし ていた。気のきいた給仕が水と小さなグラスに入れたクラレット・パンチを運んできた。 マダム・ポーモンは毎日晩餐のときに蒲るのと同じ美しいイヴニング・ガウンを着ていた。彼 女は、もの思いに沈んでいるようであった。テープルの上にのせた彼女の手のそばに、小さなべ ルト飾りの鎖のついた財布があった。つめたい飲物を飲みおわると、彼女は財布を開いて一ドル 紙幣を取り出した。 在「ファ 1 リントンさん」ホテル・ロータスを魅了し去ったあの微笑を浮べてマダムは言った。 ここを出るつもり 期「わたくし、あなたにお話したいことがございますの。明朝は、朝食の前に、 のです。自分の仕事に戻らなくてはならないからですわ。わたくしはキャセイのマンモス百貨店で 源靴下売場で働いていますのよ。わたくしの休暇は明日の朝八時で終りますの。この紙幣は、来週 の土曜日の夜、八ドルの給料をいただくまでは、わたくしが持っている最後のお金ですわ。あな たは本当の紳士でいらっしやるし、わたくしに、とてもやさしくしてくださいました。ですか ら、ここを引き上げる前に、ぜひお話しておきたかったのです。 わたくしは、この休暇のために、一年のあいだ、給料のなかから貯金してきましたの。二週間 は望めなくても、せめて一週間だけ、貴婦人のようにすごしてみたかったのです。毎朝七時に寝 床から這いださなければならない代りに、自分の好きなときに起きてみたかったのです。そし て、お金持がするように、一番上等のご馳走を食べ、給仕にかしずかれ、ベルを鳴らして用事を言 167
物していた数千人の弥次馬のなかの最年長のニューヨーク市民でも、これほど大規模の交通閉塞 は、いまだかって見たためしがなかった。 「ほんとうにすみません」座席にもどってリチャーは言った。「これではまるで立往生です。 一時間ぐらいでは、この混乱は解消しそうもありません。ぼくが悪かったんです。ぼくが指輪を 落しさえしなければ、ぼくたちはー・ー」 「その指輪、ちょっと見せてくださいません ? 」とミス・ラントリ 1 は言った。「どうにもしょ うがないんですもの、かまいませんわ。どのみち、お芝居だって、つまらないでしようから」 手 射その夜十一時に、何者かがアンソニイ・ロックウォ 1 ルの部屋のドアをかるく / ックした。 恋「おはいり」赤い部屋着を着て海賊の冒険物語を読んでいたアンソニイがどなった。 神その何者かは、エレン叔母だった。彼女は、あやまって地上に残された白髪の天使のような顔 金をしていた。 「二人は婚約しましたよ、アンソニイ」と、彼女は静かに言った。「あのお嬢さんがリチャード と結婚の約束をなさったんです。劇場へ行く途中、道がふさがれてしまって、二人の馬車がそこ から抜け出すまでに二時間もかかったんですよ , 「それで、ねえ、アンソニイ兄さん、もう二度とお金の威力の自慢はやめてくださいよ。結局、 真実の愛を象徴する小さな指輪ーーお金なんかにかかわりのない、永遠の愛を象徴する小さな指 輪ーーーそれが、うちのリチャード が幸福を見つけるもとになったんですからね。リチャ 1 ドは、 指輪を道へ落したので、拾いあげるために馬車をおりたんです。そして、馬車へもどって、まだ
えて渡してくれたんだものな。いっか、かならず返すよ。あの千ドルのおかげで、おれは助かっ たのだーーー実際、あのときおれが家へ帰ってみたら、あいつらはもう、おれの家財道具を歩道に 積みあげていやがったんだからな」 「だからさ」とカ 1 ナンはつづけた。「おめえがまちがいなく。ハ ーニイ・ウッズで、鋼鉄のよう に誠実で、紳士的に勝負をしなければならない人間だとすれば、恩を受けた人間を逮捕するため に指一本あげることはできねえはずだ。そうだ、おれも、商売用のイエール錠や窓の締め具を研 究するのと同じように、人間の研究もしなくちゃいけねえな。ところで、いま給仕を呼ぶから、 集ちょっとおとなしくしていなよ。おれは、この一、二年、禁酒していたんだ。ちっとばかりつら 短かったよ。しかし、こうしておれをつかまえた以上、運のいい刑事さんとしても、なっかしい酒 ンと名誉を旧友と分ちあいてえと思うだろう。おれは営業中は絶対に飲まねえんだ。