殺すこと、アルテミスの聖なる鹿を生捕りすること、エリュマントス山の猪の捕獲、三千頭 を飼い三十年間掃除されたことのないエリス王アウゲイアスの家畜小屋を一日できれいにす ること、アルカディアのステュムパロス湖畔の鳥の群退治、クレタ島の狂い牛の生捕り、ト ほそく ラキアのディオメデス王の人食い馬の捕捉、アマゾン族の女王の帯の獲得、世界の西の果て からゲリュオネウスの牛をつれ来ること、日没の国のヘスペリデス ( タベの娘たち ) の守る黄 めいかい 金のリンゴを手に入れること、最後に、冥界の番大ケルべロスを地上につれだすことです。 これらの試練のひとつひとつをへラクレスは非常な難儀の末に果たすのですが、いずれも 正当に報われたようには見えません。まず、彼がネメアの獅子の皮を得て帰還したときには、 エウリュステウスは一目見るなり腰を抜かし、甕の中に身を隠してしまいます。ヘラクレス はこのような臆病者に仕えなければならないのです。クレタ島から狂い牛を捕獲して帰った ときには、エウリュステウスがそれをへラに捧げますが、ヘラはそれを嘉納しません。アマ ゾン族の女王ヒッポリュテの帯の場合も、そもそもエウリュステウスの娘が気まぐれからそ れがほしいといいだしたため、ヘラクレスの苦労がひとっ増え、しかも彼は罪もないヒッポ リュテを殺すことになるのです。はるばる西の果てから持ち帰ったリンゴも、ヘスペリデス の園以外にあってはならない物であるため、アテナがふたたび元の場所に返しますし、冥界 かめ かのう いのしし
さ しんたく 岩の裂け目から噴出する瘴気を吸って神がかりして、神託を伝えたといわれます。 ふしど オイデイプスが父を殺し母と臥処をともにするだろうと予言されたのも、オレステスが母 親殺しを命ぜられたのも、ここでした。のみならず、この神託所は現実の歴史のなかでもし ばしば重要な働きをしました。ベルシア戦争 ( 紀元前四九二年以降 ) のおり、アテナイ人はペ ルシアの大軍の迫るのを見てアクロポリスを放棄し、全員軍船に乗りうつって、国土を敵の じゅうりん かいめつ 蹂躙にまかせるかわりにサラミスの海戦で敵海軍に潰滅的な打撃をあたえましたが、これは デルポイの神託が教えた作戦なのです。さらにまた、多くの都市が未知の世界へ植民団を送 り出すにあたっても、ここへ助言を求めにきたのでした。 デルポイの神託がこれほどの名声を博したのには理由があります。この地では古くから、 アポロンが大蛇ピュトンを殺したことを記念して、八年に一度ピュティア大祭が営まれてい たてごと ました。そこでは竪琴伴奏の讃歌のコンテストが主でしたが、のちには四年に一度の開催と なり、運動競技や戦車競走も導入されて、エリス地方のオリュムピア大祭 ( 古代オリンピッ ク ) についで盛大な国民的行事となりました。こうしてデルポイには、神託を求めて、ある いは競技見物に、ギリシアの内外から多種多様な人々が参集することになります。そうなる とますます、デルポイは一種の情報センターのようになっていくわけです。デルポイの神が め しようき さんか
ちくでん く毒杯をたたき落とします。メディアは逐電し、あらためて父子の対面がなされます。 ところで、アテナイにはまた悲しい時期がめぐってきていました。とい、つのは、クレタ島 と四海の王者ミノスの息子アンドロゲオスがかってアテナイに遊び、この地で変死をとげる ということがありました。このためミノスは大海軍力をもってアテナイを攻め、休戦の条件 みつもの として、九年に一度、七人の少年と七人の少女を貢ぎ物としてさし出すことをアテナイに義 務づけていたのですが、いままたその年がめぐってきていたのです。そして、クレタへ送ら ・んじき ラビュリントス れた若者たちは、迷宮の奥に住むミノタウロスの餌食にされたといわれます。一度入れば 二度と出られないという迷宮は名高いエ匠ダイダロスの作で、ミノタウロスというのは、ポ きさき たね セイドンの下した罰でミノスの妃パシバエが雄牛に恋し、その胤を得て産んだ牛頭人身の怪 物なのです。 ひとみごく、つ テセウスはみずから人身御供の一員となりミノタウロスを退治することを申し出ます。彼 雄の覚悟がかたいのを見たアイゲウスはやむなくそれを許しますが、ただ、息子の無事を一刻 も早く知りたい心から、死地におもむく船につける黒い帆を、もし無事で帰還するときには 英 白い巾にかえるよ、つ命じます。 Ⅳ さて、こうしてテセウス一行はクレタ島に着きますが、王女アリアドネが彼を見て恋にお タウロス
