とんでもない大罪を重ねた人間だ、と言ったが、・ とうやらそれは正しかったようだな。 私の知っている法では、そういうおまえを解放することはできない。おまえは私のもと で学ぶよりも口タク地方のドヲルン寺院にいる偉大な翻訳者、インドの聖者ナロー 直弟子であるマルバのもとに行くがいい。彼は密教に新しい風を吹き込んでいる。おま えは私ではなく、彼とカルマのつながりをもっている」 翻訳者マルバ ( マルバ ・ローツアワ ) 。その名前を耳にしただけで、ミラの内部に、 い知れぬ喜びがこみあげてきた。髪の毛は総毛立ち、目からはとめどもない涙が、こ・ほ れだした。そこで、彼はただちに旅立った。 その数日前から、マル。ハとその妻は、不思議な夢を見つづけていた。彼らは、夢を通 して、ミラの到来を予知していた。マルバはそこで、谷間でミラを迎えるために、農夫 のかっこうをして、畑に出かけて、道端で彼を待った。 最初ミラが出会ったのは、マルバの子供だった。 ミラはこの子に、この近くでマルバ という偉いラマを知らないか、とたずねた。子供は答えた。それはたぶん僕のお父さん のことじゃないかな。お父さんは、ときどきインドへ出かけては、本をいつ。よ、 て戻ってくるんだ。そこで、ミラはさらに進んだ。向こうに畑を耕している農夫が見え た。この農夫の顔を見ると、不思議なことに、大きな喜びの感情が、彼の中にわきあが ってきた。しかし、彼はその農夫が、自分の求めるラマだとは、まだ気づかなかった。
237 ミラは雹を降らせて、里人を苦しめた。 ミラはもどって、教えを乞うた。マルバが答 える。「おまえはそのぐらいの手柄を立てたぐらいで、わしが艱難辛苦のすえに、イン ドから運んできたダルマを、学びとれると思っているのか。ダルマを学びたいのなら、 まず、呪術を口タク・ラカの人々に差し向けろ。彼らはニャルロンからやってくる、わ しの弟子たちの邪魔をしているからな。それがみごとにできたなら、わしはナロー 偉大な法をおまえに伝えもしよう」 そこで、今度もまた、 ミラは呪術で雹を降らせた。彼はマルバのもとに帰り、ダルマ を求めた。マルバはそれを聞いて、彼をあざ笑った。「はつはつはつ。おまえが犯した その程度の罪が、わしの知るところの神聖な教えに値すると思うのか。大馬鹿者め。こ のダルマは、ダーキニーの炎のようなもの、わしは生命の危険を犯して求めてきた。お 導まえの使う呪術程度のものが、それに値するなどと思ったら、大間違いだ。おまえはヤ の ルトクの人々の被害をうけた畑を元通りにして、ひどい目にあったラカの人々に、つぐ 神 とないをしなければならない。それができたら、わしはおまえにダルマをあたえよう。で 解きないのなら、もうわしの前にはあらわれるな」 の マル。ハはミラをひどくしかりつけた。絶望に打ちひしがれたミラは、ただ位くばかり や - 」っこ 0 翌日、マルバがやってきて言った。「きのうはすまなかった。気にするな。教えない
241 般若経を読んでほしいと、村人に頼まれた。それを読んでいるうちに、 ミラは常位菩薩 のくだりにいたった。彼はその物語に感動して、マルバのもとにもどったが、グルはた だ彼をしかりつけるだけだった。 ミラは困惑の極致だった。そんな彼をみかねたグルの妻は、彼をラマ・ ゴク。ハの , もと に送っこ。。 オコク。ハは彼になにがしかの教えをあたえた。しかし、なんの進歩もなかった。 ラマの許可がなければ、どんな教えも力をもたないことが、これでわかった。ゴク。ハは、 ミラをマル。ハのもとに送りかえした。数日間は、何事もなく過ぎた。 しかし、ある儀式がおこなわれている最中に、マルバはその場にいあわせた者のすべ てを、手ひどくしかりつけた。この中にはラマ ミラはラマの ・ゴクパも屁じっていた。 怒りの意味を理解して、深い絶望におそわれた。自分の存在が、ゴク。ハや奥さんにとん 導でもない迷惑をかけている。そう思った彼は、絶望のあまり自殺をはかった。 の ラマ ゴクパが自殺を止めた。そのとき、ようやく、マルバの怒りが静まった。グル 神 ミラはこのとき、グルから「ミラ・ドルンエ・キャルツェ 精はミラを身辺に呼び寄せた。 ミラには、デチョクの密教の教 解ン」という、新しい名前をもらって、生まれかわった。 の えがあたえられ、ラマの力をもって、六十二の守護神が、ミラの前に出現した。こうし て、ミラレバは、マルバからすべてのイニシェーションと教えを、もらうことができた のだ。 ミラレ。ハはあらゆる苦しみ、悩み、疑いとたたかった。マル。ハが弟子にあたえた
