ってあるから、王一の長兄の素行について他人の知らないことをたくさん知 0 ていたのである。 そこで彼は娘にどなりつけた。 「何をいうか ! おまえは魔窟でばかり日をくらしているろくでなしの道楽息子と結婚するつ 1 もりか」 そして彼は、娘が学校へもどるまで彼女の部屋へとじこめておくようにと召使たちに命令した。 彼女は気ちがいのようにとんで行って、父親にくってかかったり、哀願したりしたが、父親のほ 彼よ、きわめて冷静な男で、娘がまくしたてているあいだ、 うは、すこしも相手にしなかった。 / 。 詩を口すさんだり、書物を読んだりしているのであった。娘が憤怒のあまり、娘としていうまじ き言葉を吐くと、彼女のほうをふり向いて言った。 、いた。このごろの娘を悪く 「おれは最初からおまえを学校へやらすに家におくべきだと思っ、 ( するのは学校教育だ。もし、もう一度やりなおせるものならおまえもおまえの母親のように、 字がよめなくても貞淑にそだてて、早く善良な男のところへ片づけたいくらいだ。そうだ。いま からでもそうするそ ! 」とっぜんどなりつけられたので、娘は気がひるみ、父親がおそろしくな 地それから一一人の男女は、ひどく美しい、絶望に満ちた手紙を、たがいに書き合った。そして両 家の召使たちは買収の金でふところをあたためながら、はげしく往復した。けれども青年は家に 大 ばかりとじこもってくよくよするばかりで、睹博にも遊びにも行かなかった。両親は、彼が悶々 と思いわすらうのを見ても、どうしたらいいかわからなかった。王一は間接に警察署長にわいろ を贈ろうとした。署長は、わいろはすぐ受けとるほうだが、今度ばかりは手を出そうとしなかっ
ことがないような猛烈な嫉妬にさいまれていたのである。こんどのは、わが息子が自分ばかり を愛しているのではなく、父親以外の他の者を恋しがっているということへの嫉妬であった。自 分は、わが子によろこびと誇りを感じているのに、息子のほうでは、そんなに大きな愛情にも満 足していないし、それをありがたいとも思っていないのだ。父の愛情につつまれているにもかか わらす、母親を慕っているのだ。そのことが王虎を苦しめるのであ「た。王虎は心のなかで、 ( お ればそれだからすべての女を憎なのだ ) と、はけしく叫んだ。そして短気に椅子から立ちあがり、 みつ口にどなりつけた。 「そんな弱虫なら母親のところへ行かせろ ! 兄貴たちの子供のようになるなら、どうしよう とおれはかまわん。勝手にするがいい ! 」 みつロは、おだやかに答えた。 「将軍さま、あなたはあの坊っちゃんがまだ小さな子供だということをお忘れになっていま 王虍は、ふたたび椅子に腰をおろして、しばらくのあいだうな「ていたが、やがて言った。 「そうだな。わしはいま母親のところへやってもよいと言ったように思うが : : : 」 地それからというもの、五、六日に一度くらいすっ子供は母親のところへ行くことにな「た。彼 が行くたびに王虍は坐ってひげを噛みながら待っていて、もどってくると、子供が見たこと聞い たことを、あれこれとたすねるのであった。 「あっちでは、みんな何をしていたか ? 」 すると子供は父の眼にあらわれている熱烈な感情におどろいて、きまってこう答えた。「お父
の若いときのように、不義密通として殺されるようなことはなかった。それどころか、結婚の日 どりが早くなるばかりで、こんなふうにして子供が生れても若夫婦は手柄顔で平然としていた。 をして両親は「苦々しく思っても、かけで不愉快そうに顔を見合わせるばかりで、じっとがまん しているより仕方がない。 これが新時代というものだからである。しかし、多くの父親は息子の ために、そして母親は嫁のために、新時代を呪っていた。しかし、なんといっても、これが新時 代なのであって、昔にかえすよすがはなかった。 このような新時代に盛は生活していた。弟の孟も愛蘭もそうなのであって、彼らは新時代の一 部であり、ほかの時代を知らなかった。しかし、元はそうではなかった。王将軍は彼をあらゆる 古い伝統のなかで育て、すべての女性に対する自分の憎悪までもそれにつけくわえた。それで元 は女のことを夢にも見たことはなかった。もし気のゆるみから眠っているうちに女の夢でもみる と、眼をさまして、ひどく恥かしい気がし、寝床からとび出して猛烈に勉強するとか、しばらく 街を歩くとか、そんなことをして心のなかからみだらな思いを追いはらった。