しかし、一仕 事すませたいまは、大いばりで、わが旧友バーニイと一杯やることができるというものだ。おめ 0 えは何を飲むかね ? 」 さかびん 給仕が小さな酒壜とサイフォンをもってきて、ふたたび向うへ行ってしまった。 「お前のいう通り、勝負はお前の勝ちだ」とウッズは慎重に人差指で小さな金の鉛筆をころがし ながら言った。「おれはお前を見のがさなけれはならない。お前に手をかけることはできないん だ。あの金を返してさえいたらーーー・しかし、まだ返してはいない。それで万事お手あげというも のだ。とんだへマをやったものさ。ジョニイ、だけどおれは、いいかげんなことでこの場をおさ めるわけにま、 冫しかない。かってお前は、おれを助けてくれた。いまそれと同じことが要求されて 110
た。頭が、がつくりと小さなタイ・フライター台の上に落ちた。鍵盤は、涙にむせぶ彼女のすすり 泣きに、カタカタと無味乾燥な伴奏をかなでていた。 もう二週間もウォルタ 1 からの手紙を受けとっていないのだ。献立表のつぎの品名はタン・ホ・ホ タンポポ、ウォルター だった , ーー卵を添えたタンポポ料理・ーーーだが、卵なんぞどうでもいい が、その黄金色の花の冠を、愛の女王、未来の花嫁としての彼女の頭に飾ってくれたタンポポ ーーー春のさきぶれ、彼女の悲しみへの悲しみの冠 , ーー・最もたのしかった日の思い出。 ご婦人方よ、自分がこのような試練にあうまでは、これをお笑いになってはいけない。あなた のがパ 1 シイに心を捧げた夜、彼がもってきてくれたマ 1 シャル・ニール種の薔薇の花が、シ = レン。ハ 1 グ氏の定食の席で、フレンチ・ソースをかけたサラダになって、あなたの目の前に出さ ル れたとしたらどうだろう。かのジュリエットですら、彼女の愛のしるしが、そのようなはずかし カ ラめを受けるのを見たなら、すぐさまあの人のいい薬剤師から過去を忘れる薬草をもらったにちが ア し / し けれども春は、なんというすばらしい魔法使いだろう。石と鉄でできたこの巨大な冷たい都会 のなかへも、便りはとどけられなければならないのだ。その便りを運ぶ使者は、粗末な緑の衣を まとい、物腰のつつましやかな、あの小さな、寒さに強い野辺の飛脚のほかにはいない。彼こそ フランスの料理人が獅子の歯と呼んでいる彼こそーー真の幸福の戦士なのだ。花が咲けば、 恋人の栗色の髪を飾る花冠となって愛の場面に登場し、花を咲かせる以前の幼い新芽のうちは、 こと 沸騰する鍋のなかへ入って春の女神の一一 = ロづてを伝えるのである。
「たくさんというのかね ? 」製粉工場主は言った。「さよう、それも解釈次第でな。お月さまと か、あるいはそれと同じくらい高いものを買いたいというんでなければ、たくさんもっていると いうていいだろうな」 「アトランタへ電報をうつには、とてもたくさんお金がかかるんでしようね ? 」いつも細かくお 金を計算する習慣のアグレイアがたずねた。 C 「そうか」小さな溜息と共にエイプラム神父は言った。「なるほど、ラルフにくるように言って 編やりたいのだね ? アグレイアは、やさしく微笑しながら父を見あげた。 へ「あの人に待っていただきたいんですー彼女は言った。「わたし、やっと自分のお父さまを見つ 0 けたばかりでしよう。だから、しばらくは、お父さまと二人だけでいたいの。あの人には、しは らく待ってくれるように言ってあげたいんです」 198 (The Church with an Overshot ・ Wheel)
148 「ぼくのいうことがわかりませんか ? 」マックスウ = ルは執拗に言いはった。「ぼくと結婚して ください。ぼくはあなたを愛しています、レズリ 1 さん。このことを言いたいと思って、仕事の 合間のちょ 0 としたすきを見て抜けだしてきたんです。もう、あんなに電話がじゃんじゃんかか しかがですか、レズリーさん ? 」 っています。ちょっと待ってもらってくれないか、ピッチャ 1 速記者は世にも不思議なそぶりを見せた。はじめは、あっけにとられていたが、やがてその驚 いている目から涙があふれだした。それから晴れやかな微笑をうかべ、株式仲買人の首に、やさ しく片方の腕をまわした。 集「やっとわかったわ。と、やさしく彼女は言った。「このお仕事をしていらっしやるうちに、し 短ばらくのあいだ、すっかりほかのことを忘れておしまいになったのね。はじめは、わたし、びつ ーヴ = イ ? わたしたちは昨夜八時に『角の小さな教 ンくりしましたわ。お忘れになったの、ハ 会』で結婚したのよ」 0 (The Romance 0 ( a Busy B 「 oke 「 )
