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1. 虐げられた人々

新潮文庫 虐けられた人びと ドストエフスキー 小笠原豊樹訳 新 潮 社

2. 虐げられた人々

「彼は、相変らず現われない ? 」 「ええ。だから、今日も来なかったら、あなたと話し合わなきゃならないと思って」と、少し默 っていてからナターシャは付け足した。 「じや今晩も彼を待ってたんだね」 「いいえ、待ってなんかいなかったわ。あのひと、夜はあちらよ」 「で、きみはどう思うの、ナターシャ、彼はもうここへは来ない気だろうか」 「もちろん来るわよ」と、妙に真剣に私の顔を見て、ナターシャは答えた。 と 私の質問のスピードの速さがナターシャの気に入らなかったらしい。私たちは部屋の中をぶら 人ぶら歩きながら、沈黙していた。 「ワーニヤ、あなたを待ちながら、何をしていたかご存し ? 」と、ふたたび微笑を浮べてナター れ あんしよう らシャは喋り出した。「部屋の中を行ったり来たりしながら、詩を暗誦してたの。覚えている ? 虐鈴の音、冬の道。『サモワールは樫のテープルにたぎり : : : 』むかし二人でよく読んだわね。 ふぶき 吹雪はやんだ。道は明るくなり、 夜が数知れぬほの暗い目で見る : 119 そのあとは、 しやペ

3. 虐げられた人々

「疲れたわ ! ーとやがて弱々しい声でナターシャは言った。「ねえ、あした、うちへ行ってくだ さる ? 」 「必ず行く 「ママには話してもいし冫 、ナど、父には話さないでね」 「いや、それでなくても、きみの話をお父さんとしたことはない」 「そうね。話さなくても、いずれは知れるわね。父の言うことをよく聞いてきてね ! どういう ふうに受けとるかしら。ああ、ワーニヤ ! 父はほんとうに私のこの結婚を呪うかしら。そんな とことないわね ! 」 人「公爵がすべてを丸く収めるべきだな」と私はあわてて言った。「公爵はお父さんとどうしても 和解しなくちゃいけない。そうすれば、すべては解決するんだから」 ら「ああ、どうしよう ! もし ! もし ! 」とナターシャは祈るように叫んだ。 虐「心配しなくていい、ナターシャ、万事うまくいくから。その方向に事は運んでいるんだから」 ナターシャはじっと私の顔を見た。 「ワーニヤ ! あなた、公爵のことをどうお思いになる ? 」 「あれが誠心誠意の言葉なら、たいへんりつばな人なんだろうな」 「あれが誠心誠意の言葉なら ? それはどういうこと ? 誠心誠意の言葉じゃなかったかもしれ ないの ? 」 「そんな気もするーと私は答えた。そして思った、『とすると、ナターシャも何か考えたわけだ。 なんと奇妙なことだろう ! 』 のろ

4. 虐げられた人々

のうち初めて、初めて自由になれたんだ。彼らから逃げて、ようやくきみのところへ来られたん だよ、ナターシャ。いや、前にも来れば来られたんだけど、わざと来なかったのさ ! そのわけ を今すぐ聞かせてあげよう。それを説明するために来たんだ。ただ誓 0 て言うけど、今度だけは きみにたいして疚しくないんだ、絶対に ! 絶対に ! 」 こた ナターシャは顔を上げ、アリヨーシャを見つめた : : 。だが、それに応える青年のまなざしは 誠実そのもので、顔は喜びに満ち、真剣で、快活だったから、青年の言葉を信じないわけには、 かないようだった。今までにも何度かあった似たような和解の場面と同じく、二人は声をあげて、 とひしと抱き合うのだろうと、私は思った。だがナターシャは幸福感に打ちひしがれたように、深 人くうなだれ、だしぬけに : : 泣き出した。アリヨーシャはもうこらえきれずに、ナターシャの足 せつぶん れもとに身を投げ出した。そしてナターシャの手や足に接吻した。それはまるで狂乱状態だった。 ひじかけいす ら私はナターシャのそばに肘掛椅子を押してや 0 た。ナターシャは腰をおろした。シ「〉クのあま 虐り足が立たなかったのである。 136

