兵士たち - みる会図書館


検索対象: 大地(三)
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1. 大地(三)

119 大地 ( = ) は武器を持っていなかった。朝の食事をしているところを急襲されて、あわてふためいて逃げだ したのであるから、小さな短刀しか持っていす、これでは多数を防ぐ役にはたたなかった。兵士 らは . 一団となって彼をおさえつけ、羽がいじめにして、将軍のところへ連れてきた。鷹は恐ろし い顔をして、倶は兇悪な光を放っていた。ワラが頭髪や着物についている。こうして彼は王虍が 待っている大広間へつれてこられた。王虍の長剣は抜きはなたれて、一条の細い銀の蛇のように 族に光って横たえられていた。彼は例の黒いの下から眼を怒らしてをにらみつけ、声をあら けて言った。 「とうとうきさまも謀叛したのだな ! きさまを一兵卒から引き上けて現在の地位 にしてやったおれにたいして裏刧ったのだな ! 」 は王虎の膝に横たわっている、かがやく長剣から恨をはなさすに、不敵な声で答えた。 「大将に謀叛することをおれに教えたのは、てめえじゃねえか。てめえは、たかが家出した小 せがれじゃねえか。いったい、あの老将軍のほかに、だれがてめえを引き上げてくれたというの こんな暴言をきくと、王虎はがまんができなかった。まわりにむらがって、かたすをのんで見 一物している兵士たちにむかって、大声で命じた。 「おれは、おれの剣でこいつを刺してやろうと思っていた。しかし、そんないさぎよい最期は、 こいつにはもったいない。あっちへつれて行って、重罪人、兇悪犯人、不孝の子、不忠の臣を処 罰するように、 こいつの肉をすたすたに引き裂いてやれ ! 」 けれども最後の覚悟をした鷹は、だれも制止するひまもなく、小さな短刀をふところから出し、 すふりと見分の腹につきたてて深くえぐった。そして、つきたてたまま、一瞬よろよろと立って

2. 大地(三)

154 「そこにいろ ! 少年は、合点がいかないふうで、ゆっくりと腰をおろした。 王虎は護衛兵のほうを向いて命令した。 「護衛兵を全部よんで、おれのまわりに立たせろ。すぐ政撃できるように銃を用意してくるよ うに言え。それから六人の兵士をつれてこい」 王虎は大きな古い肘掛椅子に腰をおろしていた。かって老県長の所有だった椅子である。その 背には、保温のために虎の毛皮がかけてある。その椅子に王虍は、どっかと腰かけた。護兵が 入ってきて、彼の左右に整列した。王虎は、ひげをなでた。 , ハ人の兵士が入ってきた。いすれも若い。青年のつねとして、強壮で、感動しやすく、大胆で ある。彼らは護衛兵と、さきが頭のあたりできらきら光っている銃剣とに守られて将軍がそこに 坐っているのを見ると、鄭重に敬礼した。そして、代表としてえらばれた一兵士は、うやうやし くもう一度敬礼してから、ロをきった。 「慈愛ぶかい将軍閣下、私たちは、もうすこし食糧を増していただくように陳情するために、 同僚たちによって選ばれてまいりました。まったく私たちは食糧が足りません。こんな時勢です から給料のことは申しません。とどこおっている給料のことも、いまは申しません。しかし食糧 が足りないのは困ります。私たちは日は日に体力が衰えるばかりです。私たちは兵士ですから、 自分のこの身体だけが唯一の資本なのです。私たちは毎日一片の餅を支給されているだけです。 閣下の公正な処置をおねがいしたいと思います」 王虎は、無知な人間はどういうものか、またこういう連中は威圧しておかなければならないこ と、さもないと指導者の命に服さなくなることを、よく承知していた。そこで彼は、はけしくひ

3. 大地(三)

