そうさく ね。目下、大網署の連中にたのんで、和尚の行方を捜索してもらっている最中なんだよ」 皮もその捜索隊の一行に加わっているのに そういえば仁王部長刑事の姿が見当たらないが、彳 違いなかった。 「ただな、滝 : : : それにしても、ちょっと気がかりなことがあるんだ」 まゆ 大曾根警部は眉をひそめてあたりをるような低い声にな 0 た。 「気がかりなことというと ? 」 かいへんろ 「例の怪遍路らしい老人を、見かけた者がいるんたよ」 「何だ 0 て ! 缶なんだ ? その目撃者というのは : : : 」 つるおか せんにんざわ 「仙人沢の売店の主人なんだ。昨日の夕方のことなんだそうだがね。鶴岡市内で食料品や雑 貨を仕入れ、車を運転して売店へ戻る途中、山道で出会ったらしいんだな。金剛杖をついてう 2 つむきがちの姿勢で、と ' ほとぼと山を降りて来るのとすれ違ったらしい。まあ、あの山道は白 ぎようじゃゅ 村装束の行者の往き来が多いところだからね。売店の主人もつい見過ごしにするところだったよ 呪うだが、問題の老人が同行一一人と書いたをかぶ 0 ていたことに、気がついて、おやと思っ ずきん でわさんざんもう 山たそうなんだよ。出羽三山詣での行者は、白い頭巾をつけるが菅笠はかぶらないだろう。それ ちゅうざいしょ 湯で、警察からの手配を思い出して駐在所へ届け出て来たというわけなんた」 「やつばりな。実はそのことなんだが : : : 」 しいチャンスだとばかりに切り出した。どうせ大曾根警部には、話す 滝は昨夜の出来事を、 か とちゅう こんごうづえ
とが 滝の肩に首を押しつけるようにしていた香代子が、顔を上げると咎めるロぶりで聞いた。 「ほら、あすこだ。あすこに白いものが : : : 」 暗がりに目を凝らすようにして、滝は橋の前方を指差した。 こわば そちらに視線を向けた香代子の上半身も、たちまち強張った。 しろしようぞく ひとか・け ぎようじゃ 滝が言った白いものとは人影であった。行者のように白装束を身につけた老人である。 こんご、つづえ かっこ、つ カそれでも、その老人が金剛杖を 夜目たから、仔細にその冾好がわかったわけではない。。 : まえかが つき、腰を折った前屈みの姿勢で、重い足を引きずるようにしてとぼと・ほと歩いていくのはわ 、刀ュ / 鈴を振 0 ているようた。その振の音は足許から響いてくる梵字川の流れの音に、ともする とかき消されがちだったが、耳をそばだてるとかすかにとらえることができた。白装束の老人 は、ちょうどコンクリート橋を渡りきったところたったのである。 下 村 「ねえ、滝さん、あのお遍路さんよ。筧久造だわ ! 」 せんりつ・はしぬ 呪 一一人の背筋を、同時に名状しがたい戦慄が走り抜けた。 きようふかん かいへんろ 圸香代子は、淡路剛造の通夜のときにも怪遍路の後ろ姿を目撃している。それだけに、恐怖感 湯もなおさら激しかったのだろう。それにしても、老人ホームの『光明園』を立ち去ってから、 ゆくえ 杳として行方の知れなかった筧久造が、とうとう姿を現したのだ。滝が大曾根警部の予想通り、 彼はやはり大師村に来ていたのである。
「それだけ ? 本当にそれを確かめるためだけに、道海さんの奥さんにあんな質問をしたり、 : 滝さん、そうなの ? 」 わざわざモデル・ガンを借りて、実験してみたってわけフ 「そうでなけりや、何だって言うんだい ? 」 「さっきも了海さんに、信也君が東京から帰った夜のことを、熱心に質問してたじゃないの。 きと、つじよ それに、道海さんが祈疇所へ向かう前、能理子ちゃんから電話があったと聞いたら顔色を変え たわ。あれはなぜなの ? どうして、あんなガキのことばかり、そう問題にしなけりゃならな いのよ。あの二人が、今度の事件でどんな役割りを果たしたっていうの ? 