ちゃんははっきりと思い出しました。大人のどなり声 や、なきじゃくる友だちの声がいまでも耳の底に残っ ています。 8 歳になった夏休み、外で遊ぶ友だちの声を背に、 畳の上でゴロゴロする A 子ちゃんは、外に出ようとし なくなりました。お母さんは A 子ちゃんを病院に連れ ていきましたが、どこにも異常は見つかりません。 A 子ちゃんは、いつも大人の顔色をうかがっていま した。疲れて寝込みがちなお母さんのために、畳のう えのゴミをポケットにひろい集めたり、大きなシーツ をひとりで洗って干して、大人をびつくりさせたこと もあります。なにより A 子ちゃんは、お母さんの喜ぶ 顔が見たかったのです。そして思いっきり抱きしめら れ、愛されていることを実感したかったのです。 それまでは元気に遊んでいた A 子ちゃんでしたが、 学校で力を使い果たし、家のなかでは寝たきりの状態 になり、学力も下がってゆきました。目の前で暴力が ふるわれると、体が動かなくなってされるがままにな るほかない、と A 子ちゃんは次第に無気力になり、小 児性の抑うつ状態がはじまったのです。 お母さんの口から「あなたが可愛い」とか「大切な 子」ということばを聞いたことはありません。どうや ら、教師からなぐられたことは学校に抗議してくれた まんせいてき ようですが、そのお母さんからも慢性的になぐられて 育っていたのです。 二の腕や太ももには、青黒いあざが残ることもあり ました。パジャマが見つからす、下着で寝ていると、 「パンパンのようなまねをして ! 」と鬼のような顔で 怒られました。体だけでなく、精神的な暴言は、 A 子 ちゃんの女性として健康に育つはすの芽も損ないまし た。月経が始まったのは中学 2 年でしたが、生理用品 も用意されていませんでした。家のなかでは性的な話 は一切タブーでしたが、父親が持ち帰った過激な内容 のポルノ小説が居間に置かれていたりしました。 成長した A 子ちゃんは、親元を離れ、自立しようと 悪戦苦闘したのでした。 長い間続いていた抑うつ状態は、その後社会人に なってからも彼女を苦しめましたが、ある日、自分に ちりよう は治療が必要だと思い至り、たくさんの時間とお金を 使いながら治療に通いつづけ、いまでは働きながら子 どもを育てるお母さんです。 A 子ちゃんは、特殊な例ではありません。私は、た くさんの A 子ちゃんにめぐりあってきました。そして そのたびに、子ども時代の環境が、その人のその後の 人生に与える影響の大きさと深さに気づかされました。 29
だいしようふの絵本 全 3 冊 安藤由紀 1 あなたはちっともわるくない ぼくが悪い子だからぶたれるんだ、と思っていたち びくまは、やぎ先生とたろくまにはげまされて・・・ 虐待を知り、虐待をのりこえる絵本。巻末に解説と 「児童虐待防止法」を収録。 2 いいタッチわるいタッチ アミ ( 女の子 ) とラン ( 男の子 ) はふたごのきよう だい。友だちのママに「ロと水着でかくれる場所は 自分だけの大切なところ、ひとにさわらせてはだめ」 と教わる。巻末に性教育についての解説付。 3 わたしがすき すきなもの、すきなこと、うれしかったこと、にが てだけどがんばったこと、はげましてくれる家族や まわりの人を思いうかべて、まるごとの自分をすき になることの大切さを伝える。巻末に自己肯定感を もっことの大切さについての解説付。