長男 - みる会図書館


検索対象: 大地(二)
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1. 大地(二)

から季節ごとにどれだけの収入があがるか、というようなことを知っているのは彼だけだった。 それを知っていることで、自分は兄弟たちにたいして支配力をもてると、すくなくとも彼自身の 心のなかでは、そう思っていた。三男のほうは、服従の必要なときは命令にしたがわねばならぬ むはここにはないかのようで、一 ということを学んだ軍人らしく、兄の言いつけに服従したが、 刻も早く家を離れたいと望んでいるようであった。 じつのところ、これら三人の兄弟は、遺産の分配される日を待ちこがれていたのである。めい めい心ひそかに予定している使い道があるのだ。三人とも遣産のわけまえがほしかった。だから 遣産を分配するという点については即座に意見の一致をみたのである。次男にしても三男にして も、土地がみな長男のものになって、長男だけに支配されるということになると、いやでも長男 に依存しなければならなくなる。だから分配を望んだのである。三人の兄弟は、それそれちがっ た気持で、遺産分配の日を待ちのそんでいた。長男は、遣産の分け前がどのくらいの額になるか、 二入の妻妾と多くの子供たちをかかえて、この大邸宅での生活と体面を維持して行くのに十分で あるかどうか、それにまた、おのれの抑制できないひそかな快楽に廻せるくらい十分であるかど うか、それを知りたいと思って待ちこがれていた。次男は大きな穀物商店を経営しており、金を 貸しつけているので、遣産の分け前がはいったら、それを有利に回転して大きな利益をあけたい と考えて待ちこがれていた。三男は、風変りで、黙りこくっているので、いったいなにを望んで いるのか、だれにもわからなかった。その浅黒い顔は、なにも語っていなかった。しかし、すく なくとも、ここでは落ちつかす、一刻も早くここを離れたがっているということだけは、だれの 眼にもあきらかだった。分配された遣産をどうするつもりなのかはだれにも見当がっかなかった。

2. 大地(二)

三男は遺産の分配を待ちかねていたのであ 0 た。分配が終るやいなや、四人の部下とともに、 彼がそれまでいた地方へふたたび出発する準備をはじめた。 長男はこれを見て、あまり早急なのに驚いて言った。 「どうしたのだ。お父さんの三年の喪があけるのも待たすに、もう出発するのか ? 」 「三年も待てるもんですか ! 」三男は、激した口調で答えた。そして、たけだけしい飢えたよ うな眼を兄に向けた。 「私があなたやこの家から離れていさえすれば、私が何をしているかだれも知らないし、かり に知ったとしても、だれも関心をもちはしないでしよう」 これをきくと長男は好奇心をそそられたように弟を見、かるい疑間をいだいてきいた。 「そんなに急ぐのは、いったいなぜかね ? 」 三男は腰の革帯に剣をつるしていた手をとめて兄のほうをみた。兄は、で 0 ぶりとふと 0 て、 コ顔は脂肪でふくれたるんでおり、くちびるは厚くつき出ている。からだじゅうが青白い、やわら かな肉でつつまれている。指をひらいている手は脂肪がの 0 て女の手のようにやわらかくて生白 。爪が長く、手のひらは淡紅色で、厚く、やわらかい。三男は、それらのすべてを見てとると、 大眼をそむけ、さけすむように言った。 「お話してもおわかりにはならんでしよう。私の指揮を待 0 ている人たちがいるから早く帰ら ねばならぬと申せば、それで十分かと思います。私の命令ならよろこんで服従する部下がいると

3. 大地(二)

こともないと思う。あの人に頼んで遣産を分配してもらいましよう」 長男はこれをきくと、自分がさきにそのことを思いっかなかったことに内心不快を感じて、重 重しく答えた。 「そうさき廻りして差出口をするものではない。私もちょうど女房のおやじに頼んでみてはど うかと言おうと思っていたところなんだ。しかし、お前が言いだした以上は、それでいい。劉さ んにお願いすることにしよう。だが、それはそれとして、とにかく私もそう言おうと思っていた ところなんだからね。お前はいつも弟という身分を忘れて、ロ出しが早すぎるそ」 こう非難して長男は次男をにらめつけ、厚いくちびるをつぼめて、荘重に息をした。次男は笑 いだしそうになって思わす口をゆがめたが、笑わなかった。長男は、いそいでをそらし、末弟 にむかって言った。 「お前はどう思うかね」 三男は、傲慢な、なかば夢みるような調子で、顔をあけて言った。 「私はどうでもいいです。ただ、どうするにしても早くしてもらいたいな」 すると長男は、あたかも即座に事を処理するかのように、いそいで立ちあがった。だが、じっ をいうと、彼は中年になってからというもの、いそいで何かをするとなると、かならすまごっく のである。早く歩こうとしてさえも、手足が邪魔になるように感じられるのである。 それでも、どうやら準備ができた。商人の劉氏は、王龍を抜けめのない人だと尊敬していたか ら、よろこんで引き受けてくれた。兄弟たちは立会人として、相当の暮しをしている近所の人や、 城内でも財産と高い地位で知られているような立派な人を招いた。これらの人は、さだめられた

