に生きていることを何よりも尊ぶからである。この精神が、会社の経営者や、あ るいは輸出入の貿易分野で活躍する人にも重要になってくるのではないかと思う のだ。 広島と長崎に原子爆弾が落とされて、十六万人の人が亡くなった。犠牲になっ た人たちのほとんどが、非戦闘員である一般市民だったのだ。しかし、日本はア メリカを恨んではいない。もうすんでしまったことだから仕方がない、という気 持ちで怒りのエネルギーを核兵器廃絶運動へと切り替えている。 敗戦によってボロボロになった国を再建するにあたって、日本は過去のことを 忘れようとした。死者に鞭打っことよりも、只今を生き生きと生きることの方が 大事なのであり、それこそが犠牲者への供養になると考えたのだ。この精神が、 日本の驚異的な復興力に結びついたのである。 日本民族のハングリ 1 精神の素晴らしさは、戦後の目覚ましい立ち直りによっ て、世界中に知られることになった。オイルショック、円高などをはじめ、いか なる困難に直面しても、素早く立ち直ることができるのは、済んだことはいたず らに考えすぎないとい、つ、いし 、意味で過去に拘泥しない性格の表れである。我々
取られすぎたら税理士が返してくれるのか。会社が潰れたら、誰が責任を取るの 専門家は「いやあ、力不足ですみません」とは言うが、絶対に責任は取らない。 あたり前の話たが、 責任は全て経営者にあるのだ。 だから経営者が一番偉いと思うことだ。税理士、会計士、弁理士、弁護士にお 金を払っている経営者が一番偉い。自分で経営して儲ける力がないから、専門職 、カこしきってしまっ になって無責任なことを言っているのだというくらいにノ。 たほうがいいのである。 読者の中にこうした専門職の方がおられたら申し訳ないが、この項は、儲かる 経営者になっていただくための心構えを説いているのであって、専門職の方にう らみがあるわけではないので、ご了承いただきたい。もちろん、儲かる専門職に なるための心構えというのもあるが、これはまたの機会にさせていただく。 しかし、知らないことを教えてもらいながらバカにするとい、つことは普通なか なかできないものである。最初からこれができる人は、よほど性格が悪い人だと 言わなければならない。経営者はときには性格が悪い役も演じなければならない。
日本経済の深奥に流れる神道の精神については、これまでの説明でご理解いた だけたと思う。この章ではそれをさらに発展させて、神道の精神を会社経営にど う具体的な形で反映させていくかという神道経営論を、三つの要因に絞り込んで びしけん 述べていくことにしよう。この章の内容は、かって菱研で行った「英語セミナ ( 英語圏の方を対象に、私が英語で日本経済について語るセミナ 1 ) で話し たのだが、 何人もの外国の方に「なるほど」と納得していただき、ご賛同をいた だいたものである。 まず第一に来るのが「中今の思想」 ( ペ 1 ジ参照 ) である。 我々は、今という瞬間の中にしか生きることができない。今に生きているとい うこと自体が、何ものにも替え難いほどに尊いと神道では考える。今に生きると は、つまり日々の生活の中を生き貫くということである。仏教のように、世俗か ら脱して悟りの境地に上りつめようというのではなく、日々の生活を生きる行為 そのものを尊ぶのである。 「中今の思想」が企業の発展力を生む 7 00
季節の始まりを感じることに、それほど価値を置いているのだ。 「、ハハ、松茸を食べたぞ。僕は日本で一番初めに今年の松茸を食べたんだ、 と、季節のタイミングを捕らえたことを誇らしく思うのである。 これが我々の伝統的なライフスタイルであり、日本人の感じ方なのだ。 我々は新しい物に対して、自然の生命力やエネルギ 1 や神を感じる。それが自 然の食べ物でなくても、日本人は新しい物を好むのである。 だから、松下電気や日立や東芝は、シ 1 ズンごとに新しいテレビや掃除機をつ くっているのだ。消費者は新製品を買って、 「おお、これは初物だ」 と喜んでいるのである。 そして、新商品から目に見えないエネルギ 1 を感じ取っているのだ。 これが新発売戦略の背景である。この戦略が日本で成功し、定着したのは、 我々の日常に目に見えない神道的なメンタリティが存在しているからなのだ。 アメリカでは、一九五〇年代の自動車や電気掃除機や電子レンジをいつまでも 使っている人が結構いる。しかし、日本人は新製品が出ると、次々に新しい物に 〃 0
あるいは家代々の悪い因縁があるから、今の困難があるという考え方だ。これは 状況によっては、きわめて有効な考え方である。すなわち、マイナスの状況に置 かれているときに、この考え方が強い力を発揮するのだ。 物事には原因と結果がある。昔良くないことをしたから、今良くない状況に陥 っているのだ、という考え方だ。これを因果の法則という。 マイナスの状況のときには、この法則を想起して、悪い原因を生んだ過去の原 極点に立ち戻ってみるのである。ああ、あんなことをしたんだから、今のマイナス 論状況も仕方ないなと。意味もなく不運なのではなく、自分がまいた種で自分に不 経 運が返ってきたのだ、しようがないと。こう思うことで、気持ちが楽になり、マ 型 日イナスからゼロへと気持ちを戻すことができる。しかし、原点はゼロであってプ る せ ラスではない。 マイナスの原因はわかったとしても、そこにとどまっているだけ さ では決してプラスには転じないのである。だから、今からあらためてプラスの徳 業を積んでいこ、つという考えを持って、向上していくことが必要になる。 ところが問題は、ゼロに立ち戻った時に、ああ、こんなことをしたばっかりに、 章 、などと、ただただ自己批 、自分が悪かったんだ : 不運を呼んでしまって : ・