5. 虐げられた人々

かれが訪れてわたしを抱きしめるのがー 部屋は映くて暗く これが人生かー すきまかぜ 味気ない。窓からは隙間風 : 窓のむこうには桜の木が一本、 それすら凍った窓ガラスに見えず、 とうに朽ち果てたのかもしれない。 とばり これが人生か ! 帷の色も褪せた。 と 病んでさまようわたしは身内と逢わず、 とが び わたしを咎めるいとしい人もいない : 人 つぶや ただ老婆が呟くばかり : : : 』 れ ら 虐『病んでさまようわたし』・ : この『病んで』がとても効果的に人っているわ ! 『わたしを咎め るいとしい人もいない』 この一行にどれだけのやさしさと甘さがこめられているかしら。そ おば れに思い出の苦しみもね。自分で種をまいて、その結果に溺れているような、そんな苦しみ : ほんとにすてき ! とても現実的ね ! 」 のどけいれんおさ 始まりかけた喉の痙攣を抑えるように、ナターシャは沈黙した。 「ねえ、ワーニヤ ! 」と、しばらくしてナターシャは言ったが、何を言おうとしたのか忘れてし まったように、またもやふつつり黙りこんだ。あるいは、何かを考えていたわけではなく、何か 突然の感情にかられて、なんとなく言葉が出ただけなのかもしれない。 121

6. 虐げられた人々

なたはカチェリーナ・フヨードロヴナに嫉妬し、そのためにだれも彼もが悪者に見えるのです。 やりだま そして私がまず槍玉にあげられたというわけだ : : : 失礼ながら、はっきり申し上げましよう。あ なたのご性格については、どうも奇妙な考えを抱かざるをえない : ・つまり私はこういう場面に は馴れておりませんのでね。息子の利害に関することででもなければ、こんな目にあわされて一 分たりともここに残りたくはないのですが : : : それでもお待ちしましよう、ご説明いただけるで しようね」 「それではまだ強情を張って、一口に申し上げただけでは分ろうとしてくださらないのね。ほん ととうは何もかもすっかりご存知のくせに。どうしても私の口からはっきりお聞きになりたいんで 人すか」 」「それを望みますね」 「分りました、ではお聞きください」と、怒りに目を光らせてナターシャは叫んだ。「何もかも 虐申し上げます、何もかも ! 」 第三章 ナターシャは立ちあがり、立ったまま喋り出したが、興奮のあまりそれには気づかないのだっ こうしやく た。公爵はじっと耳をすまして聴いていたが、やがて自分も椅子から立ちあがった。この場の光 景はひどく物々しくなってきた。 「火曜日のご自分の言葉を思い出してください」とナターシャは始めた。「金と、踏みならされ 297 しやペ しっと

7. 虐げられた人々

・ : ネリーになるま 『愛と誇りに満ちた心』と私は思った。『たいへんな苦労だったよ、きみが : でが』。だが今や少女の心は永遠に私に捧げられたのだ。それが私にはよく分った。 「ネリ 、あのねーと、少女が落着いたのを見て私は訊ねた。「きみは今、愛してくれたのはマ マだけで、ほかにはだれもいなかったと言ったね。でも、お祖父さんはきみを愛していなかった 「いなかった : : : 」 「でも、覚えてるだろう、そこの階段のところで、きみはお祖父さんのことを思って泣いたじゃ とないか」 び 人 少女はちょっと考えこんだ。 「ううん、お祖父さんは愛してくれなかった : : : 意地悪な人だった」そして何か病的な感情の動 れ ら きが少女の顔に現われた。 。あの人はすっ 虐「しかしそれはお祖父さんに要求しても無理なことじゃなかったのかな、ネリー もうろく な かり耄碌していたみたいだろう。亡くなったときは気違いみたいだったからね。亡くなったとき の様子は、きみにも話したとおりだ」 「ええ、でもぼけてしまったのは死ぬ一月前ぐらいからなの。この部屋に一日じゅう坐ったっき り。私が来なければ、食べも飲みもしないで二日でも三日でも坐ってるの。前はそんなじゃなか ったんだけど」 「前って、何の前 ? 」 「ママが生きていた頃」 261

