時々ビジネス街の通りや地下通路で、財布だけを手にして歩いている若い女性を見かけ ることがあって、ばくはそんな彼女たちの姿が気にかかっていた。 ランチ・タイムは特にそんな女性たちを見かけるけれど、午後の三時とか、なんとなく 一息入れるような時間帯にもそういった彼女たちに出くわすことがあった。ああいった、 財布だけを手にして歩くというのは、男たちにはないし、あまり見かけない。 会社の制服などを着て、ランチ・タイムなど数人で財布だけを手にして歩いている彼女 たちにはなんだかふしぎな色気がある。 まあたいていの女性はどこかへ ( 会社をふくめ ) 行く時ハンドバッグを手に出かけるの だが、財布はそのなかに入っていて、会社などで、ちょっと買い物の時に、その財布だけ を手に外出ということになるのだろう。男の方は背広やズボンのポケットに財布を入れる のだが、女生の場合、あまりポケットにものを入れるという習慣がない つい財布だけを 手にして出かけるということになる。 「芳江、今日何んにする ? 」 これは以前にも書いたが、お昼に何を食べるかという問いかけで、おそらく働いている 若い女性たちにとって一日の重要なことだとおもう。 174
れる。たいてい男三人に大崎美代子と彼女の女友達の三人だ。 大崎美代子は抜群のタイミングで男の肩を叩く。形としては右手にしても左手にしても、 常に手を出す時は脇をかためている。そして指の先をやや折るようにしてストレート・ ンチのように相手の肩にばんと手を触れる。つまり上から手を振り降ろすのではなく、ス トレートに手を相手の肩に送り出すのだ。 それに比べ、やはり大崎美代子と同じ会社の田沼和美は上から叩く。脇を開け、手首を ナックルさせて相手の肩に指の先端の力を集中させる。ピアノの鍵盤を触れるように叩く。 もう一人、サービス課の八坂朋子は、肩を叩こうとして出した手を途中でやめることで評 ・Ⅱ -1 ヾゝ ) ) 0 平ーカしし 「黒木さんたら、そんなことばっかり言って」 と、一瞬相手の肩を叩こうとするのだが、すれすれのところで引っ込める。これが色っ 。相手の背中を ばいと男たちは一一一口う。それに比べ、商品開発課の倉木直子はバチッといく 平手で一撃するらしい。どやすという日本語があるが、彼女の手の出し方はちょっとその 言葉に似ている。三省堂のディリーコンサイス国語辞典には、どやすーー・、・なぐるーーとあ る。 いやあ、出張先でさあ。 浜中恭一 男 < ー・ーあっ、あのバ 1 の女でしよう。
いろいろとあって ( 何がいろいろとあったんだ ) 、一九七〇年代に入ったあたりから日 本女性の画期的な仕種、仕種の革命、仕種のニューウェープを考えてみると、やつばりあ れだとおもう。 あれとは、髪をかき上げることだ。この仕種を頻繁に見せたのが、タレントの・さ ) ゞ、 6 ノ、一」年ま ん ( 女優、歌もうたっていた ) で、他の女性もそれをしたのかもしれなしカ ・さんの髪かき上げ仕種が一番印象に残っている。話などしながら、額の髪をもの憂 げにかき上げるのだ。 髪をかき上げる仕種の発端としては、あのワンレングス ( 流行りましたね ) というへア スタイルなども考えられる。一九七〇年代以前の女性は、あまり自分の髪に手を触れたり はしなかった。映画を見ていてもあまりそういったシーンはない。溝ロ健二監督の『赤線 地帯』には、髪をかきむしったりしている女性は出てくるが、まあ普通の女性は髪に手を 触れたりはしなかった、とおもう。今は普通の女性でもしきりと髪の毛に手を触れる。 っしょにいて気疲れするほどに髪をかき上げる女性もいる。うっとうしいからするのかも しれないが、なかにはそれを恰好いいとおもってしているような人も見うけられる ( いや、 別にそれが似合えばいいんです。いけないとは言っていません ) 。 114
