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検索対象: 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)
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1. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

たから、自発的意志による志願者だけでなく、現代的に言えば、スカウト・マンのような人 間に連れてこられた者もいたと思うんだ。一世行人の前身には犯罪者が多いが、その中にはそ うしたスカウト・マンにそそのかされた者もいるんじゃないだろうか。たとえば幽海上人に仏 くちい 門に入るよう勧めた、ロ入れ稼業の辰巳屋金兵衛も、そのようなスカウト・マンの一人だった という気がするんだよ」 「なるほど、しかし、それと、幽海上人が殺された いや、仕置きされたということと、 どんなかかわりがあるんですか ? 」 滝がほかの二人を代表するように質問した。 つらなんぎようくぎよう 「即身仏を志願した一世行人が、どれほど辛い難行苦行を強いられるかは、君も承知のはす ちゅうとざせつ たお だ。五穀断ち十穀断ちをつづけるうちに、中途で挫折して倒れる者や逃げ出した者などが、当 ぎようにんづか あわ らく′」しゃ 然少なからすあったに避し 、ない。仙人沢にいまでも残る行人塚は、その哀れな落伍者の墓なん 下 村だよ。あれは体力がつづかす命が尽きて死んだ者の墓だが、荒行に恐れをなして逃げ出した行 人はいったいどうなっただろう ? 」 山 「ああ、そうか。逃げ出してつかまった者がいるわけですね」 かんし 湯「修行中の行人たちに対する監視の目は、ことのほか厳しかったはすたよ。つかまれば宗門 おきて はじさら の掟に従って仕置きされるのがあたりまえじゃないかね。というより、対外的にもそんな恥曝 しな人間を、そのままにはしておけなかったんじゃないだろうか。秘密を守るためにも当然、 かャよう きび

2. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

188 「しかし、事件当時、あの子は二階の能理子ちゃんの勉強部屋にいたんじゃなかったのか ね ? モデル・ガンを射ちまくって遊んでいたはずだぜ。紙火薬のパン。ハン鳴る音がずっと聞 りんしつ こえていたと、隣室にいた慶子さんも証一言してるじゃないか 「つまり、アリ。 ( イがあったと言いたいんだろうが、それもやはり、心理的な盲点を前提に して成り立つアリバイじゃないのかな。あのとき我々の関心は怪遍路の存在に集中していた。 あや すず 怪しい鈴の音を聞いたり、それらしい白衣の姿を見た者が何人もいたせいだ。だから我々は、 モデル・ガンを乱射する音がしていたというだけで、信也君が能理子ちゃんの勉強部屋にすっ さつかく といたものと、頭から信じこんで疑わなかった。そこに錯覚があったんだよ。 確かに慶子さんは、紙火薬の。ハン。 ( ン鳴る音や二人のふざけ合う気配は耳にしたかもしれな あや しかし、実際にその姿を見たわけじゃなかったんだ。その点をもっと早く怪しむべきだっ たんだよ」 「すると、あれは : : : 」 「ノコちゃんがかわりに代役をつとめていたのさ。モデル・ガンの引き金を引いて、火薬の 鳴る音を聞かせたばかりじゃない。ガタガタと物音をたてたりはしゃぎ声をあけたりして、さ さわ も二人で騒いでいるかのように見せかけたんじゃないだろうかね」 「では、能理子ちゃんが一人二役を : かのじよしわざ 「いや、二役ならぬ一人三役さ。怪遍路の鈴の音も彼女の仕業で、あれは勉強部屋で鳴らし

3. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

ぐずぐずしているうちにお腹の子を始末できなくなり、彼女は実家で私生児の男の子を生ん 「それが武君だったんですか ? 」 「そういうことね。常子さんのお父さんというのは、仙岳荘で風呂番をしていたものだから、 その縁であの人は女中として働くようになったのよ。女手で赤ん坊を育てながらだから、ずい ぶん人に = 一一口えない苦労をして大変だったでしようね。でも、そのうち伏原と : : : 」 「じゃあ、伏原さんは子連れの常子さんと : : : 」 謡子はうなずくと、 「伏原が結婚したのは四十近くになってからたから、まあ晩婚としてのハンディはあったこ とになるけど、何も子持ちの女中といっしょにならなくてもと、当時大師村ではずいぶん評判 だったようよ。これで、能理子と武さんが兄妹だと言った意味がのみこめたでしよう ? 下 一一人は同じ父親の血を引く、母親違いの子供たちというわけだった。 村 滝はいま一人、相良道海の息子の信也も、同様の兄弟ではないかと言いかけてあわててその 山一 = ロ葉をのみこんだ。 湯それにしても、津島の女関係のルーズさには舌を巻くほかはなかった。常子には武を生ませ、 謡子には能理子を妊らせた。おまけに、他の別な女とのあいだにできた信也は、相良道海の養 子に押しつけているのである。 ヾ - 」 0 えん ばんこん

4. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

182 真重になり過ぎたのが失敗だった。そのせいで、道海さんを死なせてしまったようなものなん 「それでは、もうかなり前から、二人のことを : : : 」 「少なくとも大師村に来たときには、剛造氏殺しの犯人が信也君ではないかという察しはっ いていたよ。能理子ちゃんが、その共犯者であろうということもね。しかし、今度の道海さん の事件は油断し過ぎていた。信也君は温海温泉の三浦神経科病院に入院しているというし、当 きとうじよ の道海さん自身も祈疇所で断食修行をつづけていて無事だという。それでつい安心して、気を 抜いたのがいけなかったんだ。まさかあの二人が交換殺人を行い、道海さんの方は能理子ちゃ んが受け持って、それも祈疇所入りをしたその日に、あの古井戸へ突き落として餓死させよう などとは、夢にも考えなかったからな。 何か起こるとしたら、幽海上人の遺体の発掘調査の当日だろうと予想していたのが、大変な 誤算だったんだよ」 「そうすると、我々は十一二歳と十一一歳の二人のジャリ共にキリキリ舞いをさせられて、翻弄 されていたことになるのかね」 ためいき 大曾根警部が歯ぎしりをしながら言った。滝は深々と溜息をついた。 「その通りだ。大の大人が子供に踊らされてしまったんだよ。そこに今度の事件の何とも一 = ロ えない恐ろしさがあったんじゃないだろうか ? 」 しんちょう ほんろう

5. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

きのう 「事実はそういうことだったんだが、宝クジの一件がわかったのはつい昨日のことなんだ。 相手が未成年の子供だけに、一つでも疑問が残る限りはうつかりしたことは言えない。もし万 はんにんあっか が一、間違ってあの二人を犯人扱いをすれば、大人以上に純真な心を傷つけることになるんだ からね。慎重の上にも慎重を心がける気持ちが、つい今日までおれの推理にプレーキをかけて しまっていたんだよ」 「その気持ちはわからんじゃないな。たとえおれがあの二人の犯行だと気づいたとしても、 やはりおたくと同様に直重になったことだろう。 ・ : しかしな滝、最後に知りたいのは、あの 一一人の子供たちの殺人動機だ。血のつながりがないとはいえ、あの二人にと 0 て被者はそれ そんぞくごろ それ義理の父親じゃないか。尊属殺しの重罪を、どうして犯す気になったのかね ? 」 「それはおれにとっても、最後の疑問なんだよ。今度の事件のすべてを、まだ解明したわけ じゃないと言ったのはそのためなんだ。おれに思い当たる節があるとすれば、能理子ちゃんと 信也君がそれそれ母親は異にするものの、同し津島勘治の血を引く子供たちだという事実だけ ひ ) 」、つさい ) 」 おやこふくしゅう さ。しかし、あの子供たちが、三十三年前に非業の最期を遂げた津島民江、里子の母娘の復讐 を果たしたのか ? それとも別な目的であんな大それたことを仕出かしたのかフ いまのおれ には何一つわかっちゃいないんだ。そいつは、能理子ちゃんの口からしかに聞き出すほかはな いと思うんだよ」 がんかい うでぐ ぎようぜん 滝は腰かけていた岩塊から立ち上がると、凝然として腕組みをしたまま吐き捨てるような口 しんちょう と

6. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

「そのあげく、能理子が道海和尚の隙を見て、あの古井戸に突き落とした。そういうことに・ 四なるんだな ? 」 「それは本人に聞いてみないことにははっきりしないが、たぶんそんなふうにして、道海さ んは殺されたんじゃないのかね ? そのあと筧久造が道海さんのスタンド・インとして祈疇所 どきよう しようじんけっさ、 に入り、読経の声を了海さんたちに聞かせて、それ以後の七日間、さも無事に精進潔斎をつづ だま けているかのように見せかけたんだ。我々はその芝居にまんまと騙されていたというわけなん だよ。筧は『光明園』から退園する前夜、誰かに電話をしていたそうだが、その相手は能理子 きんみつれんらく ちゃんだったに違いない。二人のあいだでは、常に臥恙山な連絡が取られていたんだ。だから、 彼女が大師村へ出かけたと同じ日に、筧も『光明園』を退園したんだと思う 「じゃあ、二人は大師村で落ち合ったんだな ? 」 べっそう 「当然そうだろう。ことによると、能理子ちゃんが別荘にかくまったのかもしれない」 「なるほど、それで、二つの殺人事件に関してのあらましの経過はわかったがね。今度の事 件の犯人があの一一人の子供たとおたくが気づいたのは、いっ頃のことだったんたい ? 」 きざ なぞ しば 「疑いが兆したのは、剛造氏が殺されてまもなくたよ。密室の謎たけに的を絞って考えると、 どうしてもそれ以外には答えが出てこなかった。信也君が犯人とすれば、事件当時、いっしょ の勉強部屋にいた能理子ちゃんが無関係ということはあり得ない。あの夜の犯行を二人の共犯 ふずい と仮定すれば、密室の謎だけではなくそれに付随するもろもろの疑点も解けてくるんだ。その

7. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

206 たかゆかナんちく た。高床建築になっているので、玄関の戸口までは階段を昇らなければならない。 ・フザーを押すと、別荘番を兼ねている社員寮の管理人の細君がドアをあけた。 滝が何か言おうとする先に、大曾根警部が警察手帳を一小した。 「東京から来た、警視庁の大曾根です。奥さんと能理子さんに会いたいんですがね」 うかが 管理人の細君は困ったような顔つきで、奥の方を窺うそぶりをした。 あいにく 「生憎と、奥様はただいまご来客中ですけど : : : 」 「そのお客さんというのは ? 」 せきね 「弁護士の関根先生ですよ。たったいま東京からお着きになったところなんです」 「ほう : : : 弁護士の先生がねえ。わざわざ何の相談だろう ? 」 大曾根警部の目に不審の色が宿った。 「で、能理子さんの方は ? 」 「お嬢さまなら、二階のお部屋にいらっしやると思いますけど : : : 」 どうしようか ? というように大曾根警部が滝の方をふり向いたとき、 「かまわないわ。こちらへお通ししなさい」 奥で謡子の声がした。 玄関でのやり取りが簓抜けに、彼女の耳に入 0 たものにいなか「た。 管理人の細君がさっそくスリツ。ハをそろえて「どうそ」と言った。 ふしん のば

8. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

始末したと思うんだ。その証拠にたとえば羽黒山では、古くから行法にした行者に対する 刑罸として、めの刑が定められていゑ背いた行者は正式の修僧の服を着用させら せいそう ほにんじよう れて、首には補任状をかけられ、穴の中に引き据えられるんだ。穴のまわりには、同じく正装 う した一山の大勢の修験僧が遠巻きにし、念仏をえながら次々に石を投げ込んで生き埋めにし てしまうんだよ」 「それじゃ、幽海上人も : まんがんじ 「そのような目に遭ったんしゃないかと、満願寺の住職はそう言うんだよ。私としては今度 の発掘調査で、そうした点も解明できるのではないかと、大きな期待をかけている次第なんだ がね」 も りちてきまなざ 眼鏡のツルに手をやった柳沢教授の理智的な眼差しは、学究者らしい探求欲に燃えていた。 「ところで、幽海上人の話はそれくらいにして、満願寺の住職と世間話をしているうちに偶 ぜん 然聞き込んだ興味深い話があるんだ。あの事件に多少かかわりがあるんじゃないかと思えるこ とでねー 柳沢教授は改まった表情で、滝たち三人を見まわした。 「ほう、どんなことですか ? 」 めがね ゅうかいしようにん

9. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

「いったい、奥さんは何を言いたくて : : : 」 「この家の人間で、剛造の死を願っている者はわたしだけじゃないということよ。慶子さん にも殺人の動機がないわけじゃないということを、教えてあげたかったのよ」 「信じられませんね。慶子さんに限って、そんな : : : あの人がそこまで大それた気持ちを抱 くかなあ」 たと げめんによばさつないめんによやしゃ 「さあ、どうかしらねえ。外面如菩薩、内面如夜叉という譬えの言葉もあることですから。 : もっとも、動機のある人といえば、慶子さん以外にも身内にもう一人いなくはないわ 「それはなんです ? 」 「わたしの兄よ。相良道海 : : : 」 よ、つき 滝は謡子の目の底に、妖気に似た翳がかぎろうのを見た。 下 「まさかと思うでしよう。確かに兄は狙われている側の人間よね。わたしもさっきはそうい う言い方をしたわ。でも、ミステリーでは、被蔀者と見せかけて実際はその人間が犯人という 山のが、よくある設定だそうじゃないの」 殿 湯 「しかし、道海さんには、どんな動機があるというんですか ? 」 「兄は今度の発掘調査が終わったら、弥勒寺の本堂を大々的に再建するつもりでいたのよ。 だんかそうだい その費用の半分を、剛造が檀家総代として出すことになっていたわけ。兄はそれをあて込んで、 ねら

10. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

「そうですか。では、仕方がありませんな」 大曾根警部もとうとうサジを投げて諦めざるを得なかった。 「警部さん : 常子の目には、ふたたび涙が光っていた。 「これだけは申し上けておきますわ。伏原は確かに長年、剛造さんや道海さんを憎みつづけ ておりました。主人があの二人に、過去の罪を思い知らせてやるといきまいていたことも、わ うそ たしが見たミイラの指の話も決して嘘じゃありません。ですが、主人はあの事件が起こる前に、 瀬戸内海に身を投じて死んでいるんですよ。そのことをどうかお忘れにならないで下さい」 にがにが 大曾根警部は苦々しげにうなずくと、滝や香代子に目顔で引きあげの意思表示をした。 かしこまって坐っていたせいで、香代子はしびれを切らして悲鳴をあげたが、ふらふらと立 ち上がるなり、 「あらっ : と、とんきような声をあげた。 仏壇の真上に当たる壁に、額に入れた記念写真が懸けてある。に四国八十八か所巡記 と金文字が入 0 ており、白装束の遍路が十人ばかり一一列に並んで写 0 ていた。いずれも初老 か老人の男たちばかりだった。香代子はその後列の中ほどにいる一人を指さして、滝に素早く 耳打ちしたのだ。 あきら