権威 - みる会図書館


検索対象: 自由からの逃走
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1. 自由からの逃走

となるように形成される。もう一度仕事の例を考えてみよう。われわれの近代的産業組織は、われわ れのエネルギ 1 の大部分が仕事という方向にむけられることを要求する。もしひとが外部的な必要に よって働くだけであれば、かれらがしなければならないことと、したいと思うこととのあいだに多く ま低下するであろう。しかし、性格が社会的要求にダイナミックに適応 の摩擦が生じ、かれらの能率冫 していくことによって、人間のエネルギ 1 は、摩擦をひきおこさずに、一定の型に形成され、特殊な 経済的要求に応じて行動するようにしむけられていく。こうして、近代人は外から強いられて一生懸 命に働くのではなく、仕事にたいする内的な強制によって動かされている。その内的強制の心理的な 意味については、すでに分析した通りである。あるいはまた、近代人は明らさまな外的な権威に服従 するかわりに、内な権威ーー・良心とか義務 , ーーを作りあげた。その内的な権威は、どのような外的 権威にもまして、かれをいっそう効果的に支配している。いいかえれば、社会的性格は外的な必要を 内面他し、ひいては人邯の = ネかギ 1 をある一定の経済的社会組織の課題に準備させるのである。 すでにみたように、一度ある欲求が性格構造のうちに発達すると、これらの欲求にそった行動はど のようなものでも、む理的にも、また物質的成功という点から実際的にも、同時に満足をあたえられ る。社会が個人にこれら二つの満足を同時にあたえるとき、心理的な力が社会構造を強化する状況が録 みいだされる。しかし、遅かれ早かれ、一つのズレが生ずる。新しい経済的条件がすでに発生してい付 るのに、伝統的な性格構造が残存し、それはもはや新しい経済的条件にたいして無用のものとなる。 ひとびとはおのおのの性格構造にしたがって行為しようとする。しかしこれらの行為は、経済的な追

2. 自由からの逃走

いという考えであった。 以来何年かたってみると、このような議論がまちがっていることが明らかになった。われわれはド ィッにおける数百万のひとびとが、かれらの父祖たちが自由のために戦ったと同じような熱心さで、 自由をすててしまったこと、自由を求めるかわりに、自由からのがれる道をさがしたこと、他の数百 万は無関心なひとびとであり、自由を、そのために戦い、そのために死ぬほどの価値あるものとは信 じていなかったこと、などを認めざるをえないようになった。またわれわれは、デモクラシ 1 の危機 は、とくにイタリアやドイツの問題だけではなくて、近代国家がすべて直面している問題であること ー気がついた。人間の自由の敵が、どのような旗印をかかげようと、それはたいした問題ではない。 自由は反ファッシズムの名で攻撃されても、あるいは、露骨にファッシズムの名で攻撃されても、お びやかされていることには変りはないのである。このことについては、ジョン・デューウイが力強く のべているので、私はかれの言葉をかりようと思う。かれはいっている、「われわれのデモクラシ 1 にたいする容易ならぬ脅威は、外国に全体主義国家が存在するということではない。外的な権威や規 律や統一、また外国の指導者への依存などが勝ちをしめた諸条件が、まさにわれわれ自身の態度のな かにも、われわれ自身の制度のなかにも存在するということである。したがって戦場はここにー・ーーわ ( 2 ) れわれ自身とわれわれの制度のなかに存在している」と。 われわれはファッシズムと戦うためには、それを理解しなければならない。希望的な観測はわれわ れを助けない。楽天的な公式を暗誦することは、インディアンの雨乞いの踊りのように、的はずれで 2

3. 自由からの逃走

して迎え、馬具師を大統領として認めなければならなかったとき、小市民はいったいなにを信頼した らよかっただろうか。かれは属僚的な態度でこれらすべての制度と一体となっていた。いまやそれら が潰滅してしまった以上、かれはどこへいけばよいのであろうか。 インフレもまた、経済的および心理的役割の双方を果した。それは国家の権威にたいしても、倹約 の原理にたいしても、致命的な一撃であった。小さな快楽は多くを犠牲にして、長年かかって作った 貯蓄が、自分自身の過失でもないのに失われてしまうことがあるならば、いったい貯蓄の目的はなん であったろうか。国家が紙幣や公債に印刷された約束を破ることができるならば、ひとはいったいだ れの約束に信頼をおくことができるだろうか。 戦後いっそう急速に衰退したのは下層中産階級の経済的地位ばかりでなく、その社会的威信もそう であった。戦前は労働者よりもましなものとして自分を感ずることができた。革命後、労働者階級の 社会的威信がいちじるしく向上し、その結果下層中産階級の威信が相対的に失墜した。もはやみおろ すべきなにびともなくなり、小さな商店主やその同類の生活において、常にもっとも貴重な資産の一理 の つであった特権も失われた。 ム これらの要因に加えて、中産階級の安定の最後の要塞である家族もまた粉砕されてしまった。戦後ズ の発展は、恐らく他の国々よりもドイツにおいてはいっそう強く、父親の権威と中産階級の古いモラナ ルの権威を動揺させた。若い世代は勝手に行動し、自分たちの行為が両親に承認されるかどうかはも はや気にもとめなくなった。

