悟空、 きのうへいか ぎうつやまい 「じつは、昨日陛下にお目にかかり、気鬱の病のあられることは、とくに承知しておりました。 ただ、それが何事の故かはわかりませんが」 はじ おんじん 「いや、古人も、一家の恥は外にもらすな、と言っている。だが神僧はわが恩人じゃ。あえてお 話し申すが、どうぞお笑いくださるな」 わら えんりよ 「どうして笑ったりいたしましよう。遠慮なくお話しください」 ぎさき しようぐうきんせいごうとうぐうぎよくせい・こうせいぐうぎんせい・こうよ 「じつはわが后じゃが、正宮を金聖后、東宮を玉聖后、西宮を銀聖后と呼んでいたが、いまでは、 ぎんぎよく 銀、玉の二人の妃しかおりませぬ」 きんせいごう 「金聖后は、なぜ宮中におられないのです」 なみだ そこで国王は涙ながらに物語った。 ぎさき ぎよえんかいりゅうてい しようぶざけ せつく 「三年前の端午の節句、わたしは后とともに御園の海榴亭でちまきを食べ、菖蒲酒を飲みながら、 あら びきようせい りゅうせんぎようそう 竜船の競争を見物していたところ、とつじよ、一陣の風が吹いて来て、空中に一匹の妖精が現わ きんせいどうびぼう ぎりんざんさいたいさい れ、自ら麒麟山の賽太歳 ( 臻劣 ) と名乗り、金聖后の美貌を聞いて、うばいに来た。 もし差し出さぬと、国中の者一人のこらず喰い殺す、と申すのです。 きさき きんせいごう わたしは国をうれえ民をうれえて、やむなく金聖后を出してやると、妖精は一と声叫んで、后 はらじゅう をさらって行きました。わたしは驚きと恐れに、食べたちまきは腹中にとどこおり、日夜思い苦 たんご 」さ・さ たみ わら おどろ お ころ いちじん しんそう ようせい しようち さけ 23
れんだい わす 影も形もなくな 0 ちまった。おまけに蓮台まで忘れて行ったわい。どりやひとつ、俺が座「てみ るか」 れんだい ばさっ と、菩薩のまねをして、蓮台のまん中にあぐらをかき、手を組んで座った。 ようりゅうえだ ばさっ と、菩薩は、楊柳の枝で下方を指さし、 「すされ」 さけ れんだい と一声叫ぶと、蓮台、花彩ともに消え、祥光もことごとく散じて、妖精は三十六本の刀の切っ りようももつらぬ えがん 先の上に座「ていたのである。恵岸が、降妖杵で千百余回打ち込むと、刀は妖精の両股を貫き、 皮肉は裂けて血がどくどくと流れる。妖精は歯をくいしばって痛みをこらえ、槍を投げ出し、手 こ で刀を抜こうとする。すると、刀は狼の牙のようにかぎ形に肉に喰い込み、抜くことができない。 ひつう 妖精は悲痛の声をあげて、 ぼさっさま 「菩薩様、わたくしは目ありて珠なく、あなた様の法力の広大さを知りませんでした。お慈悲を もちまして、命をお助けください」 きんこう ぼさっ 菩薩は、これを聞くと、金光を下げ、妖精の面前に着いてたずねた。 「では、わが戒を受け、仏門に入るか」 ぶつもん ゆる 「命さえ許してくださるなら、戒を受け、仏門に入りとうございます」 ようせいなみだ と、妖精は涙ながらに答えた。 かげかたち ようせい ぶつもん かさい たま 力、 ようせい おおかみきば ようせい こうようしょ しようこう さまほうりき こ ようせい ようせい やり おれすわ じひ 136
おどろおそ すなけむりま 砂煙を巻き上げた。役人たちは驚き恐れて、口々に、 おしよう ようせい 「この和尚がつまらぬ口をきいて、妖精のことを言うものだから、妖精がやって来たのだ」 あな ・こくうす と恨む。国王はあわてて悟空を捨ておいて、穴の中にもぐり込む。三蔵もあとにつづき、百官 ′」じよう は一人のこらず身をさけた。八戒、悟浄も隠れようとすると、悟空は左右の手で二人を引きとめ、 ようせい 「恐れることはない。我々て : いったいどんな妖精か、見とどけてやろうじゃないか」 あら びきようせい しやく きんとう りようがんおうぎ そのとき、さっと空中に一匹の妖精が現われた。