こしようかん さて悟空は、八戒を引き連れて、枯松澗を飛び越え、化け物のいる石崖の前まで来た。はたし てそこに洞府があり、まことに景色のよいところである。 いしぶみ ごうざんこしようかんかうんどう 門前に近づいてみると、碑があり、「号山枯松澗火雲洞」の八文字が彫りつけてある。あたり やりけんま こわだかさけ ミ】 0 では、一群の手下どもが、槍や剣を舞わし、けいこをしている。悟空は声高に叫んオ ししよう どうしゆっ わた どうちゅう 「そこな手下ども、とくと洞主に告げよ。わが師匠の唐僧を引き渡せ。さすれば洞中の者どもの 命だけは助けてやるとな」 てした 手下はこれを聞き、あわてて取って返して洞内へ駆け込んオ 「大王様、大変です」 さんぞうどうちゅう ようせい さて、かの妖精の方は、三蔵を洞中にさらって来ると、着物をはぎ取り、後ろの庭にくくりつ てした け、手下どもに水をかけて洗わせ、これから蒸して食べようとしていたところへ、この知らせ。 「何が大変なのじゃ」 ししよう らいこうぐちうず 「毛むくじゃらの雷公ロの坊主が、つのロの耳でかの坊主を連れて、門前で、唐僧とか師匠とか を出せとわめいております」 妖精は、ふふふと笑って、 そんごくうちょはつかい てした 「そりや、孫悟空と猪八戒だ。よくかぎつけたな。ゃい、手下ども、車を押し出せえ」 と命じると、数人の手下が五輛の小車を押し出して門をあけた。八戒はこれを眺めて、 ようせい いちぐんてした どうふ てした はつかい わら てした あら けしき りよう お どうない ぼうず とう、う こ ミ ) 0 ・こくう はつかい いしがけ お とうそう なが
「こうしちゃいられない。おまえここで番をしてくれ。行って様子を探って来る」 あにぎ おれ 「兄貴は腰が痛いんだ。俺が行って来よう」 「おまえじゃだめだ。やつばり俺が行く」 かうんどう 悟空は歯をくいしばり、痛みをこらえて谷川をこえ、火雲洞の前に来ると、 「化け物」 と叫んだ。手下どもが急ぎ奥へ知らせる。すると妖精の命令一下、おびただしい手下どもが、 やり ゆみや 手に手に槍、刀、弓矢などのえものをかまえて、いっせいにおたけびをあげ、門を開いて、 「それつ、つかまえろ、つかまえろ」 ・こ ~ 、う みちばた 悟空は、つかれきっていたので、向かおうとせず、道端に身を隠して呪文を唱え、「変われ」 さけ と叫ぶと、金色の包みに僊けた。 手下の一人がこれを拾って奥に入り、 「大王様、悟空はおじけづいて、あわててこの包みをおとしたまま、逃げました」 妖精は笑って、 おしよう 「そんな包みなどなんのねうちもあるまい。たかが和尚の着古しのばろか、ふる頭巾だ。洗って つぎあてにでもするがよい」 と言ったので、手下も、そのまま門内に捨てておいた。 ・こ ~ 、う ようせい てした さけ わら てした てした おく おく おれ す ようせい めいれいいっか ようすさぐ か じゅもん ずぎん てした あら ププ 6
ぶたひつじ やっし、三人は豚や羊を追って、山路をたどって行った。 きようあく まもなく山あいにさしかかると、またしても凶悪な顔をした手下に出会った。手下は左脇に色 ・こくう ぬりの文箱をかかえ、悟空を迎えて言った。 こかいちょうさん びきぶたひつじ 「古怪ョ鑽、二人とも帰ったのか。何匹、豚や羊を買って来た」 「この追ってるのがそうじゃあないか」 てしたごじよう 手下は悟浄の方を見て、 だれ 「この人は、誰だい」 かちくあきんど 「これは家畜商人さ。はらいが少したりないんで、取りに来てもらったんだ。