」 「ガキか。確かにその通りだな。能理子ちゃんも信也君も : ・ 滝は苦笑すると、 もど 「こいつはもう用ずみだから、庫裏へ戻って奥さんに返してきてくれないかな」 2 と、モデル・ガンを香代子の手に押しつけて、さっさと階段を降りにかかった。 ちゅ、つけいよう とうちゃく 村山門の前には、東京から到着した『関東テレビ』の中継用の大型。 ( スが、すでに横付けにな 呪っている。何人かのスタッフが機材をおろしにかかっていた。そのまわりを物見高く野次馬が めずら じゅんさ 山囲んで珍しげに眺めていた。小森巡査に追われていったん散った村人たちが、また集まってき 湯たものらしい あいさっ 東京で顔を合わせたことのあるチーフの局員を見つけて、滝が挨拶を交していると、モデ ル・ガンを返しに行った香代子が戻ってきた。 なが
におうもん かげ 陰をつくっている。山門は茅葺屋根の仁王門で、門の上部に湯殿山の掲額があり、左右には金 まっ 剛力士の木像が、格子の奥に各一基ずつ祀ってあった。 見ると、その山門の入り口のところにも、村人の野次馬が何人か群がって境内の方を窺って いたが、小森巡査の姿を見つけたとたん、あわててペこペこ頭をさげながら散らばっていった。 「困った連中ですわ」 彼らの後ろ姿を苦笑して見送った小森巡査は、じきに、 「では、私はこれで : : : 」 と挙手の礼をした。 案内役を果たした彼は、ふたたび自転車を押してもときた道を引き返していった。 十′いだい いしだたみ 山門をくぐると一〇〇メートルほどの石畳があり、その前方には境内に通じる二十段ほどの 2 石段が見えていた。 こだち やかま 村木立ちの茂みの間から湧き出してきた殫の鳴き声が一段と喧しい。滝はキョロキョロと見回 さが 呪して香代子の姿を探した。 山 「ここよ。滝さん : : : 」 殿 とざんばう 湯石段を見りきった境内の入り口で、ジー。 ( ン姿の香代子が高々と右手を挙けて登山帽をふつ ていた。 りよ、フいき うっそうたる木立ちに囲まれた境内は、その領域だけが夜の世界のようにうす暗い。そこの ′」、フりきし わ かやぶきゃね だ せみ けいがく うかが こん
んで、隠しようもなかったんですよ。 まっさおか しかし、やつ。はり相当のショックを受けたようですな。二人とも真蒼な顔をして、しばらく - 」、つ力し はロもきけませんでしたからね。見せなけりやよかったと、あとで後海しました。 それにしてもあの怪行者は、なぜ信也君たちにあんなことを吹き込んたんですかね。ほかの たた あば 子供たちは、幽海上人の墓を発くとその祟りがあるそというようなことは、一様に聞かされた らしいんですが、この絵のことを一 = ロわれたのは、信也君だけなんですよ。その点がいまだに不 思議でしてね」 こんたん 「何か魂胆があったとお思いなんですか ? 」 「そうとしか考えられんでしよう。一一人はね、この絵を見たあと、いま一つ別なことを聞き そかいしゃ たいと切り出してきたんです。何だと思います ? 三十三年前に大師村で起こった、疎開者の おやこ 2 母娘の蒸発事件のことで、何か知っていることがあったらぜひ教えてほしいというんですよ」 村 「ほう、疎開者の母娘の話を : : : 」 おてん ふしよ、つじ 呪 「あれは大師村の歴史に、終世消えることのない汚点を残した不祥事です。終戦直後といえ きおく 山ば、私はまだ小学一年生でしたから、むろん当時の記億はお・ほろげにしかありませんがね。し 湯かし、津島民江と里子母娘に加えた遇の模様は、親父からはよく聞かされたものです。脱走 兵の家族に対する戦時中の国民感情がそうさせたんでしようが、それを差し引いても、村の連 ひさん 中の仕打ちはすいぶんとひどかったようですね。あの母娘の悲惨な姿が忘れられないと、親父
