かわぶくろ むす 皮袋の中に押し込んでしまった。袋のロをしつかりと結び、梁の上に高々と吊るした。妖精は本 しようあら 性を現わし、 「やい猪八戒、てめえ、両の目をちゃんとあいていながら、この俺が聖嬰大王だとわからなかっ さかな とら てした たのか。引っ捕えたからには、四、五日吊るし、よく蒸して手下どもの酒の希にしてくれよう」 ふくろ 八戒これを聞くと、袋の中でののしった。 「やい、け物め、なんて無礼だ。あの手この手で俺をだましやがって。もしも喰ってみろ、喰 やっ った奴はどいつもふた目と見られぬ疫病やみにしてくれるわ」 とわめきつづけたことはこれまでとする。 おもて ごくうごじようまつばやし さて、悟空は悟浄と松林の中で座っていると、一陣の生臭い風が、すうっと面をかすめたので、 くさめをひとっして、 「こり - や、↓ノよ、 0 この風はどうもいやな予感がする。八戒は道をまちがえたとみえる」 ・こじよう すると悟浄、 「道をまちがえたら、人に聞けば、いだろうに」 「きっと化け物に出くわしたのだ」 「化け物に出くわしたら、逃げて来りやい、・ はつかい ちょはつかい お こ ぶれい に ふくろ えぎびよう よかん しゃないか」 いちじんなまぐさ おれ はつかい り おれせいえいだいおう っ ようせし 1 プ 5
やくそくわす 「ご馳走の約東を忘れないで。俺たちは承知したんだから、女王に一席もうけさせて、結婚承諾 の祝い酒をふるまってくださいよ」 ほうこく 駅丞と大臣はおお喜びで、女王に報告に行った。 あとで三蔵は悟空を引きとめ、 「猿め、わしをなぶりお 0 て。なんということを言う。わしは死んでもいやだ」 きしよう 、。市匠のご気性はわかっています。これは計略です」 「ご安心くださ自 けいりやく 「どんな計略だ。女王がわしを招けば、きっと夫婦の礼をしようとするだろう。わしはどうあっ とくこう ぶつけ ても仏家の徳行を失って、堕落することはできぬ」 こうて、 きようこんやくむす 「今日婚約を結んだのですから、女王はき 0 と皇帝の礼をも 0 てお迎えに来るでしよう。師匠は ぎよくざ ほうでん じたい 辞退することなく、お迎えの車に乗 0 て宮中に入り、宝殿にのば「て南面して玉座に着き、女王 しゆくがそうこうえん こくじ に国璽 ( ) を出させて、我らの通関の手形に押印して渡してください。一方、祝賀と壮行の宴 えん を開き、宴が終わ「たら、三人を見送 0 て来る、と言 0 て城門を出て、師匠は車から降り、すぐ くんしんかなしば に白馬にお乗りになる。わたしは『定身の法』を使「てかれら君臣を金縛りにする。そのあいだ じゅもん われわれいっこう に我々一行はどんどん西に向かいます。一昼夜た「たら、呪文を唱えてかの女たちを元にもどし けいりやく しろ て、城に帰らせます。これが『偽って婚し、網を脱がれる』計略です」 ゅめ なっとく さんぞう 三蔵はこれを聞くと、はじめて納得し、夢から覚めたようで、 えきじようだいじん さる ちそう さんぞう ししよう むか われ おれ まね つうかんてがたおういん じようしんほう こん しようち あみの さ じようもん けいりやく むか ししよう けっこんしようだく お ししよう 230
さんぞういっこう ぎしどうす えんしょ さて三蔵一行は、稀柿鵆を過ぎて、西へと馬をすすめるうち、またも炎暑の候となった。やが ちゅうつ てさしかかったのは朱紫国である。 いっこう びんきやくせったい かいどうかん さんだい 一行はまず賓客を接待する会同館に入り、三蔵は衣服を整えて宮中に参内した。国王はながい さんぞう 病に苦しんでいたが、三蔵を見てたいそう喜び、てあっくもてなした。 ・こ ~ 、う かいどうかんごじよう したく まち いっぽう悟空は、会同館で悟浄に食事の仕度をさせ、八戒を連れて、調味料を買いに街へ出か 亠ノこ 0 ふこく ふと見ると、鼓楼の下におおぜいの人だかりがしている。もぐり込んでみると、国王の布告が かかげてあり、 やまいふ いまだ効なし。あ 「朕、近ごろ病に臥しおりしが久しくいえず、国内の名医種々処方を奉るも、 けんし ちりよう まねく天下の賢士、もし医薬にくわしき者あらば、急ぎ宮中に来りて治療にあたらん事を。もし あた 朕の病いえなば、国のなかばを与うべし」 と書いてある。 ′」くうえ ぎっぽう 悟空は得たりとほくそ笑み、我に独特の秘方ありと名乗り出たので、宮中では、吉報とばかり ・こ ~ 、う 喜んで迎え入れる。これを見て三蔵は驚き、はらはらしながら悟空を叱りつけたが、悟空はすず ・こてん しい顔をして、奥の御殿にすすみ入った。 ちんやまい やまい ちん むか おく ころう やく われどくとくひほう さんぞう びさ おどろ さんぞう ふく ー、刀し しゅじゅしよほうたてまっ ごくうしか こう こう 407