118 そのとき、王虎がすでに押し寄せてきたから万体したと鷹に報告したものがあった。鷹は青 天から落ちてきたような絶望にたたきのめされた。彼は一瞬間、なんとか奇策によってこの場を 切りぬけられないものか、あるいは秘密の通路によって脱出できないものかと、迷いためらって いた。王虎が、そんな大軍を引きつれてきた以上、彼の部下があえて味方をしてくれようとは、 とうてい望めなかった。彼は孤立無援であると知った。だが、この一瞬のためらいが彼の運命を 決した。そのとき王虍が馬をおどらせて営門のなかへ突入してきたのである。彼は、おれが自分 で殺すのだから鷹を捕えろ、と大喝した。そして叫びながら鞍からおりると、王虎の部は、わ っと喊声をあげ、ひしめき合って営舎内になだれこんだ。 いよいよ最後だと観念した鷹は、逃けて身をかくそうとした。彼も勇士ではあったが、このと きには逃けだして炊事場の枯草の山のなかにかくれた。けれども、鷹を発見して懸賞金を得よう・ と狂奔する、この多数の兵士のから、どうしてのがれえよう。また鷹は、同志が救ってくれる ことも期待していなかった。ただ彼らだけは、自分のかくれているのを発見しても、見のがして くれるだろう、とは思っていた。そう念じつつ草のなかにかくれていた。かくれてはいたが、ふ るえてはいなかった。彼もまた一個の勇士なのであった。 しかし彼は発見されないわけこよ、 冫。しかなかった。賞金ほしさに兵士たちは隅からすみまでさが しまわった。表門から裏門、非常門まで見張りがついていた。しかも営舎の城壁は非常に高い。 とうとうは五、六人の兵士に見つけられた。彼らは彼の藍色の着物の一端を枯草の下に見つけ たので、走り出て戸口をおさえ、ほかの兵を呼んだ。五十人ぐらいの兵士がかけつけた。みんな 用心しながら炊事場へ入った。豊がどんな武器を持っているかしれないからである。ところが彼

4. 大地(三)

はやまって駈ぎたてると鷹が私を暗殺するだろうと思い、たしかな証拠をにぎるまで待っていた のです」 これらの言葉が石をころがすように青年の口から出てきた。王虎は深い眼をぎらぎら光らせた。 太い眉毛が重々しく下へ寄ると、は額の下になお深くかくれるように見えた。彼は激烈な怒気 がわきおこってくるのを感じてどなった。 「あのいまいましい犬め ! ぬすっとめ ! おれが一兵卒から引き上けてやったのじゃない か ! 何もかもおれのおがけではないか ! そのおれにそむくとは、あいつ、まったく野良犬 強い好戦的な憤怒が、しだいに心のなかに燃えさかってくると、王虎は息子のことを忘れて、 腹心や部隊長らの住んでいる営舎へと大股にいそいだ。そして大きな声で五千人の兵士に午前中 に出動準備をととのえることを命じ、それから自分の乗馬と鋭利な細身の剣の準備をも命じた。 いままで春にふさわしく静かで、のんびりとしていた営舎も、すみすみまで波立っ池のようにな った。後房からは、子供らや奴隷どもが、武器の音や出征のさわぎにおびえた眼をのそかせてい にるし、軍馬さえ興奮して、営舎の敷瓦の上でヒズメをがたがたいわせたり跳ねあがったりしてい 王虍は彼の命令どおり万事が動いてゆくのを見さだめてから、疲れている使者をかえりみて言 大 「あっちへ行って、食ったり飲んだりして、休息してくれ。よくやってくれた。報酬として進 級させてやる。若いものの心には、いつも反逆の気がひそんでいる。若いものは叛乱に参加した

5. 大地(三)

せた。自由行動の期間が終ったから帰れという合図である。王虎はその朝、いつもよりもい 0 そ うたけだけしく、すさまじい顔をしていた。例の黒い太い眉が眼の上でしきりに動いていた。誰 も怖がって命令にそむくものはなかった。 ただ一人、命令にしたがわないものがいた。この三日間、きっちりととざされていた門を開い て王虎が出て行こうとすると、近くの横町から弱々しい叫び声がきこえてきた。こういう叫び声 に敏感になっていた王虎は、何事だろうと大股に近づいて行った。一人の部下が軍営にもどる道 すがら、行きすりの老婆の指に金の指輪を発見した。老婆は労働者の妻かなにかで金目のものを 、貧弱なもので、たいして値うちもないのだが、兵士 もっているはすはなく、その指輪も、細い は、とっぜん掠奪の最後の軈物としてその小さな金の指輪を強奪したい欲望にかられ、老婆の腕 をねじ上げた。老婆は泣いて訴えた。 「この指輪はもう三十年もはめています、どうしていまさら手はなすことができましよう一 集合の合図のラツ。 ( が鳴っているものだから、兵士は気がせいていた。王虍の眼のまえで彼は 短剣を抜いて老婆の指を切りおとした。老婆の弱い乏しい血にもまだ流れだすたけの力はあった。 「兵隊はあわてているので王虎に気がっかなかった。王虎は大した。長剣を抜いてとびかかり兵 士の胸を刺した。なるほどそれは王虎の部下ではあ 0 た。けれども王虎はこれを刺した。倶のま 地 えで、あわれな飢えた老婆に、そんなむごたらしいことをするのを見て、はげしい怒りがっき上 大げてきたからである。兵士は声も立てすに倒れた。血が真紅に流れとなってほとばしり出た。老 婆はといえば、彼女は、自分を救うためとはいえ、あまりのすさまじさに恐れをなし、傷ついた 指を前掛でまいて、どこかへ姿をかくした。王虎は二度とその老婆の姿を見なかった。