プリして、大事な任務を忘れてもらっちゃ困るそ。おれは今夜は鶴岡泊まりだから、大師村へ 着いて、何か変わったことがあったら、すぐに宿へ電話で知らせるんだ。いいね」 滝は鶴岡までは同行したが、香代子をはじめオカルト研究会の学生たちと駅で別れた。 現地で調査団を組む山形大学側の学者たちや『関東テレビ』のスタッフ、それに、地元の 『庄内日報』や『庄内放送』の報道関係者たちと、明朝発掘の打ち合わせを行うことになって いたからである。そのために市内の『鶴岡ホテル』が予約してあったのだ。 一方、当日の発掘を手伝うオカルト研究会の学生たちは、例の仙岳荘旅館を改築した『アル ていきしフ プス食品』の社員寮を、宿舎として提供してもらう手はすができていた。明日からは滝もそち らに泊まる予定である。 「それだったら、能理子さんにたのめばよかったわね。あの子の方が、わたしなんかよりも 2 よっ。ほどしつかりしていそうですもの」 ・・ハッグを積み上げ 村香代子はツンツンした口調で一一 = ロうと、待合室にナッブザックやスポーツ 呪てかたまっている仲間の方へ行ってしまった。 山苦笑した滝の目に、を迎えに来た男の姿が映 0 た。くしやくしゃの登山幗に開襟シャツ、 こわ かわかばん ふくそう 湯折り目のないズボンをはいた、野暮ったい服装の主だった。古・ほけて止め金の壊れた革鞄をさ げている。 男は「やあ」と手をあげながら滝のそばにやってきた。
ずさわらずだった。 だが、実際には帰村早々、温海温泉の三浦神経科病院へ入院させられていたことが、能理子 の話ではじめてわかったのである。 列車は長々と海岸線沿いに走っていたが、温海温泉の先のトンネルを抜けるとまもなく、車 外の景色は一変した。 緑の榾が揺れる田が四角な折紙をつなぎ合わせたようにひろがり、その向こうにの しようないへいや 絵のような山並みが望まれた。米の産地として知られる庄内平野である。右手にひときわ高く ゅ、つほう ちょうかいかざんみやく 連なっているのが鳥海火山脈に属する鳥海山や出羽丘陵で、その雄峰の一つである月山がひと きわ美しくそびえて見えた。 へんばう まど ちょうば、つ デッキの窓から見える眺望は、目を開かれたように変貌したが、滝の頭の中にくすぶってい きり るモヤモャした灰色の霧の世界は、いっこうに変わりばえがしなかった。 下 村 呪 きゅうさかいはん つるおかし 山山形県の西北部、庄内平野の南部に位置する鶴岡市は、旧酒井藩十七万石の城下町である。 湯人口約十万。古来から米の有数の集散地であるほか、農機具の製造では、東北地方の九割を占 める生産高を誇っていた。たが、そうした産業面のほかに、この市は出羽三山の表登山口の一 っとして知られているのだ。 でわきゅうりよ、フ がっさん し
かく が安全なのに、筧久造を雇うという危険を敢えて犯しているし、当然、隠さなけりゃならない 、、スを犯しても平気でいるんだよ。それ ようなこともぜんぜん隠していない。そればかりか、 こわ を考えるとかえって、ゾッとするような恐さを覚えずにはいられないのさ」 とら 「そこまでわかっていながら、犯人を捕えられないなんて何とも盾けない話ね」 「大師村へ行ったら、すべてをはっきりさせるよ。それまでお預けにしておいてくれないか な。それより、第四問の伏原欣作と犯人たちとの関係だが : ・ 「筧を雇ったのが伏原でないとすると、その点の結びつきがわからないなあ。伏原が筧に後 おやこ ぎようじやすがた 事を託したという見方にはわたしも反対だわ。でも、彼が行者姿で大師村へ行き、津島母娘の ぜんだ あば . 