※ビッカーズ M B T とは 自分の国の政府や軍隊とは無関係に、ある企業が兵器 を開発、製造し、よその国の政府や紛争地帯に売込む、 こういう、、死の商人、、を地で行く例は古今東西いくらも あるが、戦車となるとあまり多くない。 軍艦なら 1 隻でも商売になるし、小火器類なら開発費 が安くて大量にさばける。それに比べて、主力戦車とな ると開発費もバカにならす、かといって 1 輛や 2 輛買っ たところで意味がない。結局は安い買物になってしまう からだ だから、海外への輸出に成功し . ている戦車は、アメリ 力の M60 シリーズや西ドイツのレオパルトをはしめとし て、どの戦車も製造した国の主力戦車として大量に装備 されているものだ。性能の保証にはなによりも製造国の 陸軍か採用することがいちばんだし、大量生産によって コストが下げられるためである。 ところが、兵器商売の老舗、イキ、リスのビッカーズ・ アームストロングス社か開発したヒ、ツカー 7<M B T は、 誕生の初期段階からインド政府とのタイアップがうまく 進み、同国内で 800 輛以上が生産されるという、、、輸出専 用の戦車、、として近来まれな成功例となった。 インド以外でも、クウェートに 70 輛か輸出され、最近 ではケニアへの引渡しがはしまり、ギリシア政府との商 炎も順調と伝えられているから、商品としてりつばにひ 射撃テストを行う Mk. 1 戦三。主砲は 1960 ~ 70 年代の標準ともいわ れた 105E 砲。戦闘重量は機動力を重視して 38. 5t と軽量にまとめら Armies & Weapons 一三ロ
ビッカーズ社版 , セノチュリオン 近代化案。車体後部に大型ファン っき V 800 パワー・パックを積ん ている な戦場でも満足の行く機動力が発揮できる。渡河にあた いか , 装甲が薄いかを表わしている。ビッカーズ M B T って橋の問題もほとんどない」 は自由市場へ向けた商品だけに . めずらしく装甲の厚さ と , ビッカーズ社発行のパンフレットのいちばん頭に がわかっている。 も書いてあるとおり , ビッカーズ M B T は第 3 世界 , 発 車体前面下部 80E / 35 。 車体前面上部 60E / 58.5 。 展途上国への輸出を主目的に開発されてきた。 車体側面 車体後面 20 簡 / 5 。 30m こでは , 「途上国向け」といわれるビッカ - ーズ MB 車体上面 車体底面 25 17E T の特徴を具体的にみて行くことにしよう。 砲塔防楯 砲塔前面 80E / 16 。 ( 1 ) 全体の特徴 砲塔側面 40E / 15 。砲塔後面 40E / 15 。 ビッカーズ M B T Mk. 1 ~ 3 をざっとみてまず気が はたしてこれで薄いのか厚いのか , 邸断はできないが , つくのは , 120 簡砲 , 54 t のチーフテンと同じェンジン 重量 40 t のレオパルト 1 でも車イ本の前面下部で 70E / 30 を積むが , こちらは 38t しがないという点だろう。先の だから , 車体そのものは極端に 、とはいえないよう パンフレットでも , 重量のことはまっ先に述べられてい だ。しわ寄せは砲塔や車体の側面 , 下面にあると思われ るが , 砲塔側面にしろ車体側面にしろ , 工具箱やスカー 軽い車体に比較的強力なエンジンを積めば , 最高速度 ト・プレートをつけて , ともかく H E A T 弾の攻撃には や加速力がよくなることは簡単にわかる。足まわりさえ 対処しようとしているのはさすがである。参考までに がんじようにできていれば , 路外の走行性能はそれだけ 同じ重量 38 t の日本の 74 式戦車との車体寸法の比較を載 高くなる。ビッカーズ MBT の最高速力は Mk. 3 で 50 せておく。 川 , Mk. 1 で 48 / h で , チーフテンの 48 / h とほとんど ビッカーズ M B T 74 式 変わらない。ということは , おおまかにいって , 最咼速 車体長 7.56 川 6. 7 川 力をおさえた分だけ低速時のトルクのアッフ。や加速力の 全幅 3. 16 川 3. 18 川 増加に力を注いでいるとみてよい。山地や荒地での走行 砲塔上面高 2.44 川 2.25 川 性能はこれだけでは決まらないが , 「途上国向け」とい ( 2 ) 武装 うビッカーズ社の宣伝にひとつの根拠はあるようだ。 ビッカーズ M B T Mk. 1 ~ 3 の主武装は , 105E 砲 L さて , 重量が軽いということは , 車体のサイズが小さ 7 A 1 である。ご存知のように , 60 ~ 70 年代の西側の代 25
