いつもど逆の立場なわけで、大変座りが悪かった。 いや、正直それもうっすらど興奮したのだが、おかしなものに目覚めそうなので封印し ておこう。 「どころで、もう少し尋ねてかまわないかな」 「なんなりど。ロード・ 、ハリュエレータの間いを拒絶するような舌は持ち合わせておりま せんので」 「ふふ , し 豈〔し ) こどを一言ってくれる」 皺だらけの顔を歪めて、老女は遠慮せずに質問をぶつけてきた。 日常会話のような、しかし本質をついた問いであった。 「そこまで、エルメロイを復興させたいのかね ? 「別に、エルメロイの家自体に大した執着があるわけじゃないですよ。こんなのは結局な りゆきです」 ど、私は答えた。 「もどもど、エルメロイ派では底辺でしたからね。私のどころに回ってきたのも、上位の 家が残らず離反したり遠ざかったりしたあげく 、血縁の子弟でまだ魔術刻印の移植を受け ・どか ? て , っ てない候補連中では、源流刻印の適応率がたまたま突出して高かったから : う理由です。まあ、エルメロイ派のおおよそは源流刻印の株分けを受けてきたわけですか 1 7()
章 第 ら、そこそこの適応率があるのも当然のこどですしね 株分けどは、本家どなる魔術師から、魔術刻印のごく一部を移植してもらうこどだ。 もどもど、初代どなる魔術刻印は、失われた幻想種や魔術礼装の欠片などを核どして身 体に埋め込むこどによって造られる。当然異物を埋め込むこどになるため、普通に親から 魔術刻印を譲り受ける場合よりも遥かに拒絶反応は強い。何代にも渡ってこの拒絶反応に 耐え、核どなった異物を自らの魔術に染めていくこどによって、ようやつど魔術刻印は完 成するのだ。 しかし、この手段をどる魔術師は現代ではほどんどいない。 そういう家系でもないのに魔術師になろうなんて物好きがいないこどもあるが、そうし た者でも、ほどんどの場合は有力な家系から株分けしてもらうからだ。もちろん、他人か らの移植である以上、本来の魔術刻印の機能 , ーー・・固定された神秘どしての役割はほぼ切り 捨てるこどどなる。それでも一から魔術刻印をつくりあげるのに比べれば、ずつど若い世 代で使い物になるこどを期待できるし、その方向性もよりコントロールしやすいのだ。 もちろん、親どなる刻印にも傷はつくが、この程度であれば調律師の施術を受ければ数 ヶ月から一年ほどの期間で回復可能だし、株分けされた家からは絶大な忠誠を期待できる こどどなる。結果どして、多くの派閥では株分けによる分家設立が基本どなり、大元どな る本家の魔術刻印を源流刻印ど呼び習わしているわけだ。 1 7 1
「並べ終わりました」 その一一一〔葉通り、べッドのシーツの上にかっての黄金姫が再現されていた。 鋸パズルの名の通り、電動鋸で一一十ヶ所近くも切断されたような死体。その美しさは、 すでに死んでいるどいう事実を忘れて、吐き気を催しそうなほどであった。 「身体のパーツは : : : 揃ってるな : ・・ : 」 死者の部位は、ものによってはある種の魔術に使えるこどもある。 ネクロマンシー アストロロジー たどえば、さきほどもあげた死霊魔術などがそうだ。西洋の場合だど多くは占星術ど影 のつど 響し合っており、黄道十一一星座に則って身体部位を霊的に意味づけするこどで、さまざま カタリスト な魔術の触媒どして用いるのだった。 剥離城の事件でも、この黄道十一一星座ど七十二の天使になぞらえつつ魔術師の身体部位 を奪い , ・・・・ーその裏で魔術刻印を回収していたどいうのだが、 「もどもど、魔術刻印はないみたいだな。 : まあ黄金姫、白銀姫はいわば魔術の成果物 だから、魔術刻印自体は施術する側のバイロン卿が保持しているんだろう」 「 : : : なるほど」 だどするど、あの魔術への傾倒ぶりは、父親や家系に対する献身なのだろうか そ・つこくさいな 章 血臭による嘔吐感ど美的な陶酔感の相剋に苛まれながら、しばらく私は死体のパーツを 第観察した。どもするど魂を持って行かれそうになるのは、それこそ悪魔の手になる美術の ジグソー お・つど のこ 177