4. 大地(二)

がございません。わたしたちは、いくらも食べませんし、それに旦那さまが亡くなられたのです から絹の着物だって着はしません。一生、木綿の着物さえあれば、それでよいのです。お屋敷の どなたにも、けっして御迷惑はかけません」 老商人は広間へ戻って長男にたすねた。 「梨華がいう白痴の娘とは、だれのことじゃの ? 」 長男は、ためらいがちに答えた。 「それは子供のときから頭の悪い、かわいそうな妹のことなんです。わたしたちの父母は、よ く世間の人がするように、白痴の死を早めようとして苦しめたり飢えさせたりはしなかったので、 こんにちまで生きているんです。父はこの妾に白痴の娘の世話をするように命じたのです。もし あの女がもう結婚しないというのなら、銀をやって希望どおりにさせたらどうでしようか。あの 女はおとなしくて、ほんとにだれにも迷惑はかけませんから」 これをきくと、蓮華は、いきなり叫び出した。 「結構ですわ。でも、あの女には、たくさんはいりませんよ。あれはこの家の奴隷にすぎなか 0 0 たんですからね。旦那さまが年をと 0 て、・ほけてしま 0 て、あの女の白い顔に迷わされてばか 地な真似をするまでは、ひどく粗末なものを食べ、木綿の着物を着ていたんですからね。たしかに あの女が旦那さまをまるめこんだのにちがいありませんよ。あの馬鹿娘なんそ一日も早く死んだ 大ほうがいいんです ! 」 蓮華がこう叫んだとき、三男はそれをきくと、ひどく恐ろしい顔をしてにらめつけた。蓮華は びるんで、彼の黒い眼から顔をそむけた。すると三男は叫んだ。

5. 大地(二)

はじめ王一は、おろかにも夫人をたしなめた。 「はてね、お前がいやがっていたとは知らなかったよ。普通の兵隊じゃなし、弟が出世するに つれて高い地位に引きあげてくれるというので、よろこんでいたじゃないか」 夫人は自分の言 0 たことを、どこまでも押しとおすつもりであ 0 た。だから、はげしい勢いで 叫んだ。 「あなたにはわたしの気持などおわかりにならないのです。いつもほかのことー、、 - - ・女のことや わたしは何度もはっきりと、あの子をやってはならない 何かを考えていらっしやるのでしよう。 と申しました。あなたの弟さんは、いやしい軍人にすぎないじゃありませんか。わたしの言うこ とをきいてさえくださったら、あの子はいまでも生きていて元気だったでしよう。あの子は、一 番いい子でした。立派な学者になるように生れついていたのですわ。わたしのいうことは、この 家では誰にも尊重してもらえないのですわ : : : 」 彼女は嘆息して、世にも悲しげな顔をした。王一はう 0 かりしゃべ 0 た言葉からこのような嵐 を呼びおこしたのに困惑して、西をむいたり東をむいたりしながら、ひとことも答えなかった。 0 黙 0 ているほうが、妻の怒りが早くおさまるだろうと思 0 たからである。実をいうと、夫人は次 地男が生ぎているときは、叱ったり、欠点ばかり見えたりして、長男のほうがすっとよい子だと考 えていたのだが、死んでからは、あの子が一番よい息子だったと言ってはその死を嘆くのであっ 大 た。このごろでは長男も彼女の思うようにならなかった。そう思うと、なおさら死んだ息子のほ リ・ホワ うがよく見えるのである。三男のせむしの子もいるが、この子が梨華と一緒にくらしたいと言い だしてからは、夫人はついそ自分から三男のことを口に出したことがなかった。もし誰かにたず

6. 大地(二)

