第 も綺麗に磨かれた手すりが俺のこどを待ってるんだから、それはもうふらふらつどいくの がマナーです ! 」 「 : : : その言い訳も、これで三十七度目だぞ。フラット 最後は、私ではない。 螺旋階段の上から、咎める声がかかったのだ。 さきほど、フラットど呼ばれた少年が滑り降りた手すりに頬を寄せていたのは、目の醒 めるような美形だった。 すん : : : ど手すりのそばで鼻を鳴らす。 「相変わらずの、無闇にべかべか光ってどらえどころのない匂いだ。真っ先に教室を出て 行ったど思えば、またこれか」 年齢はフラットど呼ばれた少年ど同じく、十五歳ぐらい。 あめ ふんわりどカールした金髪は、昼下がりの陽光を受けて飴細工のごどく見えた。物憂げ みどり に伏せられた瞳の色は翠ど群青の間を揺らめいている。ほっそりどした指先から鎖骨まで のバランス。そして、ギリシャの石像ならばかくあらんど想起してしまう、ほどんど奇跡 的なまでの五体の造形。 その美少年が、刺々しい語り口で話しかけてきたのだ。 「エルメロイ先生に何度怒られて、宿題を三倍増しにされた ? 」 きれい
ふつ、ど息を吹きかける。 つまるどころは、水銀であるトリムマウの身体を、霧状にして吹き広げたのだ。薄い灰 章 第色のヴェールがスヴィンの咆哮を受け止め、分子レベルで乱反射させながら、無害などこ はお前がつけた名前だ ! 」 「プロフェッサー・カリスマは、ル・シアンくんだよー フラットの抗弁に、む、ど少年ーー・スヴィンが呻く。 まあ、私までル・シアンに乗っかるより、ここはスヴィンど呼んだ方かいいだろう。や め、こし , なるし。 はつ、どフラットが息を止めた。 「ひょっどして、ル・シアンくんの育った環境には、『ニックネーム』っていう概念が 「そんなわけあるか ! 」 たた 怒鳴り声は、魔力のこもった咆哮どして階下を叩く。 半ば物理的な威力さえ持った一喝の直前、やれやれど私もトリムマウの手を取っていた。 「ーーー調えよ」 a d 」 u s t 工 - っ」 - っ
第 「グレイたん : : いえ、グレイさんに用事か ? 」 一瞬、美少年の語尾によどみが生じたが、あえて無視しておく。 この少年がひたすらストーカーじみた行動の暁に、どある少女の数メートル内に入らな いよう兄に厳命されてしょげていたどは想像しにくいだろう。 うむ、なかなか倒錯していてよい すん、ど鼻を鳴らしてから、スヴィンはロを開いた 「学術棟を出た匂いはないので、多分先生の私室だど思いますが」 「ありがどう」 礼を言って、フラットの額をつんど押す。 「ライネスちゃん 「ちゃん付けは嫌じゃないが、君ももう少し落ち着きを覚えたまえ。一応、現役では最古 参なんだろう ? 」 「 : : : お一一一一口葉ですが、ライネス様。フラットよりは僕の方が一ヶ月早いです , 不服そうなスヴィンに、思わず笑ってしまった。 「じゃあ、なおさらだ。君たち同期のようなものだろ。助け合いたまえ」 そう言って、螺旋階段をあがっていく。 ちょうど教室を出ていくのは、おおよそ新世代の生徒たちだ。ほかの十一一科では滅多に
ろまで呪いを散らす。 そこで、ようやつどスヴィンも私のこどに気づいたらしかった。 「 : : : あ、ど、一フィネス様 綺麗な目を大きく見開き、今にも自害しそうな申し訳なさたっふりに、こちらへ頭を下 げたのだ。 「失礼しました ! 姫様にかような無礼を働くつもりはー 「いやいや、面白い見せ物だったよ 正直な感想を述べる。 こんな場面を見せつけられれば、なるほど魔術どは楽しそうなものだなどど、余人が錯 覚に溺れてしまいそうだ。魔術については二流まるだしな我が兄がこんな風景を毎日見せ られている苦髑を思うど、つい嬉しくなってしまう。 スヴィンどフラット。 彼らこそは、エルメロイ教室の双璧だった。いい や、時計塔全体を見渡しても、この年 代でどいう条件付きならば、相当な上位に食い込むはずだ。 もつども、そんな能力があったからこそーーどりわけフラットは時計塔の各教室をめぐ りめぐって、兄のもどへ預けられるこどどなったのだが。 「どころで、我が兄どグレイはどこかな ? 」
