並ん - みる会図書館


検索対象: おんなの仕種
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1. おんなの仕種

小学校に上がった時、先生に「マエへナラエ」と言われ、それは両手を前の人の肩近く まで突き出して並ぶことだと知った。そしてそのまま「マエへナラエ」ということをそう いった一つの動作、並ぶことだとおもい込んでしまった。 先生の言ったことが、「前へ習え」だとわかったのはだいぶあとになってからのことだ そうか、先生は前の人へつづけといったようなことを言っていたのだ。 はじめに一一一一一口、言葉の意味を教えてくれればいいのになと、自分のものわかりの悪さを 棚に上げて、先生を限んだりした。しかし、往々にして教育といったものにはそういうと ころがある。 それで今回の仕種は並ぶということを考察してみようとおもう。 街で時々見かけるのだが、女性はよく並んでいる。男性も並ぶのだろうが、どちらかと いうと女性の方があちこちでよく並んでいる。例えばバーゲンのはじまる会場入口、街角 の手相占いの前、ス 1 ーのレジ ( ここには男もいるが ) 、中島みゆきのコンサート・チケ ット売場、デパートが終わった時のデパート通用ロあたり ( ここに女性が並んでいるのは いつも謎だ ) 、まだまだたくさんある。いずれにしても、彼女たちが並んでいる場所という 144

2. おんなの仕種

に空気が入るのか、足の底が蜘蛛の巣みたいに白く見える。並んでいる時というのは、き っと彼女たちにとって退屈であると同時に自由な時間でもあるのだろう。 手相占いにはたいてい未婚の、二十代後半から三十代前半といった女性が多く見られる ーゲン会場に並ぶ女性たちは年齢もばらばらだ。下は十八くらいか が、オープン間近いバ ら上は七十二くらいまでいる。高齢者となると仕種そのものに彼女たちの人生がはっきり と現われていて、なかには電卓を使ってどのくらいコストがダウンしたのか計算している 女性もいる。 ばくはそれほど暇な人間ではないとおもっているが、それとなく並んでいる女性たちの 姿が好きで、時々立ち止って眺めたりする。もちろんすぐ近くでは恥しいので五メートル くらいの距離をおき、それとなく誰かを待っているふりをして見る。 前から三番目にいるグレーのスーツを着た人の顔はなんとなくいいな。あれ、うし しいな。あ、ピ ろの方にいる『スワロウティル』に出てた O に似てる、あの人もゝ アスをとっかえてるぞ。 なんておもったりする。 電車のなかなどでも何かよくわからないが並んだ時の話をしている女性たちがいる。 「でもね、すつごく並ぶのよ。ョウコちゃんてそれでも並んだんだって、凄いよね」 こんな調子だ。 今年の夏、ばくは悪性のロ内炎で大病院に通ったのだが、どういうわけか重い口内炎 146

3. おんなの仕種

のは、わずかな利益、もうちょっとオ 1 バーに言えばわずかな幸を求めて並んでいる場合 が多い。特徴としては、並んでいる彼女たちの表情にはうっすらと恐いものがうかんでい る。やや人生に身を投げ出している感がある。 ばくが並んでいる女性を一番よく見かけるのは、銀座の教文館 ( 書店 ) の角と、新宿伊 勢丹の角だ。二つともそこには手相占いが出ていて、新宿の方は有名な新宿の母で、銀座 の方はなんという人なのかわからないが、男性なので銀座の父とでも呼ばれているのだろ うか。いずれにせよ、二人の前には若い女匪、ちょうど『マリ・クレ 1 ル』の読者年齢と いった女性たちが並んでいる。そうそう、『マリ・クレール』を読みながら並んでいた女性 なんだか、前の人やけに長いわ。早く終わんないかしら。 彼に会うまであと三十分しかないんだけど、それまでにわたしの番、まわってくる かしら。 彼女たちはそれぞれの想いを胸に並んでいる。どこか人生に身を投げ出した感のある並 ぶ女性たちは見ようによってはどこかセクシーでもある。休めの姿勢で文庫本を読んでい る女性もいれば、同じ姿勢で、だらりと下に下ろした左腕をそれとなく右腕で抱えている 女生もいる。ジャンⅱリュック・ゴダール作品によく出てくるアンナ・カリ 1 ナの得意と するポーズだ。なかには鏡を出して化粧を直している女性もいるし、靴から足をはずし、 ストッキングの底を乾かしているような女性もいる。ストッキングをはいた足の土踏まず 14 う