ざ点を打ってあることからも , 氏がこれを戦車の本質と 考えておられることが分かる。 なぜこのように改めて戦車の定義に話を戻したかとい えば , 革新的な技術を追うあまり , とぎとしてこの戦車 の本質が忘れ去られ , 戦車でもないものが堂々と戦車と してまかりとおることがあるからだ。とくにこれは平和 時に多く , 戦車の本道を外れていることが逆に画期的と して称賛の的になったりすることさえある。 近藤清秀氏は戦車の本質をズスリ「格闘兵器」と , 氏 らしく直截に表現されている。筆者自身以前どこかで , 「格闘戦兵器」という言葉を発明して使ったことがあっ た。当時は例の猪木とアリの「格闘技世界 1 決定戦」と やらで , この表現はかなりイカガワシク響いたが。 それはともかく , これから各種の可能な戦車の形態を みて行くときにも , 戦車の本質が近接戦闘にあることを 忘れずにいよう。格闘戦に耐えないものは , いくら画期 的でも戦車とは別のジャンルに入る兵器と考えるべきだ ろう。 履帯は本質的てはない 82 行方法を使う戦車が出現してもよいわけだ。装輪戦車は 履帯が戦車にとって本質的でないのなら , その他の走 ただろうか ? ) 。 た ( 砲塔のない BMD の発達型が出ていたのに気づかれ 連軍の戦車」として , BMD が大きな顔をして写ってい のアフガニスタン侵攻の報道をみても , 「市内を走るソ A p C でも「戦車」にされてしまうのだが。最近のソ連 づけるものであり , 履帯さえついていれば自走砲でも , これが戦車を特徴 ては決して用いられないはずだが にはこの語は某社の登録商標だから , 軍事技術用語とし ろうか。素人 ( 一般人 ) にとってはキャタヒ。ラーー実際 て走行する」という表現のなかったことに気づかれただ これまで出てきた戦車の定義のどこにも「履帯によっ どうか ? いっそホパークラフト戦車はどうだろうか。 実際問題として , 現在の MBT 級の重量を前提とすれ ば , これを車輪で支えるには 10 数コから 20 数コが必要と なるだろう。こんなムカデのような戦車が非実用的であ ることはいうまでもない。またホスークラフトなら縦横 10 数川以上の大きさになり , これも問題外だ。 重量を 10t 台にまで減らせれば , 装輪戦車は不可能で はない。しかし例え画期的主砲 ( 小口径高初速砲 , 前進 砲など ) を採用したとしても , 重量をこの水準にまで下 げるのには防禦力を落とさなければならない。しかも何 度もいうように , 戦車は「格闘戦兵器」であって , いく ら火力 , 機動力が優れていても , 防禦力をともなわない ものは戦車に値しない。 ミサイルを主武装にすれば重量を格段に軽減できるか もしれないが , ミサイルは近距離戦闘には適さず , これ を武装とする車輛もやはり戦車の本質を外れている。そ のような車輛はタンク・デストロイヤー ( これを駆逐戦 戦車専門の車輛 の砲架を持っ対 ネ。限定旋回式 西ドイツ陸軍の 車と訳しては不適当だ ) として戦車と併用はできるが , 戦車に代わるものではない。 世上火力のアウトレンジ用法で , あるいは高い機動力 ( 敏捷性 ) で防禦力の不足を補いうるかのごとき主張が あるが , 机上の空論 , 平和時の迷妄といってよい。戦争 というのは , 常にこちらの望む条件で行われるとは限ら ず , 特定の条件でのみ力を発揮する兵器は真に頼れる兵 器ではない。 砲を武装とする限り , 多少の技術革新は必ずしも形態 の革新にはつながらない。主砲の自動装填はすでに T64 / 72 で実用化されているが , この戦車も形態上は全くオ ーソドックスだ。 テレスコビック弾薬 , 液体装薬なども同様だ。前進砲 ( アウト・オフ・・パッテリー原理 ) は , 少くとも砲塔の 形状をかなり変えなければならず , 多少の変化にはつな がるかもしれない。