九尺の長身で、金燈のような両眼、扇のよう こうてつぎばこうえん かみ まゆほほぼね な両耳。四つの鋼鉄の牙。紅焔のような髪の毛と眉。頬骨高く満面青く、豹の皮のふんどしをし あっき ぎようそう めた悪鬼の形相である。 ごじよ ) 悟空はそれを見て、悟浄に、 「あいつに見覚えがあるかい」 「どうして知るものか」 「よし、おまえらここにいてくれ。俺様が行って、あいつの名を聞いて来る」 と言うやいなや、光を放ち、空に飛び上がった。 ぎんせいごうすく さて、空中に至って、その勝敗ゃいかに。はたして妖精を捕え、金聖后を救い出すことができ ましようか。次回をお楽しみに。 お われわれ はつかい しようはい おれさま ようせい とら ・こ ~ 、う こ まんめん ようせい さんぞう ひょう ひやっかん 26
きんこう 「いい子だ、ほらお天道様が見ているぞ、ここまでおいで」と悟空がちやかす。 ・こ ~ 、う これを聞くと妖精はいよいよ怒り、「こらっ」とばかり、槍をしごいて追いすがる。悟空はま こぶし ようせい たも、何度かあしらったのち、逃げ出しながらばっとにぎり拳を開いて見せた。妖精それを見る なり、たちまちくらくらっとなり、ただやたらに追い駆けて来る。先を行くは流星のごとく、あ とを行くは弦をはなれた矢のごとし、といったあんばい。 ぼさっ ぼさっ こうしてついに菩薩の面前まで来ると、悟空はひょいと身をかわして、菩薩の後光の後ろに隠 れた。 ようせいばさっ 妖精は菩薩につめ寄り、目をかっと見開いて、 きさま そんぎようじやたの 「貴様は、孫行者に頼まれて来た助太刀か」 ようせし ぼさつもく 菩薩は黙して答えない。妖精は長槍しごいて、どなった。 たの 「やい、頼まれて来た助太刀かと聞いているんだ」 ぼさっ だが、やはり、黙っている。妖精は胸をひと突きとばかり突きかかれば、菩薩はばっと一筋の かた ごくうえがん 金光と化し、空に飛び去った。悟空と恵岸もともに空中に行き、肩をならべて見物することにし 見ると妖精は、けけけけと冷笑し、 ぼさっ 「鹿猿めが、見そこないやが「たな。菩薩なんかを頼んできて、あべこべに俺のひと突きで、 かざる ようせい げん ようせい てんどうさま すけだち れいしよう ようせい すけだち ながやり むね ・こくう たの やり おれ ひとすじ かく 133
ながわた 妖精は身をひとゆすりして繩を抜け、紅い光に乗って、上空からふたたび眺め渡した。 みやぶ 悟空は、ふと空を仰いで、すぐさま妖精と見破り、またしても三蔵の足を引っぱって馬から降 ろし、 ぎようだい 「兄弟、気をつけろ。妖精がまた来たぞ」 どじよう あわてた八戒と悟浄は、おのおのえものを取りなおし、三蔵を囲んで護りにつく。 妖精はこれを見て、空中でしきりに感嘆し、 おしよう 「あつばれな坊主どもよ。俺が、あの馬に乗った色白の和尚を見やると、たちまち三人で隠して やっ しまいやがる。だが、なぜだろう。そうだ、目のきく奴を、先にやつつけちまうことだ。そうす むだぼねお れば唐僧をつかまえることができるぞ。さもないと、無駄骨折って獲物なし、だ」 と雲を降ろして、前のように子どもに化け、松の木にぶらさがって待ち受けていた。こんどは、 半里とはなれていないところだった。 ・こ ~ 、う さんぞう いっぽう悟空は、頭を上げてふたたび見ると、紅い雲は散じていたので、またしても三蔵に馬 さんぞうきげん に乗って出発するよううながすと、三蔵は機嫌をそこねて、 「そちは妖精がまた来たと言いながら、馬に乗れとはどういうわけだ」 「こんどのも、やはり通りすがりの妖精で、我らに悪さはしないでしよう」 さんぞう 三蔵は、むっとして、 ようせい ・こくう ようせい とうそう ようせし はつかい あお ようせい おれ なわぬ ようせい ようせし かんたん あか われ まっ あか さんぞう さんぞう えもの