4. おんなの仕種

の人がかかるロ腔外科には女性患者が多く、ここでも並ぶ女性たちをじっくり見つめるは なまあし めになってしまった。八月の暑い時だったので、女性たちには生足 ( ストッキングをはか ない足をそう呼ぶんですって ? ) が多く、待ちながら足の指をせわしなく動かしていた女 性や、虫に刺されたところを爪の先できゅっと押したりしていて、なんとなくルイス・プ ニュエル監督の映画の世界に入ってしまった。 でもばくの知っている女性で、並んでいたところをスカウトされて女優になった人もい るから、やはり女匪にとって並ぶことはおろそかにできないことなんだとおもう。 147

5. おんなの仕種

出すといった感じだ。そんなわけで、レストランのレジスターで、駅の切符売り場で、ば くはできるだけ女生のうしろには並ばないよう心がけている。 そういったこととは別に、職場などでのランチ・タイム、財布だけを持って歩いている 女性を見かけると、いつも、ああ春だなあといった気分になる。女性たちがどこか力強く、 とてもほがらかそうに見えるのだ。 ( 布を持っ 177

6. おんなの仕種

眠る 5 くしやみをする 鏡を見る 郵便を出す ランチを決める 待っている 一人旅にて 立ち読み 酔う 笑う 歌う おんなの仕種目次 】散歩する 一人でいる 口紅をつける 同情する 0 髪をかき上げる つまむ ハンカチを使うに 電話をかける引 . 噛む 】並ぶ 欠伸をする ノ、 5- 1 1 ろ 甘える 腕を組む 財布を持っ鵬 フルーツ・パフェを食べる四 よじる 8 脚を組む 自転車に乗る 写真を撮られる 悪口を言う あ一とがき 2 14

7. おんなの仕種

えつ、そんなことしていません。してますよ。ちゃあんと見てるんだから。つまらない 年下三歳下 ) の男なんかとはもう別れた方がいし ) って。あなたの為になんかなんにもな らないんだから。 あ、話を口紅をつける仕種にもどす。 「わたしって、いつも貧血ぎみでしよう。だからわりと明るい色の口紅が似合うみたいで」 と、表参道にある某アパレル系の会社で働く佐島靖代さん三十七歳、仙台出身 ) は言 っていた。貧血ぎみと、明るい赤の口紅という関係は、グラフィック・デザインを学んだ ばくには妙に鋭い説得力で迫るのだが、彼女が表参道の「アンデルセン」の三階で口紅を つけているところを、実はばくは三回も目撃している。そのうち、二回、彼女はピアスを 耳からはずし、テープルの上に置き、それから口紅をつけていた。 秋葉原にある電気で働く吉川 いづみさん三十六歳、飯田市出身 ) は、口紅をつけて いるとふしぎとお腹が痛くなるとか言っていた。そういえば、なんとなく下腹部に力が入 っているような感じで口紅をつけている女性を時々見かける。演歌歌手がお腹に手を当て て歌うのと関係があるかもしれない。 八波の谷間に命の花があ。 ( 鳥羽一郎・歌、『兄弟船』より ) 「さあ、わたし口紅つけなくちゃ」 八ふたっ並んで咲いているう。 パチン。 ( コンパクトの開く音 ) 104

