ひつうさけ る。さらにすすみ、いくたの衙門 ( 役所 ) の前を通ったが、どこもかしこも、悲痛な叫びが耳を きかい すがた ふるわせ、奇怪な姿が心を驚かす。 たいそう 太宗はまた聞いた。 「ここはどこか」 はんがん 判官は答えて、 ひかげやま 「ここは背陰山の後ろの、十八層地獄です」 「十八層とは何か」 「ではお聞きのほどを。 はくひ・こく そうじどく かこうごくしたぬ ばっっごく 十八層の地獄というは、火坑に落とし ( 火坑獄 ) 、舌を抜き ( 抜舌獄 ) 、皮を剥いだり ( 剥皮獄 ) 、 ちゅうちょうごくあぶらなべや かんびようごくちょうひ たいとうごく 碓で搗いたり ( 碓搗獄 ) 、あるいは氷中に凍らせ ( 寒氷獄 ) 、腸を抽き出し ( 抽腸獄 ) 、油鍋で焼 ちょうぎん′」く とうざんごく けっちごく ゆか・こく き ( 油鍋獄 ) 、刀の山を歩かせ ( 刀山獄 ) 、血の池に突き落とす ( 血池獄 ) 。そのほか、吊筋獄、 こくあんごくあびごくひょうかんごく ゅうおうごくほうとごくまがいごくしやほうごく だっかくごく 幽枉獄、鄧都獄、磨挂獄、車崩獄、脱殻獄、黒暗獄、阿鼻獄、秤杆獄などがあり、生前犯した罪 くさり により、それぞれの地獄に落ちてなわでしばられ、鎖でつながれ、鬼どもにおどされながら、顔 おう さけ まさに人 をしかめ、血をしたたらせ、天に叫び、地に叫びつつ助けを呼べど応ずる者なし。 しんき んあくむく あざむ と生まれたからには、心を欺くことなかれ。神鬼には何もかも明らかであり、善悪の報いは、お そかれはやかれいっかは来るもの」 おどろ がもん そうじどく こお さけ よ おに おか つみ プ 69
じび へいか ふく 伏させることはできず、かえって軍を労します。それより陛下がお慈悲を持ちまして、あれに斉 ろくな あた 天大聖の名のみの官を与え、『官有りて禄無し』にするがよろしいでしよう」 ろくな 「『官有りて禄無し』とはどういうことか」 ほうぎゅうあた 「名は斉天大聖ですが、仕事もさせず、俸給も与えず、天上において、ただやしないおいたなら じゃしんおさ ば、その邪心も収まろうかと存じます」 しようち ぎよくてい 玉帝は、さっそく承知され、金星を使者として花果山へつかわした。悟空は、金星が勅使と聞 でむか き、さいさきよしと、隊列を整えて出迎えた。 かんしよく 「大聖に申す。さきには官のいやしきをいとわれたが、『官職は、低きところより、しだいに昇 たいせい るもの』。聞けば、大聖には、斉天大聖の位を望まれている由。かれこれ反対はあったが、それ たいせい ぎよくてい がし大聖のためにとりはからい、玉帝にねがい出て、大聖をおまねきに参った」 なんてんもん これを聞くと悟空はおおいに喜び、いっしょに雲に乗って南天門にやって来た。 そんごくう せいてんたいせい さず 「よくぞ参った孫悟空。いまよりなんじに、斉天大聖の位を授ける。はなはだ高き位である故、 ゅめおろそかにいたすでないぞ」 ばんとうえん ぎよくてい せいてんたいせいふ 玉帝はこう言って、蟠桃園のそばに、あらたに斉天大聖府という役所をつくらせた。そこには ぎよくてい ごとせいかんごくう 役人がいて身の回りの世話をすることになっている。玉帝はその上五斗星官に悟空を送らせ、仙 しゅ そくじつにん 酒ふたがめ、金花十枝をくだして悟空の心をなごませた。悟空も喜び、さっそく即日任につくと、 てんたいせい たいせい せいてんたいせい きんかじっし ぞん せいてんたいせい きんせい かかざん たいせい ひく ・こくう きんせい ちよくし ゆえ せん のぼ 5
けいれい 敬礼をした。玉帝は文武の選官に、どこかあいている官職があれば悟空に授けるよう命じた。 するとそばから武曲星君が、 ぎよばかんけついん 「天官のいずれの役所にも、あいている官はございません。ただ御馬監に欠員があります」と奏 じよう 上したので、 ひつばおん ひつばおん ぎよばかん 「ではそ奴を、弼馬温の官につけよ」と言われた。この弼馬温というのは、御馬監という役所で、 こくう・、もくとくせいかん ちゃくにん てんば 天馬千匹をやしなう役目であった。悟空は木徳星官に案内され、喜びいさんで着任した。 ちょうぼ ねむ 悟空はさっそく役所の役人たちを集め、帳簿調べなどをし、昼夜眠らず馬をやしない、かゆい てんば ところに手がとどくようよく世話をしたので、天馬たちも、悟空を見ると耳を立て、ひずめをか いてなっき、まるまると肉づきもよくなった。 す かん しゆえん こうしていつのまにか半月あまり過ぎた。ある日のこと、監の役人たちが集まって酒宴を開い ちゃくにん さかも さいちゅう た。悟空との親睦を深め、かっ着任のお祝いのためである。酒盛りの最中に、悟空は、ふとさか ずきの手をとめて、 ひつばおん 「この、弼馬温というのは、どういう官なのかね」と聞いた。 わら 役人たちは笑って、 「まあ、役名どおり、というところでしようかな」 「で、何等ぐらいの位かな」 ′」くう びき やっ ぎよくていぶんぶ しんぼく ふきよくせいくん かんしよく ごくうさす ・こくう 5 6
