青年 - みる会図書館


検索対象: O・ヘンリ短編集(一)
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1. O・ヘンリ短編集(一)

アレ / タイン先生をさがすことにしよう。今度こそ短期刑だの恩赦だのと、ばかなことをさせず に、十分年期を勤めさせてやる , べン・ブライスはジミイの手口を知っていた。それはス。フリングフィールドの事件を調べてい るときにわかったのである。高とび、すばやい逃走、共犯者のないこと、上流社会に対する趣味 こうしたやり方が、ヴァレンタイン君を巧みに懲罰をまぬがれる男として名を売るのに役立 ったのだ。べン・・フライスが、この逃走の巧みな金庫破りの足跡を追っているということが発表 されると、盗難よけの金庫をもっている他の連中は、いままでよりも安心するようになった。 いなカ ある日の午後ーー・ア 1 カンソ 1 州の黒いならの木の多い田舎の、鉄道から五マイルほどはなれ た小さなエルモアという町で、ジミイ・ヴァレンタインとそのスーツケ 1 スとが郵便託送の乗合 っ 馬車からおり立った。ジミイは、大学から郷里へ帰りついたばかりの大学四年生の若い運動選手 みといった風采で、板敷きの歩道をホテルのほうへ歩いて行った。 一人の若い女が通りを渡ってきて、町角で彼を追いぬき、「エルモア銀行」という看板の出て いる建物の入口へはいって行った。ジミイ・ヴァレンタインは彼女の目をのぞきこんで、思わず 自分が何ものであるかを忘れ、まったく別の人間になってしまった。彼女は目をふせ、ほんのり と頬を染めた。ジミイのようなスタイルや容貌の青年はエルモアではめずらしかったのだ。 彼は、まるで自分が株主の一人ででもあるかのような高飛車な態度で、銀行の石段の上でぶら ぶらしている少年をつかまえて、ときどき十セント玉をくれてやりながら、町のようすをききは じめた。間もなく、例の若い女が出てきて、ス 1 ッケ 1 スをもった青年なんぞ気にもかけないよ

2. O・ヘンリ短編集(一)

いた。しかし 、ハ 1 グレイブズ君自身は、なかなか野心家で、本格的な喜劇で成功したいという 大望を、しばしば口にしていた。 この青年は、ト 1 ルポット少佐に、たいへん好意を抱いているようであった。この老紳士が南 部の思い出話をはじめたり、逸話のなかでも、とりわけ生彩に富んだ話をくりかえしたりすると きには、いつもハ 1 グレイブズは、その場に居合せた。聴き手のなかで最も熱心なのは、この青 年であった。 しばらくのあいだ少佐は、彼が陰では「河原乞食ーと呼んでいるこの青年が近づくのを阻止し 集ようとしていた。だが、青年の人好きのする態度と、老紳士の物語に対する疑うべからざる鑑識 短眼が、ほどなく彼の心を完全にとらえてしまった。 ン ほどなくこの二人は昔からの友人のようになった。少佐は自分の著書の原稿を彼に読んで聞か せるために、毎日、午後の時間をそれにあてた。それに耳を傾けながら、 1 グレイブズは、話 0 のさわりのところで、きちんと笑うことを怠らなかった。少佐は、すっかり感激して、ある日、 ミス・リ 1 丁ィアに、 1 グレイブズ青年は旧制度に対して、すばらしい理解と十分なる敬意をも っている、と断言した。そして、昔の時代の話になると ト 1 ル・ホット少佐が話したいと思え 1 ~ ノ 1 グレイブズは、うっとりとききほれるのであった。 過去を語るほとんどすべての老人がそうであるように、少佐もまた微に入り細をうがって長々 ごうしゃ としゃべるのが好きだった。むかしの農場主のあの豪奢な、ほとんど王侯にもひとしい生活を述 ・ヘるとき、彼は馬の轡をとった黒人の名前とか、ほんの小さな出来事の正確な日付とか、その年 ノ