おのれ 己を捧げる者、死を前にした人間のいろいろなタイプをわれわれは見てきましたが、やがて ギリシア神話のなかには、死こそ望ましいものとする考え方が認められるようになります。 アガメデスとトロポニオスの兄弟 ( 義父と義子の間柄ともいう ) は腕利きの建築家で、各地 に神殿や宝蔵を建てますが、デルポイでアポロンの神殿を建てた後、その報酬を神に要求し ます。アポロンは二人に、七日目に支払うからそれまで存分に飲み食いしておくようにと告 げます。やがて七日目の夜がきて二人は眠りに就きますが、ふたたび起き上がることはあり ませんでした。つまり、これによって神は、死こそ最高の贈り物であることを示したのです。 ヘロドトスの『歴史』では、同じ話がクレオビスとビトンの兄弟のこととして語られてい ます。これは、富ゆえに自分こそ世界一の幸せ者だと信じているリュディア王クロイソスに、 ギリシア七賢人の一人ソロン ( 紀元前七、六世紀 ) が説き聞かせるエピソードです。それによ ると、アルゴスでヘラの祭礼のあった日のこと、クレオビスとビトンの母親は神事に奉仕す るため車でヘラ神殿へ行かねばなりませんでしたが、車を曳く牛が畑に出ていて間に合いそ うにありません。そこで二人の息子が牛にかわって車を曳き、八キロ近くを走り抜いて無事 社殿に到着します。これを見たアルゴス人らは二人の体力と孝心をほめたたえ、母親もまた ヘラ女神に、人間に許される最善のものを息子たちにあたえてくださいと祈ります。犠牲式 1 18
自分が牛なのか、人間なのか、それがはっきりしない、つまり、牛と人間との未分の状態 かここにはあるといえましようか。しかも、本人には、そういう状態の真相がわかっていな いのです。もっとも、これは、ひょっとしたら、われわれみんなが夢のなかででも見ている よ、つな経験し、 こ通じているかもしれないのです。われわれは、牛か何かになっていて、言葉が 通じなくて困ったり、じつは人間なのだということを理解されなくて途方にくれたりするよ うなことを、そしてそ、ついうときのなさけなさを、実感しているともいえるのです。 つの ともかく、イオには、自分で自分の正体がわかりません。水に映った自分の姿に角がある のを見て、仰天します。自分が牛になっていることが、彼女には理解できません。父親や、 姉妹たちが、自分を自分とわかってくれないことが、彼女には不審でなりません。わたしは わたしなのだーーーそ、ついお、つとすることができない、なんというもどかしさ ! しかし、彼 女自身の意識はともかく、少なくとも外見的には、彼女はもう牛なのです。 動植物への変身 りんねてんしよう さきほど、「輪廻転生」などということをひきあいに出しましたが、考えてみれば、たし かに、われわれがいつまでもーーそしていまもーー・人間であらねばならない理由はありませ ぎようてん 184
他民族の神話とは、紀元前十三世紀の末に滅びたヒッタイト王国の「クマルビ神話」です。 これもまた、ミタンニ王国などをつくったフルリ人から受け継いだものとされていますし、 わくぐみ 物語の枠組はさらに古いアッカドの天地創造神話『エヌマ・エリシュ』にも似ていますから、 ギリシア人と直接接触して問題の神話を伝えたのがいずれの民かはにわかに断じがたいとこ ろですが、もっともよくひき合いに出されるヒッタイト版を紹介しておきましよう。 それによると、はじめ天上の王者はアラルでしたが、諸神の中の筆頭者アヌがこれに挑戦 し、王位を奪ってしまいます。しかし今度は、同じようにクマルビがアヌを追い落とします。 その戦いの際、クマルビはアヌの陰部に咬みついて相手の精液を呑みこんでしまいます。ク マルビはその一部を吐きだしますが、大地がそれを受けてティグリス河とタシュミシュ神を 生み、さらにクマルビの体内に残った精は、胎児として育ってゆきます。月満ちてクマルビ かたき あらし まの身体から天候神 ( 嵐の神 ) が生まれ出て、クマルビをうち破ってアヌの仇をとります。この ふくしゅう は後、クマルビは岩と交わってウルリクムミを生ませ、これに復讐を託しますが、ウルリクム きゅうち 界ミもいったんは天候神を窮地に追いこんだものの、結局は敗れ去ります。 このようにして見ると、初代の王アラルの存在が浮いているほかは、アヌはウラノスに、 クマルビはクロノスに、天候神はゼウスに対応することが認められるでしよう。クマルビが