「級ではなく , 最新型の戦車 を望むようになっている。 イギリスもクウェー「トやイ ランにチ = フテンを輸出す るようになった。 しかし最新型の戦車がど んどん大きく , 重くなる一 方 , まだまだ軽く , 小さな 戦車 ( 比較の問題だが ) の 需要はなくならない。西ド イツ製の T A M 戦車 ( アル ゼンチン向け ) や各国の装 輪戦車など , さまざまな要 求に対する具体的な解答も ・バラエティを増している。 こんな中で , チーーフテン で証明される最新技術を常 にとり人れ , 時代の最先端のすぐうしろ洋を行くビッ の違った戦車になりそうである。 カ - ーズ M B T は , イギリスの強力な輸出商品として , 今 プロトタイフ。は昨年春に完成し , すでに数カ国の引合 いがあったといわれる。ギリシア陸軍の場合 , 採用が決 後も次々と新型が開発されて行くに違いない。 定すれば行く行くは同国内でライセンス生産に入る予定 ( ビッカズ Mk. 1 , ビジャヤンタについてはあまり触 だが , 当面はイギリス国内で製造し , 完成品を輸出する れなかった。本誌 N 。 . 8 , 76 年 4 月号の特集に詳しいの で , そちらを参照することをおすすめする。筆者 ) という形になる、。 ビッカーズ BT は 1963 年に Mk. 1 が誕生して以来 , 最近の Mk. 4 まで , 目標を輪出一本に絞って成功してき た。 70 年代後半以降 , 第 3 世界へ輪出される戦車のレベ ルはどんどんあが , 各国ともこれまでのような第 2 線 ヒッカース M B T M k. 3 データ (Mk. 1 は 12. 7mm 測距機銃 ) Q F 105 L 7 A 1 同軸機銃 7.62mL37A 1 砲操作 , 安定装置 78 車長用機銃 7.62 L37A 1 全電気 , ソリッドステート 9. 56 発煙弾発射器 動力系統 7. 6 x 2 16 弾薬搭載量 ュ・ンジン 3. GM12V—71T 50 発 ( 44 ) テ、イーーピノレ 2.87 7.62m 機銃 3000 発 ( 2400 ) 750 Ⅳ ( 720 B Ⅳ ) 2.48 測距機銃 (Mk. 1 は 2.44 ) ( レイランド L 60 6 気筒 600 発 射撃統制装置など ディーゼル 600 Ⅳ ) 2. 53 車長サイト 倍率切換式照 4. 28 トランスミッション TN12 半または全自動 準ペリスコ . 406 行動能力 X 1 50 / h ( 48 ) レザ測遠 最大速度 機組込照準ペ 超堤能力 0.9 川 リスコープ 超壕能力 2.4 川 30 。 レーザー測遠機 登坂能力 ー & ストラウド製 行動距離 483 1.1 川 ( 準備なし ) L F 2 ( No. 1 Mk. 2 ) 渡渉能力 ク / 、ツ V800 パワ 乗員 寸法 ( 川 ) 全長 車体長 全幅 全高 砲塔上面高 轍距 接地長 地上高 重量 (t) 戦闘重量 車輛重量 接地圧 出力重量比 武装 4 砲手用サイト 38.09 ( 36.9 ) 35. 53 0.83 ん 9 / c 加 19.2 Ⅳ / t ( 16.3 Ⅳ / t ) 30
