「それから、どうしたんだい ? まさかあんな気味悪い物を : : : 」 2 滝は我に返って質問をつづけた。 村 「受け取ってきたわ。渋谷駅のコイン・ロッカーに預けておいたの。その晩また恐ろしい夢 呪を見ちゃったのよ 山 「ほう、どんな夢だね ? 」 殿 ずきん 湯 「べッドのそばに、頭巾をかぶった若いお坊さんが幻のようにぼうっと立っていたのよ。顔 ゅうかいしようにん はお・ほろげでわからなかったけど、幽海上人たと名乗ったのははっきり懶えているわ。それが 変なことを言ったのよ。大師村の御三家の一人は瀬戸内海で死んだそ。残る二人をどうするつ う。そこまでの計算はしていなかったと思われる。その必要はなかったのた。彼の投じた悪意 はもんおよ の一石が、淡路家や弥勒寺にどのような波紋を及ぼすか、能理子に一切のを駄を預けて、あの 世でにんまりほくそ笑みながら高みの見物をするだけでよかったからである。ところが事実は、 まね おもわく せいさん 伏原の思惑以上の凄惨な事態を招いてしまった。その予期せぬ成り行きに、伏原はさそかし満 足だったのではないか。 、」、つしよ、つ ことな 滝の耳には、我が事成れりと手を打って快哉を叫ぶ伏原の哄笑が、まざまざと聞こえてくる ような気がしてならなかった。 しぶやえき かいさいさけ まばろし
し方をしてやれなかったのがいけなかったんです。自分はししゅうボランティア活動で外出し がくしゅうじゅく ている癖に、学校や学習塾の勉強のことばかりうるさく言う教育ママになり過ぎて、親子の対 話がまるで欠けていたのが間 0 ていたんだと思います」 じれ 謡子は ( ンカチを出して目頭を押えた。大曾根警部が焦ったそうに、 じよ - っ かんじん 「そのお気持ちはよくわかりますがね。肝腎なのはお嬢さんの告白です。その内容を聞かせ て頂くわけにはいきませんかね ? 」 こば うなが と、先を促したが拒まれてしまった。 「そのことでしたら、能理子の口からじかにお確かめになって下さい。わたしからは、とて も話すに忍びませんわ。あの子には部屋でおとなしく畆をして、一歩も外〈出ないように一一 = 〔 いつけてあります。母親としてどうすればあの子を救 0 てやれるかと一晩中懾んで考えに考え 2 たあげく、関根先生にご相談して、自首させる決心をしたんですもの。ねえ、先生 : : : 」 村 「ええ、へたなかばいだてなどをせずに、ありのままに警察に知らせた方がいいと、奥さん 呪にいまお勧めしていたところですよ」 ちんもく 山ずっと沈黙を守りつづけていた関根弁護士が、そのときはじめて口を開いた。 湯 「しかし、警部さん、冊決の第四十一条はむろんご存しでしような ? 」 「四十一条というと ? 」 とっさに質問されて、大曾根警部はドギマギしながら聞き返した。 おさ
かんそう もぎっしり石灰がつめてあることがわかった。そればかりではない。乾燥した皮膚は何かで燻 あと あぶ すす したらしく一面に煤けており、ところどころに火で炙ったと思われる痕も残っている。 柳沢教授は山形大学の学者や郷土史家の河合と、ひたいを集めて協議していたが、やがて滝 を手招きすると、 「やつばり、僕の想像通りたったよ」 ちんうつ と沈鬱な口調で一 = ロった。 にゆうじよう 「これは、上人が自ら入定を果たしてできたいわゆる自然ミイラではない。死後、他の人間 ないぞう が人工的に手を加えた加工ミイラだよ。内臓を取り去って石灰をつめてあることや、何かで燻 てんじよう した痕がそれを歴然と証明している。愛染堂の天井に煤がこびりついていたようだから、たぶ んあすこに死体を吊るして人間の燻製を作「たんだと思うな。当時のことだから、を とも よもぎせんこうも 2 何本も点したり、蓬線香を燃やしたりしたんだろうが : : : 」 村 「それじゃ、幽海上人は : 呪 「殺されたんだろうね」 山「本当ですか ? 」 湯 「だから、僕の想像通りたと言ったんだ。おそらく即身仏になるための五穀断ち十穀断ちの おきてそむ 修行中に、何か宗門の掟に背くような不都合があったに違いない。修行の苦しさに堪えかねて しゅうちゃく いずれにせよ、違 逃げ出したか、あるいは色恋に迷って生への執着をかきたてられたか。 てまね た