ときに、おまえは どこへ行くのだ」 おれちくせつざん 「俺は竹節山へ、明日の会のために老大王を迎えに行くのさ」 「お呼びするのは、みんなで何人ほどかね」 し J う : も・、 「老大王を主賓として、本山の大王から頭目まで、あらまし四十人ばかりだ」 二人が話しあっていると、八戒が、 「さあ、行こうぜ。豚や羊が散り散りになっちまうから」 「おまえ、追い集めておいてくれ。俺は、ちょいと手紙を見せてもらおう」 ふばこ しよじようごくうわた 手下は身内の者と思い込んで、文箱をあけ書状を悟空に渡した。悟空が開いてみると、明朝、 ろうだいおうしゅひん てした よ あす ぶたひつじ こ むか はつかい やまじ ろうだいおうむか おれ てした てした わぎ 495
と言ったとき、またも老怪の叫び声がした。 てした 「手下ども、ここをしつかり守っておれ。わしが出て行って、その坊主二人を引っつかまえ、一 しよばっ げき 撃のもとに処罰してくれん」 しようぞく 見よ、かれは身に装東もつけず、手にえものも持たず、おおまたに表の方へやって来ると、悟 くうののし 空の罵る声がする。 ごくうおそ かれはすぐさま門をさっと開くや、物をも言わず悟空に襲いかかった。悟空が鉄棒ふるって、 ・こじようほうじよう がっちり受けとめれば、悟浄は宝杖まわして打ってかかる。 ・こじよう どうない かの老怪は、頭をひと振りし、左右八つの頭のロを一せいにあけて、悟空と悟浄を軽々と洞内 にくわえ込んで、 「繩を持て」 こかいちょうさんせいけんじ ョ鑽古怪、古怪ョ鑽と青瞼児、つまり、昨夜逃げ帰った手下どもが、ただちに繩で二人をしば り上げた。 ろ - ろ・ : 刀し 老怪、 わるざる つごう 「この悪猿め、そっちが七人の孫を捕えても、こっちは都合八人捕えてあるぞ。ゃい、手下ども、 ゃなぎぼう 柳の棒でこの猿を打て。わが黄獅の恨み、思い知らせてくれるのだ」 ・こ ~ 、う てした ゃなぎぼう 三入の手下は、てんでに柳の棒を取り、悟空をさんざん打ちまくった。が、悟空はもともと鍛 なわ ちょうさんこかい ろう・カし こ さる ろにノ力し こうし さけ ま・こ とら うら てした とら ぼうず こくうてつぼう なわ てした きた 5 ノ 8
えあげた体。打たれようがなぐられようが、けろっとしている。 しばらくすると、打っ方の棒が折れた。かくて日暮れまで打ちつづけたが、その回数は数えき ・こじよう れない。悟浄はついに見かねて、 おれ 「俺がかわって、百ばかり打たれようか」 老怪、 きさま あす 「貴様は、明日になれば打ってやる。順ぐりにぶったたくから、そう思え」 はつかい 八戒あわてて、 「あさっては、俺の番かよ」 ろう・かし やがて、暗くなったので老怪、 あか めし きんうんか 「手下ども、燈りをつけて、飯を食べてしまえ。わしは、錦雲窩でひと休みして来る。三人でよ つく見張りをして、夜が明けたらまたぶったたけ」 あか ・こくう 手下どもは、燈りをつけてからも、悟空を打ちつづけたが、悟空の頭は拍子木をたたくよう。 ていていとう、とうとうてい。はやく打ったり、おそく打ったり。やがて夜もふけたので、みん ねむ なぐうぐう眠ってしまった。 ぎんこぼう 悟空はそこで、遁法を使い身をちぢめて、繩を抜け出し、耳から金箍棒を取り出して、さ「と ひと振り、つるべほどの太さにして、手下に向かい ) っ 5 ・かし てした てした ふ おれ とんほう お てした なわぬ ひょうしぎ 579