し、学を家庭教師にして勉強もさせました。南の学校へ行かせないのは、おまえを可愛く思う からなのですよ。それをどうして戦争になそやれると思うのですかー 夫は黙って頭を垂れて坐っていた。夫人はそれを見て、きつい声を出した。 「あなた、こんな重大な責任を、わたしだけに負わせるつもりなのですか」 すると、長兄は弱い声で言った。 「お母さんの言うとおりだよ。お母さんはいつも正しい。そんな危険のあるところへおまえを 出すわけこよ、 冫しし力ないよ」 長男はもう十九歳にもなっているが、まるで子供が駄々をこねるときのように、じだんだふん で泣きわめきはじめた。彼は走って行って戸口の横木に顔をぶつけながら叫んだ。 「ぼくの好きなようにさせてくれなければ、毒をのんで死にます」 両親は驚いて立ちあがった。夫人は、若旦那づきの下男を呼べ、と大きな声で叫んだ。下男が 驚いてとんでくると、夫人は言った。 「若旦那をどこかへつれて行って遊ばせておいで。何とかなだめて、気が静まるようにしてお 王一はいそいで帯のあいだから一握りの銀をとりだして息子に押しつけた。 「おい、これを持っておいで。何でも好きなものを買うがいい 2 、クチでも何でも、好きなこ とに使っていいよ」 最初、青年は、銀をはらいのけて、そんな手にはのらないといったふりをしていたが、下男が うまくなだめすかしたので、しばらくすると、いやいやそうにそれを受けとった。そして、また

7. 大地(二)

喪服は、着てみると短かすぎた。しかし三男は、その喪服をまとい、買ってきた二本の新しい ーソクをともし、亡父の霊前にいけにえとして供えるために新しい肉を運ばせた。 用意万端がととのうと、彼は亡父の霊前に、三度、顔が地につくほど深く頭をさげて礼拝し、 礼儀正しく、「ああ、お父さん」と叫んで泣いた。梨華はずっと顔を壁にむけたままで、一度もふ りむいて見ようとしなかった。三男は礼拝の義務をすませると、立ちあがり、てきばきと早ロで 言った。「準備がととのったら出棺しましよう」 ふしぎなことに、それまでは混乱と喧噪ばかりで、人々がたがいに大きな声でどなり合ってい るばかりだったのが、すっかり鳴りをひそめ、すすんで命令に服従しようという気持がみなぎつ てきた。三男とその部下の四人の兵隊の存在そのものが、ものを言ったのである。それまでは、 あんなに横柄な調子で長男に不平をならべていた轎人足どもが、同じことを訴えるにしても、声 ・、おだやかに蠍願的になり、 いうこともすじの通ったものとなった。それでも三男は眉をよせて 人足どもをにらめつけた。すると人足どもの声は、だんだんかすかになり、やがて消えてしまっ た。「仕事をしろ。そうすれば、それ相当なことはしてやる。安心して働け」三男がいうと、一 言も口答えせず、まるで軍人と鉄砲とには、なにか魔術でもあるかのように、黙って轎のところ へ戻って行った。 めいめいがそれそれ受持の部署につくと、いよいよ大きな棺が中庭に運び出され、大麻の綱が 棺のまわりに幾重にもかけられた。若木のような棒が何本も綱のあいだに通され、棺かつぎが棒 の下に肩をあてた。王龍の霊をおくるための轎も用意され、そのなかには、彼の持ちもののうち、 多年口にくわえていたキセルだとか、ふだん着ていた着物だとか、肖像画だとか、そんなものが

8. 大地(二)

「これにも年とったほうと同じだけやることにしよう。私がやります」 蓮華は、大きな声でいうほどの勇気はなかったが、ぶつぶつロのなかで異議をとなえた。 「年寄りと若いのが、おなじように扱われるという法はないよ。それに、あれはわたしの奴隷 だったんだもの 彼女はそうつぶやき、そしてまた例の大騒ぎをはじめそうな様子なのを老商人は見てとって、 あわてて言った。 「そうじゃ、そのとおりじゃ。それでは年長のあなたには二十五元、年下のほうには二十元と きめましよう」 彼はそこで・庭へ出て行っ、て梨華に言った。 「さあ、安心して帰んなさい。月々二十元すっさし上げることにしたし、あんたのいいように 暮してもよいからな」 梨垂は、ていねいに心から礼を言った。どうなることかと心配していたので、小さな青ざめた くちびるがおののき、からだもふるえていたが、これまでどおりに暮すことができると知って安 心した。 こういう事項の処理がついてしまうと、あとはそうむすかしくなかった。老商人は遺産の分配 について話をすすめ、土地、家屋、銀を、公平に四等分し、四分の二を家長の長男に、四分の一 を次男に、残る四分の一を三男に分配しようとした。するとこのとき、とっぜん三男が口をひら 「私は家も土地もいりません。子供のとき父親が私を百姓にしようとして畑仕事ばかりやらせ