3. O・ヘンリ短編集(一)

192 を追い払ってやることにかけては魔術師のようであった。チェスタ 1 嬢のすすり泣きは、次第に ふち おさまって行った。まもなく彼女は、縁どりのない小さなハンカチをとり出して、自分の目から ェイプラム神父の大きな手にこぼれ落ちた涙を、そっと拭いた。それから顔をあげて、涙をうか べたままほほえんだ。チェスタ 1 嬢は、いつでも涙が乾かぬうちに微笑することができるのであ る。それはエイプラム神父が悲しみのなかでも笑顔を見せることができるのと同じであった。そ の点でも、この二人は大変よく似ていたのである。 製粉工場主は彼女に何もたずねなかった。しかし、チ = スター嬢は、自分から進んでうち明け 集はじめた。 短それは、いつの場合でも、若いものにとっては、たいへん重要なことに思われ、年をとったも ンのには思い出の微笑を誘う、ごくありふれた話だった。こういえば想像がつくであろうように、 主題は恋愛であった。非常に善良で、いろいろと美点をそなえている一人の青年がアトランタに 0 いた。青年は、チ = スター嬢がアトランタのどんな女よりも、いやグリーンランドからパタゴニ アにかけてのどんな女よりも、すぐれた美点をもっていることを知った。いま彼女を泣かせてい たその手紙を、彼女はエイプラム神父に見せた。それは男らしい、愛情のこもった手紙ではある が、善良さと美点にあふれた世の青年たちが書く恋文の例に洩れず、多少誇張と性急さとが見ら れた。彼は、いますぐ結婚してほしいと申しこんでいるのであった。あなたが三週間の旅行に出 発してからというもの、自分はもう生きるのに堪えられなくなった、と訴えていた。折返し返事 をいただきたいと懇願し、もしそれが好意的な返事であれば、狭軌鉄道など無視して即刻レイク

4. O・ヘンリ短編集(一)

調で言った。「わたしが立ち去ってから十分間だけ、このべンチを離れないでくださいな。あな たをとがめるつもりはございませんけれど、自動車には、たいてい、その持主の名前の組合せ文 字がついていますでしよう ? では、もう一度、さようなら」 足早に、気どったようすで彼女はタ闇の中へ歩き去った。青年がその美しい姿に見とれている と、彼女は公園の外れの舗道まで行き、そこから誧道に沿って自動車がおいてある角のほうへ歩 ちゅうちょ いて行った。彼は、彼女との約束を裏切って、躊躇なく、公園の木立や灌木の植込みの中を、彼 女が進むのと平行に、その姿を見うしなわぬよう見えがくれにつけはじめた。 集彼女は角のところまで行くと、ちらと横を向いて自動車に一べつをくれると、そのまま自動車 短のわきをすりぬけて、・ とんどん通りを横ぎって行った。折よくとまっていた車のかげにかくれ ンて、青年は、じっと彼女の行動を見まもった。公園の向う側の歩道を下手へ歩いて行くと、彼女 は、例のきらびやかな電飾看板がかかっているレストランへはいって行った。そこは、よくその 0 へんで見られるあのけばけばしいレストランの一つで、店内は、白ペンキを塗りたくり、鏡が飾 ってあって、安直に、しかもちょいと豪奢な気分で食事のできる店だった。女はレストランの一 番奥の部屋へはいって行ったかと思うと、帽子とヴェールをぬいで、すぐにまた出てきた。 出納係の机は入口のすぐ近くにあった。それまでそこに腰かけていた赤毛の若い女が、腰かけ から降りてきたが、降りながら、あてつけがましく掛時計にちらと目をやった。そのあとに腰を おろしたのが灰色のドレスの女であった。 青年は両の手をポケットに突っこんで、ゆっくりと歩道をひきかえして行った。街角で彼の足 140

5. O・ヘンリ短編集(一)

したけれど、そのために、わたしに向ってそんななれなれしい言葉を使うのでしたら、いまのお 誘いは取消しますわ」 「心から失礼をおわびいたしますーと青年は詫びた。さっきまでの満足の表情は後悔と恥ずかし さの表情に変っていた。「ぼくが悪かったのです、ほんとうはーー・つまり、公園にはいろいろな 女がいますのでーーーそれで・ーーむろん、あなたはご存じないでしようけれどーー」 「そのお話は、どうぞもうやめてくださいな。むろん、わたしにはわかっていますわ。それより も、わたしに教えてくださいな、あちこちの小径をぞろぞろ通ってゆく人たちのことを。あの人 集たちは、どこへ行くのかしら ? なぜ、あのように急ぐのかしら ? あの人たちは幸福なのかし 短ら 2 ・」 ン 青年は、たちまちそれまでのなれなれしい態度をかなぐり捨てた。いまや自分の役割は、完全 へ に受身であるとさとったからである。しかし、どういう演技を期待されているのか、彼には見当 0 がっかなかった。 「あの人たちを見ていると面白いですねーと彼は相手の気持にさぐりを入れながら答えた。「こ れこそすばらしい人生劇です。夕食をとりに行く人たちもいるし、また・ーーそのーーーどこか別の ところへ行く人もいる。あの人たちは、いったいどういう過去をもっているのでしようかね 2 世んさく 「わたしはそんなことは、考えませんわーと女は言った。「わたしはそれほど詮索好きではあり ません。わたしがここへきて、こうして腰かけているのは、人間の偉大な、共通の、いきいきした 心に、曲りなりにもふれることができるのは、ここだけだからですわ。わたしにふりあてられた人