とんしゅ そおうきゅうれいげんせいろうたいじんそをせん まぐわ会をもよおすのでご来駕を仰ぎたいというもので、祖翁九霊元聖老大入尊前、門下孫黄獅 頓首、としたためてある。 ふばこおさ 悟空が手紙を返すと、手下はもとどおり文箱に収めて、東南の方へ歩いて行「た。 こじよう あにき 「兄貴、手紙には、なんて書いてあったんだい」と悟浄。 そおうきゅうれいげんせいろうたいじん えしようたいじよう 「まぐわ会の招待状で、差出人は門下の孫黄獅。まねかれたのは、祖翁の九霊元聖老大人た」 きゅうれいげんせい 「黄獅は、たぶん金毛の獅子の精だろうが、九霊元聖「てのは、何者かな」 こうどう 三人が談笑しながら、豚や羊を追「て行くと、まもなく虎ロ洞の入口が見えてきた。門前に近 づくと、花の下で大小さまざまな妖精たちがたわむれている。手下が、はやくも八戒の「ほいほ ぶたびつじ かちく い」と家畜を追う声を聞きつけ、ばらばらと駆け出して来て、てんでに豚や羊をつかんで、しば ってころがした。 このさわぎに、妖王は洞内から出て来て、 「おお、二人とも帰って来たか。家畜は何匹買って来た」 ぶたぎん 「豚を八匹、羊を七匹、しめて十五匹です。豚は銀十六両、羊は九両、前に二十両あずかりまし あきんどふそくぶん たから、五両たりません。それで、この商人に不足分を受け取りに来てもらいました」 妖王はこれを聞くと、すぐさま、 ぎんす 「手下ども、銀子を五両出して来て、はら「てやれ」と言った。 ヾこ ~ 、う ぶた ようおう てした だんしよう びぎひつじ ようおうどうない ひき てした ぶたひつじ らいが あお ようせし かちく ひき そんこうし びき ひっし てした はつかい そんこうし 496
しているうちに、夜が明けた。こんどは鉄棒を振り回して、門をどんどんたたいた。 魔王はやっと目をさまして、外のさわぎを聞き、起き出して着物をき、帳を出ると、 「何をさわいでいるのだ」 侍女たちはひざまずいて、 「大王様、誰だか夜どおし、洞の外でわめいたり、門をたたいたりしております」 てしたでんれい まおうしんでん 魔王が寝殿を走り出ると、数人の手下の伝令が、 くちぎたな きんせいこうごう 「何者かが金聖皇后を返せ、とどなり、さんざロ汚いことをわめいて、とても聞いてはいられま せん。夜が明けても大王のお出ましがないので、とうとう門をたたきだしました」 まおう 魔王は、 だれ 「しばらく門をあけるな。そしてどこの誰だか聞いて来い」 手下が急いで出て行って、門の内から、 「門をたたくのは誰だ」 し J 聞 / し J 、 ちゅうつ ぎんせいこう′」う 「我こそは朱紫国からまねかれて来た外公翁 ) だ。金聖皇后を国 ~ 連れ帰るために来たのだ」 こ、つこう まおう こうこう 魔王はその者がいったいどういう関係の者なのか、皇后のところにたずねに来た。皇后は起き たばかりで、あわてて身じまいを整え、大王を出迎える。 われ まおう じじよ てした どう てつ・ほうふ でむか とばり 53
さて妖精の方では、洞内でおお喜び。 ぎぜっ 「ものども、悟空めを痛い目にあわせてやったぞ。今回は死にはしなかったとしても、気絶ぐら いはしたろう。まてよ、ひょっとすると、加勢をたのんで来るかもしれない。すぐに門をあけろ、 誰をたのみに行ったか見定めてやろう」 てした ながわた 手下が門をあけると、妖精は駆け出して空にのばり、眺め渡すと、おりしも八戒が南をさして 急ぎ行く。 かんおんぼさっ 「南方へ行くからには、もちろん観世音菩薩をたのむのだな」 と妖精は考え、急ぎ雲を降ろして、 おれ かわふくろ リ正門の 「ものども、俺のあの皮袋を二のド ( 次の まに俺が八戒をだまして連 しのところに出しておけ。、 れて来て、中へ押し込み、よく蒸してやわらかくして、おまえたちにご馳走してやるからな」 てしたかわぶくろ じつはこの妖精、意のままになる皮袋を一つ持っていたのである。手下は皮袋を門のところに 出して待ち受けた。 妖精はこの地に長く住み、地の利にくわしいので、近道をとって八戒より先回りをし、岩の上 にせかんのん に端座して、「偽観音」に化け、八戒を待ち受けた。 ぼさっすがた かの八戒、雲を飛ばして行くと、とつじよ、菩薩の姿が見えた。偽者と見破れるはずもなく、 ようせし たんざ ようせい はつかい ようせい ようせし お どうない ようせし お む ーカし かわぶくろ かせい はつかい ハ、せ も ちそう おれはつかい はつかい 7 プ 3
