彼女 - みる会図書館


検索対象: 大地(四)
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1. 大地(四)

180 その相似は二重であ 0 た。一つは、どの時代の青年にも共通する圧逆性という点の相似であり ' 一対の青年と処女とのあいだの相似であった。 もう一つは、時代や血に関係なく、 盛りの春が近づいて、樹々はまた緑をよそおい、教授の家の近くの林では冬の枯葉の下から小 さな花が咲きはじめた。すると、元も自分のうちに若い血の新しい躍動を感じた。たしかにこの 家庭にだけは、彼の肉体をちちこませるものは何もなかった。ここでは彼は異邦人であることを 忘れた。この家の三人の家族を見ても、彼らと自分とのちがいを忘れ、老夫婦の青い眼も不自然 でなく、メアリの根は、その表情が変化に富むがゆえに美しく、いまではすこしも異様には感じ よ、・つこ。 / , 刀ノ 彼女は元にと 0 てますます美しく見えてきた。いまでは、ある穏和さが、いつも彼女を去らな いみそり か 0 た。鋭さが消えて、声さえも以前の剃刀のようなひやりとするところがなくなった。頬も赤 味を加えた。ロもとにも、やわらかみが加わり、あまりかたくは結ばす、動作にも前にはなかっ た優美なしなやかさが出てきた。 ときどき元が訪ねて行っても、彼女は忙しそうに出たり入ったりして、あまりゆっくり逢えな へつにこれとい いことが多かった。しかし、春がたけなわになると、彼女の態度は変ってきた。、 う考えもなく、二人は毎朝、庭で逢うようになった。庭で待っている元のところへ、春の朝のよ うに清新なすがたで、彼女が近づいてくる。黒っぽい髪が、なめらかに耳を蔽っていた。元は彼 女が藍色の衣服を着たときが一番美しいと思っていたので、ある日、ほほえみながら彼女に言っ た。「ぼくの国の農村では藍色の服を着ます。藍色はあなたに似合いますね」すると彼女は、に っこり笑って答えた。「うれしいわ」

2. 大地(四)

た。運転手は人を轢かないように警笛をならしつづけであった。守衛が、その自動車に花嫁が乗 っているのを見ると、走り出てぎて、「どけ ! どけ ! 」と群衆にどなった。 このさわぎのなかを、愛蘭は、二つの真珠と香りたかい小さなオレンジの花輪で飾られた長い ヴェールの下で頭をほんのちょっとかしげ、黙々と誇らしげに通って行った。両手に白百合の大 きな花東と、香りのよい小さな白ラの東をかか・ ~ ていた。 これほど美しい女性はかっていなかったであろう。元でさえ、その美しさにうたれた。おもて にあらわそうとはしなかったが、彼女のくちびるには、とりすました堅い徴笑がただよい、伏せ た瞼の下には眼が黒く白くかがやいていた。それというのは、彼女は自分の美しさを知っていた からである。自分の美しさを一かけらも見落さす隅々まで知っており、そしてその美しさを極致 まで育てあけていたからである。彼女の前では群衆さえ沈黙し、自動車から降りたったとき、そ の百千の眼は、むさ・ほるように彼女に吸いつけられ、その美しさをすっかりのみつくした。はじ めは声もたて得なかったが、やがて、こんな声がきこえてきた。「おい見ろよ ! , 「ああ、何て美 しいんだろう。何て美しいんだろう ! 」「ああ、こんな美しい花嫁は見たことがない ! 」蘭にも、 彼女は、きこえないふりをしていた。 g これはすっかりきこえたにちがいないのだが、一 地彼女が大広間にはいると同時に、楽隊の演奏がはじまった。あつまった来客は、いっせいに彼 女のほうを見たが、外の群衆と同じように彼女の美しさにうたれて、沈黙が彼らをおそった。一 大 足さきにはいって新郎のそばに立っていた元は、愛蘭がバラの花を撒いてゆく白い衣裳の子供二 人を先に立て、色とりどりの絹の衣裳を着た乙女たちをしたがえ、来客たちのあいだをしすしす とはいってくるのを見て、一同とともに、その美しさに心をうたれずにはいられなかった。しか

