もなくなる。殺人にかかわるヤ、、ハイ仕事などに手を染めないんじゃないのかな。それに、剛造 じようきよう 氏が殺されたときの状況から見て、真犯人はあのとき淡路家の内部にいた人間の、誰かでなけ ればならない。その穢は : ・ : ・」 「被害者が浴室で飲んた水差しに、睡眠薬が投入されていたという事実ね。あれは、淡路家 にいた者でなければできるはすがなかった。そう言いたいんでしよう ? 」 「ああ、あれはお手伝いの三保さんが台所をあけた、ほんのわずかなチャンスを狙ってやっ きよう しんにゆう たことなんだ。外から侵入した人間には、とても不可能なことだよ。それに柩に入っていた凶 器の三鈷杵の問題もあるし : : : 」 も あ へんろすがた 「では、筧の果たした役割りは、単に白衣の遍路姿でおどろおどろしいムードを盛り上け、 あのミイラの指のメッセンジャー役をつとめたというだけ ? これは ZO ・ 3 のいま一つの設問 の方になるけど : 下 「たぶん、そうだろう。彼はその役をつとめるためだけに雇われたんたと思うよ 村 ウェイトレスが注文した料理を運んで来たので、滝はさっそくフォークとナイフをくるんた 螳紙ナプキンを剥がしながら言 0 た。 殿 「では、犯人はあの夜、淡路家にいた誰だったのかしら。謡子夫人の話によると、剛造氏の 湯 ことを贈んでいた人間は、三人もいたそうじゃないの」 「そいつは夫人もふくめての話だがね。そのほかに、慶子ちゃんや道海さんにも動機はある さんこしょ すいみんやく やと ひつぎ ねら
津島勘治から伏原欣作へ、さらに筧久造へと三転した怪遍路の正体は、ここにはじめて突き とめることができたのである。 たた、筧久造の動機が不明たった。長年、『仙岳荘』で働いた番頭として、確かに主人の欣 作に一通りの恩義を感じていたかもしれない。だからといって、自殺した欣作の遺志を継ぎ、 、つら 直接には何の恨みもない淡路剛造を殺したり、さらに相良道海の命を狙ったりするだろうか。 しゅじゅ、フえにし ほうけんじだい 主従の縁が肉親のつながりよりも濃かった封建時代ならいざ知らず、現代ではとうてい考えら れることではないのだ。 コピイ それでも、捜査本部ではさっそく筧久造の写真を引きのばして、何枚もの複写を作成した。 そして、その一枚を持った大曾根警部と仁王部長刑事は、翌八月九日、藤沢市内にある光明園 こ、フりよ 老人ホームを訪ねていった。写真を用意していったのは、筧久造が在園していない場合を考慮 して、聞き込みに役立てるためである。 下 みなみあおやま 村滝の方は大曾根警部らと別行動で、香代子といっしょに南青山の淡路家を訪ねることにした。 呪 「おれの代わりに謡子夫人に会って、例の伏原欣作との件を聞き出してくれんか。 山 と、警部からたのまれたのだ。 ちょうもんきやく そうしき 湯葬式の日にはあれほど大勢の弔問客でごった返していた淡路家も、いまはひっそりと門扉を 閉ざして静まり返っていた。門構えや家の外観は少しも変わっていないのたが、主人を失った 家として見ると、植込みの木々の緑までが何となく生気に乏しく萎れて感じられるのはどうし しお ねら もんび