いっかは、ほかの 男と同様に自分も結婚し、ちゃんと子供を持たねばならぬことはわかっていたが、そんなことは 勉学にいそしんでいるいまのようなときに考えるべきことではなかったのである。いまの彼は一 途に学間のみにあこがれていた。そのことは父にはっきり書き送っておいたし、いまでもその気 持は変っていなかった。 ところが、 . この年の春は夜ごとの夢になやまされつづけた。昼のあいだは恋愛とか女性とかを 考えたことはないのだから、ふしきであった。しかも眠っている彼の心は、そうしたみだらなこ とでいつばいなので、眼がさめると恥かしさに冷汗をかいた。そして、あのささやかな畑へ行っ
124 まで行かぬうちに、夫人が声を張りあけてこういうのが耳にはいった。 「うちの子は一人も軍人になっていないことをうれしく思うわ。とても下等な生活ですものね。 若いものを粗野に平凡にしてしまいますよ」 王一は、そわそわして答えた。「そうだな , ーーおれはちょっと茶館へ行ってくる」 あばたは伯父夫妻が死んだ息子のことを思いだして、そっけない態度をしたのだとは知りよう がなかった。すっかりしおれかえって門のところまできた。すると、そこに王一の第二夫人が立 っていた。最近うまれた赤ん坊を両手にだいている。彼女も青年の話をきいていたのであるが、 席をはすして、彼よりもさきに門のところへきていたのであった。一 彼女は、なっかしそうに彼に 言った。 「たいへん結構な勇ましいお話でしたわー 青年は、すっかり気をよくして母親のところへ帰った。 三十日間、あばたづらの甥は自分の家に滞在した。彼の母親が、この機会を利用して、許婚の 娘と結婚させたからである。その娘を母親は、彼のために数年まえにえらんでおいたのである。 嫁は近所で絹織物をしている人の娘で、その父親は、貧乏でもなく、他人に使われる労働者でも なか 0 た。紡績機を持 0 ていて、二十人ほどの徒弟をつか 0 て、さまさまな色の繻子とか花模様 の絹布などの反物を製造しているのであるが、町に同業者がすくないので、相当に繁昌していた。 娘も、その職業に精通しており、春さきの寒さが、いつまでもつづいたりすると、自分のあたた かい肌でカイコをかえしたり、また徒弟たちがつんでくる桑の葉でカイコを育てたり、マュから 糸を繰ったりすることもできるのである。この家族は、一代前に他郷から移り住んできたので、 いいなずけ
出てきて、月をあちこちゅらめかせているようだ。赤ん坊たちは母親の胸に眠っている。どこの 家の幼い者も、とっくに母の胸をもとめて眠っているころである。ただ王一夫人の末の娘だけは 起きていた。彼女は、今年十三歳になったばかりの少女だが、すらりとして、気が勝っており、 最近婚約がきまったので、おとなびていた。王一の第二夫人は、やさしい母親で、二人の子供を 抱いていた。一人は一年以上になるが、もう一人は生れてやっと一か月をすこし過ぎたばかりで ある。王一は、いまも変らすこの女を愛しているのである。王虎の妻たちはというと、これもお のおの自分の子を抱いていた。男の子は頭を母の腕によせかけて眠っており、満月の光が、その 顔にいつばいに降りそそいでいる。王虎は、その小さな眠り顔を、何度も何度も、あかす眺めて 夜半をすぎると歓楽はっきた。王一の息子たちは、一人すっ席から姿を消して行 0 た。彼らに は、ほかに楽しいことが待っているし、年長者たちの前に長くかしこま 0 て坐っているのは退屈 だったからだ。彼らは気がねをせすに平気で立って行ったが、王商人の次男は、うらやましそう にそのあとを見送っていた。父親がこわいので、思いきってついて行くことができないのだ。召 使どもも疲れて早く休みたがっていた。彼らは席から姿を消し、そちこちの戸口にもたれかかっ て、あくびをしたり、たがいに愚痴をこぼし合ったりしていた。 「小さい子たちが夜明けから起きたので、朝 0 ばらからその世話をしなければならなかったよ。 たいじん だのに、あの大人たちは、真夜中まで飲みあかそうっていうんだからね。だから、まだ用事があ るんだよ。わたしたちを寝かさないつもりかね」 うたげ けれども、ついに宴もおひらきになった。それよりまえに、王一は酔いつぶれてしまっていた