6. 大地(三)

王虎は待つよりほかに方法がなかった。部隊長を集めて協議した。彼らはいずれも包囲戦を主 張した。人間食わねば生きられないから、包囲し兵糧攻めにしたほうが戦闘よりも効果的だとい うのである。王虎にも、それが得策であると思えた。もし、いますぐ攻撃すれば、多くの部下の 生命を失うことになろう。城門は頑丈で巨大な横木に鉄板がうちつけてあるから破壊する方法が 。厳重にとざされたいくつかの城門を見張っていて食糧が運びこまれるのを防けば、一、 か月のうちには敵は糧食っきて降服するだろう。いま戦っても、敵はまだ元気で、体力が旺盛だ ろうから、勝利がどちらに帰するかわからない。そう王虎は考えた。こうして彼は、戦うに有利 なときまで待ち、勝利が確実となってから戦うほうがよいと結論したのである。 そこで彼は部下に命じて全城壁を包囲させた。敵弾のとどく射程外に陣を張らせたので、敵の 射ってくる弾丸は、むなしく濠のなかへ落ちるだけであった。こうして城壁の周囲をかためてか ら、城内への出入は全然できなくなった。王虎の兵士たちは、附近の畑の作物を徴発し、穀類、 野菜、果物、鶏などを、たらふく食べていた。きちんと代金を支払わせるから農民も反抗するよ うなことはしなかった。王虎軍の食料は十分に行きわたっていた。やかて夏がきた。土地は豊作 に恵まれている。この地方では、夏は乾燥しすぎもしなければ、雨が降りすぎもしない。あの連 山の西のほうでは、雨が降らないので、ひどい凶作らしいといううわさである。王虍は、このう わさをきいたとき、こんな豊かな地方へ大軍をひきいてきたというのも天佑のしからしめるとこ ろであろうと、ひそかにその好運をよろこんだ。 かくて一か月たった。王虎は天幕のなかで毎日待っていたが、だれ一人、とざされた城門から 出てはこなかった。また二十日待った。たんだん焦躁にかられてきた。部下もいら立ってきた。

7. 大地(三)

156 「射ち殺せ ! 片つばしから射て ! 」 護衛兵たちは、し 、っせいに発射した。大きな部屋のなかが、全部、銃声と硝煙に満たされた。 硝煙が情れると、六人の兵士は死体となって横たわっていた。 王虎が、すぐに立ちあがって命令した。「この死骸をはこんで行って、この者どもを代表とし てよこしたやつらに言え、それがこの回答だとな ! 」 しかし護衛兵が若者たちの死体を引き起そうと身をかがめる前に、 一つの奇妙なことがおこっ た。王虎の息子は非常に落ちついた子で、平生、自分のまわりに起る事柄は、ほとんど見向きも しないように見えるのだが、いま彼は、父もはじめて見るほどの凶暴な無我無中なようすで躍り 出した。そうして若者の死体の一つの上に顔をふせて、しげしげと見つめ、それから一つすっ、 すばやくあちこちさわってみたり、大きくみひらいた狂気じみた眼で眺めたり、ぐったりしてい る手足を凝視したりしていたが、やかてきっと父の顔を見て、父になかって大きな声で言った。 自分のやっていることがわからないようすであった。 「あなたは殺してしまったーー・ひとりのこらす死んでいます , ーーーこの兵士は、ぼくも知ってい ますーーーにくの友達です」 そして、とっせん王虍がなんともいえない恐怖をおばえたほど絶望的な眼を、父の恨に釘づけ にしていた。息子の眼のいろには、父をそっとさせるものがあった。父は眼をそらし、弁解じみ た口調で言った。 「こうしないわけこよ、 冫しかないのだ。そうしなければ、ほかのものを煽動し暴動を起して、お れたちを殺すようになるのだ」

8. 大地(三)