大曾根警部はちょっと驚いたように目を見張ったが、すぐに真顔になると、 「しかし、こいつを聞いたら驚くぜ。東畑秘密探偵社が依頼された調査事項はもう一つあっ のりこ たんだ。剛造の妻の淡路謡子と娘の能理子が今年に入ってから、伏原欣作に会ったことがある あわ かどうか、そいつも併せて調べてほしいということだったらしいよ」 きみよ、つ 「へえ、そりゃあまた奇妙な依頼たな。なぜそんなことを調べさせたんだろう ? 」 「その点は、調査員の東畑も淡路剛造から打ち明けられなかったようだがね。手掛かりとし ふなばし ては、船橋市内にある旅館を当たってみてほしいと言われたそうなんだよ。伏原の細君という のは、もと仙岳荘の女中をしていた女だったとかで、もしかするとそういうところで働いてい るかもしれない、というのが本拠だったみたいだな」 「船橋市内の旅館か : ねこ まなざ するど 眠り猫のように物憂げだった滝の眼差しがにわかに鋭い光を帯びた。 下 きょ - っ じごくずえ ものとうば えんぎ 村剛造の私室からは僊け物塔婆の縁起を描いた地獄図絵が発見されたが、それの入「ていた脅 はくじしフ 迫状の消印が船橋局だった。そればかりではない。運転手の田辺義作の供述によると、剛造は そうぶせん 山退社後、総武線の船橋駅前まで行くように命じ、そこで降りて車を帰したことがあったという。 ひらめ 湯その二つの事実が、反射的に滝の脳裡に閃いたからだった。 「それで、伏原の居所は突きとめられたのかい ? 」 しょ - っげつ 「わかったそうだ。淡路剛造の見込み通り、伏原の細君は船橋市内の『松月』という旅館で、 ものう ま 、」きょ の、つり えが
「ちょ、ちょっと。剛造氏に奪われたその娘さんというのは、現在の淡路家の奥さんーーあ ようこふじん の謡子夫人のことですか ? 」 さえぎ 滝がまたしっとしていられなくなって津島の話を遮った。 娘時代の謡子には恋人がいたにもかかわらず、兄の道海がその仲を無理やり引き裂いて剛造 といっしょにさせたということは彼も知っていたが、まさかそのかっての恋人が伏原欣作たっ たとは初耳だった。 「そう、淡路夫人に納まって何食わぬ顔をしているが、その人にも裏切られたって、欣作さ んは眼みがましく言ってましたよ」 しゃべ うちわ 津島はそこまで喋ってから団扇の音を。ハタ・ハタたてると、 「はい、お待ちどお」 と、焼き上がったホルモン焼の串を、皿に盛って滝の前に置いた。 滝はさっそくそれをほおばりながら、串の一つを仁王部長刑事の方に差し出したが、彼はに べもなく手をふって、 「それからどうしたんだね ? 」 と尋問を続けた。 「そうせかさねえで下せえよ」 、フるお 津島はコップのビールでロを潤して話をつづけた。 ひ
「すると、一昨夜も同じように商売を : : : 」 一昨夜は淡路家の通夜が行われたときで、怪遍路が受付に人がいないのを見すまして、相良 道海あてのわしいミイラの指を届けて立ち去った夜だった。 「一昨日の夜ですか : : : 」 津島はちょっと考えるふりをしたが、すぐにニャリと笑った。 「それなら、月曜日のことでしよう。日曜祭日は店を休みますがね。もう何年来というもの、 ウィーク・デーに商売を休んだことはありませんや。団扇を。 ( タつかせて、ホルモン焼をせつ せと焼いてましたよ」 「じゃあ、店から離れなかったというんだな。わかったよ。まあ、裏を取らせてもらうまで 冫 : し、刀子 / し、刀・ は、一〇〇パーセント信用するというわけこよ、 そうは言ったものの、仁王部長刑事の表情はすっかり気落ちしていた。 ひげ そして、皿に山盛りのホルモン焼の竹串を、滝が一本残さすべロリと平らげ、カストロ髭に にが ついたタレを手の甲で拭うのを見た彼はますます苦りきった。 津島勘治はあの怪遍路ではなかった。しかも事件当夜のアリ・ ( イがあった。それはとりもな おさす、淡路剛造殺人事件の犯人ではあり得ないということの証しでもあった。 たけぐし あか