品』の社員寮をあとにした。 昨夜、能理子と別れたあと、香代子は滝が「犯人の見当はもうついている」と言った思わせ ぶりな言葉を聞き捨てならないとして、何が何でもそのわけを知りたいと食いさがったが、結 局は時間がなくお預けになってしまった。一日遅れで『鶴岡ホテル』に着いた柳沢教授から電 ばうさっ 話があり、その結果、滝たちは事件のことより、発掘調査の打ち合わせの方に忙殺されたから 。こっこ。 弥勒寺には、法要の始まる三十分前に着いた。 はリい琴」い 境内は滝が予想した以上にごった返していた。発掘現場の愛染堂のかたわらにはテント小屋 が設けられ、お堂のまわりに何台ものテレビ・カメラが据えつけられて、テレビ局のスタッフ が忙し気に立ち働いている。そのまわりを、早くも大勢の野次馬が幾重にも取り巻いていた。 2 たが、そのあわただしい空気には、何となくおかしな点があった。 かれ 滝たちが本堂の方へ行こうとすると、人垣をかき分けて出て来た男が、手を挙げながら彼を 呪呼び止めた。大曾根警部である。な。せか顔色が悪く、そぶりにも落ち着きがなかった。 山 「待ってたんた。おたくが来るのを : : : 」 殿 ものかげ 湯大曾根警部は、境内の物陰に滝を引っ張っていった。 「いったいぜんたい、何があったというんだね ? 」 「相良道海が、また寺に戻って来ていないんたよ。それで、寺側じや大騒ぎをしているとこ おおさわ
しようきよ、つ あおやま はちあ 「面白いわ。この前、成田さんと青山の家のそばで鉢合わせしたときと、同じ状況しゃない 「面白がってる場合じゃないよ。もしそれが本当なら : : : 」 こっぜん 滝は声を呑んだ。能理子の言う通り、怪遍路はまたしても忽然として消え失せたことになる ではないか。 だが、今度は成田のときとい、その姿を目撃したのは一人ではない。滝と香代子が一一人そ げんかく さつかく ろって、肉眼でまざまざと見たのだ。決して幻覚でも錯覚でもなかった。 「そんな馬鹿なことはないわ。確かにあのお遍路さんがこの橋を : : : 」 香代子もそばからムキになって主張したが、 、っそ 「でも、見なかったものは見なかったと、そう一一 = ロうより仕方がないでしよう。嘘だと思うん 2 なら探してみるといいんたわ」 とが 射能理子は子供つ。ほく口を尖らせて反発した。 しゃいんりよう かいざい どうそじんやしろ 呪二人は社員寮の建物と別荘の間に介在する、ひときわ暗い道祖神の社の一画をひと通り当た もど 山ってみたが、それらしい人影はどこにも見当たらなかった。能理子の立っている場所に戻ると、 湯彼女はだ目を滝の方へ向けた。 「だから、言わないこっちゃないでしよう。滝さんはまだ、あのお遍路さんのことを追いか け回しているの ? 的はずれもいいところだわ。その分では、どうやらわたしとの約束を果た さが ばか の やくそく
「まあ、そのかわり、香代子さんが熱心に見学していったがな」 「で、どうたったんだ ? 結果は : : : 」 「どうもこう , もないよ」 ぶぜん 大曾根警部は憮然とした面持ちであごをしやくった。 駐在所の中で話そうという意味である。滝はうなすくと、ガラス戸をあけた警部のあとに従 った。つづいて仁王部長刑事やジープを運転してきた地元大網署の若い刑事、それに警察医ら しい老人の男も入ってきた。 「暑い中を、本当にご苦労さまでございました」 でむか じゅんささいくん 奥から飛び出してきて出迎えたのは、駐在所の巡査の細君のようだった。 2 当の巡査の姿が見当たらないのは、化け物塔婆の発掘現場にまだ居残っているせいかもしれ 村ない。 呪 ガラス戸をあけて入 0 たところは、東京の交番と変わらす土間の所にな 0 ていた。本署と 山の連織電を置いた机や、壁に 0 た大師村の地図などが目についたが奥が百姓家風の自宅に いなか 湯つながっている点が、いかにものんびりとした田舎の駐在所という感じであった。 すず 「さあ、さあ、ひと休みして涼んで下さいな。いま冷たい麦茶を持ってきますから」 せんふうき 一同を土間つづきの座敷に案内した細君は、さっそく扇風機を回し麦茶を運んできた。
は野球部の選手たったんですよ。剛速球を投げる名。ヒッチャーだったんです」 「名。ヒッチャーだったんですか」 聞き返した滝の口調は、変に暗く沈んでいた。 「それが、六年生になってガラリと性格が変わってしまったんです。友だちとも口をきかず、 一人でしょんぼりしていることが多くなりました。そうそう、そういえば、能理子さんと二人 で私の家へ訪ねてきて以来ですね。やつばり、あの絵を見せたのがいけなかったのかな。感じ やすい年頃ですからな」 「いまは温海温泉の三浦神経科病院へ入院しているそうですね。来る途中の列車の中で、能 理子ちゃんに聞きましたが : : : 」 、つつしよ、つ 「それでなくても、鬱症だったんですから、東京のあの事件がよほどこたえたんでしよう。 2 帰村してからはすっかりふさぎこんでしまい、いまにも自殺でもしそうな気配なんで、父親の かんきんじようたい 村道海さんが心配して、寺の一室に閉じ込めて監禁状態にしておいたそうですよ。ご存じかもし 呪れませんが、うちの小学校からも小学生の自殺者が一人出てますからね。なおさらビクビクさ 圸れたんでしよう。あけくのはてが、入院です」 湯そのとき襖の外で声がして、宿の女中が盆に載せたタ食を運んできた。 話し込んでいるあいだに、 いつのまにかそんな時間になっていたのである。さっきまではま やみぬ だ明るかったのに、庭に面したガラス戸の外は、すっかり闇に塗りつぶされてしまっていた。 とし′」ろ ふすま ばんの