8. おんなの仕種

口に当てた女性というのはなんとなく悲劇的な雰囲気があっていし 何かったわってくるものがある ) 。 それで、そのハンカチを口に当てている女性の少しはなれた横に中年の男がハンカチで 汗を拭いていて、これはただ単に汗くさかった。同じハンカチでも、女性が使うと新派的 になり、男が使うとメーデー的雰囲気になるのだなと、その時おもった。 女の人というのはよくハンカチを手にしている。朝、電車に乗っている時でも、立って いて右手は吊り革を握っていても、ハンドバッグを肩や脇に、でも左手にはしつかりとハ ンカチを握っていることが多い。喫茶店で文庫本を読んでいても、手にハンカチを握って いる女性がいる。特に銀座の松崎煎餅の並び ( つまり並木通り ) の珈琲館、琥珀亭の女性 客にはハンカチ・マニアが揃っているようにおもえる。こうなると、もう赤ちゃんがタオ ルを握っていないと眠らなかったり、ぐずったりするのと同じだ。 食事しながらでもやたらとハンカチをもみながら話したり食べたりしている女性を見か けることがある。 「わたし、バンコック行ってきたのお」 彼女はそう言いながら股の上でハンカチをしきりといじっている。 食事中でなくとも、駅のべンチや、新幹線の座席などでも、横で何かもぞもぞと動いて いるので、それとなく目をやると隣の女性がしきりとハンカチをいじっていたりする。見 ようによってはエロティックでもある。いずれにせよ、女生にはハンカチというのは似合 ハンカチを使う もも とい一つカ 1 2 7

9. おんなの仕種

若い女性が、家の三軒隣りに住む仲良しの女性にばったり出合っただけなのだ。いやー びつくりするのはこっちの方だ。 会社のエレベーターのなかなどでも同じようなことがある。その日はじめて顔を合わせ たという、ただそれだけらしいのだが、驚愕の声を発し、抱き合いとび上がったりしてい る時がある。エレベーターのチェーンが切れたらどうしようとおもう。 ばくの友人の佐田政次君三十九歳、川崎出身 ) は、会社の廊下を同じ部署の大村香織 さん三十五歳、浜松出身 ) のうしろを歩いていったところ、何かの拍子に振り返りざま 凄まじい声で驚かれたという。 「たまたま総務に用事があって、そっちの方へ歩いていたら、前を大村君が歩いていて、 廊下を曲るところで急に振り返ったんですよ」 佐田政次君は言う。 「きっと何か考えごとしてたんじゃないかな。朝方見た夢のこととかさ」 「そうですかね。とにかく凄い声だったんですよ」 「君の方が驚いた ? 」 「ほんと」 「でも、よくあるよね」 「そうですかね」 「絶叫が聞こえたから、すっとんでくとさ。ちつばけな虫が死んでいたりとかさ」 い 8

10. おんなの仕種

「あの営業主任の田子作って男は、箸にも棒にも引っかからない、無能の佃煮みたいな奴 だ。なんとか機会を見つけて岩手の渋民村に飛ばしてしまおう」 こんなことを坂上居吾郎はおもっているかもわかりません。 で、ここでは「悪口を言う」という仕種を考察してみようとおもっている。こんなこと ばくはよく、電車内や喫茶店、レストラン、居酒 が仕種になるかどうかはわからないか、 屋、さらには寿司屋などで、女性どうしの悪口大会を目撃することがあるのだ。そしてこ れにはそれなりの仕種があることが判明したのです。 z 電機でをしている浜田あゆみ ( 仮名だが限りなく実名に近い。山梨県甲府出身、 二十八歳 ) は、よく同僚の尾崎洋子 ( 仮名だが限りなく実名に近い。神奈川県川崎出身、 二十八歳 ) といっしょに、帰り道である銀座は並木通りの喫茶店「赤蜻蛉」でよくコ 1 ヒ ーを飲む。浜田あゆみが尾崎洋子から聞かされるのは、たいていが彼女がいる人事課の連 中の悪口だった。 「もう、頭にきちゃうわ。小田切のおばさん」 小田切のおばさんというのは、尾崎洋子の上司、つまり人事課主任の小田切直美のこと で、年齢は三十三歳の独身女性だった。 悪口がはじまった時の尾崎洋子の左手は、自分の左膝をがっしりと掴んではなさない。 左手はそのままだが、話が佳境に入ると右手の人さし指で頻繁にテープルの上を叩きは じめる。それはまるでモールス信号を打っているようでもある。 悪口を言、つ 2 11