「今、エルメロイ派の借金は大変なこどになっていてね。私が次代当主に選ばれた段階で、 アーチゾルテ家が負担するこどになったんだか、これがちょっど利息を払うのも難しい 責任をどるどいうなら、まずはこの借金からどうにかしてほしい」 この段階で、不可能だ 個人の魔術師がどうにかするには、失われた資産は大きすぎる。仮にも時計塔を支えて きた十二の名家である。現代の額に換算すれば、それこそハリウッドの映画ぐらいはつく れるだろう。 ・ : 分かった。可能な限り対処する ひどよ どんなお人好しだ。 全力でツッコミかけた私の気持ちを、どうか分かってほしい。 いや、多分お人好しどいうよりも、これは覚悟をすませているどいうべきだろうか。今 にも泣き出しそうに唇をへの字にしたままこちらを見つめてくる『彼』の顔は、ついつい 踏みつけてしまいたくなるいじらしさだった。 ぞくぞくどこみあがる衝動をこらえつつ、続く要求を口にする。 「協会で、義兄の魔術刻印ーーーエルメロイの源流刻印を回収したんだけどね。残念ながら 回収できたのは一割程度だった。お抱えの調律師では修復までに最低三世代以上はかかっ てしまう。これも君の責任でなんどかできないかな」
「あなたは、封印指定の : 「封印指定 ? 」 小首を傾げたグレイをよそに、私はカカシのごどく立ち尽くしていた。 それは特別な才を持った魔術師に与えられる称号であり、協会から下される勅令である。 けんさん 単なる学問や研鑽では修得できない魔術。その血、その体質のみが可能どする一代限り の魔術保有者を惜しんで、協会が手ずから永久に保存してしまおうどする令状。だからこ そ封印指定どは、魔術師にどって最大の栄誉であり、致命的な烙印でもあった。 なにしろ保存されてしまっては研究が続けられない。封印指定されるほどの魔術師な ら、まず自分の命など惜しむこどはないが、 逆に研究を手放すこどもありえない。だから、 封印指定された魔術師の多くは野に下り、ひっそりど身を隠すか、自らの領地に立てこも るかだった。 この、蒼崎橙子の場合は 「封印指定でしたら、数年前に解かれてますから」 柔らかく微笑んで、女が囁いたのだ。 まさしくそれは私が絶叫しかねないタイミングで、認識から衝撃、行動に移る時間まで を見越していたどしか思えなかった。もしも女が暗殺者であったなら、こちらの首を掻き きるのもたやすかったろう。
第 ど、扉が開いたのだ たたず 小柄な身体をますます縮めるようにして、灰色のフードをかぶった少女がそこに佇んで いたのである。 「 : : : そのお話、拙は受けてもかまいません」 「グレイ」 まばた 兄が、瞬きする。 するど、少女は肩をすぼめて、頭を下げたのだ。 「 : : : すいません。聞くつもりじゃなかったんですが、 おどおどど言ったどころで、新たな声が部屋に響いた 「イッヒヒヒヒ ! 俺の耳には届くもんだからさ ! みつしり告げロしたぜ ! そりやも う『告げロ心臓』ってなもんでね ! 」 少女の右手のあたりから、奇怪な声がしたのだ。 ふわ、どフードが舞い上が「た。固定具の外れる硬い音をたてて、その右袖から鳥か ) 」 のような『檻』に封じられたーー目ど口を刻印された奇怪な匣が現れたのである。 「・ : ・ : アッド」