M 3 のリべット車体は、被弾したときにリべットが飛んで車内の乗員を傷つけることがあったので滲第に熔 接に切変えて行った。その最初のタイプが M 3 A 2 であるが、そのエンジンを 2 サイクルの直列水冷ディ ゼルに換装したのがこの M 3 A 3 である。これらの結果、重量は M 3 A 2 より 2 t あまりも増加している。 車体のサイド・ドアはこのタイプから廃止され、残ってはいても開閉はできない。 322 輛生産。 M3A3 tank, engme of M3 replaced by V12 water-cooled diesel. M 3 A 3 以上に熔接の固所を増やし、上部車体からは完全にリべットがなくなったのがこの ハ 4 である。 さらに、 - 工ンジンを直列 6 気筒を 5 基円筒状に連結した 30 気筒水冷ティーゼルに変更し、このため後部車体 が、 35cm ばかり延長されている。また重量も増加して、 M 3 より 2270k9 重い 30. 引 8k9 となったが、 M 3 シリ ーズをじて武装、装甲、機動力などは殆んど変化なはかった。円 42 年に 9 輛生産された。 M3A4 tank had welded hull and 30 cylinders water-cooled diesel engine ・
lndian Essy. パレードに参加したインド陸軍のビジャンタ戦車。クエートとともに、ビカーズ M B T を戦力化している数少い国て、 イギリスからの輸入てはなくライセンス生産てある。アーマー・スカートがオリジナルのものと違い平板なのに注意 新型キューボラの導入やエンジンの換装が行われた新型の Mk. 3 。重量 の増加によって 37 t の看板が適切てなくなったために 38 t と改められた Vickers
ビッカーズ MBT M . 1 プロトタイプ。防楯上 , 砲の手前に 2 基ならんた 12.7mm 測距機銃と 7.62E 機銃がみえる っく。いささか乱暴ないい方になるが , チーフテンを 37 どってみよう。 t まで切りつめるとビッカーズ M B T になる , といって 1950 年代のおわり近くから , ビッカーズ社はセンチュ もよいのである。 リオンに代る新型の輸出用戦車の検討をはじめていた。 事実 , インド陸軍は新戦車の設計の決定にあたって , そのなかで , ビッカーズ M B T の原型といえるものは , 重量をはじめの 40t から 37. 5t まで削らせている。 1960 年に発表された設計ナンノく一 45569T という戦車で 道路 , 鉄道などの輸送の問題から , 途上国では軽い戦 ある。 車が望まれるのだ。もちろん , 仮想敵国の軍事力が相対 45569T は , 重量が 24 t, 武装には 20 ポンド砲 ( 83.4 的に低いため , それほど強力な戦車は必要ないというこ (n) を搭載する軽戦車で , ェンジンは 530 馬力 , 出力重 ともあるはずだ。 量比 22 Ⅳ / t , センチュリオン戦車同様 , 簡単でがんじ つまり , ビッカーズ社は , 羊ーフテンの開発・生産で ような戦車が唱い文句だった。大きさからみると , アメ 習得した技術 , 生際に造っれた構成品をもとに , 新しい リカ製の M41 軽戦車 , ウォーカー・フ・ルドッグにそっく 戦車を造ることができと : 、うわけだ。いい方を変えれ りだが , このそっくりすぎる点がたたったのか , M41 の ば , 開発に心、要な費出を , チ・一フテンにあてられたイギ 後塵を拝して実際に生産に入ることなくおわった。 リスの国眥にツとして。い ) したおかげで , 比較的水準 この設計案の大きな特徴は , 片側 5 輪の懸架装置に が高く , しかもあるていど安い戦車を開発することがで イギリスの戦車としてははじめてトーション・ / く一を使 きた , ともいえよう。伝統あるイギリスの武器商人 , ビ おうとしていた点である。 45569T は机上のフ。ランにお ッカーズ・アームストロングス社の面目躍如 , というこ 懸架装置は次案に受けつが わったが , トーション・ / 、一 とになる。 れて行く。 同社の方針はその後も変わらない。 Mk. 1 に続く Mk. 1961 年には , 新しい設計案 , 46200T がかたまった。 3 や最新の Mk. 4 まで , ビッカーズ MBT の近代化の歩 46200T は , 武装に前年制式化が決まったビッカーーズ社 みは常にチーフテンとのからみで行われている。つい最 製の 105mn 砲 L 7 A 1 を選び , 重量は 40 t と 45569T の 2 近では , チョーバム装甲型まで登場しているのだから , 倍近くなった。基本構想としては軽戦車をやめて , どの これはもうお美事というよりほかはない。 戦車とも対等に闘える主力戦車に目標が切換えられたと いえよう。転輪は産右ひと組すっ増えて片側 6 輪とな ビッカーズ M B T の誕生 り , 懸架方式はトション・パーだった。 ーズ MBT の歩みをもう少し具体的にた ビッカ この 46200T のなによりの特徴は , 開発中だったチーー では , 20