農夫にむかって、自分はマルバというラマを探している、案内してほしい、と頼んだ。 「わしが、マルバさんのところへ、ご案内しましよう。ちょっと待っていてください、 すぐに耕しおわりますから」。そう語ると、農夫は彼にチャン酒の入った壺を渡した。 ミラはそれを飲み干した。 ようやく耕作の仕事がすんだ。農夫は彼をともなって、村に向かった。家の前まで来 ると、さきほどの子供が「お父さんーと言って、走り寄ってきた。この農夫こそ、まぎ れもないマルバその人だったのだ。 ミラはマル。ハの前にぬかずいて、彼に求めた。「お お、グルよ。私はとてつもない大罪を犯した人間です。私はあなたに私のすべて、私の 身体、言葉、意識のすべてをささげます。私に悟りをもたらす、教えをお与えください」 ルバが答える。「偉大な黒魔術師よ。あなたがどんなすごい大罪を犯そうと、そん 導なことは私には関わりがありませんな。私がそうしろと命じたわけでもないわけだから。 神だが、偉大な黒魔術師さん、あなたはどんな罪を犯したというんだねー 精 そこで、ミラはことのしだいを詳しく語った。 と 放 それを聞いたあと、マルバは語った。「なにはともあれ、まずはおまえの身体、言葉、 解 の 意識のすべてをささげることだ。おまえは、私から食べ物と着物とダルマの教えを求め ている。だが、。 とちらかしか、私はおまえに与えることはできない。私はおまえに食べ 235 物と着物をやって、ダルマは与えない。さもなければ、私はダルマを教えるが、食べ物
224 不思議な深い信がわきあがってきた。どうしても、どんな困難を払ってでも、マルバに ミラレバか、マルバの住む南チベット とミラレバは考えた。 出会わなければならない、 の小さな村を訪れてきたとき、師は農夫のかっこうをして、畑を耕していた。道端で最 ミラレバはマルバを見分けることができなかった。だが、その瞬 初に出会ったときに、 間、ミラレバは自分の心が停止して、絶対の時間が出現したように感じたのである。 ようするに、真実のラマに出会えるかいなかは、あなたの心の純粋さとカルマに、か かっているのだ。カルマによって、あなたは、真実のラマの前に押し出されていくだろ う。そうでなければ、横に坐っていても、そのことはわからない。 ラマに出会ったら、まず彼の言葉に、全面的にしたがわなければならない。それがで きたら、彼の立ち居振舞いのすべてから、大事なことを学びとるのだ。世間の諺にも、 こう言われている。 あらゆることは物真似 最善は巧みな物真似から だから、まず最初はグルをよく調べて、間違いのない真実のラマをみいだすこと。っ ぎには、グルに忠実にしたがうことを学ぶこと、そして、グルの考えや行動を真似なが
239 事をあたえて、健康になったら、わしの許にあらわれるように」 こうして、ミラに帰依のための教えが、あたえられた。グルは語った。「この教えは 顕教だ。もしも、おまえが密教の、タントリズムの教えが学びたいのなら、つぎのよう にしなければならない」。そう語って、マルバは弟子にナロー ハの話を聞かせてやった。 そして最後に、「もちろん、おまえには、このナロー ハと同じことができるよな」。これ を聞いたミラは、はじめてマル。ハにたいする、強い帰依の心がわきあがってきた。彼は、 グルが自分にあたえた試練の意味を理解した。 , 。 彼よ涙を流しながら、答えた。「もちろ んです。あなたのおっしやることを、わたしはなんでもおこないますー それから数日後、マルバはミラを連れて、散歩に出た。道の行き止まりまで来ると、 立ち止まって、こう言った。「ここに九階建ての塔を建てろ。それができたら、教えを 導やろう。食べ物もやろう の ミラは作業にとりかかった。土台ができたところで、マルバのほかの三人の兄弟子が、 神 精 見物に来た。彼らは大きな丸石を、たわむれに転がしてきた。 ミラがそれを使って、塔 と 解を二階まで建てたところで、グルがやってきた。グルは、丸石に気がついた。これはど の うしたのかとたずねた。 ミラはありのままを話した。 「瞑想修行を続けているわしの弟子たちを、おまえがこき使うことは許されん。石を元 通りの場所に戻して、作業をはじめから、自分だけのカでやり直せ」。 ミラは石をはず
240 して塔を壊し、また塔を作り直しだした。七階まで出来上がったとき、ミラの腰には、 ひどい傷ができた。そのとき、グルがあらわれて言った。「その建物は、それぐらいで 、、。そのかわり、脇に十二本の柱をもったお堂を作れ。全体で中庭ができるようにす るのだ」 ミラの背中の傷は、もう一面に広がってし こうして、中庭が出来上がったときには、 まっていた。 ちょうどそのころ、マル。ハが弟子たちにチャクラ・サンバラとグヒヤ・サマジャの密 ミラは、もう自分もそれに参加し 教のイニシェーションを与える儀式がおこなわれた。 てもいいだろうと思い、お堂の中の席についていた。マルバはミラを発見すると、怒り だし、髪の毛をひつつかんで、外へ投げ出した。 傷はますますひどくなっていったが、ミラはあの過酷な作業をつづけていた。今度は ミラは、グルの妻に頼 へヴァジュラのイニシェーションがおこなわれることになった。 んで立派なトルコ石の宝石を借りた。これを捧げて、儀式を受けようとしたのである。 しかしマルバはそれを見て、ますます怒った。グルは弟子を殴りつけ、またもや、外に 放り出したのである。 自分はきっといつまでも、教えを受けることはできないのだ。そう思って絶望したミ ラは、ふらふらと放浪に出た。彼はロタク・コウ。ハのある村にたどりつき、そこで八千