4. 自由からの逃走

学ま、。 とんなにはげしく相対主義を克服したと主張し、それを行動にあらわしているとしても、それ は本質的に相対主義的であり、虚無的である。それは極端な絶望や、完全な信仰の喪失に根ざしてお ( 9 ) り、ニヒリズムと生命の否定とをみちびく。 権威主義的哲学においては、平等の観念は存在しない。権威主義的性格は、ときには平等という一一一一口 葉を、習慣的に、あるいはかれの目的に便利であるという理由で、使うこともある。しかしそれはか れにとって、どんな現実的な意味も、また重みもない。それはかれの感情的経験の及ぶところではな いからである。かれにとっては、この世界は力をもつものともたないもの、優れたものと劣ったもの とからできている。サド・マゾヒズム的追求にもとづいて、かれはただ支配と服従だけを経験するが、 けっして連帯は経験しない。性の差別であれ、人種の差別であれ、けつきよく優越と劣等のしるしで しかない。このようなことを意味しない差別を、かれは考えることはできないのである。 さまざまのサド・マゾヒズム的追求や権威主義的性格は、無力感の非常に極端なばあいであり、ま ム た崇拝したり支配したりする対象と共棲的関係を結ぶことによって、無力感からのがれようとする極ズ カ 端なばあいである。 メ このようなサド・マゾヒズム的追求は一般的なものではあるが、ただ一部の個人や社会集団だけを、の 典型的にサド・マゾヒズム的であると考えることもできる。しかしそのほかにも、いっそうおだやか逃 な依存の形式があるが、それはわれわれの文化においては、きわめて一般的にみられるもので、それ まかけている方がむしろ例外である。この依存は、サド・マゾヒズムの危険な情熱的な性質はもって 191

5. 自由からの逃走

りいっそう独立的、自律的、批判的になったことと、よりいっそう孤立した、孤独な、恐怖にみちた ものになったことである。自由の問題全体を理解することができるかどうかは、この過程の両面をみ て、一方を追求しているとき他方の痕跡を見失わないかどうかの、まさにその能力にかかっている。 これはなかなか困難なことである。なぜならば、われわれは非弁証法的な思考になれていて、二つ の矛盾する傾向が、同時に一つの原因から生まれてくることに疑いをもちたがるからである。さらに 自由の否定的な側面、すなわち自由が人間にもたらす重荷については、とくに自由の主張で心がいっ ばいになっているひとにとっては、理解しがたいからである。近代史における自由のための戦いでは、 古い権威や束縛と戦うことに注意が集中されたので、これらの伝統的な束縛が除かれれば除かれるほ ど、人間はよりいっそう多くの自由を獲得すると感じたのは当然である。しかし人間は自由の古い敵 性 面 からみずからを解放したが、ことなった性質をもった新しい敵が台頭してきたことにまったく気がっ の 1 スナリティの自由を いていない。その新しい敵というのは、本質的には外的な束縛ではなくて、 由 十分に実現することを妨げる、内面的な要素である。たとえば、信仰の自由が自由の最後の勝利である ると信ずるとする。しかしそれは、人間がみずからの良心のままに信仰を求めることを許さなかった 教会や国家の権力にたいする勝利ではあるが、一方近代人は、自然科学の方法によって証明されない人 ものを信ずるという内面的な能力を、いちじるしく失ったことは、十分に理解されていない。あるい近 はもう一つの例をあげれば、一一一一口論の自由が自由の勝利の最後の段階であると感ずるとする。一一 = 口論の自 由はたしかに古い束縛にたいする戦いにおいて、重要な勝利ではあるが、近代人は、「自分」が考え ア」

