思う - みる会図書館


検索対象: 大地(二)
298件見つかりました。

1. 大地(二)

「もって行け。しかし、そんな着物などぬいで、がっちりした軍服を着るのだから、箱などい らなくなるそ。絹の着物で戦争はできんからな」これをきくと少年の顔は鉛色になった。しかし 彼は黙って出て行った。あとには兄と弟だけが残った。 王虎は儀礼的な話をしたりする人間ではなかったから、ながいあいだ黙って坐っていた。とう とう兄のほうが口を切った。 「何をそんなに深く考えこんでいるのかね。あの子供たちのことか」 王虎は、ゆっくりと答えた。 「いや、そうではないですよ。ただ、私くらいの年配のものは、たいてい育ちざかりの息子を もっている。さそたのしいことだろうと思っただけです」 「なに、お前だって早く結婚すれば、もう大きい子がいるはすだ」王二はすこし笑いながら言 った。「しかし、ながいあいた、お前がどこにいるのか、わしたちにもお父さんにもわからなか った。だからお父さんもお前を結婚させることができなかったのさ。こんどは、わしたちがよろ こんで嫁をさがすよ。結婚費用は別にとってあるからな」 王虎はそんな考えをきつばりと払いのけて言った。 「兄さんは奇妙だと思うでしようが、私は女がきらいなんです。ふしぎなことに、女を見ると、 いつも・ーー」ちょうどそう言いかけたとき、従兵が料理をもってはいってきたので、中途で話を やめ、兄弟はもうそれ以上なにもしゃべらなかった。 食べおわって、皿がかたづけられ、茶がはこばれると、王二は、弟が銀を全部と甥たちをつか って何をするつもりなのかをきこうとしたが、どういうふうに切り出していいかわからす、うま

2. 大地(二)

凡で、無知な兵士たちをどう扱うべきか、その連中の気持を察して、それをどう利用すべきか、 自由にさせているように見えても、いざとなれば自分の意志どおりに動かすにはどうしたらいい かを知 0 ていた。兵士たちは喧嘩早くな 0 た。眠ろうとして、ながながとのばした足に誰かがっ こ宣嘩をはじめたりした。また、あるものは ますいた、というようなつまらないことで、たがい冫ロ ういうありさまを見て、王虎は、いまこそ 女のことを考えはじめ、女遊びをしたがっていた。そ 新たな艱難にぶつかるべきだとさとった。 そこで王虎は、ふたたび古い石亀のうえにとびあが 0 て腕を胸に組み、そして叫んだ。 「今夜、太陽が山麓の平野に沈んだら、新しい領土に向 0 て行進を開始する。そのまえに各自 、と思うものは、 よく考えるがよい。もし老将軍のもとに帰ってのらくらと寝てくらすほうがいし いまのうちに帰れ。殺しはせん。しかし、おれとともに行軍を開始してから誓いにそむくものが あれば、一刀両断だ。そのときは、おれの剣がものを言うそ」 そう言いおわるがはやいか、王虎はすばやく、黒雲をつんざくいなすまのように、さ 0 と長剣 をぬきはなち部下のほうへするどく突きだした。彼らは驚いてしようぎ倒しとなり、ふるえあが 0 0 て、たがいに顔を見あわせた。王虎は石亀のうえにつ 0 立 0 たまま、きよろりと眼をひからせ 地て待 0 ていた。すると年かさの兵士が五人、不安そうに顔を見あわせたり、王虎のつきつけてい る長剣のきらめきを眺めたりしていたが、そ 0 と立ちあがると、こそこそと山を降りて行 0 た。 そしてやがて見えなくな 0 た。王虎は、彼らの立ち去るすがたを、じ 0 と見守 0 ていたが、輝や 菊く長剣を手にしたまま、みじろぎもせすに叫んだ。 「もう、ほかにいないか ?

3. 大地(二)