見ただけでも我慢できないものがある。 またまた私事になるが、子供の頃病気で寝ていると、やたらと背中などが痒くなり、祖 母に「痒い痒い」を連発するのだが、祖母がなかなかその部分に触れてくれずよく癇癪を 起したりしたものだ。うまくその震源に手が触れた時のあの快感、あれはほんとにうれし いというか生き甲斐さえ感じた。 同じように、姉の背中を掻かされたりしたこともあった。おかしなもので、たとえば右 肩の下あたりを掻いていると、急に左の肩甲骨を痒がったり、結構忙しかった。子供だっ たばくの手は女生の肌の痒さを鎮めるにはちょうどよかったのかもしれない。 痒みのシーズンはいっかと言ったら、それは一月、二月から三月のはじめ、つまり冬が それになるだろう。空気が乾燥していることもそんな理由だとおもわれる。電車に乗って いたり、仕事の打ち合わせなどをしている時、なんとなく女性の手がセータ 1 やプラウス のお腹の部分にあって、それとなく見ていると、やがて指がもそもそと動いていたりする。 そうか痒いのか、きっとベルトの締めつけが痒みを呼び起しているのでしよう。痒いの は我漫できないもんね。ばくは見ていないから、どうぞ存分に掻いてください。そんなこ とはおもわないけれど、まあ痒い時というのは誰でもほんとはばりばりと掻きたくなる。 それを若い女性は遠慮がちにというか、うしろめたい影を漂わせてするからそこに色気の ようなものを発してくる。 電車のなかで、よく文庫本などを夢中で読んでいる O--Äらしき女性を見かけるが、左手
は、こっちで ( アムステルダムのこと ) 日本の本を買うのは高いけど、いちおう『マリ・ クレール』 ( もちろん日本版です ) だけは買ってとってあるんですよと言っていた。あり がとうございます。何を言ってるんだ、ばくは : さて、それで桜井百合子さんは一ッ木通りの金松堂書店へと着いた。途中、の大 きなガラスのドアに自分の姿を映してみたが、やはりこの日の服装計画は失敗したとおも まず店頭で女性週刊誌を手にしようとする。手をのばした時、横の女性の骨盤に自分の 骨盤がふれる。 「あ、失礼」 とは言ったものの、相手の女性はやはり週刊誌に夢中で彼女には目もくれない。 なにさ。皇室の記事なんて読んじゃって。 店頭で週刊誌を立ち読みしている女性は、桜井百合子さんの他に、六人ほどいる。みん な二十代で、どこかその日の出がけに服装計画を失敗したように見える。 あら、眼鏡曇っちゃった。 子さんは読んでいる週刊誌を一度もとにもどし、眼鏡のレンズを拭いた。再び手にし た時は読んでいたものではなく二冊下のを抜き取って読み出した。 あくび 子さんは松田聖子の記事を読みながら二回欠伸をした。 0 子さんは小林麻美風に何度 も髪をかき上げる。時々ガラスに映っている自分の顔を上目づかいに見たりしている。 、ち読み
エンゼルは、これから食べに行こうとしている蕎麦屋と会社の間にあるプティックで、 その店は主に下着類がたちに人気がある。 「あ、エンゼル、わたしも行こうとおもってたの」 こうして畑野芳江 ( 埼玉県大宮市出身、一一十六歳 ) と山内和美 ( 愛媛県松山市出身、一一 十六歳 ) の二人はランチへと出かけていく。桜はすでに散り、ジャケットなしでも通りは 歩ける。会社の制服であるストライプのベストのままで二人は出かけていく。手には財布 だけを持っている。 財布というのはもちろん誰にとっても大切なもので、中身の金額は別としてそれとなく 持っ指に力が入る。それでも、ランチ・タイムに彼女たちが手にする財布というのは、ど こかきらきらしていて、見ていると涼やかな音が聞こえてくるようだ。 細い指に包まれた女性たちの財布はどこか甘えて見える。赤信号などで止った時、笑い 声とともに胸もとに抱きかかえられたりする。ちょっと周囲を見ると、同じように財布だ けを手にした若い女性がたくさんいたりして、彼女たちはそれぞれに楽しげな笑みをうか 女性の財布、特にたちの財布は小銭入れ ( コイン入れ ) と札入れがいっしょになっ ているのが多く、たいていが二つ折りで、ホルダーにはテレフォン・カードやキャッシュ・ カードが入っている。そんな財布のなかから、女の人がコインを出す時というのは、ばく の見た限り、なんともまどろっこしい。二本の指を突っ込んで底の方からコインをほじり 176
時々、女の人に肩のあたりを叩かれることがある。 「やだあ、もう」 こんな時、女性の手が肩のあたりを軽くばんと叩く。なかには突いたりする女性もいる。 ばくは経験はないが背中をおもいっきり叩く女性もいるらしい。ばきーんとやられ、一瞬 息が止まりそのまま昇天した人もいるとか ( 嘘にきまっている ) 。 もちろん、このような行為をしない女性もいる。手が半分まで出かかって、その出かか った指先の、多少熱を含んだ空気がじんわりと肩にったわってくる時もある。これは恋心 と取っていし と、まあこれはばくの勝手な推測です。 「もう、ほんとにひどいんだから」 と、じっと目で見つめる女性もいる。つまり目で叩くわけだ。 「イケズやなあ」 こんな京都弁でじっと見つめられるとやばい。 普通の女性が会話中に男の肩をほんと叩いたりする動作をするようになったのは、ばく の調査によるとだいたい一九七二 ( 昭和四十七 ) 年頃まで遡る。あえて普通の女性と書い たのは、 ) しわゆる水商売と呼ばれる業界の女性たちの間では幕末あたりから見られること