6. 自由からの逃走

ある。子どもは自分の行動を通して、自分の外にある世界を経験する。個性化の過程は、教育過程に よってさらにおし進められる。教育過程は多くの失望や禁止をもたらす。母親の位置は、子どもの願 望と相容れない目的をもった人間、ときには敵意にみちた危険な人間と変る。この反阜ーー・それはけ っして教育過程の全部ではないが、その一部であるーーは「我」と「汝」とを鋭く区別する重要な要 素となる。子どもが他人をそれと認め、ほほえんで応えることができるまでには、生後数カ月かかり、 ( 2 ) また外界と自分とを混同しなくなるまでには数年かかる。それまでは子どもは、典型的な特殊な自己 中心主義を示す。しかし、この自己中心主義は他人にたいするやさしさや、他人にたいする関心と相 容れないものではない。というのは、「他人」はまだ実際に自分から離れたものとして、はっきりと 経験されてはいないからである。これと同じ理由から、子どもが権威によりすがることも、この最初 の数年間においては、後になってから権威にすがるのとはちがった意味をもっている。両親はーーあ るいは権威者であればだれであろうともーーーまだ根本的に分離した存在と考えられてはいない。かれ らは子どもの世界の一部であり、またこの世界はなお子どもの一部である。それゆえ、かれらに服従 することも、二人の個人が本当に分離してしまったときの服従とは性質がちがっている。 十歳の子どもが、突如自分の個性に目覚める事情について、・ヒ = 1 ズが『ジャマイカの風』の なかで、注目すべき鋭い叙述をおこなっている。 「そしてそのとき、エ ミリ 1 に非常に重要な事件が起った。彼女は突然自分がなにものであるかを 悟った。なぜその事件が五年前に起らなかったのか、あるいは五年後に起らなかったのかと考えてみ

7. 自由からの逃走

かれの感情的経験をこえている。 の奇跡は 創造はつねに奇跡なのであるが 宗教的経験をシュライエルマツへルは絶対的依存の経験と定義したが、これは一般的にマゾヒズム 的経験の定義である。この依存したいという感情においては、罪が特別の役割をうけもつ。原罪の考 えは、それ以後のすべての世代の心をなやましたが、それは権威主義的経験の特徴である。すべて人 間の失敗と同様に、道徳もまた人間のさけることのできない宿命となる。一度罪をおかしたものは、 だれも永久に鉄の足かせで、自分の罪につながれる。自分の行動が自分を支配する力となって、束縛 する。罪の結果は贖罪によってやわらげることはできるが、しかし贖罪によって罪をすべて消しさる ( 7 ) ことはできない。「汝の罪緋のごとくなるも、汝雪のごとく白くならん」というイザヤの言葉は、権 威主義的哲学の正反対を表現している。 すべての権威主義的思考に共通の特質は、人生が、自分自身やかれの関心や、かれの希望をこえた 力によって決定されているという確信である。残されたただ一つの幸福は、この力に服従することに ある。人間の無力感がマゾヒズム哲学の主旋律である。ナチズム・イデオロギーの父の一人である、 メーラー ・ファン・デア・プルックはこの感を非常にはっきりと表現した。かれは書いている、カ 「保守的な人間はむしろ、破局を、破局をさけようとする人間の無力を、破局の必然性を、あざむかの ( 8 ) れた楽観論者のおそるべき失望を、信じている」と。ヒットラ 1 の手記にも、われわれはこれと同じ逃 ような精神の例証を、多くみつけることができよう。 権威主義的性格は、行動、勇気、信念にかけているわけではない。しかしかれにとってはこれらの