べた。あれこれと思いめぐらして、梨華が横へ押しやった銀を注意深くかき集めて、自分のふと Ⅱころへしまいこんだ。そして例の小さな静かな声で言った。 「そうだな。そのほうがいいかもしれないね。あなたよりも年上の蓮華さんが二十五枚だから、 年下のあなたは、それよりもすくなくしておくのが当然かもしれない。弟に、そう言ってやりま しかし、彼女の気質をのみこんでいるの . で、彼は、いま彼女が住んでいるこの家だって末弟の ものだということは黙っていた。この家で梨華が白痴と暮しているほうが、万事都合がよいから である。もし、この土の家も末弟のものであると知らせたなら、梨華はそこに住まなくなってし まうかもしれない。だから彼は、それ以上何も言わすに立ち去った。梨華は、ときどき何かの用 事で会う以外は、城内の屋敷にすむ家族たちとは、全然会わなかった。ただ季節の変りめごとに 王一のすがたを見かけるだけであった。春になると、彼は、地主のっとめとして、小作人に種子 をはかってあたえなければならないので、畑へ出てくるのである。しかし、そんなときでも、尊 大な、高ぶったようすで立って見ているだけで、自分は何もせす、やとってある代理人にはから せていた。秋のとり入れのまえにも、畑のみのりエ合を見積りに出てきた。小作人が、ああだ、 こうだと泣きごとをならべ、凶年だとか、雨がすくなかったとかいって、小作料をへらしてくれ と訴えるときに、嘘を言っているのかどうか、知っておく必要があったからである。 このように、王一は年に二、三回は城内から出てくるが、畑を見まわる仕事はどうも気がすす まないらしく、いつも不機嫌で、汗をかき、暑がっていた。だから梨華のすがたを見ても、ぶつ ぶっとロのなかでぶあいそにあいさっするだけだった。梨華のほうは、・彼を見ると、ていねいに リエンホワ

4. 大地(二)

ものと、彼は思っているのである , ーーどんなにけだかく見えたことだろう ! おれは将軍にふさ わしい巨大な体軅をしている ! そう彼は自負しているのである。彼は、もう一度ため息をつき、 そして目の前の小さな、みじめな息子を眺めた。そして言った。 「叔父のところへやるには、もうすこしましな息子がほしいと思うが、お前以外には、ちょう ど年頃の子がいないのだから、しかたがない。長男はあと取りだし、家族のなかで、おれのつぎ 冫。しかない。お前の弟はせむしだし、そのつぎのは、まだほん の身分だから、家を離れるわけこよ、 の子供だから駄目だ。だからお前が行かなくてはならんのだ。泣いたってしかたがないそ。どう してもお前が行かなくてはならんのだから」 彼は立ちあがり、この息子のことで、これ以上わすらわされたくないので、いそいで部屋から 出て行った。 王二のほうの息子は、こんな子ではなかった。陽気で、霾々しい少年で、あばたづらなので、 名前のかわりに、誰からも、両親からさえも、「あばた」というあだ名で呼ばれていた。天然痘に かからぬようにと、三歳のときに、この地方の習慣で母親が患者のかさぶたをもらってきて鼻の 0 なかへ入れたところ、あまり強すぎたので、かえ 0 て発病して天然痘にかか 0 てしまい、それ以 来すっとあばたが残っているのである。 王二は、この子を呼んで言った。 「明日お父さんと一緒に南へ行くんだから、衣類をまとめておきなさい。お前を軍人の叔父さ んのところへ連れて行ってやるのだ」 この子はいつも新しいものを見たり、自分の見たことを、いばってふれまわるのが好きなたち

5. 大地(二)

なんとか住むところを別にするようにしてくれないと、わたしはそのうち仕返しに道のまんなか であの女の悪口をわめき立てますよ。そうすれば、気どりやで、顔を合せるたびにていねいにお じぎをしないと、ひどく気にやむような女だから、はすかしがって死ぬかもしれないわ。わたし だって、あんな女よりはましですよ。わたしのほうが、もっといいと思うわ。あんな女に似なく てしあわせよ。あなただって、あなたの兄さんではあるけれど、あのでぶのトンチキ野郎に似て いなくて、ありがたいと思うわ」 王二とその妻は、ひどくうまが合っていた。彼は小柄で、黄いろい顔をした、もの静かな男で あるが、妻は、あから顔で、大柄で、活滾だった。彼は妻のそこが好きなのである。妻が利ロで 一家の主婦としても立派であり、無駄づかいをしないのも気に入っていた。父親が百姓で、ぜい たくな暮しにはなれていなかったが、立派なくらしのできるようになったいまでも、一部の女た ちのように、ぜいたくをしたがらなかった。好んで粗末なものを食べ、絹物よりも、好んで木綿 物を着た。唯一の欠点はおしゃべりで人のうわさをするのが好きなことと、召使たちとしゃべる のが好きなことだった。 彼女は洗濯をしたり、雑巾がけをしたり、手を動かしてはたらくのが好きなのだから、けっし て貴婦人とよばれるような女でないことは事実である。こういった調子だから、召使だって、あ まり多くは必要としなかった。一人か二人、村の娘を使っているだけで、しかもそれを友達のよ うにあっかっているのであゑこれがまた兄嫁の非難の的になっていた。弟嫁は召使どものとり あっかいを知らないで自分と同等にあっかっているが、それは一家の名をはすかしめるものだ、 といって兄嫁は非難するのである。両家の召使どうし、よく話しあうのだが、そんなとき、義妹