品 と O ・ ( ンリ ( 0. Hen 「 Y)—本名ウィリアム・シドニイ・。ホーター (William Sydney PO 「・ 八六二年九月十一 , 日、ノース・カロライナ州ギルフォード・カウンティのグリー 生 ter) ーーーは、一 ンズボロに生れた。プルーリッジ山脈のふもとにある、人口二千五百ばかりの小さな町である。 ミドル・ネームの綴りを 〈 William Sidney porter というのが洗礼名であるが、一八九三年に、 0 Sydney と改めた。 父方の祖父シドニイ・ポーターは、コネチカット州からノース・カロライナ州へ移住してきた 時計屋で、孫の O ・ ( ンリに、自分と同じ名前をのこしたばかりでなく、冒険と放浪を好む性質 をも合わせのこした。 O ・ ~ ンリが、ロマンスを愛し、つねに「街角にころがっている何か」を 探し求めたのも、おそらくこの祖父から受けついだ血がそうさせたのであろう。祖父のシドニ イ・。ホーターは、陽気で、大酒のみで、人がよくて、冗談を言ったり、しゃれをとばしたり、歌を 网うたったりするのが好きだったから、町の人たちからは愛されたが、商売にはあまり身を入れな O ・ヘンリの生涯と作品
頼を、どんなにありがたく思っているか、あなたにはおわかりにならないでしよう」 女は、いかにも二人の身分の相違を示すのに適した、落ちついた、非人間的な眼ざしで、さぐ るように彼を見た。 ーケンスタッカーさん ? 」と彼女はき 「あなたはどんなお仕事をしていらっしゃいますの、 いた。 「たいへん下等な職業です。しかし、ぼくは出世を望んでいます。さっきあなたは、身分の低い 男でも愛することができるとおっしゃいましたが、あれは本気なのですか ? 」 照「ええ、本気ですわ。でも、わたしは、『かもしれない』と申したのですわ。だって、いまは大 短公のこともあるし侯爵のこともありますもの。でも、どんな職業でも卑しすぎるということはな ン いはずですわ、わたしの理想にかなう人でしたら」 「ぼくはいまレストランで働いているのです」と。ハ 1 ケンスタッカ 1 君は、はっきりと言った。 0 女は、ちょっとたじろいだようであった。 「給仕としてではないでしようね ? 」と彼女は、やや哀願するように言った。「労働は神聖です わ、でもーー・・従僕とかーー給仕とかーーー」 「ぼくは給仕ではありません。出納係をしているんです」ーーー真向いの、公園の反対側に接した 「あすこに見 大通りに、「レストラン」と綴られた、きらびやかな電飾看板が光っていた。 えるあのレストランの出納係をしているんです」 女は、左の手首の、きれいな飾りのついている腕環にはめこまれた小さな時計をのぞき、あわ
0 ・ヘンリ短編集 (-) ウッズは十セント銀貨を給仕に渡して言った。 新聞がくると、彼はその第一面にちらりと視線を走らせた。それから手帳の紙を一枚ひきちぎ り、例の小さな金の鉛筆で、その紙に何やら書きつけた。 「何か = = 1 スでもあるのか ? 」と、カ 1 ナンは、あくびをしながら言った。 ウッズは書いた紙きれを彼の前に投げてやった。 ニュ 1 ョ 1 ク『モ 1 ニング・マース』新聞社御中 ジョン・カ 1 ナンの逮捕および同人が有罪の故をもって小生にあたえらるべき賞金一千ド ルを、右ジ「ン・カ 1 ナンにお支払いください。同人を賞金受取人として指定いたします。 1 ド・ウッス 「新聞社は、き 0 とこの手を使うにちがいないとおれは思 0 たんだ」とウッズは言 0 た。「おま えがしきりと彼らを電話でからか 0 ていたときにね。さあ、ジ。 = イ、一緒に署まできてくれ」 (The Clarion Call) 「『モ 1 ニング・マース』を買ってきてくれ」