「迎えに行った大奥様は」 と、毛が指さして、 「あの駕籠の中におられるではないか」 門番は急ぎ奥へ知らせる。 「大王様、大奥様がおこしになりました」 二人の魔物はこれを聞くと、ただちに香机を用意せよと命じて迎えに出る。 悟空はひそかに喜び、 しめしめ、俺にも男をあげる番が回ってきた。さっきは子分になって婆さんに一度頭をさ ( たが、こんどは奴らの母君だ。四拝の礼をさせることうけあいだぞ。 - 」ノ、要ノ お みぶ 悟空は得意になって駕籠から降りると、衣服を払い、老女の身振りよろしくしゃなりしゃなり おく よ′ノ力し と奥へすすむ。大小の妖怪たちはみなひざまずいて迎え、音楽が鳴りひびき、香煙くゆる中を、 せいでん 正殿に至り、南面して座についた。 きんかくぎんかく 金角銀角の二人は、悟空の前にひざまずき、頭を床につけて礼を行ない、 ぎげん 「母上、ご機嫌よろしゅう」 「息子や、もうよい、お立ち」 と悟空すましたもの。 むすこ ・こくう むか かご まもの おおおくさま おく おおおくさま おれ やっ こうらくえ いふく はら ゆか むか こぶん むか ばあ こうえん 528
だんばん 「俺は孫悟空の弟。わが兄を捕えたと聞き、談判に来たのだ」 きさま 「捕えたとも。洞中にしばりつけてある。貴様が来たからには、戦いをいどむつもりだな。だが きさま おれいくさ 俺は戦はせぬ。ただ貴様の名前を呼ぶから返事をするか」 「ああ、 いとも、千べん呼んだら万べん答えてやる」 銀角は葫蘆を持って空中に飛び上がり、ロを下に向けて、 くうごそん 「空悟孫」と呼んオ 悟空答えず、ひそかに思うよう。 す もし返事をしたら吸い込まれてしまう。 「やい、なんで返事をしないのだ」 「俺はいささか耳つんばだ、大きな声で呼べ」 ぎんかく 銀角さらに大声で、 くうごそん 「空悟孫」 くうごそん そんごくうやつよ 悟空指先でそろばんはじき、わが名は孫悟空、奴の呼ぶのは空悟孫、にせの名前だから大丈夫、 とふんで、 「おう」 と答えると、あら不思議。さっとばかりに葫蘆の中に吸い込まれ、上から札をはられてしまっ とら ぎんかく おれ おれそんごくう ころ よ どうちゅう とら こ よ よ だいじようふ 538
「なに、ちょっと行ってただけじゃないか」と言いながら、奥へ入って行くと、四建将がお辞儀 をして、 かんしよく 「大聖様は、天上に百年おられました。こんどはどんな官職につかれましたか」と聞く。 ・こ ~ 、う 悟空につこりして、 「ほんの半年ばかりと思っていたら、百年もたっとはな」 「天上の一日は下界の一年ですから」 「こんどは玉帝に大事にされて、望みどおり斉天大聖にしてもらい、斉天府という役所をあらた いちぶしじゅう に建て、手下の役人もつけてくれた。ところが : : : 」と、悟空はこれまでの一部始終を語った。 やしざけおおわん さかも 猿どもこれを聞くと、喜んで酒果をならべて歓迎の酒盛りを開き、椰子酒を大碗になみなみと ついで捧げた。 悟空は一口飲むと口をへの字に曲げて、 「こいつあ、まずい」 するとそばの二人が、 てんきゅう やしざけ 「大聖は天宮におられて、仙酒を召し上がっておられたので、椰子酒などはとてもお口にあいま すまい。ですがよく言うじゃありませんか、『うまくもまずくも郷里の水』と」 「そんならおまえたちは『親しかろうとなかろうと故郷の人』というわけだな。そうそう瑤池の さる 。こ ~ 、う たいせいさま たいせい ささ ぎよくて、 せんしゅめ しゆか せいてんたいせい かんげい こぎよう おく キ一ようり せいてんふ けんしよう ようち 8