の子ぐらいのロがきけます。わたしがあなたにおねがいしたいことは、この子にも勉強させて、 あの男の子とおなじように、あなたのあとをつがせていただきたいことでございます」 王虎はびつくりして言った。 「女の子は軍人にすることはできんじゃないか ? 」 すると娘の母親は、しつかりした、気持のよい声で言った。 ういう学校が 「軍人にできなければ、学校へやって何か芸を習わせましよう。このごろは、そ たくさんあるのですから、旦那さま、 とっぜん、王虎は「旦那さま。という、ほかの女はだれも使わない言葉で呼ばれたことに気が ついた。この妻は他の女たちのように彼を「ご主人さま , とは決して呼ばないのだ。彼は、まご ついて、なんと答えたらよいか考えっかす、あわてて子供のほうへ眼をやった。まったくかわい らしい子である。まるまるとふとって、ちいさな赤い口をうごかして微笑している。眼は大きく 黒いし、手はふつくらしているし、爪はほっそりとして非のうちどころがない。彼が爪に目をと めたのは、母親たちがよく、愛する子供にそうしてやるように、この母親もまた娘の爪を赤く染 つめてやっていたからだ。足には小さな。ヒンク色の絹の靴をはかせている。子供が母親の手の上で とびはねるので、母親は一方の手で両足をおさえ、片手を胸のあたりにまわしている。王虎が女 の子をながめているのを見て、母親は、しすかに言った。 「纏足はさせまいと思います。学校へやって、このごろあちこちにあらわれたような近代的女 性にしたいと田 5 います 「そんな娘は嫁にもらってくれる人があるまい」王虎は、きもをつぶして言った。
ワン・ホウ 故郷へ行く途中、王虎は、息子をあとへ残してくればよかったと何度も思った。けれども、実 をいうと、六人の兵士を殺したことを怨んで復讐をくわだてているものが部下のうちにいるかも しれないので、それもできなか「たのである。しかし彼は、わが子が殺害されるのを恐れると同 じくらい、兄たちの家につれてゆくことも恐れた。長兄の子たちは柔弱であり、次兄の子たちは いやしく金銭ばかり愛している。それで、同道してきた軍事教官と腹心のみつロとに、若い主人 のそばを離れないように命じ、そのほか十人の老兵に日夜つきそわせ、わが子には、家にいたと きと同様に勉強するようにといいつけた。この数年、王虎がわが子を自分の部屋に引きとって以 来、女は一人も近づけなかった。女中も、奴隷も、いわんや娼婦などは影も見せなかった。少年 いっさい女を知らなかった。それも近年になってからは、少年が は自分の母親と妹とのほかは、 礼儀として、たまに母親を訪間するときでも、王虍は、けっして一人では行かせす、従兵につい Üてゆくように命じた。こうして王虎は、わが子を女性から守護したのである。彼はわが子にたい 地して、人が愛する女性にたいするよりも、もっと嫉妬ぶかかったのである。 ひそかな心配はあっても、わが子と馬 ~ 目をならべて長兄の家の門に乗り入れたときは、 大 王虎にとって得意満面たる瞬間であった。彼は洋服屋に命じてわが子の服装を自分のとまったく 同じにつくらせてよろこんでいたから、外国製の生地の上衣から、金ボタンから、肩章から、帽 子から、徽章まで、そっくり同じであった。また少年の十四歳の誕生日に、人を蒙古へやって、 ずねなかった。
い少年は、まだやっと六歳になったばかりなのである。王虎は、息子が一人前の男になるのが待 ち遠しかった。だから、ときには歳月の過ぎるのが、ひどく早く思われたが、またときには、ひ どくのろのろして、すこしも過ぎて行こうとしないようにも感じられた。そして息子をながめて いると、まだ小さい少年である事実は眼にうつらないで、自分が希望している若い軍人の姿がち らついてくるのであった。そのために彼は、自分では気づかないうちに、無理なことを子供にし いるようなことになったのである。 息子がやっと六歳になると、王虎は彼を母親の手から引き離し、後房からつれたして、自分の 居間に自分と二人で暮すようにさせた。そうしたのも、一つには、子供が女たちの愛撫や、もの の言いかたや、しぐさなどの感化で柔弱になることをおそれたためでもあるが、また一つには、 二六時中、子供と一緒にいたいと急いだためでもあった。最初のうち、子供ははすかしがって父 になじまなかった。そして、おびえたような眼の色をして、あちこち歩いていた。王虍がなじま せようと骨を折って、抱こうとして手を出すと、かたくなって身を引き、抱かれようとしないの である。王虎にも、子供がおそろしがっているのはわかった。