ケルべロスを地上につれだしたヘラクレス イ フ 対 し も し 将 来 へ フ ク レ ス の カゞ 他 に 移 る よ つ かし した た 瀕兒め デそ ば見 、彼 、人 、か 新夫 欲妻 出捕 た結 デ託 、界 上降 ッ向赴をす ス に わ に 情 を し て をス が徒が 渡 2 渡 死し 辺 に た ど り 着 い た 不 ツ ソ ス カゞ デ イ ア 不 87 り は 不 ッ ソ ス に ソ ッ 不 カゞ す で の オこ し し を し て お り ま し た 川 は 身 ス ク フ へ つ 途 中 と あ る 川 に さ し か か る と イ ア 不 イ フ を 妻 に 得 ま す 彼 女 を で 十 の 難 業 を 果 た し の ち カ リ ュ ド ン に きむ 暁 は の 妹 デ イ ア 不 イ と 女昏 る 約 束 を し ま そ で メ レ ア グ ロ ス ク ) と ム っ へ フ ク レ ス は ケ ルす べ ロ ス を ん に れ な ら な い の で へ フ ク レ ス は 彼 を 身寸い 殺月イ し て し ま い ま す し ア 不 イ フ を 犯 そ つ と 半っ 人 ; れ レ半ウて 馬故 0 ) 彡郎 不へ ソか て 地 ーこ 民 っ 冥 に ・つ た お 目 た だ け で 彼 カゞ 自 分 地 下 に に 行 な か ら れ 出 し た ケ ル / ヾ ロ ス 、工 コ、 ウ に
のプロメテウス像はのちの世の多くの作家や思想家の心をとらえつづけてきたのです。プロ メテウス像を解釈しなおし、あるいはこれに新しい生命を吹きこもうとした試みも一、二に いましめ とどまりませんが、ここでは英国の詩人シェ 1 丿ー ( 一七九一一ー一八二一 l) の『縛を解かれた プロミーシュース』の名前だけをあげておきましよう。 さて、われわれはプロメテウス神話の語りかけてくれるものを考えてゆくうちに、あまり にも先に進みすぎてしまいました。ここで逆もどりして、世界のはじまりのころの様子を見 ることにしましよ、つ。
おこわにチャー ハン、なれずしにピラフ。ィネの研究者 閉知ろ、つ食べよ、つ世界の米佐藤洋一郎著であり、料理も得意な著者が、世界のさまざまな米と米 料理を紹介します。 ダンス部と俳句同好会のコラボで、国語の苦手な高校生 日常を写し取る俳句 幻に舌で . 句 ' 今井聖著たちが俳句の面白さに目覚めた ! の魅力を語ります。 生殖補助医療の進歩は、リプロダクテイプ・ライツなど 代理母問題を亠、んる辻村みよ子著新しい権利の主張をうみ出した。諸外国の状況をふまえ、 国内での議論の到達点と今後の課題を見すえる。 〈知の航海〉シリ 書 世界に強い影響力を及ばすアメリカ大統領。初代ワシン ア肥大統領でたどるアメリカの歴史明石和康著トンからオバマまで、歴代大統領の足跡を辿りながら描 くアメリカ史。 モンシロチョウの雄は雌の翅の紫外色を見るーー・この発 ジ幻進化を飛躍させる新しい主役小原嘉明著見以来、研究を重ねてきた著者が、新種形成を一気に進 ーモンシロチョウの世界からー める主役にたどりついた ? ( カラー 8 頁 ) 波 岩 数々のドキュメンタリーで問題提起をしてきた著者。 社ムムのムフを見つめて大脇三千代著多くの現場で見聞きしたものを通し、この社会とどう向 きあい、生きるかを語る。 ードキュメンタリーをつくるー 『〈銀の匙〉の国語授業』で注目を集めるク伝説の灘校教 橋 , 不 ~ 八国勉強〕法橋本武著師。が、真の国語力を身につけるための勉強法を伝授し ます。自らの中にあるものを引き出す勉強法です。 ンドブック 今回の事故から私たちが学ぶべきことは何か。構造の欠 山口幸夫著陥、制御の困難さを述べ、放射能と被曝、エネルギーの 原発事故と放射能 基礎知識を解説する。 (10) ( 2012. 11 )
Ⅲ神々 と・つすい ものを見たことはよく知られています。ギリシア精神の中に、狂的な陶酔によって生の根源 にじかに触れよ、つとする衝動と、とらえがたく説きがたいものをも光明のもとに出して明確 な形をあたえようとする本能とを認め、それぞれをディオニュソス的・アポロン的と名づけ たわけです。 最後に言いわすれてはならないのは、このブドウ酒の神はまた演劇の神でもあることです。 わざ 詳しい過程は不明なのですが、ディオニュソスを称え、この神の業を実演する祭儀の中から、 ギリシア悲劇という形態が生まれてきたのではないかと考えられているのです。 たた