3. 大地(四)

248 をやったり、暑い陽光のかがやきを眺めたりし、自分のほうでは愛していながら、愛されなかっ たことを、心のなかで憤った。自分が法外な仕打ちをされたような気がしていたのだが、そんな ことをしているとき、ふと、それまで忘れていたことが心にうかんできた。それは、これまでに 二度女に愛されながら、一度も、その愛に酬いなかったことだ。このことをおもい出すと、彼は 非常な恐怖を感じ、心のなかで絶叫した。 ( おれが、あの女たちを愛せなかったように、美齢も、 おれを愛せないのではなかろうか。おれが彼女らの肉体をきらったように、彼女も、おれの肉体 をきらっており、どうにもおれをきらわすにはいられないのではなかろうか。しかし、この恐怖 は、あまりにも大きく、とても忍びえなかったので、彼は、いそいで考えた。 ( それは場合がち がうーー。・彼女らは、おれをほんとに愛したのではなかった いまおれが彼女を愛しているよう に愛したのではなかった。おれのように愛したものが、いままでにいるものか ) それからまた誇 らしげに考えた。 ( おれは、この上もなく純粋な、高貴な心で愛しているのだ。彼女の手に触れ ようなどと考えたこともない いや、ほんのちょっと、そんなことを考えたことはあったが、 それは、彼女がもし愛してくれたら、というときにかぎっていたのだーー -) そして、彼女にたい する彼の愛が、いかに大きくて純粋であるかを、彼女もぜひ理解すべきだと思い、もう一度彼女 に会って、彼女からこばまれても、なお彼がこんなに毅然としているところを見せなければなら ぬと思った。 しかもいま、夫人が言った言葉をきくと、彼は顔から血の気がうせるのをお・ほえ、一瞬間、彼 と熱にうかされたように田 5 った。 女が帰ってこなければいし 出発するまえに会いたくない、 しかし、部屋を逃げだす口実を考え出せないでいるうちに、美齢が、ふだんのとおり、しすか

4. 大地(四)

ただその無作法な笑いが、彼らごときが足もとへも寄れないはすのメアリ・ウイルスンの名をは ずかしめたことにたいして、腹が立った。彼らにたいする憤りで、元の胸は煮えかえった。彼は 彼女の名だけは絶対に自分の口からは誰にも言わないそと心に誓った。ちょうど彼女を訪ねよう としている矢先に、あんな笑い声を聞き、あんないやらしい表情を見たことを、自分の心のなか だけの出来事であるにしても、残念でたまらなかった。 その記憶は消えなかった。ふたたび、あの家の入口に立ち、ドアが開いて彼女がそこにあらわ れたときも、その記憶は彼にひけめを感じさせた。彼は、かたくなって遠慮がちになり、彼女が 好意のこもった手をさしだしたのにも、気がっかなかったふりをして手をふれなかったほど、あ の連中の下劣さにたいする反感で気むすかしくなっていた。そのとりすましたような冷淡さを彼 女は感じとった。彼女の顔から明るみが消え、彼を迎えるためのにこやかな微笑も、どこかへ行 ってしまって、どうそお入りくださいという声も、もの静かで、羸かみがなかった。 だが、なかへはいると、部屋のなかは最初の晩のとおりで、あたたかく煖炉に燃える火の明る みは親しみがあふれていた。古びた深い椅子も彼を招き寄せるようで、がらんとした静けさが、 彼を気持よく受け入れた。 地しかし彼は、あまり彼女の身近に席をとりたくなかったので、彼女が腰をおろすのを見とどけ るまで立っていた。彼女は彼のほうを見ないで、無造作に煖炉のまえの低い腰掛にかけてから、 手真似で近くの大きな椅子を彼にすすめた。だが元は、そこへ腰をかけるにはかけたが、椅子を 1 いくらかうしろへ引くようにして、彼女の顔がはっきりと見える程度の近さではあっても、ひょ っと自分が手を前へ出したり彼女のほうで出したりしたときに手が触れあわないように用心した。