なんせんぶしゅう てがら て仏を拝し、経をもらい、それを東土に送って、俺一人の手柄にしよう。そうすれば南贍部州の 人びとに、俺を教祖とあがめさせ、万代に名を伝えることができるではないか」 ごじよう 悟浄は、 あにぎ しやかによらい あにき 「兄貴の言うことはまちがっている。兄貴が一人で行ったって、釈迦如来がどうしてお経を伝え てくれるものか」 と言ったが、悟空は、 「おまえはばんやりで、よくわからんのだな。おまえの方に唐僧があるなら、こちらでも、りつ そんさままも とくたかおしよう ばな徳高い和尚をえらび、それが経を取りに行くのを孫様が護ってやるまでさ。うそだと言うな ら、まあ見てろ」 そして手下に、はやく師匠をお連れしてこいと叫ぶ。手下は急いで奥に入って一匹の白馬と、 どじようしやくじよう したが とうさんぞう もう一人の唐三蔵を連れて来た。そのあとに、猪八戒が荷物をかついで従い、悟浄が錫杖を持 したが って従っているではないか。 」じよ ) 悟浄はこれを見て、おおいにり、 ・こじよ。っ ぶれいもの おれ 「俺のほかに、また一人悟浄がいるはずはない。無礼者め、この杖をくらえ」 にせごじようまっこう げぎ と双手を振り上げて一撃すれば、偽悟浄は真向から打たれて死んだ。なんとそれは、一匹の猿 の化け物だった。 ほとけはい もろて てした おれきようそ きよう ししよう とうど きよう さけ ちょはつかい った おれ てした とうそう っえ びき きようった びぎさる 292
そおう じさん を残すようなことはいたしません。ひるま、き奴の手下が持参した書状を見ましたところ、祖翁 きゅうれいげんせい の九霊元聖にあてたものです。敗れて逃げたあの妖怪は、きっと祖翁のところへ訴えに行きます。 いちもうだじん 明朝はかならず仇討ちに押し駆けて来ますから、そのときこそ一網打尽にや「つけてあげましょ う」 しよくたく 父王は深く礼を言い、夕食の食卓をならべさせた。師弟らは斎がすむと、おのおの寝についた。 きゅうぎよくばんかんどう さてかの妖怪は、はたせるかな、東南の方竹節山 ~ 逃げ込んだ。その山中には九曲盤桓洞とい よ、つ力し どうちゅうきゅうれいげんせ、 う洞府があり、洞中の九霊元聖にかれの祖父であ「た。妖怪は夜通し休まず風を飛ばして、五更 どうこう とうちゃく 時分 ( 方 ) 洞口に到着。門をたたくももどかしく、中に入「て行「た。手下がこれを見つけて、 け ろうだいおう しようたいじよう さくばんせいけんじ 「大王、昨晩青瞼児という者が、招待状を持「て来ました。老大王がそ奴をここへとめて、今 朝いっしょにまぐわ会におもむく手はずにな「ています。それなのに、何故またこんなはやく、 わざわざおいでになったのです」 「まずいことになったんだ。会なんておじゃんだ」 おく せいけんじ そこへ奥から青瞼児も出て来て、 「おや大王、どうしてここへ。老大王は、お起きになり次第、わたしを連れて会にお出ましに なるはずです」 どうふ よう・カし あだう ゃぶ ろうだいおう かたちくせつざんに やってした ょにノ力し してい しだい とぎ しよじよう てした なにゆえ やっ うった しん こう 50 プ