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検索対象: ブッダの真理のことば感興のことば
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1. ブッダの真理のことば感興のことば

セ愚かにも、悪しき見解にしたがって、真理に従って生きる真人・聖者たちの教を罵るならば、 その人には悪い報いが熟する。ーー - ー棘のある芦はのびて節が熟すると自分自身が減びてしまう ようなものである。 へ善いことばを口に出せ。悪いことばを口に出すな。善いことばを口に出したほうが良い。悪 いことばを口に出すと、悩みをもたらす。 九すでに ( 他人が ) 悪いことばを発したならば、 ( 言い返すために ) それをさらにロにするな。 ( 同じような悪口を ) 口にするならば悩まされる。聖者はこのように悪いことばを発することは ない。愚かな者どもが ( 悪いことばを ) 発するからである。 一 0 口をつつしみ、ゆっくりと語り、心が浮わっかないで、事がらと真理とを説く修行僧 れの説くところはやさしく廿美である。 = 善い教えは最上のものである、と聖者は説く。 ( これが第一である ) 。理法を語れ。理法にか なわぬことを語るな。これが第二である。好ましいことばを語れ。好ましからぬことばを語る こ な。これが第三である。真実を語れ、虚偽を語るな。これが第四である。 感一 = 自分を苦しめず、また他人を害しないようなことばのみを語れ。これこそ実に善く説かれた ことばなのである。 三好ましいことばのみを語れ。そのことばは人々に歓び迎えられる。つねに好ましいことばの あし * よろこ

2. ブッダの真理のことば感興のことば

188 第九章行ない 一唯一なることわりを逸脱し、偽りを語り、彼岸の世界を拒んでいる人は、どんな悪でもなさ ないものは無い。 = 戒律をまもらず、みずから慎むことなくして人々の施しを受けるよりは、火炎のように熱し た鉄丸を食うほうがましだ。 三もしも汝が苦しみを恐れるならば、もしも汝が苦しみを嫌うならば、あらわにも、あるいは 秘密にでも、悪い行ないをなすな。 四もしも汝が悪い行ないをなすならば、あるいはいっかなすであろうならば、汝は苦しみから みを語っているならば、それによって ( ひとの ) 悪 ( 意 ) を身に受けることがない。 一四真実のことばは不減であるはずである。実に真実のことばは最上である。かれらは、真実す なわちことがらと理法の上に安立したことばを語る。 一 = 安らぎに達するために、苦しみを終減させるために、仏の説きたまうたおだやかなことばは、 実に善く説かれたことばである。 以上第八章ことば

3. ブッダの真理のことば感興のことば

第七章善い行ない 一身体に過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。身体について、慎んでおれ。身体による 悪い行ないを捨てて、身体によって善行を行なえ。 ことま = ことばで過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。ことばについて、慎しんでおれ。語に こと【 よる悪い行ないを捨てて、語によって善行を行なえ。 三心で過ちを犯さないように、まもり落ち着けよ。心について、慎んでおれ。心による悪い行 ないを捨てて、心によって善行を行なえ。 四身体による悪い行ないを捨て、ことばによる悪い行ないを捨て、心による悪い行ないを捨て、 そのほか汚れのつきまとうことを捨てて、 三身体によって善いことをせよ。ことばによって大いに善いことをせよ。心によって善いこと をせよ。ーー汚れのさまたげの無い、無量の善いことを。 大身体によって善いことを為し、ことばによっても心によっても善いことをするならば、その 人はこの世でも、またかの世でも幸せを得るであろう。 セ生きものを傷けることなく、つねに身体について慎しんでいる聖者たちは、不死の境地にお つつし つつし

4. ブッダの真理のことば感興のことば

あとがき 『真理のことば ( ダンマ。ハダ ) 』と 『感興のことば ( ウダーナヴァルガ ) 』 『ダンマ。ハダ』 (Dhammapada) は、ヾ ノーリ語で書かれた仏典のうちでは恐らく最も有名なもの であろう。現在。ハ 1 リ文の大蔵経のうちにおさめられ、南方アジア諸国に伝わっている。「ダン マ」とは「法」と訳され、人間の真理という意味であり、「。ハダ」は「ことば」という意味であ る。現代語ではしばしば「真理のことば」と訳される。短い詩集で四一一三の詩句より成る。全体 は一一十六章に分れている。 この書は漢訳の『法句経』に相当する。『ダンマ。ハダ』という原題名には「経」という意味の 字はないのであるが、経典として扱われていたために、シナで特に「経」という字を添えて『法 あ句経』という名にしたのである。 ( この点は『出曜経』などにも適合する。 ) 『ダンマ。ハダ』は人間そのものに対する、はっと思わせるような鋭い反省を述べ、生活の指針 昭となるような教えが述べられている。そのために世界諸国を通じて人々の愛誦するところとな 0

5. ブッダの真理のことば感興のことば

目 00 真理のことば ( ダンマ。ハダ ) 訳注 感興のことば ( ウダーナヴァルガ ) 訳注・ あとがさ 目次 ・ : 三 0 九 ・ : 毛三

6. ブッダの真理のことば感興のことば

157 感興のことば目次 感興のことば目次 第一章無常 : 第二章愛欲 : 第三章愛執 第四章はげみ・ 第五章愛するもの 第六章戒しめ 第七章善い行ない 第八章ことば 第九章行ない・ 第一〇章信仰 : まとめの句 第一一章道の人 : 第一二章道 : 一六九 一合 一会 ・ : 一九四 : ・一九六