5. 大地(四)

を見やりながら、彼は自分が南方人とは没交渉でいたこと、以前に南方の軍官学校に長くいなか ったことを幸福だと思った。そして、この外国にいても、外国人は自分と同人、同国民だと思 っているが、しかし彼らと自分とは遠く離れていることを感じた。おれは一人で、誇りを抱いて 立っている。真の中国人がどんなものか彼らに示すことのできるのは自分だけだ、と彼は思った 9 このように、元は自分をカづけるために、おのれの誇りを、つぎつぎと数え立てた。今夜の彼 は、ひどく弱々しい気持になっていた。それはメアリの自分にたいする評価が、何よりも自分に とって尊いことを知っているので、自分の国民をすこしでも愚劣な面から見られることに堪えら れなかったからである。彼女が自分をまでそんなふうに見ているような気がして、それが彼には 忍びがたい屈辱だったのだ。それゆえ彼は誇りとさびしさとを、こもごも味わいながら、眠らす に横になっていた。同国人であるあの二人さえも、自分とはまったく無縁なことを感じるので、 いっそうさびしかった。一 彼女が家のなかへ入るようにすすめてくれなかったことも、さびしかっ た。せつない気持で彼は思った。 ( 彼女のおれを見る様子がちがってしまった。まるでおれがあ の二人の馬鹿者の一人ででもあるかのようにおれを見たとさえ一一一一口えるではないか ) それから彼は、もう気にするのはよそうと決心した。そして彼女についての記籠のうち、あま 地り愉快でない一面ばかり思い出してみた ときどき彼女が、はけしい態度を示すこと、声が鋼 鉄の刃のように鋭くなること、ときどき女性として男の前であるまじき積極的な言動をすること、 等々ーー。そして彼は自動車を操縦しているときの彼女を思いだした。まるで家畜でも走らせるよ 芻うに、すごいス。ヒードを出し、その顔は、まるで石のように筋一つ動かさないのだ。こうした記 億は、みな彼の好まない彼女の一面であった。最後に気位の高い彼は心のなかでこう言ってしめ

6. 大地(四)

124 まのお話をうかがっていると、もう一息でクリスチャンになってしまいそうです ! 」 彼女は答えた。「誰だってそうですわ。でもあなたも、わたしと同じように、その , ーーもう一 息というものが障壁だということが、きっとおわかりになると思うわ。わたしたちの心は、お父・ さまとはちがうのよ、元ーーあれほど質朴でなく、あれほど確信がなく、そしてもっと探究的な のよ」 はっきりと、冷静に、彼女がそういうので、それで元も、このようにして彼女と結びつくこと によって、おのれの意志に反してある瀬戸際まで引きすられていたのが、もとへ引き返せたこと なぜなら を感じたのであるが、とはいえ、引きすられたのは、やはり自分の意志でもあった 彼は老教授を愛していたからである。しかし彼女は、そのたびに彼を引きもどすのであった。 もしこの家が外の門であると一一一口えるならば、彼女は、その内奥の核心へ通じている門であった。 なせなら彼女を通して彼は多くのことを学んだからである。彼のために、彼女は自分の国民の歴 史を語った。ほとんど地球上のあらゆる国民、民族を網羅するアメリカ人が、どのようにしてい ま彼らの住んでいる国土へ集まってきたか、武力により、策略により、あらゆる手段の戦争によ り、どのようにしてこの土地を領していた人々から国土を奪いとり、おのれのものとしたかを、 彼女は語った。元は子供の頃に『三国志』の物語を熱心にきいたように、その話にききほれた。 それから彼女は、彼女の祖先たちが、いかに勇敢に、生命がけで、大陸の東から西へ、開拓して 行ったかを語った。ときには、あの居間の炉辺で、ときには晩秋の落葉をふんで林のなかを散歩 しながら、その話をきいていると、元は、この女性が表面の温和さに似す、その血のなかに実に , 強固なものを秘めているのがわかるような気がした。 ,. 彼女の眼は、そのときどきで才気をひらめ