せっし はくぞうしよそんせいぞろ するど 老妖はただちに、猤獅、雪獅、狡猊、白沢伏狸、搏象の諸孫に勢揃いさせると、おのおの鋭い ひょうとうざん 武器を取らせ、妖怪を先達として、狂風に乗じて豹頭山へとやって来た。と、焔火の臭が鼻をつ ちょうさんこかい き、泣き叫ぶ声が聞えて来る。よく見ると、それは刀鑽と古怪の二人が、主人の名を呼びながら 泣いているのだ。 妖怪が近寄って、 「おまえたちは、まことのヨ鑽か、偽者か」 こうとう なみだ 二人はひざまずいて涙にむせび、叩頭しつつ、 にせもの 「なんでわたしどもが偽者でしよう」 きのう らいこう とまえおきして、昨日使いに出てから、雷公のような奴に、かなしばりの法をかけられたこと までをこまかに話し、 「やっと正気にもどって、家にたどり着いてみますと、どの部屋もすべて焼かれており、ただ煙 かしら 火がくすぶっているだけでした。大王も、お頭たちの姿も見えず、ここに泣き悲しんでいたので 亠 9-0 、つこ、、 この火はどうして起こったのでしよう」 なみだいすみ 妖怪はこれを聞くと、涙を泉のごとくとめどなく流して、どっとくずおれ、声をふりしばって、 士いましげ・に、 あくとう 「あいつめ、なんたる悪党ぞ。どうして、こんなひどいことをしおったのだ。わが洞府を焼きは ぶぎ ト ( ~ ノ力し ろうよう さけ ちかよ どうし せんだっ ちょうさん さんげい - ようふうじよう にせもの はくたくふくり すがた やっ ほう えんか どうふ におい えん 503
「やつばり俺たちの手抜かりだった。型を見せてしまったら、身近に収めておくべきだったのに、 どうしてこんな所に放「ておいたのだろう。あの宝物は、彩光をはなっから、どこかの悪者に感 ぬす づかれ、ゆうべ盗み去られたにちがいない」 はつかい と言ったが、八戒は信用しない。 あにぎ こうや 「兄貴、何を言うんだ。こんな平和な所で、深山でも荒野でもないのに、悪者など押し駆けて来 てっしよう たからもの っこないよ。鉄匠どもが、俺たちのえものが光「てるんで、て「きり宝物とにらみ、王府を抜け すけと ぬす 出し、助つ人をかり集め、かついだり、引 つばったりして盗み出したんだ。さあ、出しやがれ。 ぶったたくぞ」 てっしよう こうとう 鉄匠たちは、ちがいます、ちがいますと、ただただ叩頭する。 じじよう こうしてさわいでいるところへ父王が出て来て、事情を聞くなり、色青ざめて、ややしばし考 えにふけっていたが、 しんし へいき ばんぎ 「神師の兵器は、ただの凡器ではない。たとえ百十余人がかりでも動かせるものではありません。 じようしゆたいげんは けんくん 余はこの国五代目の城主、大言を吐くようだが、賢君の名はとどろいており、城中の軍民、職 にん ふこころえ 人たちも、余の法度のきびしさをおそれ、だんじて不心得をいたす者はあるはずがありません。 どうか神師には、考えなおしてくださるように」 悟空はにつこりして、 よ ・こくう しんし よ おれ はっと おれ たからもの ょにん さいこう おさ じようちゅう しよく 491
ちゅうつ されたので、大王が怒って、明日は朱紫国と戦争をされるのだ」 こラとうぶ 悟空は手をこまぬいて一礼して、別れて行くふりをして、身をかわしざまに、妖精の後頭部を くびお ようせし いちげき 一撃した。妖精は頭から血を流し、頸を折って死んでしま「た。悟空はは「と後悔し、 ・ええ、ままよ」 「しまった。こいつの名を聞いておくんだった。 どら みちばた そで ちょうせんじよう と、妖精の持っていた挑戦状を取り出して袖にしまい、旗と銅鑼を道端の草むらに隠し、脚 を引っぱって谷間に投げ込もうとしたとき、かたんと音がして、金でふちどった象牙の牌が妖精 ふくしんかし の体から落ちた。その牌の上には、「腹心の下士一名。