6. 大地(二)

8 一番できのいい女でも、無知で、単純なものです。男は女たちの間題などにかかすらってはいら れませんよ。私たちは男で、たがいに理解しあってます。私の妻は、たしかにばかなことをしま した。ほんとに田舎者で、なにも知らないばか女です。私がそう言って女房のかわりにあやまっ ていたと嫂さんに言ってください。あやまっても、べつにかねはかかりませんからね。そして女 や子供を別にしようじゃありませんか。そうすれば、めんどうがなく平穏に暮せますよ。用事の あるときは茶館で会って、相談すればいいですから、家庭のほうを別々にしましようよ」 「しかしなーーしかし」長男はどもりながら言った。彼は、そんなにすばやく円滑には頭がは たらかないのである。 次男は利ロなので、兄がどういうふうに妻をなだめたらいいかわからすに困っているのだなと、 すぐにみてとって、すばやく言った。 「ねえ、兄さん、嫂さんにはこういうふうにおっしゃればいいですよ。『弟一家とは交際を断 ったから、もうおまえも迷惑することはあるまい。やつらを罰してやったのだ』とね」 兄はよろこんだ。彼は笑いながら、ふとった青白い手をこすり合して言った。「そワしようー ーそうしよう 次男は言った。「では、今日すぐ石工を呼ぶことにしましよう」 こうして兄弟は二人とも妻の心を満足させた。弟は妻にむかって言ったのである。 「もう、あのいやに気どった高慢ちきな町育ちの女になやまされることもなくなったよ。おれ は兄に、あの女と同じ屋根の下にはすめない、と言ってやったのだ。おれも一家の主人だ。この 屋敷を別々に区切ることにきめたよ。おれも、もう兄貴のきげんをとらなくてもいいし、おまえ

7. 大地(二)

こともないと思う。あの人に頼んで遣産を分配してもらいましよう」 長男はこれをきくと、自分がさきにそのことを思いっかなかったことに内心不快を感じて、重 重しく答えた。 「そうさき廻りして差出口をするものではない。私もちょうど女房のおやじに頼んでみてはど うかと言おうと思っていたところなんだ。しかし、お前が言いだした以上は、それでいい。劉さ んにお願いすることにしよう。だが、それはそれとして、とにかく私もそう言おうと思っていた ところなんだからね。お前はいつも弟という身分を忘れて、ロ出しが早すぎるそ」 こう非難して長男は次男をにらめつけ、厚いくちびるをつぼめて、荘重に息をした。次男は笑 いだしそうになって思わす口をゆがめたが、笑わなかった。長男は、いそいでをそらし、末弟 にむかって言った。 「お前はどう思うかね」 三男は、傲慢な、なかば夢みるような調子で、顔をあけて言った。 「私はどうでもいいです。ただ、どうするにしても早くしてもらいたいな」 すると長男は、あたかも即座に事を処理するかのように、いそいで立ちあがった。だが、じっ をいうと、彼は中年になってからというもの、いそいで何かをするとなると、かならすまごっく のである。早く歩こうとしてさえも、手足が邪魔になるように感じられるのである。 それでも、どうやら準備ができた。商人の劉氏は、王龍を抜けめのない人だと尊敬していたか ら、よろこんで引き受けてくれた。兄弟たちは立会人として、相当の暮しをしている近所の人や、 城内でも財産と高い地位で知られているような立派な人を招いた。これらの人は、さだめられた

8. 大地(二)