第四章 フ」度こそ。 ほかの人々が去ってから、兄はカリーナの死体を検分していた 意外ど兄は死体が平気らしく、少なくども検分の際に狼狽を見せたりするこどはなか 0 一一一口もが死骸に慣れているカどいうどそういうわ た。命を賭けた闘争も厭わぬ魔術師だが、 けでもない では、兄がどこで慣れたかどいうど = = = やはり、答えはひどっだろう。この男の人格形 成ど聖杯戦争はどうしても切り離せない 泉のほどりに死体を移動させて、血に染ま「た傷跡のあたりを探りながら、 「 : : : 死因は、心臓を一突きか ? 」 ど、兄が小さく呟いた。 よほど高位の魔術刻印を所持していても、心臓をやられればまず即死する。このメイド も少しぐらいは魔術をたしなんでいたかもしれないが、それでは助かりようがないだろ ろ - つばい 235
あるようだが、 これがなんどもきな臭い。抜擢された魔術師が、新参者に金を積まれて譲 り渡しそうだどか」 数瞬黙り込み、兄はただかぶりを振った。 「協会枠だけが、聖杯戦争に出る手段じゃないだろう。 イへの補填の目処がついてからだ」 重く、呟いた。 葉巻の先端を灰皿に滑らせるど、こどんど塊で落ちた。少しだけ首に似ていた。 補填どは、つまり借金だったり魔術刻印だったりの話である。どちらも数ヶ月でどうに かなるようなものではなかった。 「残り期間はどっくに絶望的なのに、なんども涙ぐましいこどだね。まあ担保も取ってる んだけどさ」 肩をすくめて、私は肝心のお願いを切り出す。 だったら兄上。万が一間に合った際の保険なんだが」 「ん ? 」 「死ぬ前に、私ど子作りしていかないか ? なんならトリム相手でもいいぞ」 今度こそ。 ばってき : なんにせよ、お前どエルメロ
書籍から視線を離さず、兄がつつけんどんにロにした。 ああ、これはにしいどいうよりも、目も合わせたくないどいうこどだろう。嫌われたも のだど思うど、またぞくぞくど背筋に愉脱が走ってしまう。 だから、ついからかいたくなってしまった。 「剥離城の件は苦労をかけたな」 兄の顔が、思い切りしかめられる。 ぎり、ど歯ぎしりの音が聞こえそうだ。早々に入れ歯になってしまうのではないかど心 配してしまうが、それはそれで楽しめそうだ。 「 : : : 苦労どころじゃなかったぞ」 「いやあ失敬。どはいえ、それなりの事情があるのは我が兄も分かっていただろう」 肩を揺らして、私は近くの椅子の背を撫でる。 まあ、あそこの遺産が手に入れられるならそうしたかったのは本音なのだ。 エルメロイの魔術刻印修復に使えたかどいうど難しいが、かなりの値段で売り払えたの は』 ) よ ) 。吉局のどころ、あの事件で得をしたのは残った遺産を没収できた法政科に なってしまうのだけど。 「そういえば、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに会ったんだって ? 君を指導役に
の内側から、アッドが表情豊かに主張したのである。 「あの姉ちゃん怖いしさー きちんど引っ込んでるのに見つけられそうになったの初めて だぞおい ! 」 匣に刻印された目ど口が忙しく変化する。 モーフィング 時々思うか、こうしているアッドは映画のか何かみたいだ。目まぐるしく形態変化 あるじ する表情は、主の代わりをしているど主張するかのように、必要以上に豊かであった。 「蒼崎橙子のこどか」 「それそれ。なんだよあれ。バケモノか」 「だったら、見つからなかっただけで大したものだ」 アッドの隠匿が魔術的なものでなかったせいだろう。もつども、では手品のような細工 だけで、この鳥かごかグレイのマントに仕込めるかどいうど疑問符がつくのだが、そこに ついては少女もアッドも口をつぐんだままであった。 「 : : : あれは、私も気になってるんだよ」 「あん幻あの眼鏡女が ? 「ああ。よりにもよって、蒼崎橙子がどうしてこの社交会に ど、さらに一三ロいかけたどきだった。 不意に、横合いで気配が生じた。 1 16