8. 自由からの逃走

いた。現存する権威への服従と忠誠は、かれのマゾヒズム的衝動を満足に解決するものであった。し かしかれは極端な自己放棄にまではいかず、自己のパ 1 スナリティの重要性を感じていた。そして個 人として安定性と攻撃性とに欠けるところを、自己が服従している諸権威の力によって補っていた。 簡単にいえば、個人の経済的な地位には、なおみずからに自尊心と比較的な安定感をあたえるだけの 強固さがあり、個人がよりかかっていた権威は、個人的地位によってはあたえられないような、より 多くの安定性をあたえるだけの強さをもっていた。 戦争後この状態は大きく変化した。まず第一に、旧中産階級の経済的衰退はいっそう急速に進行し た。この衰退は、一九二三年に頂点に達したインフレ 1 ションによって促進された。このインフレー ションは長年の労働の蓄財をほとんど完全に吹きとばしてしまった。 一九二四年から一九二八年のあいだ、下層中産階級に経済的向上と新しい希望とがもたらされたが、 これらの収穫も一九二九年以後の不況によって拭いさられてしまった。インフレの時期と同様に、中 産階級は労働者と上層階級とのあいだに挾まれたもっとも無防備な集団であるため、それはもっとも ( 4 ) ひどい打撃を受けた。 しかしこれらの経済的要因のほかに、この状態にいっそう拍車をかけた心理的事情が存在した。敗 戦と君主制の崩壊がその一つであった。君主制と国家とが、心理的にいって小市民の存在をささえる 固い岩であったから、その失墜と敗北はかれ自身の生活の基礎を打ちくだいてしまった。皇帝が公然 と嘲笑され、士官が攻撃されるようなとき、また国家がその形態を変更し、「赤の扇動者」を閣僚と 2

9. 自由からの逃走

達するかは、部分的には個人的条件によるが、本質的には社会的条件によっている。というのは、も ちろんこの点についての個人差も大きいであろうが、すべての社会に特徴的なのは、それが一定の個 性化のレベルをもっているということである。普通の人間はそのレベル以上に進むことはできない。 個性化の過程の他の面は、孤独が増大していくことである。第一次的絆は安定性をもたらし、外界 との根本的な統一をあたえてくれる。子どもはその外界から脱けだすにつれて、自分が孤独であるこ と、すべての他人から引き離された存在であることを自覚するようになる。この外界からの分離は、 無力と不安との感情を生みだす。外界は個人的存在と比較すれば、圧倒的に強力であって、往々にし て脅威と危険にみちたものである。人間は外界の一構成部分であるかぎり、個人の行動の可能性や責 任を知らなくても、外界を恐れる必要はない。人間は個人となると、独りで、外界のすべての恐しい 圧倒的な面に抵抗するのである。 ここに、個性をなげすてて外界に完全に没入し、孤独と無力の感情を克服しようとする衝動が生ま多 れる。しかしこれらの衝動やそれから生まれる新しい絆は、成長の過程でたちきられた第一次的絆と由 同一のものではない。ちょうど肉体的に母親の胎内に二度と帰ることができないのと同じように、子 どもは精神的にも個性化の過程を逆行することはできない。もしあえてそうしようとすれば、それは嘘 どうしても服従の性格をおびることになる。しかもそのような服従においては、権威とそれに服従す個 る子どもとのあいだの根本的な矛盾は、けっして除かれない。子どもは意識的には安定と満足とを感 ずるかもわからないが、無意識的には、自分の払っている代価が自分自身の強さと統一性の放棄であ

10. 自由からの逃走

まさに生の否定、自我の滅却のうちにみている。それはファッシズムがそのあらゆる面にわたってめ ざすものーー・個人的自我の滅却と、そのより高いカへの徹底的な服従ーーの最高の表現にすぎない。 それは自殺が生の極端な歪みであると同じように、真の犠牲の歪みである。真の犠牲は精神的な統一 性を求める非妥協的な願望を前提とする。それを失った人間の犠牲は、たんにその精神的な破綻をか くしているのにすぎない 最後にもう一つの反対をとりあげなければならない。もし個人が自発性の意味において自由に行動 することを許されるならば、もしかれらが自分自身よりも高い権威はなにもみとめないならば、アナ 1 キーが不可避的な結果となるであろうか。アナ 1 キーという言葉が、軽率な自己主義や破壊性をあ らわすのであれば、決定的に必要なことは人間性をどこまでよく理解しているかである。私は逃避の メカニズムをとりあっかった章で指摘したことを引きだすことができるだけである。すなわち、人間 は善でも悪でもないこと、生命は成長し伸展し諸能力を表現しようとする内在的な傾向をもっている一 シ こと、もし生命が妨害されると、また個人が孤独におちいり懐疑や孤独感や無力感に打ちひしがれるラ と、その時かれは、破壊性や、権力あるいは服従を求める衝動へとかりたてられるということである。モ デ もし人間の自由が : : : への自由として確立されるならば、もし人間がその自我を十分に妥協なしに実と 現できるならば、かれの社会的な衝動の根本的な危険性は消滅し、ただ病人と異常人だけが危険なも自 のとなるであろう。この自由は人類の歴史においてはいまだかって実現されたことはない。しかもそ れは、しばしば微妙で非合理的な形式で表現されたとしても、人類の固執する一つの理想であった。