しかし非常に可愛く思っているの IJ で、なにか話しかけようにも、さてどう言ったらよいかわからす、だまって勝手にさせておくよ 地りほかに方法がなかった。はじめ王虎の計画では、子供の生活を、母親とか女の生活とかいうも のから、きれいさつはりと切りはなすつもりであった。だから子供のそばに兵士ばかりおいて世 話をさせたのである。だが、じきに、そんな思いきった隔離は、まだ年のいかぬ頑是ない子供に は堪えられないことが明らかになった。子供は、すこしも駄々をこねるよテなことはなかった。 ロ数のすくない、辛抱づよい子で、やなを得ないことは、じっとがまんしていた。けれども、あ
母親は落ちつきはらって、それにこたえた。 「そういう娘は、きっと好きな人と結婚すると思います」 王虍は、これを聞くと、すこし考えこみ、妻の顔を、しげしけと眺めた。これまでは、妻なん そ自分の目的を助けてくれればそれで十分だと思って、ろくに顔も見なかったのである。しかし、 眺めているうちに、彼は、はじめて知 0 た。妻は聰明な立派な顔をしているのだ。態度も沈着に 見え、思うことは何でもやりとげそうに思える。そして、彼がみつめても、別にあわてもせす、 もう一人の妻だったらロをす・ほめたり忍び笑いをするであろうのに、 この妻は、おちついて彼を 見かえしているのだ。彼は心のなかで感した。 ( この女は、おれが考えていたよりも利ロ者だ。おれはこれまで気がっかなかったのだ ) そし て座を立ちながら、こんどは声に出して、やさしく言った。「その時期になって、そうするのが いと思えたなら、おれはおまえのいうことに反対はしないよ 王虎の知っているかぎりでは、この妻は、つねに冷静で、生活に満足しているように思えた。 ところがいま、いつもそっけない夫のこのやさしさに接すると、ふしぎに感動したらしい。これ は奇妙なことだった。頬に血の色がのぼってきた。だまって熱情をこめて彼の顔を見あけていた 眼にはあこがれがひそんでいる。しかし、彼女のこうした変化を目にすると、彼の胸のなかには 女性にたいする古い反感がわいてきて、ロをきくのがいやになった。やらねばならぬ仕事を忘れ ていた、と小声に言いながら身をひるがえし、心のなかで動揺しながら急いでその場を去った。 妻に、そんなふうに見られると、妻がいとわしくなるのだ。 しかし、このときの結果として、彼が男の子を呼びにやると、学間のあるほうの母親は、さっ
しかし元の生活は、そんな夜ばかりではなかった。他の学友たちにまじって、学校で勉強する とこの盛や孟を、 きびしい日々があり、そして彼は、愛蘭が詩人および反逆者とよんでいた、い もっとよく知るようになった。この二人は学校では真実の自分をしめし、教室や運動場で大きな ボルを投けあっているときなど、この三人のいとこは、われを忘れることができた。みんなき ちんと机にむかって講義をきいたり、飛びはねたり、友人に大声でどなったり、だれかが競技で しくじるとどっと笑ったりして、元は家庭では知らなかったいとこたちを知るようになった。 なぜなら、家庭で目上の人と一緒にいるときの青年は、けっして彼らのほんとのすがたではな く、この二人のいとこも、そうであった。盛は、いつも無ロで、誰にたいしても肌ざわりがよく、 詩のことは人にはかくしていた。孟は、いつも仏頂面をしていて、こまごましたものや茶椀など 力いつばいのせてあるテーブルによくぶつかったりするので、しよっちゅう母親に叱られていた。 「こんな水牛みたいな子は家にはいなかったよ。盛のようにおとなしく静かに歩けないのかね」 ところが盛が遊びに行っておそく帰ってきて、翌朝学校に間にあうように起きられなかったりす ると、母は盛にむかっていうのであった。「つねづねいうことだけど、わたしほど苦労のたえな Üい母親はありませんよ。息子といえば、ろくでなしばかりで。孟のように夜はちゃんと家にいた 地らどうなの ? あの子が洋鬼のような服を着て、夜になるとこっそり出かけて、どんな悪いとこ ろかわからないようなところに行くのは見たことがありませんよ。おまえを、そんな悪いことに 大 引っぱりこんだのは兄さんだし、 . 兄さんをあんなにしたのはお父さんですよ。もとはといえばお 父さんが悪いのです。わたしはいつもそう言 0 ているんですよ」 じつをいうと、盛は兄が行っている歓楽場にはけっして行っていなかったのである。な、せなら