ときとしては面とむかって口ぎたなくののしるものさえあった。 「あんたは親御さんには似もっかねえ子じゃて。親御さんは、年をとられてからも情深い人で、 ご自分もわしらのように骨折ってはたらいたことを忘れすに、小作料をさいそくしたこともなけ りや、凶作の年には年貢も取らなかったものだ。だのに、あんたは、苦労したことがねえだで、 慈悲というものが胸にうまれたことがねえのだろうて ! 」 そんなに恨まれていたのである。それがこの凶年になって露骨に表面にあらわれてきたのた。 夜になって、王一の屋敷の門がしめられると、そこへきて門をどんどん叩いたり、石段の上に横 たわったり、きこえよがしにうなったりする連中もあった。 「わしらは、ひ・ほしになりかけているのに、あんたのとこにや、また食う米があるだ。酒をつ くる米まであるだ ! 」門前を通りながら往来でどなるものもあった。白昼でも遠慮しなかった。 「ああ、こんな金持をぶち殺して、やつらがわれわれからひったくったものを取り返してやりて はじめのうちは王一も王二も、あまり気にかけなかった。しかし、しまいには町の兵士を数人 YJ やとって門番に立たせ、無用のものを追い払わせることにした。凶年には、いっをうだが、こ 地としも匪賊が発生し、だんだんその数がふえ、自暴自棄になってきたので、年がおしつまるにつ ワン・ルン れて、城内でも城外でも、彼らに襲われる富豪が多くなった。しかし王龍の二人の息子だけは、 ・大 兵士を大勢部下に持っている警察署長の娘を嫁にもらってあるし、王虍が軍閥としてあまり遠く ないところにひかえているしするので、まったく安全だった。窮民らは王家の門前で、ただうな ったり、ののしったりするだけのことしか、あえてしなかった。

9. 大地(三)

これに対して兵士たちは答えた。「市中に一握りの穀物もないのです。金や銀や絹は食えませ ん。そんなものはあるのですが、食べものはないのです。百姓は、まだこわがっていて作物を売 りにこないのです 部下のいうことは事実にちがいない。王虎は市民をかわいそうだと思い、そして不機嫌になっ た。しかし、ともかく部下に糧食をあたえなければならない。それで糧食の給与を命じたが、そ れはひどく不機嫌そうな調子であった。一人の粗野な兵士が、こんなことを言っているのがきこ えた。 「そうなんだよ、女どもは、みんなやせこけていて、まるで羽根をむしった鶏みたいなんだ。 あれじゃ何のたのしみもねえよ」 これをきくと王虎は、とっせん自分の生活がたえられなくなった。ひとり別室へ行き、そこへ 坐って、ふたたび心を鬼にする前に、しばらくうめいた。しかし二度と彼の心は強くはならなか った。手に入れたゆたかな土地のことを考えてみたり、 いかに彼の勢力が強大になったかを考え てみたり、この戦争によって支配する領土が倍以上にひろがったことを考えてみたりした。これ が自分の仕事であり偉大になる手段なのだ、と自分自身に言いきかせてもみた。最後に、そして もっとも彼をなぐさめたのは、二人の妻を思い、その妻のどちらかに子供が生れるであろうとい うことであった。彼は心のなかで叫んだ。 ( 生れる子供のために、おれは、ただの三日くらい、他人の苦しむのをがまんできないのか ) 彼は、こうして三日間、心を鬼にしていた。そして部下との約東を守った。 四日目の早朝、彼は、やすらかならぬ寝台から起き出て、城内いたるところで、ラッパを吹か

10. 大地(三)

15S もなぐさめたのであった。 それはともかく、この六人の兵士が部隊の代表として陳情にきたことは、事態がどの程度まで 暗い危険にさし迫っているかを王虎に教えた。すなわち、自分の軍隊をしつかりと維持してゆく つもりなら、どうでも食糧を手に入れる方法を講じなければならないことを彼はさとったのであ る。外国から食糧がすでにくることになっていると言ったのは、一時の言いのがれであるが、こ うなっては、どこかへ出かけて行って、食糧を手に入れてこなければならない。彼は、ふたたび 兄の王商人のこ・とを思 0 た。こんなときにこそ兄弟は助け合うべきだ。一度故郷へ帰 0 て、亡き 父の残した家の状態がどんなふうになっているか、どのくらいの援助が得られるか、頼んでみよ う、と田 5 い立った。 そこで彼は銀と食糧を手に入れてきて給与を豊富にすると兵士たちに約東した。彼らは、すっ かり元気になり、期待に胸をふくらませ、彼にたいして信頼の情を新たにし、忠実にな 0 た。彼 は部下の精鋭をすぐって屋敷を警備させ、護衛隊に旅行の準備を命じた。出発の当日には、こく さんの小舟を集めさせ、・息子や護衛隊や馬を全部その舟に乘りこませ、水上を渡 0 て、堤防がま だ水に没しないでいるところまで行った。そこで一行は馬にのり、王虎の兄たちの住む町へ向っ せまい道路の上を、彼らの騎馬は、のろのろと進んで行った。両側は水が海のようにひろがり、 道路には避難民が押し合いへしあいしながら、いつばいにむらがっていた。人間ばかりでなく、 鼠、蛇など、さまざまな野生の動物までが、乾いた土地を求めて人間と争 0 ていた。これらの野 生の動物は人間にたいする恐怖も忘れ、弱い力をふりしぼって場所をとろうときそっていたので