8. 虐げられた人々

弱々しい声で言った。 おお ! この瞬間、ナターシャが私のことを思い出し、名前を呼んでくれたことを、私は決し て忘れはしないだろうー 「ネリーはどこだ」と、あたりを見まわして老人が言った。 「あら、どこへ行ったんでしよう」と老婦人は叫んだ。「大変よ ! 私たち、すっかりあの子の こと忘れてしまって ! 」 だがネリーは部屋にはいなかった。いつのまにか寝室に忍びこんでいたのである。私たちは寝 かたすみ と室へ行った。ネリーはドアの陰の片隅に立ち、私たちを見ると、こわそうに身を隠した。 人「ネリー どうしたんだね ! 」と老人は叫び、少女を抱きしめようとした。だが少女は妙な目っ きで、しばし老人の顔を見つめた : れ ら「ママは、ママはどこ」と、夢遊病者のように少女はロ走った。「どこなの、私のママはどこな 虐の」と、もう一度、大声で叫ぶと、少女は震える手を私たちに差しのべた。と、身の毛もよだっ けいれん ものすご ような叫び声が少女の胸からほとばしり出た。顔面を痙攣が走り、少女は物凄い発作に襲われて 床に倒れた : 517

9. 虐げられた人々

第一章 と 人昨年三月二十二日の夕方、私の身にきわめて異常な事件が起った。その日一日、私は町を歩き せき まわって貸間を探したのだった。それまでの住居は湿気がひどく、不吉な咳はその頃からすでに ら出はじめていた。引越しは秋口に計画したのが春まで延び延びになっていたのである。まる一日 虐歩いても適当な住居は見つからなかった。何よりもまず又貸しではなく、独立した住居が欲しか ったし、もう一つの条件としては、たとえ一間だけでもなるべく広い部屋、そしてもちろんなる べく安い部屋が欲しかった。私が前から気づいていたことだが、映苦しい部屋に住むと考えるこ とまで狭苦しくなってしまう。それに私は自分がこれから書く小説についてあれこれ思案すると き、いつも部屋の中を行ったり来たりするのが好きだった。ついでながら、私は以前から、自分 の作品について思案し、それがどんなふうに書きあがるだろうかと空想することのほうが、実際 に書くことよりも楽しかった。これは決して怠惰のためではないと思う。とすると一体何のため なのだろう。 -0 第一部 さが

10. 虐げられた人々

鰤ら、そのことばかり考えていたんだな、かわいそうに、それに公爵のことは私以上に疑っている んだな』 「ああ、なるべく早く公爵がまた来てくれれよ、 ーしい ! 」とナターシャは言った。「今度来るとき は夕方からうかがいますなんて言ってたけど : : : 何もかも放り出して急に旅に出るなんて、よほ 何か聞かなかっ ど大切な用事なのね。どんな用事なのか、あなたはご存知ない、ワーニヤ ? た ? 」 かねもう 「さつばり分らない。何か金儲けのことだろうね。このペテルプルグで何かの事業の片棒をかっ 、つわさ といでるという噂は聞いたけれども。なにしろ事業のことなんかぼくには分らないからね、ナター 人シャ」 「そりやそうね、分らないわ。アリヨーシャはきのう、手紙がどうとか言ってたわね」 れ ら「何かを知らせてきたんだろう。ところでアリヨーシャは来た ? 」 虐「ええ」 「朝早く ? 」 「十二時頃。あのひと朝寝坊なのよ。ちょっといただけで、私がカチリーナ・フヨードロヴナ の家へ追っ払ったわ。だって、わるいでしよう、ワーニヤ」 「彼は自分でもそっちへ行くつもりだったんじゃない ? 「ええ、そうだったみたい : ・・ : 」 ナターシャは更に何か言おうとして、ロをつぐんだ。私はナターシャの顔を見つめ、言葉を待 った。その顔は悲しげだった。こちらから訊いてもよかったのだが、ナターシャはときどき質問