本屋さんへ行くと、よく若い女性が立ち読みをしている。若い女性に限らず、女性は立 ち読みが好きだ。どこのオフィス街にもたいてい書店が一、二店あって、ランチ・タイム などはまさに立ち読み天国と言っていい。 朝、出がけに、少し寝坊してしまい、慌てて家をとび出してきた。電車のなかで、ちら っとドアに映った自分を見ると、どこか服装計画に失敗がある。 もう、このプラウスじゃないのがよかったのに、あと一分だけなんて言って眠って いたのかいけなかったんだわ。 赤坂見附にある 0 商事に勤める桜井百合子さんは渋谷で乗り換えた地下鉄銀座線のなか でおもう。 こんな一日はどうも仕事にも他のことにも今一つノラないものだ。やたら目が痒かった りして、ランチ・タイムなどもうまく友だちと連絡がとれなかったりする。 ランチは軽く一人で食べて、本屋さんにでも行ってみようかな、などと歩き出す。 そうだ、今日は『マリ・クレール』の出てる日だわ。今月の特集何だっけ。 桜井百合子さんは『マリ・クレール』のファンだった。 ちょっと余談。ばくの知人でアムステルダムにいてオランダ人と結婚した切田由美さん
は、こっちで ( アムステルダムのこと ) 日本の本を買うのは高いけど、いちおう『マリ・ クレール』 ( もちろん日本版です ) だけは買ってとってあるんですよと言っていた。あり がとうございます。何を言ってるんだ、ばくは : さて、それで桜井百合子さんは一ッ木通りの金松堂書店へと着いた。途中、の大 きなガラスのドアに自分の姿を映してみたが、やはりこの日の服装計画は失敗したとおも まず店頭で女性週刊誌を手にしようとする。手をのばした時、横の女性の骨盤に自分の 骨盤がふれる。 「あ、失礼」 とは言ったものの、相手の女性はやはり週刊誌に夢中で彼女には目もくれない。 なにさ。皇室の記事なんて読んじゃって。 店頭で週刊誌を立ち読みしている女性は、桜井百合子さんの他に、六人ほどいる。みん な二十代で、どこかその日の出がけに服装計画を失敗したように見える。 あら、眼鏡曇っちゃった。 子さんは読んでいる週刊誌を一度もとにもどし、眼鏡のレンズを拭いた。再び手にし た時は読んでいたものではなく二冊下のを抜き取って読み出した。 あくび 子さんは松田聖子の記事を読みながら二回欠伸をした。 0 子さんは小林麻美風に何度 も髪をかき上げる。時々ガラスに映っている自分の顔を上目づかいに見たりしている。 、ち読み
あら、やだ、ほんとうにお腹痛くなってきちゃった。 桜井百合子さんはこんな時、なぜか初恋の男性だった焼津東中学バスケットボ 1 ル部の マネジャー黒崎洋一君を思い出す。彼の困った顔がなんとなく好きだったのだ。 クロちゃん、元気かしら。 つづいてまたなぜかショーン・ペンの顔がうかんできた。書店の立ち読みは、腹痛、黒 崎洋一、ショーン・ペンと移っていくのだ。ふとまわりを見ると立ち読みの女性メンバ はがらりと入れ替わっている。彼女は立ち読みという平和な時にしばし浸っていた。 並ち読み
子さんは痩せていてマイクロミニのスカ 1 トをはいていた。左手でよくお尻をさわったり、 ひかがみ 振り返るようにして自分の膕を覗き込んだりする。膕というのは脚の膝の裏側のちょっと へこんだところで、見ようによっては妙な猥褻感がある。このところミニスカートをはい ている女性が多いので、特にこの膕という箇所が目につく。まあいいカ 子さんは社の女性誌の星占いのペ 1 ジを開いている。隣にいる子さんが会社の同 僚だということは着ている制服でわかる。 「やだあ、わたし今月最悪だって。やつばりやめとくわ。ねえ、どうおもう」 子さんは山羊座の型だ。 「どれどれ。ああ、そういうこと、ワンワンワンよね。やつばりおとなしくしてギッチョ ンチョンね」 子さんは双子座の O 型だ。いずれにしてもこのごろの若い女性の会話は何言ってるの かさつばりわからない 桜井百合子さんは週刊誌を二つ三つ替えてべらべらとめくる。今日はなんだかやたらと 目が痒い。オウム真理教関係も飽きたし、やつばり野茂君かな、などとおもうけれど結婚 しちゃっているしイチロー君かなと、考えはあれこれめぐるがそのうちお腹が痛くなって きた。左手でお腹をおさえて週刊誌の立ち読みをつづける。 ばくはよく書店で若い女性が立ち読みをしているのを見かけるけれど、そういえばお腹 をおさえている女性が多い。立ち読みはお腹が冷えるのかもしれない。 ひかがみ ひかがみ