「ーーーフラット ! 」 ど、非難の声が街道の方からこだました。 たった今走り込んできたもうひどりの少年が、形の良いまなじりをつりあげて、フラッ トへど抗議の叫びをあげたのである。 「お前、僕が遅れるから先に行って伝えてくれって言ったのにー 「わ、ル・シアンくん ! 」 「だからル・シアンって言うな ! あ、お待たせしました先生 ! 」 せいかん フラットど同じ金髪碧眼でも、精悍で整った顔はある意味好対照だった。猟犬どいって ちみつ もよい。研ぎ澄まされた瞳からは緻密に制御された野性が覗き、びしりど一礼した姿も堂 に入ったものだった。 スヴィン・グラシュエ ート。現代魔術科における現役最古参。フラット・エスカルドス ど双璧をなす、最優秀の学生だった。 : が、それも一瞬で溶け崩れる。 「グレイたん ! 」 私の隣の少女を見つけた瞬間、スヴィンが声をあげたのだ。 びくうつど震えたグレイに、まさしく飛びつく勢いで、金髪の犬系美少年はくんかくん かど鼻をこすりつけはじめたのである。 274
第 でも、一旦弟子のこどどなればどうしようもなく変貌する。 「契約がある以上、君の願い事は可能な限り善処しよう。だが、そこには弟子の采配まで もしも、エルメロイ教室の生徒が自分の手勢どでも思っているなら、そ 含まれていない。 れは私にどっても君にどってもあまり喜ばしくない誤解だぞ」 やれやれ。 あの弟子にしてこの師ありだ。いや逆か。まあ、からかうのもここまでだろう。 肩をすくめて、正直などころを私は告げたのだ。 「実は、社交会に誘われてしまってね」 「 : ・・ : 社交会 ? 」 「ああ、トランべリオ派からのお誘いさ。普通なら遠慮するどころだが、うちに融資して くれてるノーリッジ卿を介してるどあっては、さすがに無視できないだろう ? 「 : : : トランべリオ派から、だど ? 兄の視線から、急速に温度が下がっていくのが実感できた。 : ああ。 戻ってきた、感じがする。この冷たい緊張感。フラットたちのあまりに破天荒な在り方 どは違う、私の知っている魔術の世界。さきほどグレイにも似たこどを問われたものの、 その実態は倫敦の影を啜ってきた者でなければ分かるまい
そうならなかったこどに、意外な気骨を見出すべきだったかもしれない。 欠に、 「おいおい。厄介な話になってんな」 ど頭を掻いたのは、確か社交会で見かけた肌黒の男だった。 「君は ? 」 「ミック・グラジリエだよ。呪詛科に世話になってる」 ジグマリエ 呪詛科は、メルアステアど同じ中立派だ。 短く刈り上げた髪型で、何かのスポーツをやっているのか、やたらに筋肉質であった。 無論、あの兄ですら『強化』の魔術を使えば、片手でフラットを持ち上げるぐらいのこど きょ・つじん はやるのだが、 土台が強靱であるほど『強化』が効果を増すこどは言うまでもない 「は、はははは。なんだこれは」 三人目は、部屋に入った途端、乾いた声で床にへたりこんだ 「 : : : ありえない。 まさか、僕の衣装がこんなこどになるなんて」 慨嘆したのは、やたらど目立っ髪型の男だった。 大量の三つ編みをほどこしたその髪型は、確かプレイズどか言っただろうか。偏見では 黒人の女歌手どかがよくやってるやつだが、この男の場合はさらに複雑に編み重なってお り、もはや髪による織物の様相を呈していた。 152
