私自身がそうだったから、そのあたりはよくわかる。 中ぐらいの子供だったから、今日の私がある 私は、そういう習性がついている人間だったのである。勉強していくというのは 私には大変なことだったのだ。なにしろテレビ番組の主題歌を全部、いまでも覚え ていて、コマーシャルソングも、イントロから歌詞はもちろん三番まで全部覚えて いるし、間奏から後奏からみな付けて歌える。おまけにコマーシャルの提供社名ま でしつかり覚えているくらいだから、当然成績は真ん中ぐらいだった。 しかし、高校受験で神様のこ守護があって、勉強し始めることができた。目も悪 くなって、大学受験で勉強してまた悪くなった。大学に人ってからようやく勉強を 本格的にやり始めるようになった。成績の優秀な子ではなかったから、教育事業を しても、成績がよくない子供の理由がよくわかる。自分が体験しているから、その 148
早く読書力を身につけた子は、何かにつけて成績がよくなる。 読書力とは活字を読んで、活字に書く力のことだ。その読書力は活字のでかい本 でも絵本でも、何でも読ませてやればついていく。 国語力が学習の基本で、国語がだめだと教科書が読めない。問題が読めない。算 数も難しくなってくると、文章題ができなければいけない。何を問われているかわ からなければ、答えを出せるわけがない 英文解釈でも、高校受験、大学受験、どこでも長文読解ができないとだめだ。社 会も公民も日本語で書かれているし、理科も算数も、配点の多い難しいところは文 出 章題だ。 を カ だから、活字になじんだ子というのは全科目にわたって成績がいい。学校の成績 ム月 の 力しいからといって、すべていいわけではないが、少なくとも、子供が絵本とか何 子 しかし、なじまな かを見て、読んで、活字になじんでいく子はなじませたらいい 章 第い子はいくら本を与えても絶対なじもうとしない。それはその子の本性だ。やらせ 141
ワールドメイトに来たり、いろいろ学んで、教養を磨いているお母さんなら、自 分のお子さんに読書の楽しみを教えてあげることは、そう難しくはないはすだ。 一家団らん家庭の子供は、中位から伸びない 家庭環境は、子供の成績をものすこく左右する。 テレビを見ながらお母さんとお話をするといった、コミュニケーションがよくて 会話の弾む家庭の子というのは、真ん中ぐらいの成績の子が多い。お話しするのが 出 好きですこく人柄がよくて、お友達づき合いがしし 、人は文科系、それも真ん中ぐら を カ いの私大に行く子が多い。こういう子は友達に誘われて「いや」と言えない、断れ ヒヒ 供ない。そこからその子の不幸が始まるのだ。 そういうときの受験勉強のさせ方は、ます、ご飯を家族団らんで食べない。勉強 章 第机で一人でご飯を食べさせる。食べ終わったら、牢屋に人っているみたいにスーツ 143
と、相談に見えるお母さんが少なくない。しかし、それは必すしも、子供の本心 ではない。お母さんの言うことにはことごとく反抗して、一一一口うことを聞かない年頃 にいるから、そう一言うのだ。そこのところを、世のお母さんたちは知らなすぎる。 例えばここに、私のセミナ 1 でもらった質問がある。 「高校生の二人の子供がいますが、学校の成績がふるいません。親として頑張って ほしいとは思いますが、ロで『頑張りなさい』と言いつつも、心の中では期待を持 たないほうがよいのでしようか。本音は、頑張って成績を上げ、大学受験も目標を かかげて進んでほしいと思っていますが、現実がかけ離れているので、広く言いま 出 すと、親の理想と子の進む道との食い違いということで、結局、親はアドバイスを 力するだけで、見ていくしかないのでしようか」 ヒヒ の 五〇歳のお母さんだ。子供が小さいときにはお母さんの影響力はあるんだけど、 子 高校生になったらだめだ。そのときは、いよいよお父さんが出てくる番なのだ。社 章 第会性が要るわけである。 119
転落パターンがよくわかるのである。 それと、成績のいい子の特徴としては、一人で長時間本が読める、ということが ある。孤独な一人の時間が持てる子は、絶対上位になる。こういうところも、子育 ての参考にされるといい。 ただし、いじけて一人でいるだけ、というのではテレビを見てポーツとしている 老人といっしょで、落ちこばれだ。子供がいつも一人でいて、どうも読書や勉強に 集中していないようなら、要注意。そんな子のまま放っておいてはよくないから、 やはり親がちゃんと見てやらないといけない 出 を カ ヒヒ の 章 第 149