7. 大地(四)

330 「いつでもではなく ときにはあれを、と 彼女はまた微笑して首を振った。そして答えた。 きにはこれをと、その場合に応じたほうがーー・、人はいつでも同じではいられませんもの」 またしても二人は、いつのまにか無言で顔を見あわせていた。二人は完全に死につつある人を 、 - 彼らにとって、もはや死は存在しなかった。だが元は、また何か言わなくてはなら 忘れてした。 / なかった。何も言わずにいることに、どうして耐えられよう ? 「あのーーー、あの、いまぼくがしたのはーーーあれは西洋の習慣ですーーもしあなたがきらいなら 」なおも彼女を見守りながら彼は言った。もし彼女がきらうのなら、ひざまずいても、ゆる しを求めるつもりだった。それにしても彼女は接吻の意味を知っているのだろうか ? だが彼は そのことはロに出せなかったので、相手の顔をみつめたままでロごもった。 すると、静かに彼女は言った。「西洋の習慣が、みな悪いとはかぎりませんわ ! ーそして急に 彼女は彼を見ようとしなくなった。うつむいて地面を見ていた。このときの彼女は、どんな古風 な娘にも負けないくらい、はにかんでいた。彼女の瞼が一、二度またたくのが見えた。彼をあと に残してここを立ち去ろうとして、ためらっているように見えた。 しかし彼女は行かなかった。元気を出して、身体をまっすぐにしてしゃんと立ち、顔をあけて 1 じっと彼を見かえした。微笑をうかべて、待っていた。それを元は知った。 彼の心臓の鼓動は高まった。全身が早鐘をつく心臓になったかと思われた。彼は夜気をふるわ せて声をあげて笑った。さっきおれは何を心配していたのだろう ? 「ぼくたちは」と彼は言った。「ぼくたち二人はーー、なにも怖れる必要がないのだ」

8. 大地(四)

人がありうるとは考えたこともない元は、この処女が、髪も眼も明るい色をしているにもかかわ らず、美人とよばれねばならぬことが、よくわか 0 た。彼女は母親の燃えるような赤いちちれ毛 を受けついで、それを彼女のもっ若さの魔術で、まことにやわらかな赤銅色のカールに変じ、そ れを短かく切って、愛らしい形をした頭や白い襟足をつつんでいた。眼も母親とそっくりだが、 も 0 となごやかで、色が濃く、そして大きかった。そして彼女は眉毛と睫毛とを茶色に染めて、 母親の薄い色とは感じを変えていた。くちびるも、やわらかで、ふつくらして、そして真赤だっ た。身体は若木のようにほっそりとして手の肉のあついところはなく、しなやかで、長い爪を赤 く塗ってした。 , 、 - 彼女の服装は、元も若い男だからよくわかったが、何かごく薄い衣裳をまとって いるので、細い腰や小さな乳房や、肉体の線の動きが、す 0 かり透きとお 0 て見え、そのうえ彼 女は若い男たちがーーしたがって元も、それに視線をひきつけられるのを知っていた。元はその ことを彼女に知られていると知ったとき、、故知れず彼女がおそろしくなり、嫌悪さえ感じて、な るべく無関心な態度をとり、彼女から挨拶されても頭をさけるだけにしたい思った。 彼を安心させたのは、彼女の声があまり美しくないことであった。彼はきれいな声が好きだが、 彼女の声は低くもなく、甘美でもなかった。何を話すときも、声が高すぎ、ツンと鼻にかか 0 た。 それで、彼女のすがたの優しさに感じたときとか、食卓で偶然に彼女の隣りに坐って、頸筋の白 さに視線が落ちたりしたときなど、彼女の声が美しくないので安心したのである : : : そのうちに、 彼はほかにも自分の好きになれないところをみつけだした。彼女は母親の家事の手つだいをした がらなくて、食事のときに、食卓にそろえるものを忘れた母親が、何か持ってきてくれるように というと、いつも舌うちしがら立ちあがって、「お母さんたら、いつでもちゃんとテーブルの支度 まっげ