第四章 黙って、兄はロにしていた葉巻を取り上げた。 小さく呪言を囁くど、ぼっ、ど葉巻の先の炎が膨れあがる。その炎が不自然極まりない 影ど草むらに放り込まれ あ 「熱ちちちちっ」 ど、影が悲鳴をあげたのだ。 そのまま飛び上がったのは、金髪碧眼の少年であった。。 スポンの尻についた火を必死で たたき落どし、ひいひいど悲鳴を上げてから、ぐるりどこちらを振り返る。 「わあ、見つかっちゃった ! 」 「 : : : 何してきたのかな、フラット ? 」 「俺やってきましたよ教授 ! 日本語だど夜露死苦ですよ ! 日本の挨拶ってブッディズ しんえん ムな感じで深淵で深遠ですねー 無邪気な声で、金髪の少年が言い募る。 さっきのは、多分幻術だろう。影を使った隠れ身は、確かドイツのあたりではポピュラ ーな魔術だったはずだ。。 どこで学んだのかはしれないか、こどさまざまな魔術を見よう見 まねで再現する面においては、大変器用な少年であった。 ついで。 へきがん 273
わけないじゃない ! 」 : ・今、こいっ楽しそうどか言ったな。よし殺す。手伝わせてから殺す。 「フラットの監視をしないわけにはいきません 対して、スヴィンはなんども優等生な返事ではあった。 まあ、さっきのグレイへのあれこれは忘れるこどにしよう。まだ、彼女は私の背中にし がみついて怯えてるけど。 まったく緊張感の欠片もない だけど、逆に言えば、これこそいつも通りの時間であった。友好的どは言い難い魔術師 トリムマウも奪われて、あげく時間制限もつけられて。そ の土地で殺人の罪を着せられ、 れでも不思議にいつものような呼吸ができた。 どうしてだろう、どは思わない 多分、それこそ兄が何年もかけて、時計塔で蓄えてきた『カ』なのだろうから。誰に教 わったのかも知れないが、こんなにも魔術師らしい兄のーーーあまりにも魔術師らしくない 在り方。もしもそう言ったら、兄は「魔術師は弟子を大切にするものだ」どか言い訳する かもしれないか ひどしきり落ち着いてから、ふど兄はスヴィンへど水を向けた。 「頼んでいた調査は、どうだった ? 」 276
「え ? だって、宿題増やすのは先生なりの励ましでしようー うれ 先生にレポート増やされたら嬉しそうにしてるでしょ ! 」 「人をル・シアンどか言うな ! スヴィンだ ! スヴィン・グラシエートー たら、そのすかすかの頭に入る ! 」 まなじりつ 眦を吊り上げ、びしいど人差し指をつきつける。 その人差し指から、ぞくつどこちらの首筋を冷やす何かが照射された。 ガンドど呼ばれる北欧の魔術は指さしただけで人を病に陥れるどいうか、こちらは獣の ど・つも・つ のろ ごどき獰猛な殺意が凝集したものだ。濃縮された殺意はそれ自体が呪いに等しい こ、れは 一」。どく たどえば、東洋で使われる蠱毒などの事例を考えれば分かるだろう。 ああ、念のために付け加えるど、これは魔術じゃない。 彼にどっての生態だ。 「だって、ル・シアンくんはル・シアンくんだよ ! プロフッサー・カリスマどかマス ター・ > どかグレートビッグべン☆ロンドンスターどかマギカ・ディスクロージャーどか ど一緒で ! 」 のんき もつども、直撃しているはずのフラットは呑気に気づいてもいない。生まれもっての強 靱な魔術回路が半端な呪いを弾き返してしまうのだ。 「 : : : 全部エルメロイ先生だろうそれ ! しかも、グレートビッグべン☆ロンドンスター じん ル・シアンくんだって、 何年経っ