「もちろんですよ。ほんとに、何でもないことですもの。ちょっとしたテレビ撮影班と警官が 何人かで、銀行強盗の実演。まったく月並な話ですわ」 「ああ、そっちの強盗のことなら、わたしも知ってる」 「もちろんそうですわ。あなたにいわれて取材に行ったんですから」 「そうさ。そうだった」 「だったら、いったい何でそれがスクー。フなんです ? 」 「わたしがあやまるなんていったのは取消しだな」 「それでは、わたしは強盗の取材をしたのを記事にして : : : 」 「そっちの強盗にはわたしは興味はない」 「興味がない ? 「全然ないね」 「だったら、どの強盗に興味があるんです ? 」 「もうひとつのほうだ」 「もうひとつの ? 」 「だれだか知らんが、全国ネットの有線放送テレビで写っているなかで、白昼堂々とニューヨ ーク市警全体の鼻をあかして強盗をやったやつだ」
「あんまりだわ」彼女は寝室へもどりかけていた。「こんどは出口はわかってるはずよ。ドア の掛金を忘れないでね」 「ドーナ、きのうは銀行強盗だったんだ。きようは列車強盗だった。このふたつをいっしょに することはできないよー 「そうね、でも、あんたにはそれができるらしいわ」 反射的に彼は寝室まで追ってはいろうとした。 だが、ほかの何かがそれより先に頭を占領してしまう。 ほかの何かというのは、いま彼女のいったことだった。 「きのうは銀行強盗 : : : きようは列車強盗 : これはひとつの型だったのではないか ? 一八八〇年代と一八九〇年代の無法者たちには、これ以上きまりきった型のようなものは実 際になかったのではないか ? まず銀行で、次には列車。 これは西部劇の悪漢の主な狙いだった。 マクロードはド } ナのアパートの戸口で足を止めた。こんな型というものがあったのだろう 巧 4
芝居をやっていたのだし、金額はわずか千百ドルだった。もうひとつは、同じギャングにより 被害額五万ドルの列車強盗だった。 「さて、この最初のほうはいたずらに類するようなものだが、同じ理由から考えてしまうこと がある。つまり第二の強盗は、最初の強盗の前に計画されていたのではないかということだ」 彼はひと息ついてから、話をつづけた。 「根本的な違いをひとっ忘れんでもらいたい。銀行強盗の場合、だれかが実際に傷つくという 恐れはなかった。列車強盗のほうで、すべて明るみに出てしまった。だから、プリンクマンは 両方の事件で体面を失った。われわれも両方の事件で男を下げてしまった。それにしても、こ のふたつの事件は同じではない」 またひと息ついて、話をつづける。 「このふたつの事件は同じではないというのだが、そのくせ同じなのだ。どこからどこまで、 事実は同じギャングの仕業だということを示している。少くとも、われわれはそうにらんでい る。ただ、このニューヨークに一日おいて、西部劇のようなギャングがふた組も現われたなど というばかなことがなければだ」彼はくさったかきを呑みこんだような顔をした。もう一度、 生唾を呑んでいう。「わたしも、そういう考えを受け入れるつもりはない」 マクロード が部屋のうしろのほうで手を上げた。 巧 7
それだけではなくて、まだまだいろいろあるということさ。結局、さっきわたしは、完全にび ったりの質問をひとつあんたにしたよ。なぜ、千百ドルばかりの金にそんな危険をおかすんだ とね。答はマクロード、 やつらにやらせるにはほかに方法がなかったからということだ。やっ らに、 ミンク園の話をしてやらなければならなかった。古き西部の話をしてやって、大きな列 車強盗の前にいつも小さな銀行強盗が起こっていた話をしてやらなければならなかった。ほら : こういったらいいだろう : : : やつらに個性を与えてやらなければならなかったんだ」 マクロードは笑顔になった。 「そいつらに、大きな列車強盗の前には、いつも小さな銀行強盗が起こったと話してやったん だって ? 」 ジェンキンズはうなずいた。 「それが、どこかおかしいかね ? 」 「いや、ただ、そいつはわたしがクリフォ 1 ド部長にいったのと同じだからさ。それにエルロ イ、その点ではあんたに敬意を示さなければならないな。あんたはそいつらを、わたしが部長 を口説くよりも早く、説きふせたらしいからな」 ジェンキンズはまたうなずいた。 「だが、あんたはまだ、ひとつ見のがしているー 206
「二十ドル」 「負けたわ。十五 ドル。ノートは使いにとどけさしてね」 そっと通路に出ると、サマンサは戸口に向った。 ファーギソンは彼女を見送り、首をふると壇上のクリフォード部長に目をもどす。 「今朝の強盗の目標は、二番街のファースト信託銀行になります」 モニタ ー・テレビは屋外のカメラが写した開店を待つ大きな二枚ドアの前の客たちの姿を送 ってきていた。 「行員たちは強盗が来ることは知っていますが、いつだれが襲うかは知りません」 テレビでは、出納係が現金を揃えて窓口をあけ、仕事にかかる準備をしているのが見えた。 市警本部の講堂では、観衆のひとり、銀行の重役タイ。フの男が手を上げた。 「何です ? クリフォード部長がいう。 「わたしにわからんのは、警官が強盗のまねをするとしても、制服ですぐにそうとわかってし まうのではないかね ? 」 忍耐という美徳はこの部長には欠けていたが、彼は礼儀正しく答えた。 「強盗をやる男は制服は着ていません」 このわかりきったやりとりに、みんなが笑いだしたが、クリフォ , ードが手を上げて静かにさ