「じゃあ、これは元来は伏原家に伝わったものだったんですね ? 」 「ええ、仙岳荘の倉に秘蔵してあったらしいですな。そういえば気が、欣作さんのお父さ んの代に、倉から出してきたのを見せてもらったことがあるそうですよ」 ゆずう 「すると、それを河合さんが譲り受けられたんですか ? よう 「いや、そのことについては、妙ないきさつがあるんですわ」 河合は陽焼けしたひたいに手をやって目をしばたたかせた。 きみよう ぎようじゃ 「この春、大師村に奇妙な白衣の行者が現れて、ちょっとした騒ぎを起こしたことがあるん 「ああ、それなら道海さんから聞きましたよ。子供たちを手当たり次第につかまえては、幽 たた 海上人の祟りを触れ歩いたというんでしよう ? 」 下 「そうです。そうです。ところが、その怪行者が現れたといテ日の朝でした。私が朝刊を取 村りに行って何げなく郵便受けを見たら、これが袋に入れて突っ込んであったんですよ。そのと しわざ 呪きはまだ、騒ぎが起こる前でしたから、むろんその男の仕業とは思わなかったんですが、それ 山から数日たって、信也君がちょうど春休みで別荘へ来ていた能理子さんと二人で、私の家へ訪 湯ねてきましてね。この絵をぜひ見せてくれと言い出したんですよ。まるで膝め判式の、子 供とは思えないような熱心さだったんです。 それというのが、信也君も怪行者に会った一人なんですが、その際にそそのかされたらしい ふくろ さわ
といえば、東京から来られた警視庁の警部さんのことも、噂で持ち切りですよ。今日、僊け物 と、つば 塔婆の発掘をするということですが、あれは何の目的があるんですかね ? 警部さんに聞かれ たんで、私がその場所を教えたんですが : : : 」 せんさくしん 河合自身の詮索心も、かなり旺盛のようだった。 「さあねえ」 滝はあいまいな笑いで誤魔化した。 どうやら河合は、そこに津島民江、里子母の死が埋められている事実を知 0 てはいない らしい みまちとう 「あの化け物塔婆は、本来は巳待塔といって、大師村から湯殿山へ登る山道に立っている、 古びた石塔なんですよ。帯にお謐りする人もあ 0 たそうですが、いまは草に埋もれてその位置 2 を正確に知っている者は、私のほかにそう何人もいないはすなんです。由来を知っている者も、 村村の古老のうちでも数えるほどの人だけでしよう」 ・てんめい 呪 「あすこは天明の大飢饉のとき、近郷近在から流れて来た餓死者の死体を、大量に葬ったも 圸のだそうですね ? 」 湯 「よくご存じですな。もと小学校長をしていた私の親父が、生前それについて調べたことが あります。郷土史家としては、私よりも父の方がずっと知識が豊富で、私はその血を受け継い だようなものなんですよ。その当時の資料がありますが、ご興味がおありでしたら、ごらんに だいききん ′」まか おうせい うわさ がししゃ ほうむ ま っ もの
らなかった。 じゃま 混雑に邪魔されて、能理子に声をかけてつかまえたのは次の車両のデッキだった。 「あら、まあ、滝のおじさん : : : 」 かいこう 能理子も思いがけない邂逅に驚いたように目をまるくした。 ゅうかいしようにん 「誰かと思っちゃった。幽海上人の発掘調査がはじまるのは、明後日じゃなかったの ? 」 「そうなんだが、先発でや 0 て来たのさ。 0 はいろいろ準備や雑用があるもんだから たんてい 「それだけ ? なあんだ。じゃあ、探偵の方の目鼻がついたってわけじゃなかったのか」 「いや、その方の用もあるにはあるんだがねー 能理子にかかると、いつも滝の方がたじたじとならざるを得ない。 「そういえば、昨日、大師村で大曾根警部さんを見かけたけど、元気がなかったみたいね。 下 やすやす 村あのぼんくら警部さんと滝さんしや、犯人をそう易々とはつかまえられつこはないわよね。こ たんていしようせつ の分では、道海伯父さんの命だって危ないもんだわ。探偵小説に出てくる名探偵は、誰も彳 山が事件を未然に防ぐことができないようだけど、その点たけは滝さんも名探偵並みかな。八月 湯二十一日のわたしのお誕生日には滝さんのストリーキングを、いよいよ見せてもらえることに なりそうね」 大師村〈帰 0 た相良道海は、発掘調査の儀式に備えて精進潔斎ため、すでに儼ん たんじようび