名は有来有去。身体は短小、顏はでこほ にせもの ひげ こ、髭なし。牌なきものは偽者なり」と書いてあった。 悟空は笑って、 ゅうらいゅうぎよ 「こいつ、有来有去 ( 得ったり来たり ) という名なのだな。俺に打たれて有去無来 ( 往「たきり ) になってしまったわ」 かえんどく そう言って牌をといて自分の腰につけ、死骸を谷に投げ込もうとしたが、また火煙の毒を思い っ むねてつ・ほう ようせし どうふ 出し、洞府に行くのはやめて、妖精の胸に鉄棒を突きさして、高くかかげ、朱紫国に帰って来た。 ちょうせんじようそで 悟空は、まず三蔵に会って挑戦状を袖の中に隠させてから、国王に死骸を見せた。すると国 王は、 おもてきんこう たけじようしやくうで 「これは賽太歳ではない。奴は身の丈一丈八尺、腕の太さは五にぎり、面は金光を放ち、声は ようせし わら さいたいさい ふた さんぞう こ やっ しがい こ ゅうらいゅうきょ おれ しがい ゅうぎよむらい ちゅうつ そうげ ようせい ようせ、 あし 43 イ
しこう し、前後を知り、万物に明らかなるもの。この四猴は、先の十類の中に入らず、また二類の間に ろくじみこう もない。わしが観るところ、偽悟空は、この六耳獺猴じゃ。この猿は居ながらにして千里の外を さっ ことば 知り、人の語る言葉を知る。だから、よく音を聞き、よく理を察し、前後を知り、万物ことご ろくじみこう すがた とく明らか、と言ったのじゃ。真の悟空と姿も声も同じくするのは、すなわちこの六耳獺猴じ みこ ) によらい かの瀰猴は如来が自分の正体を説き明かされるのを聞き、おののき恐れ、急に身を躍らせて逃 げ出した。 だいぼさっ 如来はそれと見て、ただちに「捕えよ、」と命じたまえば、はやくも四大菩薩、八大金剛、五 かんのんえがん 第ノば、 ~ 、 びくに ぎやたい びくそう 百羅漢、三千掲諦、比丘僧、比丘尼、優婆塞、優夷、観音、恵岸がい 0 せいに取り囲む。悟空 によらい も飛び出そうとしたが、如来は、 「悟空、手出しは無用、わしがとりこにしてやろう」 のが みこう かの獵猴はふるえあがって、もはや逃れがたしと見るや、身をゆすって一匹の蜜蜂となって空 はち に飛び上が 0 た。如来はすかさず金の鉢を投げると、ば「とその蜂にかぶさ 0 て落ちて来た。一 によらい 同はそれと知らず、逃げられたと思「ていると、如来は笑いながら、 「みなの者、妖精は逃げてはおらぬ。この鉢の下にいる」 一同ど「と近寄「て鉢をおこして見ると、はたしてそこに正体を現わしていた。見ればいかに ようせい むよう はち にせごくう まこと・こくう とら はち わら さる はち あら びぎみつばち おど こん・こう ・こ ~ 、第ノ 314
・こ ~ 、う らせつ はっとして見ると悟空だったので、羅刹はあわてて卓を押し倒し、地面に伏して恥ずかしさに 消え入るばかり。ただ、「ええ、くやしい」と叫びつづける。 ・こ ~ 、第ノ ばしようどうと とくいまんめん 悟空は委細かまわず、さっさと芭蕉洞を跳び出し、得意満面。ばっと雲に乗り、山の上に飛び おうぎは 上がって、扇を吐き出して法を使ってみることにした。 すーしゆいはーしーしーちゅいほー 左の親指で柄の上の七本目の赤糸をひねって、ひと声「咀嘘呵吸暿吹呼」と唱えると、はたし にせもの て一丈二尺ほどの長さになった。よく見ると、前の偽物とはおおいにちがい、祥光かがやき、瑞 気がただよっている。 ごくうおうぎ しかし悟空は扇を大きくする方法は覚えてきたが、小さくする呪文は聞いて来なかったので、 かた そのままぜひなく肩にかついで、もと来た道を帰って行った。 ぎゅうまおう へぎはたんえんかい りゅうおう へぎすいぎんせいじゅう さて牛魔王は、碧波潭の宴会もすんで、門を出てみると、辟水金睛獣がいない。竜王はいろい だれ ろ取り調べたが、誰も知らぬと言う。すると竜子、竜孫が、 びき 「さきほど席についたとき、蟹が一匹はいって来ました。あれは見知らぬ者です」 ぎゅうまおう 牛魔王、それを聞くとはたと思いあたり、 そんごくう さいてんまい なや 「わかりました。孫悟空というものが、唐僧を守護して西天へ参る途中、火焔山で行き悩み、芭 しようせん えんかい 蕉扇を借りに来ました。それをことわって戦いとなり、勝負がっかぬうちに、こちらの宴会に参 じようしやく え かに とうそうしゅご りゅうしりゅうそん さけ たくお たお じゅもん とちゅう かえんざん しようこう 357