拠としては薄弱だな。そんなことから、何もはっきりしたことはいえない。だれだって知って ることだ。それにマクロ 1 ド、だれにだってまちがいはあるよ。とくにコン。ヒュータ 1 にはま ちがいはっきものさ」 「そうかもしれない。たが、エルロイ、あんたはデンヴァ 1 出身だし、クリスマスに故郷に帰 ったと聞いている」 「おいおい、ちょっと待った」ジェンキンズはいった。まだその口調には、調子のいい理詰め なところがあった。「その無法者どもにわたしがいつどこで強盗をやれと、秘密情報を流した のだとすると、こいはわずかばかりの金のために、ずいぶん危険をおかしたことになるぞー 「列車強盗の五万ドルは、悪い仕事じゃないぜ。しかも、あの金を運ぶ男が、どの列車に乗る かだけでなく、どの車輛に乗るかまで強盗どもに教えることができた人間が、ほかにどこにい る ? エルロイ、あんたのほかに、彼の習慣を知ってた人間がどこにいる ? 」 ジェンキンズは肩をすくめた。 「知らんよ。何十人もいるかもしれん。だが、こんな簡単なことに、それだけのことしかいえ ないのだとしたら、もっと厄介な問題はどうするね ? 」 「厄介な問題 ? 」 「銀行強盗さ。あれは五万ドルの仕事じゃない。たかが千百ドルだった。なぜわたしが、そん くに 8
クリフォードは目をこすった。 「こっちは何千ドルもかけて、強盗に出会ったらよく相手を見ておくようにと、市民にちらし をくばっているのに、わたしの部下が、相手の人相については透明人間にでもぶつかった程度 しかいえんのだからな」 「部長、それよりジェームズ。ギャングに似てますよー・フロードハーストがいった 、力し、フ 「いや、ワイルド : ハンチ強盗団のほうが似ているそーマクロード・、 いずれにしてもカウポーイだぜ」 「どう違うんだ ? ハンチのほうがずっと新しい強盗団なんだ」マクロードはやりかえ 「違うんだよ、ワイルド・ した。 「マクロード ! 」クリフォード部長が鋭くいう。「よく聞け。わたしがいいたいのは、二番街 で西部劇のサーカスみたいなものが起こったということより、もっと実のあることがいえるよ うになるまで、この部屋のそとで二度とそんなことを口にするなということだ。それでなくて も、新聞の一面に面を出されているんだぞ。そいつを、仮装舞踏会みたいなものに節ることは ないんだ」 「もうだれにもしゃべりません」マクロードがしオ 「よし、ところで、よかったらしばらくひとりにしておいてもらいたいー つら
「ありがと、フ、ミスター・ギリ : 「したがって、われわれとしても、これによって生じる不幸な誤解をとても真剣に重視しなけ ればならなかったのです。したがって、この強盗作戦でもわれわれの協力に対して、報いてい ただかなければならないことがあります。当方としてはやりたくないことを、ほかの警備機関 のためにやらされるのですからね」 彼はニ = ーヨーク市警を自社より劣るひとつの警備会社か何かのようないい方をした。 「そこで、くりかえして申しますが、銀行内のブリンクマン社ガードマンが前もってこの強盗 のことには知らん顔して、手出しをするなと厳命を受けていたこと、さもなければわが社のガ ードマンはもっと機敏に当然それなりの反応を示すはずであることを、マスコミ関係の方々に ぜひはっきりと表明していただかなければなりません」 クリフォード部長は肚のなかで、この計画はギリスが宣伝のために売りこんだものじゃない かとつぶやいていたが、ロに出してはきつばりと、「ありがとう、ミスター・ギリス」といっ て、こんどはそのロを封じることができた。 クリフォードがまた話をつづける。 「ニューヨーク市内の銀行では、行員はここ数週間、強盗に際して新しく定められたルールを 守る訓練を受けています。非常の場合に直面しても平静を保ち、拳銃をつきつけられてもです。
お祭りみたいなことをやるなんて。それに、その取材はちゃんとしてます。わかっていただか なくては、いまもそのノートの整理をしてたとこなんですよ」 「ほう、そういうことなら、わたしもあやまらなければならないな」 「そうですよ、本当にそうかもしれませんわ 「もちろん、そうだろう。参ったよ。ただ、ひとつだけ聞いておきたいことがある、 「何です ? 「念のために聞いておくんだが、きみのスクープのために、撮影の連中を待機させておけるよ うにな」 「わたしのスクープ 2 「そうだよー 「何のスク 1 プです ? 」 「やつらがどうやって、やってのけたかさ」 「何をやってのけたんです ? 「強盗だ」 「ああ、あの銀行強盗ですか。でも、あんなものはスクープとはいえませんわ , 「そうかな ? 」
よく目を働かせること。できるだけ早い機会に、行内では音の出ない新しい警報装置を押すこ と。それだけのことで、結果は見ればわかるはずです。強盗の現場だけでなく、警察の追跡も お目にかけるからです。追跡の援助にと、警察のヘリにまでテレビ・カメラを装備したくらい です」 マック・ファーギソンがまた立ち上った。 「何だね、マック ? きみの質問はひとつですむはずがないといったつもりだがね」 「すいません、部長。しかし、気になってしようがないことがあって 「どんな ? 「例えばその追跡ですよ。車の追跡になりそうだ。逃走用の車と : 「そう、車といっても、実はライトバンを使う。ひとりが見張りと運転、もうひとりが行内に はいって強盗をやる。だが、それのどこがおかしいんだね ? 」 ただ、ここ何年間、あたしは銀行のまわりに車を止める場所をさがして苦労してきた んでね、連中が止めるところを見たいと思っただけですよ」