7. ブッダの真理のことば感興のことば

に至れば、憂えることがない。 = 実ひとがつねに目ざめていて、昼も夜もっとめ学び、ニルヴァ 1 ナを得ようとめざしているな らば、もろもろの汚れは消え失せる。 一三七アトウラよ。これは昔にも言うことであり、 いまに始まることでもない。沈黙している者も 非難され、多く語る者も非難され、すこしく語る者も非難される。世に非難されない者はいな = 天ただ誹られるだけの入、またただ褒められるだけの入は、過去にもいなかったし、未来にも いないであろう、現在にもいない。 = = 九もしも心ある人が日に日に考察して「この人は賢明であり、行ないに欠点が無く、知慧と徳 行とを身にそなえている」といって称讃するならば、 = 三 0 その入を誰が非難し得るだろうか ? かれはジャンプ 1 ナダ河から得られる黄金でつくった 金貨のようなものである。神々もかれを称讃する。梵天でさえもかれを称讃する。 一三一身体がむらむらするのを、まもり落ち着けよ。身体について慎んでおれ。身体による悪い行 ないを捨てて、身体によって善行を行なえ。 ことば = 三 = ことばがむらむらするのを、まもり落ち着けよ。ことばについて慎しんでおれ。語による悪 ことば い行ないを捨てて、語によって善行を行なえ。 つつし

8. ブッダの真理のことば感興のことば

222 ひとは、恐怖のゆえに、優れた人のことばを恕す。ひとは、争いをしたくないから、同輩の ことばを恕す。しかし自分よりも劣った者のことばを恕す人がおれば、それを、聖者らは、こ の世における〈最上の忍耐〉と呼ぶ。 一三集会の中でも、また相互にも、怒ってことばを発してはならない。怒りに襲われた人は、自 分の利益をさとらないのである。 みずか 一六真実を語れ。怒るな。乏しきなかからでも自ら与えよ。これらの三つの事を共現したならば、 ( 死後には天の ) 神々のもとに至り得るであろう。 一セ心が静まり、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している入に、どうして 怒りがあろうか ? はっきりと知っている人に、怒りは存在しない。 一へ怒。た人に対して怒り返す人は、悪をなすことになるのである。怒った人々に対して怒らな いならば、勝ち難き戦にも勝っことになるであろう。 一九怒らないことによ 0 て怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合う ことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言にうち勝て。 = 0 怒ることなく、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知 0 て解脱している人に、どうし て怒りがあろうか ? かれには怒りは存在しない。 三怒らぬことと不傷害とは、つねに気高い人々のうちに住んでいる。怒りは悪人のうちにつね

9. ブッダの真理のことば感興のことば

もむく。そこに至れば悩むことがない。 八聖者は実に生きものを傷けることなく、つねにことはについてよく慎しんでいる。かれらは 不死の境地におもむき、そこに至れば悩むことがない。 九聖者は実にひとを傷つけることなく、心についてつねに慎しんでいる。かれらは不死の境地 におもむき、そこに至れば悩むことがない。 一 0 落ち着いて思慮ある人々は身をつつしみ、ことばをつつしみ、心をつつしむ。かれらはあら ゆることに慎しんでいる。かれらは不死の境地におもむく。そこに達したならば、悩むことが ことばについて慎しむのは善い。らについて慎しむのは善い。 = 身について慎しむのは善い。 あらゆることについて慎しむのは善いことである。あらゆることがらについて慎しむ修行僧は 章 すべての苦しみから脱れる。 ば一ニ ( 悪いことを言わぬように ) ことばを護り、心でよく慎しみ、身体で悪いことをするな。この こ 善き行為の道を浄めて、聖者の説きたまうた道を体得せよ。 の 以上第七章善い行ない くに

10. ブッダの真理のことば感興のことば

。もしもかれが何か所有物をもっているのであれば、かれは「〈きみよ〉といって呼びかける 者」なのである。無一物であって執著のない人、ーーかれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶので ある。 一六身にも、ことばにも、らにも、悪い事を為さず、三つのところについてよくつつしんでいる 人、 かれをわれは〈バラモン〉と呼ぶ。 一セ粗野ならず、ことがらをはっきりと伝えることばをつねに発し、ことばによって何入の感情 をも害することのない人、ーーかれをわれは〈バラモン〉と呼ぶ。 天罪なくして悪罵・殴打・拘禁を堪え忍び、忍耐し誓戒をまもる力のある人、ーーかれをわれ は〈バラモン〉と呼ぶ。 章一九怒ることなく、つつしみあり、戒律を奉じ、博学であって、身をととのえ、最後の身体に達 かれをわれは〈バラモン〉とよぶ。 した人、 第 かれを ば = 0 在家者とも交らず、出家者とも交らず、なくして遍歴し、満足している人、 と こわれは〈バラモン〉と呼ぶ。 かれをわれ 感 = 一来る者を喜ばず、去る者を悲しまず、執著から脱している、戦場の勝利者、 は〈バラモン〉と呼ぶ。 = = 来る者を喜ばず、去る者を悲しまず、憂い無くして、汚れを離れ、やすらいでいる者、 なんびと