しないままだったが、あれは、武がその刑法第四十一条に抵触することを、能理子が恐れたか らではなかったのか ? 法律といえば、まだある。淡路剛造が殺された事件直後、滝と大曾根警部が能理子の部屋を ひがんばな 訪ねたとき、勉強机の上に小型の六法全書が載っているのを見つけた。それには彼岸花がはさ ゅうどくしよくぶつ んであったので、てつきり押し花に利用したものと、あの時点では思い込んでいた。有毒植物 おほ をわざわざ押しにする神経が理解できなくて、呆れた憶えがあ 0 たのである。 かしょ だが、あの彼岸花がはさんであった箇所は、ことによると刑法第四十一条の条文が明記され ていたページだったのかもしれない。つまりあれは、能理子が探偵小説の犯人を気取り、フェ アー・プレイを演じるつもりで、これ見よがしに滝や大曾根警部に対してひけらかしたもので はなかったのか。 2 思い当たることは、ほかにもあった。能理子が伏原武のオートバイに乗る前、滝に残した捨 村て。せりふがそれである。 呪 「 : : : 断わっておきますけど、わたしは捕まることを恐れて逃げるんじゃないのよ」 山あれもいまにして考えると意味があったのた。 湯外国の古典的な名作推理小説には、十三歳の少年が大人が考えた殺人計画を忠実になそり、 ・もほ、フ 子供つぼく模倣するというのがあったが、能理子の場合はそうではなかった。自分が罰せられ ないことを百も承知の上で淡路剛造を殺し相良道海を殺したのではないか。 あき ていしよく たんていしようせつ
「南無、大日如来ーとか「南無、大師遍照金剛」「南無オコナイサマ」などの言葉が、わずか に断片的に聞きとれただけだった。 きと、フ 兼子は二人を無視したように、ひとしきり囲炉裏端で祈疇をしてから、ふたたび元の姿勢に ためいき 戻って溜息をついた。 しよ、つない 「方丈さんの才覚で、ごらんのように弥勒寺は庄内でも名だたる金持ち寺に栄えたかもしれ おび ねえ。だどもなあ。 : : : 方丈さんはあの通り、過去の暗い罪にいまだに怯えておいでだべ。そ れに淡路家へ嫁いだ謡子さんにしてからが、いろいろわけありで、あげな人並みの女の感情を 失った人になってしまったんだからなす。そればかりではねえんだ。おれたち夫婦が子宝に恵 やっかいものお たた まれすに、あげくのはては信也のような厄介者を押しつけられたこんだってな。お上人様の祟 りのせいと一一一口えねえことはないだべや」 2 喋っているうちに、兼子の口調は次第に憑かれたような熱つ。ほさを加えてきた。 村それにしても、いまの彼女の話から、信也が道海夫婦の養子になってからこの十数年間とい 呪うもの、どのような育ち方をしたかをうすうす察することができそうだった。 山 「まんず、あの子にはどれほど手を焼かされたかしれねえ。何せ津島勘治のタネだで、無理 殿 あかまう 湯はないだどもな。赤んの時分から疳の虫の強い、そりゃあ可愛いげのねえ子たったが、 校に上がってからますますひねこびれたわらしになりくさってなす。それというのも、方丈さ えんりよ んが変にあの子に遠慮をして、甘やかしたのが悪かったんだが、淡路家の能理子に毒されたせ しゃべ とっ かんむし
ふくしゅうたくら がん ことを根に持ち、復讐を企んでいた。胃癌とわかってからは、ますます人間が異常になり、自 きよ、つはく らも犯した過去の罪悪の告発に着手している。剛造の部屋から発見された船橋局の消印の脅迫 状は、欣作が出したものに間巡いはなか「た。今年の三月、大師村に現れて村の子供たちに幽 たた かいぎようじゃ 海上人の祟りを触れ歩いたという怪行者も、やはり欣作であったことが常子の話で裏づけられ いや、そればかりではない。欣作は常子にミイラの手首を見せているのだ。幽海上人のもの ものとうば だと誤魔化したそうだが、あれは彼が大師村に行った際、化け物塔婆から掘り出してきた、津 きとこ しまたみえ 島民江、里子の手首だったのではないだろうか。 