6. O・ヘンリ短編集(一)

132 自動車を待っ間 タ闇の迫りはじめるころ、またしてもその静かな小公園の、その静かな一隅に、灰色のドレス をきた女が姿を見せた。彼女はべンチに腰をおろして本を読んだ。まだ三十分くらいは活字に没 頭できるからである。 集くり返していうが、彼女のドレスは灰色であった。スタイルも仕立ても、まことに申しぶんな 短 かったが、地味なので、それほど目立たなかった。網目のあらいヴ = 1 ルがター。 ( ン型の帽子と 顔をつつんでいたが、顔はヴ = 1 ルをすかして、おっとりとした気どりのない美しさをたたえて 輝いていた。彼女は昨日も一昨日も同じ時刻にそこ〈きた。ところがここに、そのことを知って 0 いる男がいた。 そのことを知っている青年は、そのあたりをうろついて、偉大なる幸運の神に捧げたいけにえ の効果を期待していた。彼のこの信心は報いられた。というのは、彼女がペ 1 ジをめく 0 ている うちに、本が指からすべり落ちて、べンチから一ャ 1 ドも向う〈ころが 0 て行ったからである。 青年は時をうっさず走りよって、公園や人の大勢いる場所などでよく見られるあの態度 んぎんと期待、それに。 ( トロール中の警官に対する細心の注意などの入りまじったものごし で、その本を持主に返した。そして、快活な声で、天候についての毒にも薬にもならぬようなあ

7. O・ヘンリ短編集(一)

、、ンド・ハッグに例の本を てて立ちあがった。そして、腰のあたりで手にもっているけばけばししノ ドバッグには、いささか本が大きすぎた。 突っこんだ。しかし、そのハン 「なぜ、今日はお勤めをしていらっしやらないのですか ? 」と彼女はきいた。 「今日は夜勤なのです」と青年は答えた。「勤務時間までに、まだ一時間あります。もう一度お 会いできないでしようか ? 」 「わかりませんわ。多分お会いできると思いますーー・でも、二度とこんな気まぐれを起すことは ないかもしれませんわ。とにかく、急いで行かなければなりません。晩餐会がありますし、それ からお芝居へ行かなければなりませんーーーああ、毎日毎日、同じことのくり返しですわ ! きっ っ 待とあなたは、ここへいらっしやるとき、公園の向うの入口においてある自動車にお気づきになっ 車たと思いますけれど・・ーー白い車体の自動車ですわー 「車輪の赤い車ですねーと青年は考えこむように眉を寄せてききかえした。 自 「そうですわ。わたしは、いつもあれでまいりますの。あすこで運転手のピエールが待っている のです。ピエ 1 ルは、わたしが広場の向うの百貨店で買物をしていると思っているのですわ。自 分の運転手までだまさなければならないような東縛された生活をご想像くださいな。では、さよ うなら」 「もうだいぶ暗くなりました」と。ハーケンスタッカ 1 君は言った。「公園には無法者がたくさん います。よろしかったら、ご一緒に 「わたしの気持を、すこしでも尊重してくださるおつもりがあったら」と女は、きつばりしたロ 139

8. O・ヘンリ短編集(一)

137 れることが、はやっていますのよ。これは、目下ご滞在中のダッタンの。フリンスが、ウォルドー フ・ホテルで晩餐会を催されたときに思いっかれたのがはじまりなのですわ。でも、これもすぐ にまた別の気まぐれに変ることでございましよう。現に今週もマデイソン・アヴェニューで開か れたある晩餐会で、めいめいのお客さまのお皿の横に緑色のキッド革の手袋がおいてあって、そ れをはめてオリ 1 プをたべるという趣向になっていましたわ 「なるほど」と青年は謙虚な態度で言った。「そういう社交界の奥深くでおこなわれる特殊な風 流ごとは、一般のものには全然わかりませんね」 「ときどき」と女は、彼が誤りを認めたことに対して軽くうなすいてから言葉をつづけた。「わ っ 待たしは、もしわたしが恋をするようなことがあったら、相手は身分の低い男の方ではないかしら 車と思うことがありますわ。のらくら遊び暮すような人ではなくて労働する人ですわ。でも、結局 自は、自分の好みよりも、身分や財産が要求するものが勝っことになるかもしれませんね。現にい まも、わたしは、二人の方から求婚されていますのよ。一人はドイツのさる公国の大公ですわ。 その方には、大公の酒乱のために気が狂ってしまった奥さまが、どこかにいらっしやるか、ある いはいらしったのではないか、とそんなふうに想像されますの。もう一人の方は、イギリスの侯 爵ですけれど、たいへん薄情で、お金にきたないので、むしろ大公の悪魔主義のほうを選びたい くらいですわ。なぜ、こんなことを、あなたにお話しせずにはいられないのか、おわかりになり ます力 / ゝ、・、ツケンスタッカ 1 さん ? 」 「パ 1 ケンスタッカ 1 です」と青年は小さな声で訂正した。「ほんとうに、ぼくがあなたのご信