みようやく しんで、この病となり、三年のあいだ苦しんで来ました。いま神僧の妙薬で、三年間の体内のと おん どこおりがおりました。この命はまったく神僧のたまもの、ご恩は山より重く感じております」 悟空はこれを聞いて、大杯をふたロで飲みほし、 ぎんせいごう 「さてはそういう次第でしたか。ところで、金聖后を国に連れもどそうというお考えはありませ んか」 なみだ 国王は涙を流し、 だれ 「わたしはそれを日夜思わぬではないが、誰一人、この妖精を捕えることのできる者がいないの きさき です。どうして、后を連れもどそうと思わぬ道理がありましようか」 そんさまようせい 「この孫様が妖精を退治してあげたらどうです」 国王はそれを聞いてひざまずき、 きさき きさきすく 「もし后を救ってくだされば、わたしは喜んで妃どもを連れて城を出て民となり、この国の山河 をことごとく神僧に差し上げて、皇帝の位をゆずります」 ・こ ~ 、第ノ 悟空は急いで国王を助け起こし、 「その妖精は、その後一度も参りませんか」 きんせいごうじじよ 「奴はその後も毎年やって来て、金聖后の侍女にするのだといって、宮女を二人ずつ連れて行き さくねん ました。こんどいつまたやって来るかわかりません。わたしは恐ろしくてたまらないので、昨年 やっ ようせい しんそう やまい たいじ こう・てい しんそう どうり ようせい とら しろ しんそう お たみ さんが 42
ぐれんほのお かうんどうえんか ぶっとひと吹きすれば、紅蓮の炎が空をこがし、火雲洞は煙火につつまれた。 八戒はあわてて、 あにき 「兄貴、こりやたまらん。この火の中にもぐってたんじゃ、助かりつこない。猪さんは焼き豚に こうりよう ちそう され、香料をふりかけられ、奴らのご馳走にされてしまうぞ。逃げろ、逃げろ」 に ごくうみす とばかり、悟空を見捨てて、谷川を飛び越え逃げて行く。 いんむす とつにゆう ごくうじんつうこうだい 悟空は神通広大、避火の印を結んで火中に突入し、なおも妖精を探しつづけた。妖精は悟空が いくくちふ 来たのを見ると、またもや幾ロも吹きかけ、火は前にもまして、はげしく燃えさかった。さすが けむり の悟空も火と煙にあおられて道を見失い、急ぎ身を返して火の中から逃げ出した。妖精はこれを どうない おさ ひき 見ると、火具を収め、手下どもを率いて洞内に引き上げ、石門を閉ざして、大勝利とばかり、宴 を開いて喜んだことはこれまでとする。 ′」じよう ・こ ~ 、う こしようかん さて、悟空の方は枯松澗を飛び越え、雲を降ろした。すると、八戒と悟浄が楽し気に話しあっ ちかよ ているのが聞こえたので、つかっかと近寄って、八戒をどなりつけた。 あほう ようか 「この阿呆、なんて情けない奴だ。妖火を恐れて、さ「さと逃げ出し、よくもこのさんをおい てきばりにしたな」 八戒にやりとして、 はつかい はつかい なさ ひか てした やっ やっ お はつかい ようせい と はつかい さが も ちょ ようせい ようせい そ ぶた えん プ 02
・こくう さんぞう 悟空はひそかに三蔵が恨めしく、 このけわしい山路で、から身でさえ苦しいのに、 - かわいそうな子どもだなんて言って、こ んな化け物をおぶわせるなんて。ようし、いまにこいつを投げ殺してやるから。 じんつう と考えていると、妖精はやくもそれをさっして、すぐさま神通を使い、四方の空気を四ロ吸い きん 込み、悟空の背中にぶう 1 っと吹きかけた。とたちまち千斤の重さとなった。 悟空にやりとして、 「せがれよ、おまえ『重身の法』を使って、このとつつあんを押しつぶそうってんだな」 おそ 妖精はそれを聞くと、これは手ごわいぞと恐れをなし、仮の体をそこに残して、本身は抜け出 し、空中に躍り出て立っていた。 ・こくうせなか 悟空は背中がますます重くなるので、とうとうり出し、子どもをむずとっかんで、道端の石 しかばねにくもち に、力いつばいたたきつけ、屍を肉餅のようにしてしまった。そして、悪さができぬよう、手足 りよう・がわ を引きちぎって、道の両側にばらまいた。 かの妖精、空中からこのありさまを眺め、思わずむらむらとりがこみ上げ、 やっ 「この猿め、なんてひどい奴だ。いまのうちに唐僧をさらっておかないと、ますます猿知恵を増 ちょう 長させることになるぞ」 いちじんせんぶうま とばかり、空中で一陣の旋風を巻き起こし、石を飛ばし、砂を巻き上げ吹きつけた。三蔵はい ようせい さる ようせい おど せなか やまじ ようせい じゅうしんほ ) とうそう カり・ すなま ころ さるちえ ぞう みちばた さんぞう
お 「兄貴、この妖怪たちは、俺たちを恐れて、車を押し出し、どこかへ引っ越しするらしいよ」 こしにしきこしあて じようしやくかえんそう 妖精は一丈八尺の火焔槍をかまえ、よろいかぶとなどは何もつけず、ただ腰に錦の腰当をお び、はだしのまま門前へ立ち現われ、 「何者だ、そこでどなっている奴は」 ちかよ と叫ぶ。悟空はにこにこしながら近寄って、 ししよう かたぎ 「甥ごよ。はやく師匠を出してくれ。仇づらして親類のよしみを失うなよ。もしおまえのおやじ そん に知れて、孫さんが年下のおまえをいじめたなどと思われては、ばつが悪いからな」 これを聞くなり妖精はかっと怒って、どなりつけた。 だれおい わるざる 「この悪猿め、俺とてめえと、何が親類だ。誰が甥ごなもんか」 そんごく ) てんきゅう わか 「おい若いの、おまえは知るまいが、わしこそは五百年前天宮をおおいにさわがした孫悟空オ ごうけっ そのころわしは、もつばら天下の豪傑とっきあっていたが、おまえのおやじの牛魔王とも兄弟の むす ちぎりを結んだのだ。行き来していた時分は、まだおまえは生まれていなかったんだ」 かえんそう 妖精どうしてこれを信じよう。やにわに火焔槍をしごいて突っかか「て来た。悟空、さっとそ てつぼうふ の鉾先をかわして、鉄棒振るってののしった。 ぶれいせんばん 「この小童め、無礼千万、この棒を見よや」 こう やり 「なにを、このえて公のわからずや。この槍をくらえ」 あにき ようせい ようせい ほこさき さけ こわっぱ よう・カし おれ ようせい おれ あら やっ ぼう お っ ひ ぎゅうまおう きようだい ミ ) 0 100
「こうしちゃいられない。おまえここで番をしてくれ。行って様子を探って来る」 あにぎ おれ 「兄貴は腰が痛いんだ。俺が行って来よう」 「おまえじゃだめだ。やつばり俺が行く」 かうんどう 悟空は歯をくいしばり、痛みをこらえて谷川をこえ、火雲洞の前に来ると、 「化け物」 と叫んだ。手下どもが急ぎ奥へ知らせる。すると妖精の命令一下、おびただしい手下どもが、 やり ゆみや 手に手に槍、刀、弓矢などのえものをかまえて、いっせいにおたけびをあげ、門を開いて、 「それつ、つかまえろ、つかまえろ」 ・こ ~ 、う みちばた 悟空は、つかれきっていたので、向かおうとせず、道端に身を隠して呪文を唱え、「変われ」 さけ と叫ぶと、金色の包みに僊けた。 手下の一人がこれを拾って奥に入り、 「大王様、悟空はおじけづいて、あわててこの包みをおとしたまま、逃げました」 妖精は笑って、 おしよう 「そんな包みなどなんのねうちもあるまい。たかが和尚の着古しのばろか、ふる頭巾だ。洗って つぎあてにでもするがよい」 と言ったので、手下も、そのまま門内に捨てておいた。 ・こ ~ 、う ようせい てした さけ わら てした てした おく おく おれ す ようせい めいれいいっか ようすさぐ か じゅもん ずぎん てした あら ププ 6