Army PR 38EL25 H 間 NG き EIP1051V ロご B ⅲなん F い 432 APC crosses m 〃 ora bridge du れ the Exercise F リ″〃 0 e. かった。左遠方にみえるのは統裁官部のランドロー / ヾー・シリーズⅢ。 がなくしかも、価格の安い M ロ 3 が出まわっていたので、結局、商談はひとつもまとまらな いる。当初イギリスは本車の輸出に期待をかけて p R を行ったが、すでに性能的にも大差 タイプは大別して Mk と 2 があり、一は写真のように排気管が車体左側面に導設されて 戦後イギリスが初めて量産した兵車で、円 63 年から刀年にかけて約 2400 輛が生産された。 フルハウス演習において仮橋を渡るイギリス工兵隊の F v 432 M k コ装甲兵車。 F v 432 は大 ou ″ 00 市れ 4 exercise んわ e れ住 u , Oc れノ 97 & 7 びんれ耘 ac ん 5 0 ー the ノ員川 d. D か . Tra 〃 0 Rgt. 加ロ 00d during れのれ mu れ″われ ある。ナン / ヾーの上のプラ・カードにはドイツ語で「爆発物、注意」と書かれてある。 速度は 40 / h にとどまっている。キャビンのフレームやグリルの様子はイギリス車独特で 6 、水冷ティーゼル、全備重量給 t の中・重量級のトラックだが、パワー不足のため最大 にリーベナウ付近の森の中で待期する輸送連隊の田 t M / H A A トラック。この車は 6 x 円 78 年田月、西ドイツにおいて行われた演習において第一機甲師団に弾薬を補給するため 辺の事情を合わせてご覧いただきたい。 と統一行動に問題があるといえる。今回は顔ぶれの面白さばかりてなく、その 輛や兵器が多様で見ている分には楽しいのだが、それだけに戦力の有効な発揮 こういった演習は、出てくる車 カ国以上の軍が参加して行う合同演習てある。 ームワークの育成が大きな課題となっている。このためによく行われるのか 統一司令部があるとはいえ各国軍隊の連合て成立している NATO 軍は、チその 第一
ったこともあり , 開発に拍車 がかかった。 軍当局は , 伝令偵察用サイ ドカーには次のような要目を 備えるようメーカーに提案し 0 ( 1 ) 単車として使用できる 設備を施すこと ( 2 ) 着脱容易な側車を設け ( 3 ) 補助燃料タンクを設け ( 4 ) 急激な部隊間走行にも 機関過熱しないこと ( 5 ) 側車には携帯用無線機 を設置すること ( 6 ) 泥ねい地を通過すると き車輪に装置を施すこと ( 7 ) 泥地や浅水を渡河するとき機関部への浸水を防止 すること また偵察サイドカーは , 部隊移動間の掩護や交通の統 制にも使用できるようにした。 1935 年 ( 昭和 10 年 ) , ハーレー・ダビッドソンは日本 製のハーレーとして「陸王」となり , s v 1200CC がデビ ーした。次いで , 1937 年 ( 昭和 12 年 ) には社名を変え て三共内燃機株式会社となり , 軍部の後援を受けて日本 の代表的なオートバイ会社として発展した。 当時中国との外交関係が険悪となり , 1931 年に満州事 変 , 続いて上海事変が起こり , 陸 , 海軍からオート / 材 やサイドカーの受注が多くなってきた。 一方輸入車は , 陸軍が九五式サイドカーを採用する以 前から , アメリカからはインデアン社のインデアン 1928 年モデル , ハーレー社からハーレー・ダビッドソン 1927 年モデルの小型タイフ。 , 続いて 1928 年モデルの側車っ き , 1929 年モデル側車っきが日本へ入り , イギリスから はトライアンフ 1925 年 SD モデルも輸入されて , 民間な どで使用されていたが , 中国への派遣部隊用に陸軍や海 軍に買い上げられて大陸へ渡った。 タ ハーレー・ダビッドソン 1929 年モデル側車つき 重量 340 た 9 , 全長 2.600 川 , 全幅 1.690 川 , 全高 1.400 川 , 気筒 v 型 2 気筒 , 馬力 9.45 , タンク容 量 16.0 膨 , 最大速度 96.00 / h , 最低地上高 0.110 川 ( 側車 0.210 , 乗員 2 名 , 補助席とも 3 名 インデアン 1928 年モデル側車つき 重量 325 ん 9 , 全長 2.520 川 , 全幅 1.720 川 , 全高 1.400 川 , 気筒 V 型 2 気筒 , 馬力 8.50 Ⅳ , タンク容 上海市中を走る海軍の九三式サイドカー 89
ケニヤ向けに生産がはしまったご 3 番目の M k . 3 揃 ii 黼崙 : ー、 1 分にはチョーバム装甲 ( 多重装甲 ) を貼りつける。 この ※ビッカーズ MBT Mk. 4 ため , 破損した部分だけを交換することが可能となり , 輸送時には車幅を小さくすることもできる。おまけに将 ビッカーズ M B T シリーズに , 新しく Mk. 4 が加わっ 来の防禦力強化への余裕も残すことができる , とビッカ たことが報導されたのは , 昨年秋のことである。 Mk. 4 は , フランスの A M x 32 ( これも輸出専用のラ ーズ社は発表している。 ェンジンは 2 種類がテストされている。 Mk. 3 と同じ イバルだ ) とギリシア陸軍への納入を争っているが , ど GM 製 12V ー 71T を改良した 12V ー 71TA ディーゼル・エ うやら Mk. 4 の方が優勢だと伝えられている。 ンジン 950 馬力と , イギリスのロールス・ロイス製 12V 新型の Mk. 4 は , 乗員 4 名 , 戦闘重量 43.7 t で , Mk. 1000 ディーゼル、コンドル 1000 馬力で , どちらでも希 1 が 37 t 戦車という名前で軽量を売物にしていたのと比 望する方を選べる。コンドルの場合は出力重量比が 23.5 べると興味深い } p / t となり , Mk. 3 の 19.2 Ⅳ / t を優に上まわる。トラン それでもできるたけ軽くすることを狙ってか , 基本車 体をアルミ合金で造り , その上に鋼鉄製の装甲をつける スミッションは T N12 ー 1000 フル・オトマチック・タ という変わった構造のうえ , 車体前面や砲塔の重要な部 イプある。 燃料の携行量は 100 , 最高速度は 60 / h に達し , 最 近の戦車の高速化に合わせている。行動距離は 32 / h で 武装もおもしろい。いまのところは Mk. 3 と同じビッ カーズ社の L 7 A 1 105E 砲を搭載しているが , 砲塔の リングが大きくなるように再設計されたため , ラインメ タル社製 120 滑腔砲 ( レオパルト 2 , x M 1 ) , イギリ スの MBT80 用に開発された新型の 120E ライフル砲 , シール用の改良型 L11 120E 砲のどれでもが選べる。砲 弾は 105 簡なら 60 発 , 120E なら 44 発を積む。 視察装置 , 射撃統制装置にも最新のものを積みこみ , ー & ストラウド社製のネオジウム Y A G レザ測遠 ニ社製 S F C S 600 コンヒ。ューター . 手幾 , マ / レコ ザ - ー利用の砲ロ照合装置 , 車長用全周旋回キュ - ーボラに 、コンドル、サイトなど , もりだくさんで , 今度はシ - ール・イラン、の 40 t 版といったところだ。オソドッ クスさが売物だった Mk. 1—Mk. 3 とはかなり意味合い 29 600 燔だ。 ーロ計いい曰 ごコント・ルサイトをつけた新型 M k . 3 の M k . 3 b キューホラ