わけュニークな密教なのである。 教え方もユニークならば、体験をつくりだす方法や技術がまた、ユニークなのだ。マ ームドラーやラムデは、べンガルを中心にした、インドの後期密教の教え方に、忠実 にしたがっている。その意味では、インド正統的な密教と言えるかも知れない。しかし、 ゾクチェンには、それたけではおさまりがっかないような、不思議なユニークさがある。 ゾクチェンの世界は、ミラレバやマルバがいるマ、 ームドラーの世界などに較べると、 どことなく派手さを欠いているように見える。しかし、それはみせかけにすぎないのだ。 ゾクチェン密教が、あなたに与えることになるであろう体験のあざやかさは、文字どお り、言語を絶している。そこでは、心の本質が、純粋な光となってあらわれる。私は、 このようなゾクチェンのスタイルを、とても気に入っている。 ゾクチェンというチベット語は、「偉大な完成」という意味をもっている。これには、 ふたつの意味がこめられている。ひとつは、これによって、仏教のめざすあらゆる修行 が完成する、という意味で、ゾクチェンパ ( ゾクチ = ンの修行者 ) の並々ならぬ自負を、 あらわしている。もうひとつの意味は、もっと深い。それによると、心は本然の状態に あるとき、それ自体として完成している、あらゆる生き物の意識活動は、もともとゾク チェンとして完成している、純粋である、解脱している、などといった意味が、ここに はこめられていることになる。つまり、この修行によって、私たちはどこか自分とは別
123 無常 訪れる死を、修行の究極のやすらぎとし この荒れ果てた谷を、死の究極のやすらぎ場所とし 友と敵も、また変転していくものだ。この生で敵であったものが、つぎの生には友と なり、家族となり、恋人や夫婦となるケースだって、めずらしくはない。だから、感情 や結びつきの無常を、あなたはくりかえし瞑想する必要がある。永遠の友とか、永遠の これが法則だ。あなたは、すべてを平等と慈悲の心 敵などというものは、存在しない。 で、見渡すことができなければならない。 幸福や不幸も、また無常だ。貧しい環境に生まれて、身の不幸をなげいていた人が、 最後には、人生の幸福を味わうというケースもめずらしくはないし、その反対のケース もたくさんある。ミラレバの叔父のように、朝には息子の結婚式に、幸福の絶頂を味わ っていたのに、 ミラレ。ハのしかけた呪術によって、屋敷は崩壊して、その夜は不幸のど ん底に叩きこまれてしまった、という人もいる。そして、自分たちの家族に不幸をもた らした叔父の一家に、はげしい恨みをもち、苦しみの中にあったミラレバ自身は、師の マルバに出会い、人生の最後には、たとえようもない幸福を知った。幸福も長続きしな いし、不幸も永遠ではない。そのどちらにも、執着してはいけない。 世間で良いとか悪いとか判断されているものも、けっして恒久のものではない。世間
301 発菩提心 シストは失敗してしまう。 ミラレバがチョン渓谷の洞窟で、瞑想をしていたとぎの話である。祟り神の王で あるビナャカが、彼に目をつけて、さまざまな驚異をおこなった。 ミラレバの部屋には 巨大な目をした魔物アツアラが五匹もあらわれたのである。ミラレバはラマと守護神 ( イダム ) に、深い祈りを捧げたが、それでも魔物はいっこうに去ろうとしない。イダム 田くマントラを を観想によって呼び出す「生起次第 ( キ = ーリム ) 」の瞑想をおこない、弓 唱えてみたが、それでも魔物は動こうとしなかった。そこで、ミラレバは思った。 「私の師であったマルバは、現象の世界とそこにある存在は、すべて私の心であり、私 の心の本性は輝きにみちた空性なのだ、と教えてくれた。それならば、ここに出現した 魔物だって、私の心であり、本性は空性でないことがあるだろうか。それが、自分の外に あるものと思っているうちは、それはいっこうに私から去っていくことはないだろう こうして、ミラレバは心を整えて、魔物たちを真実の認識の目で見た。すると、アッ アラは、恐ろしいうなり声をあげて、消えていったのである。 タクシンモ ( 岩の羅刹女 ) が歌ったという歌にも、つぎのようにある。 あなたのその執着の魔は、あなたの心から生まれる あなたが心の本性を認識しないならば