たらいけないと思ったからである。彼女は言葉をついだ。 「わたしの旦那さまの息子さんとして、亡きお父さまのお言いつけにそむきなさるとは、まっ たくおどろいたことです。わたしはかよわい、つまらない人間ですけれど、これだけは申しあけ すにはいられません。言いつけを守らないと、きっと日一那さまからの復讐をうけますよ。旦那さ まは、あなたが思っていらっしやるほど遠くにおられるのではないのです。旦那さまの霊は、し までも土地の上をさまよっていられます。土地が売られるのをごらんになったら、父の命にそむ く不孝の息子たちに、きっと復讐なさるにちがいありません」彼女の言葉は、不気味なひびきを おびていた。眼は大きくみひらかれ、真剣な色となり、その静かな声は低く冷たくひびいた。王 一は漠然とした恐怖におそわれた。大きな図体にもかかわらず、彼はすぐおそろしがるたちだっ た。どうしても夜は一人で墓場へ行けなかった。幽霊についていろいろ伝えられる話を彼はひそ かに信じていた。豪傑笑いをして気にしないふうをよそおってはいるものの、内心では幽霊の話 を信じて恐れていたのである。だから梨華にこう言われると、あわてて言った。 「末の弟の分をーーーほんのすこし売っただけですよ。彼は銀が入用なのでね。軍人には土地は に必要ないですよ。しかし、もう売りません、約東しますよ」 地梨華はロをひらこうとしたが、まだ声が出てこぬうちに、王一の第一夫人がはいってきた。夫 人は今朝は、かなしけなようすをし、夫にたいしていら立っていた。昨夜、夫が酔っぱらって帰 大 ってきて、宴会で会った若い女の話を、あれこれと、ろれつのまわらぬ舌でしゃべるのを聞かさ れたからである。夫人は夫を見ると、さけすむような目つきをしたので、彼はあわてて微笑をう かべ、何事もないように平気そうにうなすいて見せたが、内心は心配で、ひそかに妻のようすを

9. 大地(二)

はしとやかだったからである。法事か何かで家族が集まった儀式のとき、梨華に会って、第一夫 人は、こんなことさえ言ったのである。 「あなたとわたしは、他の誰よりも近いものをもっているようです。わたしたちの心の眼は、 他の人たちよりも、すっとこまかくて繊細なのですわ」 最近、彼女は、こうも言った。 「お話にいらしてください。尼さんや坊さんたちが神広について教えてくださることを話しま しようよ。ここの家で信心ぶかいのは、あなたとわたしだけですわ」 梨華が土の家からほど遠くない尼寺から尼さんをよんで、説教をきいていると聞いたので、そ う言ったのである。 それで梨華は、ます第一夫人に会おうと思ったのである。まもなく、さっきのきれいな奴隷が 出てきた。若い下男がまだそこにいるかどうかと気にして眼をきよろきよろさせながら言った。 「大広間へおはいりになって、お待ちくださるようにと奥さまが申されました。いま、毎朝あ げることになっているお経をあけておられますが、すんだらすぐ出ていらっしやるそうです」梨 華ははいって行って大広間のほうの椅子に腰をおろした。 長男は、前夜、城内の立派な料亭で宴会があったために、この日はたまたま遅くまで寝ていた 豪華なすばらしい宴会だった。一番上等の酒が出て、客のうしろには歌妓が一人すつはべってい た。そして、それそれ客にお酒をついでやったり、歌をうたったり、おしゃべりをしたり、なん でも客のいうがままになっていた。王一は、たらふく食べて、いつもよりもたくさん酒をすごし た。彼のところにはべった歌妓は群をぬいてきれいな若い少女で年もまだ十七を出ないであろう

10. 大地(二)

い文句を考えているうちに、王虎が、だしぬけに言った。 「われわれは兄弟です。あなたと私は、たがいに理解しあっていると思います。私はあなたを 信頼しています」 王二は茶をすすって、用心ぶかく、おだやかに言った。 しかし、お前のためにどうしてやればよいか、と 「兄弟の間柄なのだから、信用するがいい。 もかくお前の計画を知りたいものだ」 すると王虎は、身をのり出して、強い声を低めて語りだした。早ロな言葉がほとばしり出て、 呼吸が熱風のように王二の耳に吹きつけた。 「私には忠実な部下がいます。百人以上います。彼らはここの老将軍がいやになっている。私 もいやになっています。私は自分自身の領土がほしいのです。私はもうこんな小つぼけな黄いろ い顔の南国人を二度と見たくないと心からそう思っているのです。私には忠実な部下があります。 私が合図すれば、彼らは闇にまぎれて私とともに脱出します。われわれは北方の山岳地帯に向う つもりです。そして、すっと北のほうへ進む計画です。もし老将軍が追撃してくれば山を根拠に 0 壕を掘 0 て革命のために戦うつもりです。しかし将軍は、年をとっているし、酒色にお・ほれて 地いるから、兵を動かすようなことはしまいと思います。私の百人の部下は、将軍の麾下の軍隊の うちでも、一番優秀な、一番強い精鋭をよりすぐったのです。南方人ではなく、もっとせいかん 大な、もっと勇敢な連中です ! 」 王二は、小柄な、平和な人であり、そして商人であった。彼も絶えすどこかで戦争が行われて いることは知っていたが、ただ一度革命軍の兵隊が父の家に宿営したときをのそいては、戦争と