「中今の思想」にも通じるが、たとえ壁にぶつかったとしても、生成化育進歩発 展の糧にすることができれば、それが尊いということになる。 では、何のために生成化育進歩発展するのか。こう考えることに、あまり大き な意味があるとは思えない。 目的が重要なのではない。そうあること自体が尊い、 ということもあるのだ。生成化育進歩発展は、大自然の掟であり、法則でもある わけだから、つまり神の大御心であるとも言えるだろう。 意 前にも書いたように、私たちは神様から天命と命 ( ミコト ) をいただいて生ま の 論れて来たミコトモチである。私たちミコトモチはどうすればより良く生きていけ 経 るのかというと、自分を生かしてくれている大きな存在の生成化育進歩発展に貢 型 本 献することだ。企業や社会は、私たちを生かしてくれている大きな存在である。 る せその発展のために自らのミコトモチを役立てることが喜びであり、尊いことでも 発あるのだ。 を 業 会社を経営している社長、および社員が売上成績を向上させ、利潤を増大させ 企 ていく。この利益は社会に還元されるものだから、コミュニティの生成化育進歩 章 第発展に、企業の営利行為は役立っていることになる。 ノ 23
をすると、すぐにやられてしまう。 だから、経営というのは精進努力を絶やすことはできないのである。小なりと ハラン それだけの精神力と精進と、 言えど利潤を上げ続けている経営者は偉い。 スの取れた物の考え方と、事業の進め方ができているということだ。どこかが偏 っていると、いびつになって収益性に跳ね返ってこないものだ。 優秀な企業、即ち生成化育進歩発展している会社の経営者に共通して言えるこ とは、まず第一に自分の仕事に誇りを持っているということである。何の業種で も、今自分のしている仕事を「これが俺の天職だ " " ーと確信しているのだ。天職 であるかどうなのか、もっと違う仕事のほうが向いているのではないか、という 迷いが、人間の仕事の能力、集中力、没入力を弱くしている場合が多い。 次に言えることは「世のため人のため」と考えていることだ。これは言い方を 変えれば「お客様第一主義」の精神と一言うことができる。 「お客様は本当に喜んでくれているだろうか」「お客様は何を求めているのだろ 、つか」 常にそう考えていれば、おのすと愛と真心が入ってくる。奉仕の精神というこ 792
いのは当然のことだと一言えよう。 私は経営コンサルティングを行う一方で、自分自身もいくつかの会社経営に携 わっている。そしてその全てが、それぞれの分野で一、二を争う実績を上げてい る。私のコンサルティングは全て私自身の経験と成功の実績に基づいたものだ。 そして、その経営理念は、これまで述べてきた日本企業の特色である神道的な考 え方を現場に合わせて、より徹底したものであることを申し添えておく。 いくら不況が深刻化したとしても、日本中の中小企業が全て根絶やしになると いうものではない。しかるべき道にしたがって、日々努力すれば、必ず生き残る ことはできる。 さらに言えば、どんな業種であっても、中小企業の経営者が直面する困難や緊 迫する状況には、実はそれを解決し、乗り越えていくための一定の法則とポイン トがあるのだ。日本経済がこれから先、さらに栄えていき、世界の経済の調和を 牽引していくためにも、それぞれの経営者の方には是非、それぞれの苦境を乗り 越えていただきたいと思う。そのような思いから、本書の最後に、特に中小企業 の経営者の方向けに、実践的な神道経営術を付け加えることにした。
「これが私ならびに皇室の財産目録です。これを全て差し上げる。私の身はどう なってもいい。 その代わり国民に食べ物を与えてほしい」とおっしやった。 この言葉を聞いてマッカ 1 サーは愕然としたそうである。オオミコトモチとい う立場の方が、自分の命を捨てている。日本の国民を生かさんがために、自分が それで死ねるのなら喜びなんだとお考えになる。 マッカ 1 サ 1 は、昭和天皇の我が身を顧みずに国民を思いやる、この切々とし た真心に感動した。それがアメリカの占領政策に好影響を与えたことは想像に難 くない。おかげで日本はアメリカの完全な属国にならすに済んだのだ。 もちろん、アメリカが日本を属国にしなかった背景として、対共産圏の封じ込 め政策として、日本を防波堤とし不沈の戦艦のごとく利用するという国策があっ たのは事実だ。けれども、マッカ 1 サ 1 がやはり、昭和天皇の言葉に大きな衝撃 を受けたことは事実だろう。一説によると、日本国憲法の第九条も、マッカーサ 1 が昭和天皇の心を尊重して決定したという話もある。 普通、戦争に敗れた国の元首が、自らの命を捨てて国の平和を願おうとするよ うな行為に出ることはない。世界の歴史がそれを証明している。マッカ 1 サ】な わイ
日本が自分たちとは異質なばかりでなく、奇異で恐ろしいものに思われてきた原 因の一つだろう。しかし、日本の文化の中心にある神道の研究が進んでいけば、 欧米人にとって日本経済は恐るべきものではなく、むしろ学ぶべき点も多いとい うことがわかるだろう。それは、古代には欧米人の中にも共通してあったはすの フィーリングなのだから。 また、日本人も今まで無意識のうちに考え、行動していたことが、どういう根 拠に基づくものであるかを考えることで、自分自身を知ることに役立つだろうと 思、つ もちろん、これで日本文化の特性が全部解明されるわけではないし、これが、 唯一絶対のものだと思っているわけではない。あくまでも、現段階での研究成果 にすぎない。しかし私は、これを経営者であり、神道実践家である私のライフワ 1 クにしていきたいと思っている。 なお、第五章では、特に中小企業の経営者の方々のために、神道的な考えを実 際の経営に役立てるためのノウハウを掲載した。中小企業には、大企業とはちが った経営理論と実際のノウハウがある。これは、私自身が会社経営に携わる中か 3