にくけさどろ・ほう ぜっぺき 悟空は、なおも憎い袈裟泥棒の黒い男を追っかけて行くと、深山の絶壁のところに洞窟があっ こくふうざんこくふうどう こ。門はびたりと閉ざしてあり、門の上の石板に、「黒風山黒風洞」と大書してある。 ごくうぼう 悟空は棒を振り回し、 「あけろ、あけろ」とどなる。 魔物の手下が門をあけ、ひょいとのぞいて、驚いて引っ込み、 ほうこく 「大王様、雷様みたいな奴がおしかけました」と、報告した。 ながぐっ 大王はおこって、ただちに黒がねのよろいかぶとに身をかため、黒皮の長靴をはき、黒房の槍 あら をしごいて現われ、 ぶれいもの 「無礼者、名を名乗れ」 悟空、よくよく見れば、全身炭のように黒いので、ひそかに笑って言った。 「こいっ炭焼きか、すすはらいか」 よ、 ) ・カし これを聞くなりかの妖怪、はげしく叫び、 きさま ぼうず 「貴様どこの坊主だ。よくもここまで追いかけて来たな」 ごくうぼう っ だいかついっせし 悟空は棒をおっとり、突き出して、大喝一声、 「つべこべぬかすな。さっさと袈裟を返しやがれ」 妖怪、けけけとあざ笑い ・こくう まもの すみや かみなりさま と わら やっ け さけ せきばん おどろ こ わら どうくっ くろぶさやり 275
とっん えに出ていた。そこへ突然波間から悟空が躍り出たが、体には一滴の水もついていず、金色さん わた ぜんたる姿で橋を渡って来る。驚いた猿ども、 いっせいにひざまずく。 「大王様、これはこれはごりつばな」と、 ・こくう てつぼう とくい 悟空は満面に得意の色を浮かべて、みなの面前に鉄棒をでんとおっ立てた。猿たちがよってた かって、それを動かそうとしたが、びくともしない。 、いったいどうして持って来たのです」 「大王様、こんな重いものを いちぶしじゅう そこで悟空は、これまでの一部始終を語って聞かせ、「小さくなれ、小さくなれ」と言って、 じようあま 鉄棒を針ほどにしたり、「大きくなれ」と言って太さ一斗ますほど、長さ二丈余りにもして見せ じんつう た。さらに神通を用いて、腰をかがめ、「長くなれつ」と叫ぶと、棒は見る見るのびて、上は天 じ′、 もうじゅうかいふつ までとどき、下は地獄までとどいたので、全山の猛獣怪物、七十二洞の妖王は、すべて恐れ伏し、 ごくうによいぼう せんせんきようきよう 戦々兢々として魂も消し飛ぶ思いである。悟空は如意棒をししゅう針ほどにして耳の中にしま どう うと、恫に入って王座に着いた。 さんが えんかい あわてた各洞の妖王たちは、みな参賀に集まって来て、盛大な宴会が行なわれた。 ひきおいざるけんしよう ひきてなが ひきあかじりげんすい 悟空はあの四匹の老猿を健将の役につけ、二匹の赤尻馬猴を元帥、二匹の手長猿を将軍とした。 けんしよう しゅびきようれんしようばっ そして守備、教練、賞罰などもろもろのことは、すべて四健将にまかせてしまった。自分は気が けしき ぶげい 楽になると、毎日雲を飛ばし霧に乗って、四海を遊び回って景色を楽しんだ。また武芸にはげん てつぼうはり すがた かくどうようおう たましい おうざ こし きり おどろ ごくうおど さる と さけ せいだい いってき どうようおう ばり さる しようぐん こんじぎ お 6 5
悟空が 「何を話しあうんだい。おまえはもう裏門で、話がついているじゃないか。『おっかさん』なん むこ て呼んでたくせに。さあ奥に入って婿になり、祝い酒でもふるまってくれよな」 かたて ふじん はつかい と言いながら、片手で八戒をつかまえ、片手で婦人を引っぱって、 「おっかさん、さあ婿さんを連れてってくださいよ」 ふじんどうじ 八戒はよろよろと奥に入ろうとする。婦人は童子を呼んで斎の用意を言いつけると、八戒を奥 へ案内して行った。 三人はようやく斎をすませると、そうそうに客間で眠りについた。 はつかい さて八戒は奥に通ると、さっそく、 むすめ 「どの娘さんをくれるんですか」と聞く。 ふじん すると婦人が、 むすめ 「わたしもまだ決めかねているのですよ。上の娘にすれば次の娘が恨むでしようし、次の娘では 末の娘が不服でしよう。末のにすれば、上の娘がおもしろくないでしようし、どうしたものかし ら」 「そんならいっそ、三人ともわたしの嫁さんにくださいよ」 はつかい むすめふふく おく とキ - かたて むこ おく おく うらもん よめ むすめ ぎやくまねむ とぎ むすめうら はつかい むすめ おく 35 プ
だいほうえ ぼうこん だが冥土で崔狂に約東した、あのよるべなき亡魂のために、大法会を行なうことは、け「して 8 こどく ます 7 ざいにんとくしゃ 忘れはしなか「た。そのほか、天下の罪入に特赦の令を発して罪を軽くしたり、孤独な者や、貧 かなんそうりよう たいそう しく身寄りのない者を救い、国中はめでたく収ま「た。太宗はまた冥土で金を借りた河南の相良 に、金を返すべく使者を差し向けたのであった。 さて、このつづきはどうなりましようや。次回をお楽しみに。 さいかくやくそく おさ つみ めいど