ートに電話をかけたり、 とはいえ、伏原欣作は五月に死亡していた。とすると、成田のア。ハ 淡路家の門前に現れて、郵便受けにそのわしい指を投げ込んだり、さらに剛造のお通夜に現 れて、道海あてに同じミイラの指を届けて去った怪遍路は、彼ではあり得ないのである。 では、仙岳荘の元番頭だったという筧久造の仕業だったというのだろうか。 もよお 大曾根警部と滝は常子にたのんで、大師講で催した四国八十八か所霊場巡りの記念写真を無 きよ、つばし 理やり借り出した。そして、その足で京橋にある『アルプス食品』の本社に成田茂典を訪ねて それを見せた。 「先、この男ですよ。僕が淡路家の門前で会 0 た遍路というのは : 成田は一目見るなり、興奮した口調で認めた。 ん ば っ
「夏負けのせいか、このところ病気がちで旅館の方もすっと休んでおりまして : と弁解がましく言った。 そな がっしよう 三人はとりあえす、伏原欣作の霊に線香を供えて合掌した。 ぬすみ その際、滝はそれとなく遺影を盗み見た。 ようエう りようはお がた 伏原欣作の容貎は、面長で極度の痩せ型である。両頬がげつそりとこけて、顴骨が飛び出さ くちびる まゆ とが んばかりになっている。やや吊り上がり気味の眉や高く尖った鼻、薄く引きしまった唇が、狷 爪な気性を物語 0 ているようだ 0 た。険しい眼差しには、他人のを軋に責めたてずにはお ようばう かいへんろ うかが かない、モノマニアックな厳しさが窺われた。成田に聞かされたあの怪遍路の容貌にあてはめ てみると、びったり一致しそうであった。 遺影から視線をそらせた滝は、経机の下に御前と黒白の水引をかけた包みが、明を切らな いままで置いてあるのにふと気がついた。その紙包みには名刺が貼りつけてある。淡路剛造の 下 村名刺だった。中身はたぶん線香なのだろう。 大曾根警部もそのことに気がついたらしく、 山 「淡路剛造さんが、ここへ訪ねてこられたようですね ? 」 湯と横目で見ながらさ 0 そく常子にねた。 とっぜん 「はあ、あれは主人が亡くなって二か月ほど経った、七月半ばのことでしたか。突然ひょっ こりお見えになったんです。お線香を上げさせてほしいとおっしやって。でも、主人が剛造さ きび け読こっ
ではないか。 「うん、 . そのときはまだあの事件の起こる前だった。だから私としてはあくまで興味本位だ しゆくばうしゆくはくしやめいば ったんだが、幽海上人の恨みと聞いては聞き捨てにもできないと思ってね。宿房の宿泊者名簿 ひか に記してあったという名前を、いちおう控えては来たんだよ。ちょっと待ってくれ」 しよさい かしよさが 柳沢教授はふたたび席を立って、書斎から手帳を取ってくるとメモの箇所を探した。 「ああ、これだ、これだ。伏原欣作という名前の男だな」 「ええっ ! まさか、そんな : ・ しよ、つげき 滝はソファーから飛び上がらんばかりの激しい衝撃を受けた。 「何だ。滝君の知っている人物かね ? 」 「知っているどころしゃありません。その男も淡路剛造や道海さんと同し、大師村の御三家 の一人なんですよ」 そう答えたものの、そのあとしばらくはロもきけないほどだった。 〈あの怪遍路は、伏原欣作だったのか ! 〉 大師村の御三家のうち、淡路剛造と相良道海の二人は、戦後時流に乗ってうまく立ち回り、 も、フ りゅうせい やみしようばい 今日の隆盛を築いた成功者である。剛造はインチキ・ハム製造の闇商売で儲けた金を資本に、 くっし 『アル。フス食品』を業界屈指の大手メーカーにのし上がらせたし、道海は道海で妹の謡子の縁 だんかそうだい を利用して、檀家総代の剛造の。ハック・アップにより、弥勒寺を湯殿山系の真一一 = ロ宗の寺の中で えん