墓を発いて、指を切り取ったのは事実なんだから、その意味では今度の事件のお膳立てをした ことには : : : 」 けんたん 例によって滝の健啖ぶりは旺盛そのもので、話の合間にもナイフとフォークを動かす手を休 下 めようとはせず、カツの肉片をさもうまそうにほおばりつづけたが、香代子の方は、ミイラの 村 指の連想がいっぺんに食欲を奪ってしまったのだろう。サンドイッチを一口食べただけで、げ 山んなりとしたように止めてしまった。 湯「結果としては、伏原がお膳立てをしたことになるかもしれないがね。彼の生前の行動と今 はな 度の事件とは、別個に切り離した方がいいんじゃないかと思うんだ。伏原が過去の事件をタネ ふくしゅうたくら に、剛造氏や道海さんに復讐を企んでいたことは事実だよ。しかし、殺す意志まではなかった き うば おうせい
もなくなる。殺人にかかわるヤ、、ハイ仕事などに手を染めないんじゃないのかな。それに、剛造 じようきよう 氏が殺されたときの状況から見て、真犯人はあのとき淡路家の内部にいた人間の、誰かでなけ ればならない。その穢は : ・ : ・」 「被害者が浴室で飲んた水差しに、睡眠薬が投入されていたという事実ね。あれは、淡路家 にいた者でなければできるはすがなかった。そう言いたいんでしよう ? 」 「ああ、あれはお手伝いの三保さんが台所をあけた、ほんのわずかなチャンスを狙ってやっ きよう しんにゆう たことなんだ。外から侵入した人間には、とても不可能なことだよ。それに柩に入っていた凶 器の三鈷杵の問題もあるし : : : 」 も あ へんろすがた 「では、筧の果たした役割りは、単に白衣の遍路姿でおどろおどろしいムードを盛り上け、 あのミイラの指のメッセンジャー役をつとめたというだけ ? これは ZO ・ 3 のいま一つの設問 の方になるけど : 下 「たぶん、そうだろう。彼はその役をつとめるためだけに雇われたんたと思うよ 村 ウェイトレスが注文した料理を運んで来たので、滝はさっそくフォークとナイフをくるんた 螳紙ナプキンを剥がしながら言 0 た。 殿 「では、犯人はあの夜、淡路家にいた誰だったのかしら。謡子夫人の話によると、剛造氏の 湯 ことを贈んでいた人間は、三人もいたそうじゃないの」 「そいつは夫人もふくめての話だがね。そのほかに、慶子ちゃんや道海さんにも動機はある さんこしょ すいみんやく やと ひつぎ ねら
謡子は、武と能理子の交際に関して、伏原が金銭的な代償と引き替えに約束を守ってくれた ものと単純に信じ込んでいる。娘に対しても甘く考え過ぎている。だが、果たして実際には彼 おもわくどお 女の思惑通りに事が運んだのだろうか。 現に能理子は親の目をかすめて、つい最近まで武とっき合っているではないか。 じゃあく その裏には能理子自身の意志とは別に、伏原の邪悪な意志が働いてはいなかったたろうか ? 実の息子ならともかく、赤の他人の武に、伏原が人並みの父親らしい配慮をしたとはどうし がん ても考えられなかった。ことに常子の供述によると、伏原は自分が癌とわかってからは、すっ すさ ふくしゅう かり荒みきった性格になり、過去の罪を告発することで、淡路剛造や相良道海に復讐しようと していたという。 謡子が伏原に会ったのは、時期的にはほぼその頃なのである。それだけに、謡子の申し出を すんなり承知したということが、かえって滝には不自然に感じられてならなかった。 下 「わたしにとって人に一一一一口えない秘密というのは、いま話したことだけ。それ以外には、伏原 村 との間には何一つ疚しいことはなかったわ。それたけは信じてちょうだい」 謡子はタイフラーの氷片をかき回しながら、妙にしんみりした口調になった。 殿 湯 「それなのに、主人ときたら、結婚以来、すっとわたしのことを不貞な妻のように白い目で 見つづけて来たんですからね。剛造にわたしを責める資格なんて、これつ。ほっちもないのよ。 背信行為だったら、あの人にだって : : : 」 やま ひ か やくそく