てみてどうしてもだめなものはその子の運で、仕方がない。しかし、やらせてみる ことは大事だ。 勉強のできるできないというのは大体、活字に対する読みと理解力にかかる。だ から、本が好きな子で成績がよくないという子はあまりいない 早くに本を読むことが好きな子にしてあげること、これは子供に対する大きなプ レゼントだ。また、それはお子さんが小さいときに、お母さんだけがしてあげられ ることで、高校生くらいになってからでは絶対にやれないことでもある。 馬を川に連れていくことはできても、嫌がる馬に水を飲ませることはできない、 という。子供によっては嫌がる子もいるだろう。でも工夫して、本に慣れ親しませ てやることも親の大事な仕事だ。そのためには、親も本に慣れ親しんでいないとだ めだ。 というわけで結局、お母さん本人が自分の人生を楽しんでいるのか、いないのか、 自分が文化的にどのくらいかというところに戻っていく。
しかし逆に、両親仲よく、英才教育で小さいときからあまりビシビシやったため に、反動でその子がおかしくなるとか、遊びに夢中になることもある。日本ではこ ういうケースか割と珍しくない だいぶ前だが、おじいさんが東大の教授で、お父さんお母さんも大学の先生とい う超高学歴家庭に生まれて、英才教育を受けたけれども、普通の成績しかとれない 子供が家族を皆殺しにした事件があった。その後、似たような事件が続いたから、 覚えている方もいると思う。 これほど極端ではなくても、小さいときはよく親の言うことを聞いたのに、途中 で親の言うことも聞かなくなったとか、小さいときから教育してきたことを途中で 投げて、全然違うところへ行ってしまったと悩まれるお母さんは実に多い。皆さん の周りでも、いくらでも見られるはすだ。 だから、英才教育でビシビシやってよかったケースと、それが悪かったケースと があるわけだ。
できる。しかし、どうしても職人さんになるとかスポーツマンになると言い張って、 お母さんの言うことを聞かない子であれば、そういう教育はやめたほうがいし れは自然の働きだ。お母さんが幼児教育をすすめて素直に行くんだったら、それで ) : それでだめなものは、絶対動かない。魂の発動、好き嫌いというのは、ちっ ちゃい子でも持っているものなのだ。 しつけは親、教育は他人、育成は神様がする 法 す 出 七歳とか八歳になってきたら、そうやって脳はでき上がってしまっている。その カ前にます、三歳までにわがままじゃない子に育てることが大切だ。素直な子という ヒヒ の のは絶対に運がいい学校の成績もいいし、社会に出てからもいい。宗教家になっ 子 たとしても得をしている。素直な子に育てるには、三歳までに、自分の思いは通ら 章 第ないものなんだということをしつけなければいけな )
もちろん勉強や仕事も頑張ってかなりのいい成績を上げる。 女性だったら、奥さんになっても男に負けるもんかというド迫力があって、積極 的で、やり手である。そんなふうな、ともかく「世の中でひと荒れするぞー / 」と いうような立派なガンバリッ子ができる。 例えば、田中角栄さんのバリバリ猛烈時代につくった子供、田中眞紀子さんのド 迫力を見れば、そのすさまじいパワ 1 の根源がどこにあるのか、おわかりいただけ るのではないかと思う。いすれにしても宿ったときが勝負で、あとでガタガタ言っ ても遅いわけである。 中には不思議な子もいる。大体、蛙の子は蛙だけれど、時々トンビが鷹を産んだ ような子もいる。けれどそういう子供かどうかは一六歳になるまでわからないから、 小学生であれば、あまりひどく荒れた学校だったら、 しい環境のほうに替えてやる というくらいの気遣いでいい。東大に行かせるために開成に人れて、そのために四 谷大塚に人れて、そのためには、というようなプログラムでもない限りは、普通の
だから私の予備校では、大学受験の勉強としてハイトップの中 2 の問題集からや る。それでもおおかたの子供さんは、半分も点数をとれない。中 2 の問題集からや って、それで英語の基礎が人ってから本格的に高校の勉強をし始めることにしてい る。そんな回りくどい 、といっても基礎ができてない子どもは地震で壊れたマンシ ョンみたいなもので、その上にいくら積み重ねても、積むそばから崩れる。基礎な しにいくら何時間勉強させても、それこそ砂に水をまいているようなものだ。 そういうわけで、だいたい高校受験までに英語の基礎をしつかりやってきた子は、 高 1 、高 2 のときにさばっていたとしても、高 3 から頑張っただけでバーンと成績 か上がって合格する。現役でも通るし、一浪してもいいところに行く。反対に、高 校受験までに英語を怠った子は本当に苦しんで、一年浪人してもあまりたいした大 当十には一何け事ないことになる。 そのくらい、中 1 の後期からの英語学習は大切な意味を持つのだ。