先日、退社時刻の西武池袋線で眼鏡をかけた瞬間、前の座席の二十六、七の風の女 性が「ふああーああ」とやったのでおもわず見つめてしまった。 欠伸である。 あまりにもあけすけにやったので、虫歯を治療した銀色の金属まで見えてしまった。右 奥の方に二本つづいていた。 別に見ようとしているわけではないが、ばくはこのように欠伸 ( 考えてみるとこの漢字 もなんだかおかしい ) をしている女性とよく出合う。 欠伸に関しては、よく子供の頃から出そうになったらロを手でおさえなさいと、うるさ く母親に言われてきたので、反射的にロに手がいくのだが、どうもその点が徹底していな い人が多い。スポーツ選手くらいならなんとか「ふああーああ」とやっても我慢できるの だが、若い女性はどうかなとおもうのだが : ちなみにスポーツ選手で大欠伸がよく似合うのはかって読売ジャイアンツにいた長嶋一 茂氏である。 誰も見ていない。 こうおもうのが女性が大欠伸を目撃される原因だろう。誰かがあなた を見つめているのである。 150
口に当てた女性というのはなんとなく悲劇的な雰囲気があっていし 何かったわってくるものがある ) 。 それで、そのハンカチを口に当てている女性の少しはなれた横に中年の男がハンカチで 汗を拭いていて、これはただ単に汗くさかった。同じハンカチでも、女性が使うと新派的 になり、男が使うとメーデー的雰囲気になるのだなと、その時おもった。 女の人というのはよくハンカチを手にしている。朝、電車に乗っている時でも、立って いて右手は吊り革を握っていても、ハンドバッグを肩や脇に、でも左手にはしつかりとハ ンカチを握っていることが多い。喫茶店で文庫本を読んでいても、手にハンカチを握って いる女性がいる。特に銀座の松崎煎餅の並び ( つまり並木通り ) の珈琲館、琥珀亭の女性 客にはハンカチ・マニアが揃っているようにおもえる。こうなると、もう赤ちゃんがタオ ルを握っていないと眠らなかったり、ぐずったりするのと同じだ。 食事しながらでもやたらとハンカチをもみながら話したり食べたりしている女性を見か けることがある。 「わたし、バンコック行ってきたのお」 彼女はそう言いながら股の上でハンカチをしきりといじっている。 食事中でなくとも、駅のべンチや、新幹線の座席などでも、横で何かもぞもぞと動いて いるので、それとなく目をやると隣の女性がしきりとハンカチをいじっていたりする。見 ようによってはエロティックでもある。いずれにせよ、女生にはハンカチというのは似合 ハンカチを使う もも とい一つカ 1 2 7
小学生から中学生くらいまで、学校からの帰宅途中、ばくも友だちと肩を組んだりして 歩いたことがあるが、その後はそういった記憶はない。それでいつもふしぎにおもってい ることの一つが、女の人がよく女性どうしで手をつないだり、腕を組んだりして街を歩い ていることだった。子供ならそれはそれでいいのだが、大人の女性どうしだからちょっと わからなくなる。すぐに考えが変な方向へ行ってしまうのだ。 冬の寒い時などはくつついて歩いていると暖かそうだから、少しだけは理解できるのだ が、夏でも女性どうし腕を組んで歩いているから、なんか変だなとついおもってしまうの だ。もちろん男と女とだったら、ばくは何もおもわない。 女性どうしが腕を組んだり、稀に手をつないだりしているのを見かける街としてばくの 観察したところ、一位が圧倒的に銀座、二位が自由が丘、三位が横浜、四位が原宿、五位 が京都の河原町ということになった。感じたのは、全体的にこういったカップルは、比較 的ごみごみした通りは避けているということだった。 先日ばくは表参道から銀座へ出るため地下鉄銀座線に乗った。外苑前駅から歳のころ二 十六、七の女性が二人乗ってきた。容姿はまあまあで、二人とも黒いロング・コートを着 ていた。 一人はパンツ・スタイルだった。ばくも彼女たちも立っていた。仲よしらしく、 168