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検索対象: 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)
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1. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

204 こんわく 一番困惑したのは、柳沢教授をはじめとする学術調査団の一行だっただろう。一応の発掘調 とつばつじたい 査の目的は達したものの、思わぬ突発事態の発生のために、念入りな調査はいったん打ち切る ことになった。幽海上人の白骨は山形大学の法医学教室に移して、後日改めて仔紐な計測を行 うことになったのである。柳沢教授の申し出で、学術調査団はひとまず現地で解散した。 滝と大曾根警部が、道海の遺体運搬の大型ジープとは別な小型ジープで弥勒寺に立ち寄った ときは、調査団の学者たちの姿はもはや寺内には見られなかった。柳沢教授はオカルト研究会 しゃいんりよう の学生たちと共に『アルプス食品』の社員寮に引ぎあげ、山形大学関係の学者たちもそれそれ 引き取っていた。 けいだい ちゅうけい 境内で相変わらずまめまめしく動き回っていたのは、『関東テレビ』や地元テレビ局の中継 珊のスタ , フだけだ 0 た。思わぬ ( プ = ングに喜んだ彼らは、本来の発掘調査の録画撮りとは 別に、道海の死をめぐるニュースのフィルムを撮りまくった。 境内にひしめく野次馬も、滝が仙人沢へ向かったときよりさらに数が増えていた。村民たち にとっては、幽海上人のミイラ仏を拝む興味よりも、道海の死の方にはるかに現実的な関心を そそられたからであろう。 それにしても、兼子の取り乱しようはただごとではなかった。仙人沢に待ち受けていた彼女 さくらじよ、ったいおちい は、夫の変わりはてた死体を見るなり錯舌状態に陥った、巫女が神がかりしたときのように両 くちぎたなじゅそ 眼を吊り上げ、ヒステリックな声でロ汚い呪詛の言葉をとりとめもなく吐きつづけた。方言丸 っ いたいうんばん

2. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

170 はいしゃ しよけい 背者として処刑されたんだよ。解剖してみないとはっきり断定はできんそうだが、山形大学法 医学教室の上田教授の意見では、上人は餓死させられたんじゃないかということだ」 「餓死させたあと、加工ミイラに : 「そういうことだな。いすれにせよ、上人の背教の事実を知っていたのは、宗門の中でもご ちゅうさっ く一部の人間たちだけだっただろう。だから、最初は誅殺した秘密をひた隠しにして、あくま で即身仏に仕立て上けるつもりだったんだと思うよ」 「しかし、実際には上人を葬ったままで百八十年間もほうっておいた。それはなぜです カ ? 」 「そこだよ。ミイラ作りの作業は了えたものの、あまりにも死にざまがもの凄いんで、最初 しよみんしんこう の目的を放棄したんしゃないのかな。寺内に安置し、即身仏として庶民の信仰の対象にするこ とを断念したんだと思うよ。秘密を永久に、愛染堂の地下に封じ込めようとしたんだ。 おしよう くでんしょ はぶ これで寺の過去帳や浄海和尚のロ伝書に、上人の入定についてのくわしい記述が省かれてい たわけがのみ込めたよ。長年、僕が抱いていた疑問もやっと解けたというわけさ」 ためいき 柳沢教授は溜息をつくと、 なぞ 「こちらの謎は解けたが、あの母娘のミイラの調べはどうなっているのかな ? 」 と、境内の裏手の方角を見やりながら言った。 「ちょっと、ようすを見て来ます」 おやこ お

3. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

らかだった。 たまづつみどお たまがわ 柳沢教授邸は、世旺谷区の玉川一丁目にある。大学からそれほど遠くない場所で、多摩堤通 りから多摩川寄りにひっこんだ住宅街の、奥まったところに建っていた。その二階から、多摩 もと じまん 川が一望の下に見渡せるというのが、教授のご自慢なのである。 げんかん こばたづ 石の小端積みの門柱に鉄の片開き戸のついた門をくぐると、石段が玄関までつづいていた。 がわら カー・ポートのある土台の上にそびえた洋風の二階家なので、近所の家並みから青い西洋瓦の 屋根が、ひときわ飛び抜けて高く頭をのそかせているのだ。 「あらあら、道海さんはた 0 たいまお帰りにな 0 たところなのよ。本当に「巡いだ 0 たわ げんかん 玄関のドアを開けて迎え入れた夫人が、残念そうに言った。 たけみ 道海はいなかったが、そのかわり応接間には武見香代子が一足先に来て、柳沢教授と話し込 んでいた。 カンしてるじゃない 「何だ、香代子ちゃん、我々がここへ来ることがよくわかったな。いい 「滝さんのクイズのアル、、 ( イトをしているおかげで、直感力がサ工て来ちゃったのかしら いたすら 香代子は悪戯つ。ほく、くすっと笑うと首をすくめてみせた。 香代子は大学で柳沢教授のゼミを取っているので、個人的にも親しいのである。 く むか

4. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

「それより、滝さん : : : 」 謡子ははじめて滝と目を見した。 もど 「兄がまだ、仙人沢の祈所から戻っていないそうじゃないの ? 」 「らしいですね。警察じゃだいぶ心配しているようですが : : : 」 「兼子さんも、さっきからオロオロして大変よ」 護摩壇の向こうの兼子をちらと見やると、 朝よう 「そのことでちょっと、気になることがあるの。今朝方、能理子が妙な一一 = ロ葉を口にしていた ものだから : 「妙なこと ? 」 「ええ、あの子が言うには、今日まで祈疇所で断食修行をつづけていたのは、はたして道海 2 伯父さんだったのかしらって : 村 「能理子ちゃんが、そんなことを言ったんですか ! そ、それはいったい 滝は思わす知らず、あたりがび 0 くりするような大声を出したが、そのとき了海が柳沢教授 山や山形大学の教授の一行を本堂に案内して入ってきた。本日の花形である学術調査団の一行で 湯ある。 「あ、柳沢先生 : : : 」 とういうことなんだね ? 肝腎の主役の道海さんがいないなんて 「いま聞いたばかりだが、。 ごまだん かんじん

5. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

偵としての自信をすっかり失ってしまった。 「先生のいまのお話で、怪遍路の正体がわかりましたよ」 「じゃあ、伏原欣作がそうだというのかね ? 」 柳沢教授は、滝の反応の大きさに驚いたように目をしばたたかせた。 いぶか だが、すぐに訝るような面持ちになった。淡路家の殺人事件に関しては、新聞に報道された はんい ニュースの範囲でしか知っていないのだから無理もなかった。 滝はその穢を順を追「て説明した。 むかし 「そうか。今度の事件は、そんなふた昔も前の忌わしい出来事に根ざしていたのか」 うでぐ ためいき 柳沢教授は腕組みをすると大きく溜息をついた。 ふくしゅうき 九章復讐鬼 とくそうほんぶ あれから赤坂署の特捜本部では、夕方、聞き込みに出ていた専従捜査員が全員引き上げてく きんきゅうそうさかいぎ るのを待って、緊急捜査会議が開かれたらしい。津島勘治に関する仁王部長刑事の報告をもと に、新たな捜査方針の建て直しと今後の対策が、大曾根警部を中心に協議されたようだった。 あかさか おもも き

6. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

始末したと思うんだ。その証拠にたとえば羽黒山では、古くから行法にした行者に対する 刑罸として、めの刑が定められていゑ背いた行者は正式の修僧の服を着用させら せいそう ほにんじよう れて、首には補任状をかけられ、穴の中に引き据えられるんだ。穴のまわりには、同じく正装 う した一山の大勢の修験僧が遠巻きにし、念仏をえながら次々に石を投げ込んで生き埋めにし てしまうんだよ」 「それじゃ、幽海上人も : まんがんじ 「そのような目に遭ったんしゃないかと、満願寺の住職はそう言うんだよ。私としては今度 の発掘調査で、そうした点も解明できるのではないかと、大きな期待をかけている次第なんだ がね」 も りちてきまなざ 眼鏡のツルに手をやった柳沢教授の理智的な眼差しは、学究者らしい探求欲に燃えていた。 「ところで、幽海上人の話はそれくらいにして、満願寺の住職と世間話をしているうちに偶 ぜん 然聞き込んだ興味深い話があるんだ。あの事件に多少かかわりがあるんじゃないかと思えるこ とでねー 柳沢教授は改まった表情で、滝たち三人を見まわした。 「ほう、どんなことですか ? 」 めがね ゅうかいしようにん

7. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

成田と顔を見合わせた滝は頭をかきながらソファーに坐ると、 「ところで先生 : : : 道海さんは発掘調査の件、何と言ってました ? 」 たず 和服姿でくつろいだ柳沢教授に向かって尋ねた。 「あんな事件が起こったんで、も内心ではまずいことになったなと危ぶんでいたんだがね。 。しカオい。スポンサーの関東 道海さんは、いまさらあのことのために予定を中止するわけこま、 テレビはもちろん、地元の新聞社やテレビ局にもこれまでさんざん O--æした手前、あとへは引 けないと一 = ロうんだよ。へたに中止したら、かえって自分に何か後ろ暗いところがあるように思 われると、そうも言ってなかなか強気だったな」 「よかったじゃありませんか。僕もそれを聞いて、ホッとしましたよ。道海さんはあの事件 で、かなりショックを受けているようでしたから、気弱になって発掘どころの騒ぎじゃなくな ったんじゃないかと、む配してたんですが : : : 」 下 ゅうかいしようにんにゆうしよう 「今度の調査は、単なる未発見の即身仏の発掘にあるだけじゃない。幽海上人の入定につい 村 ては、僕なりにある疑問を感していることがあるもんでね。なおさら意欲を燃やしていたんだ。 山発掘の見通しがついて何よりたった」 たくじよう 湯柳沢教授は卓上のガスライターで、煙草に火をつけながら、ほっとしたように顔をほころば せた。 : いったい何ですか ? 「その先生が疑問を感しておられることというのま、 たばこ さわ

8. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

246 ひかえしつ 番組の関係者に祝福されて出演者控室のロビイへ戻ってくると、香代子がそばへ寄ってきた。 「あれたけ大食いした割りにはちっとも冴えないで、最後がモタモタしてるんですもの。モ ニターで見ていてハラハラしちゃったわ。でも、よかったわね。優勝できて : : : 」 こ、つみよ、つ 「怪我の功名たよ。あの事件を解決してなけりやチンプンカンだったがね」 き 「柳沢先生もテレビを見てらして、たいぶ気を揉んでらしたわよ 「柳沢先生がいらしてるのかい ? 」 「ほら、今日は幽海上人発掘の録画フィルムの、オン・エアーの日じゃないの。三時の″午 後のト。ヒックス〃の時間で。柳沢先生はその解説を兼ねて、アナウンサーとの対談にお出にな ったんですって」 「ああ、そうだったつけな。忘れていたよ さが 滝がロビイを探すと、ソファーに坐って手を挙げている柳沢教授の姿がすぐに目についた。 「あの事件以来だな、君と会うのは。今日はアル、、ハイトのアル、、ハイトの口かい ? 」 いたずら ほはえ はくはっ 白髪の柳沢教授は目を細めて悪戯つ。ほく微笑んだ。 「何ですか ? そりゃあ・ : ・ : 」 しりったんてい 「だって、君のアル、、ハイトは私立探偵たろう ? そのまたアル。ハイトだからそう言ったのさ。 それとも、私立探偵は本業だったかな ? ともかく今度の事件では、発掘調査はそっちのけで 大活躍したんだから、そう見られても仕方がないたろう」 さ あ も

9. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

率直にぶちまけてみたんた」 「その住職の見解はどうだったんですか ? 」 滝は教授をまっすぐにみつめた。 ば、つさっ 「謀殺されたんしゃないかということたったな」 「謀殺された ? 」 ふおんとう 「いや、その言い方はいささか不穏当かもしれない。宗法に従って仕置ぎされたと言い直す かんえい かんぶん べきかもしれないな。それについて話す前に、香代子君もいることだ。江戸時代の寛永、寛文、 寛斑の三期にわた 0 て、出羽三山の羽黒山と湯殿山の間で争われた訴訟の話から先にした方が わかりやすいたろう」 そのとき夫人が、滝と成田のためにアイス・ティーを運んできた。 「あなたと香代子さんには、別な飲み物をお持ちしましようか」 「そうたな。それしや、コーラでも持ってきてもらおうか」 となりしよさい 夫人が香代子たちの飲んだコップを盆に載せて引き取ると、柳沢教授は隣の書斎から『出羽 さんざんしゅうもんし 三山宗門史』という古・ほけた本を持って来た。そのペ 1 ジをめくりながら、 「そもそもの事の起こりは、寛永七年に羽黒山別当になった天宥という坊さんが、月山、湯 うえの かんえい 殿山、羽黒山の三山を天台宗に統一して、上野の寛永寺の末寺にしようとしたことにあるんだ。 ちょうらくいっと たど しゅげんばんか、 天宥は凋落の一途を辿る羽黒修験の挽を策して、野心を燃やしていた。当時の東叡山寛永寺 てんゅう えどじだい とうえいざん がっさん

10. 湯殿山麓呪い村(下) (角川文庫)

こうまうだいし しんごんしゅう たんたよ。海号は真一一一一〕宗の開祖弘法大師の名空海に因んで、湯殿山四か寺の上人はすべて海の 字のついた法名をつけるというものだが、それより興味深いのは即身仏に関する主張だ。その おばえのこと ことは、本道寺から寺社奉行に提出した寛文六年三月九日付の『再返答の条々覚事』とい まもぬ う文書にも記されている。つまり、即身仏信仰が弘法大師以来、いかに連綿として守り抜かれ こんぽんど、つじよう た教義の一つであり、特異な存在であるかを強調して、湯殿山を真一一一一口宗の根本道場の山と主張 する材料に用いているんだ。ここを見たまえ」 しらはたもんじよ 柳沢教授は『出羽三山宗門史』の中の「白幡文書」の項目を三人に示した。 そこには次のような漢文交しりの文章が示されていた。 いみよう ′」ざそ、つろう いっしようそくしんじようぶつ いっせいぎようにん 一世行人と申すことは、真一一一一口宗の一生即身成仏と申すの異名にて御座候と申伝え候こと。 おんごうじようぶつ その故は余教之の遠劫成仏に異して、真一一一一口宗は即身成仏の法門を立て申すこと。空海和尚私 じゅうじゅうしんろん 成らす昔弘仁の帝の勅許により十住心論等編み置かれ候こと。他師之表録釈書等に見え 戻こと。 きんかぎよくじよ、つ 「これで即身仏が湯殿山にとって、まさに金科玉条に等しい大義名分であったことがよくわ てんめい かるだろう。その伝統が、天明や天保年間までつづいたことは言うまでもない。布教の政策上、 これほど大きなになるものもなかったんだよ。ことに天明、天保年間は相つぐ大飢饉に、 しよみんとたん しようちょうてきそんざい 庶民は塗炭の苦しみを味わっていたときだ。即身仏は信仰の象徴的存在といってもよかったん よ 0 じゃないかオ てんほう 、」、フもく しようにん だいききん