すると、道士は笑って、 によいしんせんこうてい 「それがしは如意真仙の高弟。そなたの名はなんと申す。我らより、よしなにお取り次ぎいたそ う」 そんごくう 「わたくしは三蔵法師の弟子、孫悟空と申します」 てみやげ しゃれい 「さればそなたの謝礼、手土産は」 あんぎやそう 「わたくしは道中の行脚僧のこととて、なんの用意もございません」 すると道士は笑って、 だれ さんせんしゅご さ 「うかつなお人じゃ。わが老師は、山泉を守護して、ただでは誰にも水を与えたことはない。 っさと帰って礼物をととのえて来なされ。そうすれば取り次いでしんぜよう。さもなくば、どう むだ ぞお帰りあれ。無駄じゃ、無駄じゃ」 にんじようみことのり 「人情は詔より大きいとか申します。わたくしの姓名を伝えてくだされば、真仙はきっと厚意 ど をしめしてくれるでしよう。ことによると、井一尸ごとそっくりくれるかもしれん」 こと こと しんせん おく 道士はそれを聞いて、やむなく奥 ~ 伝えに行った。真仙はそのとき琴をひいていたが、琴が終 わるのを待って、 らくたいせい しすく おしよう ししようさま そんごくう とうさんぞうこうてい 「お師匠様。表に唐三蔵の高弟の孫悟空と申す和尚が来て、かれの師を救うため、落胎泉の水を くれと言っております」 どうし どうし どうし さんぞうほうし むだ わら わら ろうし った われ あた しんせん こう、 208
を好み、長ずるにおよんで益々はなはだしくなったと言っておりますから、「西遊記」をまとめるにふ そしつ さわしい素質の持ち主であったことがうかがわれます。 さいげつよう 以上のようにみてきますと、「西遊記」という物語が成立するまでには、じつに数百年の歳月を要し、 ないよう 多くの民衆に愛され育てられながら、雪だるまのように内容が大きくふくれあがっていったことがわか なんそう だいとうさんそうしゆきようしわ みん ひかく ります。ですから、南宋の「大唐三蔵取経詩話」と明の「西遊記」を比較してみますと、物語の発展を きようみ さんぞう そんごくうさごじようちょはつかい 見る上でたいそう興味ある間題が出てきます。三蔵の弟子といえば、孫悟空、沙悟浄、猪八戒の三人で こうぎようじゃよ とちゅうさばく すが、「詩話」では猴行者と呼ばれる猿の弟子が一人だけになっています。途中の砂漠で橋をかけた深 じゃしんごじよう 沙神が悟浄の前身であろうといわれていますが、八戒にいたっては全く姿を見せていません。人間的な ずる いっしようけんめいさんぞう 弱さや狡さを一身に体現し、失敗をくりかえしながらも一生懸命に三蔵の供をしてゆく八戒の生き生き すがた そぼく かんじようきゅうしゅう はんえい とした姿は、宋代以降、長い間民衆に愛され語られてゆく中で、かれらの素朴な感情を吸収し反映し、 けいしよう さんそうほうし ちんみようで 形象されていったのでしよう。それに反して三蔵法師は、元来主役であったのに、 この三人の珍妙な弟 かつやくぶたい わきやく さんぞう ももしつけい 子たちに活躍の舞台をうばわれ、脇役にまわっていきます。三蔵は「詩話」の中では、桃を失敬してこ こうぎようじゃ で ぬす いと、いやがる猴行者をそそのかしたりする食いしんばうの坊さんですが、「西遊記」では盗むのは弟 さんそう きんげんじっちよくせいそう 子たちの方で、三蔵は戒め役の謹厳実直な聖僧になってしまっています。これでは主役の座をゆずるほ じゅうおうむじんたいかつやく かはありませんが、またゆずったからこそ、三人の弟子たちが、縦横無尽の大活躍ができたのです。 じようかんぼうとう げんそん 上巻の冒頭ですでにふれましたが、本書を訳出するにあたっては、現存する「西遊記」のテキストと みんだい かんこう きんりようせとくどう・はんていほん しんだい して最も古いとされる明代に刊行された金陵世徳堂本を底本として、清代 ( 一七世紀 ~ 一一〇世紀 ) に出 し し この いじよう みんしゅう そうだいい たいげん こう ますます しつばい みんしゅう さるでし やくしゆっ ーカし すがた と、も ーカし はってん じん 626