9. 大地(四)

元は、こんな場合、何をしていいかわからないので、立って伯父の茶椀にお茶をついだが、血 のつづいたこの人たちとは、まるで赤の他人のような気がして、彼らとともにこの部量にいるの が夢のように感じられた。そうた、これから自分は彼らに想像もできないような生き方をするの だ。それにくらべたら、彼らの生活は死者のようにとるに足りぬ人生なのだ。どうしたわけか、 ふいに彼は、ながいあいだおもい出したこともないメアリのことを想いだした。 : ・風の強い春 の日など、よくそんなことがあったが、美しい暗色の髪を顔になびかせ、白い肌をほんのりと紅 潮させ、おちついた灰色の眼をしたメアリが、いまこの部屋へドアを開けてはいってきたように、 はっきりと心にうかんだのは、な、せであろうか。こんなところに彼女がきても、なんにもならな ここは彼女には理解できない場所なのだ。よく彼女がロにした中国についての画面、それは 彼女が自分でつくりあけた画面にすぎないのだ。ひさしぶりに再会した最初の緊張もすぎ、いま はぐったりとしている父や伯父を見ていると、メアリを愛さなくてよかづたとしみじみ思ったー ーメアリを愛さなかったのは、ほんとによかった ! 彼は古・ほけた大広間を見まわした。何人か の不注意な老僕が、ながいあいだ掃除しのこした塵が、いたるところにつもっていた。床の敷瓦 g のあいだには青いカビがはえ、敷瓦には、こにれた酒や唾や灰や脂じみた食べもののしみがつい 地ていた。貝殻をはめた格子窓のこわれたところは紙でつくろってあって、その紙もいまは・ほろぼ ろになり、昼日中だというのに頭上の梁にはネズミがはしりまわっていた。老将軍は酒の酔がま 大 わり、ロをあけ、大きなからだをぐったりとさせて、こくりこくりと居睡りをはじめた。頭上の 釘には鞘に入れた長剣がかけてあった。父に会ったすぐから、その長剣が父のそば近くにないの をさびしく思っていたのだが、いまはじめてそれを見つけたのである。鞘におさめてあるのだが、

10. 大地(四)

思うように行けなかったからである。晩春のうららかな日だったので、彼は、その村まで歩いて 行き、百姓たちとしばらく話をし、こっそりパンフレットを渡し、それから東のほうへ廻り道し て、自分の畑へ寄るつもりにしていた。彼は百姓たちと話をするのが好きで、よく話をしたが、 しいて説き伏せようとはせす普通の人を相手にしているように話した。また彼らが、「だがの 土地を金持から取りあけて、わしらにくれるなんてことは、きいたこともないな。できるこ とじゃないよ。それに、そんなことにはならんほうがええだよ。あとから、なにか罰を食うとい かんからな。いまのままのほうがええだよ。すくなくとも自分たちの苦労の種がわかっているだ でな。昔からあった苦労でな、ちゃんとわかっているだで」などというのも、よくきいてやった。 彼らのなかで新時代の到来を歓迎するのは、全然土地を持たない連中だけであった。 ところが、この日、夢のような、孤独な、楽しい時間を胸にえがいていると、彼女がやってき て、例の確信にみちた調子でいうのであった。「あなたと一緒に行って、あたしは女たちに話し ますわ」 元としては彼女にきてもらいたくない理由がたくさんあった。彼女が眼のまえにいれば、主義 を説くのに激越な言葉を使わなければならないが、一冫 彼よ、そんな激越さを好まなかった。また二 人きりになると、手をとられるのが恐ろしかった。それに、あの人のいい百姓がいはしないかと 思うと、農場にも寄れない。彼が運動に加盟していることは、あの百姓に話していないし、また そんなことを知られたくはないので、この女を同伴するわけこよ、 冫。しかなかったのである。それに もまして、自分でまいた種子から生えた作物の出来ぐあいに彼が関心を持っているところを、こ の女に見られたくなかったのだ。彼女が驚くだろうと思うと、そんなものに彼が抱いている妙な