9. O・ヘンリ短編集(一)

生劇での役割は、そういういきいきした動きがすこしも感じられないところにあるのです。なぜ わたしがあなたに言葉をおかけしたか、その理由がおわかりになりますか、ミスター 「・ハ 1 ケンスタッカー」と青年はその後に自分の名をつけ足した。ここで彼は熱烈な希望にみち た表情になった。 「おわかりにならないでしよう ? 」と女は、ほっそりした指を一本立てて、かすかに笑った。 「でも、すぐにおわかりになりますわ。新聞や雑誌に名前を出さずにおくことなど、とうていで きませんものね。写真だってそうですわ。こうして小間使のヴェ 1 ルと帽子をかぶっているから グこそ、どうにか身分をくらまして外出することができるのですわ。あなたにお見せしたいくらい 待ですわ、うちの運転手が、わたしが気がっかないと思って、わたしのこのお忍びの外出姿を、あ 車きれたように見ていたようすを。うち明けて申しますと、もっとも高貴な家柄を示す姓が五つか 動 六つありますけれど、わたしの姓は、生れながらにして、その一つなのですわ。わたしが言葉を ・目 おかけしたのも、スタッケンポットさん・ーー」 「。ハ 1 ケンスタッカ 1 です」と青年は遠慮勝ちに訂正した。 1 ケンスタッカ 1 さん、せめて一度でも、自然のままの人間と・ー・ーいやしい富の虚飾や、 はかない社会的な優越などに汚されてない人とお話がしたかったからですわ。おお ! わたし が、どんなにうんざりしているか、あなたにはおわかりにならないでしようーーー金、金、金ー ほんとにうんざりしますわ。それに、わたしの周囲の人たちにしても、みんな同じ型につくられ た、くだらない操り人形が踊っているようなものなのです。娯楽も、宝石も、旅行も、社交も、 135

10. O・ヘンリ短編集(一)

155 産があっても、息子に幸福をもたらすことは、もうできないでしよう」 翌日の夜八時にエレン叔母は、虫の食った小箱から、風変りな古めかしい黄金の指輪をとり出 して、それをリチャ 1 ドにあたえた。 「今夜はそれをはめて行っておくれ、リチャード」と彼女はたのんだ。「あなたのお母さまが、わ たしにくだすったものですよ。愛の幸運をもたらしてくれる指輪だとおっしやっていたわ。お母 さまは、あなたが愛する人を見つけたときに、これをあなたに渡すようにと、わたしにおっしゃ ったのよ」 手 射ロックウォ 1 ル青年は、うやうやしくその指棆をうけとって、いちばん小さい指にはめようと 恋した。指輪は第二関節のところまではいったが、そこでとまってしまった。彼はそれを抜きとる 神と、男性の作法にしたがって、チョッキのポケットにしまった。それから電話で馬車をよんだ。 金八時三十二分に、駅で、。へちゃくちゃしゃべり立てている群集のなかから、彼はミス・ラント リ 1 を見つけだした。 「母や、ほかの方々を待たせておくわけにはいきませんわ」と彼女は言った。 ぎよしゃ 「できるだけ急いでウオラックス座までやってくれ」と忠実にもリチャ 1 ドは馭者に命じた。 馬車は四十二番街をプロ 1 ドウェイに , 向って矢のように疾走し、ついで静かな落日の牧場か ら、朝日ののぼる岩の丘へと通じる、あの白い星のきらめく小路を飛ぶように走って行った。 三十四番街にさしかかったとき、リチャ 1 ド青年は、あわてて馬車の引き窓を押しあけると、 馭者に車をとめるようにと言いつけた。