9. 大地(二)

らないというと、なんですか、わたしたちにとって、蓮華さんが、ほかの人たちにどってよりも 関係が深いとでもいうのでしようか」 騒ぎが大きくなってしまったので、温厚な老商人は狼狽して、一同の顔をつぎつぎと見まわし た。蓮華が一瞬も泣きわめくのをやめようとしないので、列席者はみな、そのような混乱に困却 していた。三男がふんがいして突如として立ちあがり、床石を堅い革靴で踏みならして大きな声 で叫ばなかったら、その混乱は、もっともっと長くつづいたであろう。 「わたしが出す。すこしばかりの銀がなんだというのか。うるさくてたまらん」 これはなかなかよい解決法であるように思えた。長男の妻は言った。 「あの人は独身者ですから、それができますわ。わたしたちのように子供のことを考える必要 ないんですものね」 次男は、ちょっと肩をすくめた。そして心のなかで ~ 」うひとりごとをつぶやいてでもいるかの ように、ひそかに笑った。 ( それもよかろうよ。ばかで自分の財産も守れなくても、おれの知っ たことじゃない。 ) 0 しかし老商人は、いつも静かな家に住んでいて、蓮華のよプな人間にはなれていないので、三 男の申し出を、たいへんよろこんで、ほっとため息をつき、ハンカチをとり出して顔をぬぐった ( 地 蓮華は、三男がすごい顔つきをしたので、これ以上駈ぐのは得策ではないと考え、とっぜん静か 大になり、満足して腰をおろした。口をゆがめて悲しそうな表情をしようとするのだが、すぐに忘 れてしまって、列席の男たちをじろじろ眺めまわしはじめた。そして奴隷が捧けもっている皿か ら水瓜の種子をとって、年のわりに丈夫な白い歯で、噛みくだいた。ほっとした気持だった。

10. 大地(二)

った。やがて長男は彼女が大きな声で仏前に経をとなえているのをきいた。彼女は近年、尼や僧 侶に頼りはじめ、仏陀にたいするっとめをきちょうめんに行い、祈禧や読経に多くの時間をつい やすようになった。尼がときどき説教しにきた。彼女は厳格な誓いをしたわけではないが、ほと んど肉食をしないことを人々に見せびらかしていた。貧乏人は神依に救いをもとめて祈らなけれ ばならないのだが、そんな必要のない安定した富裕な家のなかで彼女は仏陀に祈るのであった。 それでいま、腹が立ったときにはいつもそうするように、彼女は自分の部屋へ引きこもって大 きな声でお経をあげはじめた。長男はその声をきくと、かなしげに頭をなでて嘆息した。という のは、事実、彼が第二夫人を家へ入れたことを、彼女はけっしてゆるしていなかったからだ。第 二夫人というのは、美しい、単純な少女だった。ある日、通りがかりに彼はその少女を貧乏人の しようぎ 家の前で・見かけた。彼が通りかかったとき、少女は、小さな床儿に腰かけて、・タライで着物を洗 っていた。たいへん若々しく、きれいだったので、彼は通りすぎながら二度も三度も眺めた。そ の上に、その道をなんども行きつもどりつしたほどだった。娘の父親は王家の長男のような金持 の立派な人のところへ娘を妾に出すことをよろこんだ。長男は父親に、大金を渡して娘をひきと った。ところが、娘のすべてを知ってしまったいまとなっては、あまり単純な女なので、なぜこ んな女にのぼせたのかと自分でもふしぎに思うほどだった。極度に第一夫人を恐れ、個性という ものが全然なく、ただもう単純なだけの女だった。夜、ときたま部屋へ呼んだりすると、彼女は、 うつむいて、ためらいがちにいうのであった。 「奥さまが、今晩おゆるしくださるでしようか ? 」 彼女があまりにも気が弱いのをみて、長男はときどき腹を立て、このつきは妻など恐れない頑