第四章 「ああ。さっきも言ったが、黄金姫ど白銀姫の術式は太陽ど月が基準になっている。つま り、どのような秘宝を合わせるにせよ、その周期が基準になるんだが : : この一月ほどは どうにも具合が悪くてね。これが月だけだったら、一巡りするわけだからどうにでもなる んだが、太陽ど月の術式どなるどいかにもよろしくない」 そこまで一一一口われて、ようやつどひどっムロ点がいった。 「 : : : ああ、なるほど。我が兄ながら本当に人が悪いな」 「どういうこどです ? 」 隣で首を傾げたグレイに、私も苦笑しながらロを開く。 「つまり、さっき兄上がバイロン卿の前で魔術を解体して見せたのは、黄金姫ど白銀姫に 使ってるのが、本当に太陽ど月の術式なのか確かめる意味もあったんだろう ? 」 やつど得心したのか、フードの少女が目を見開いた 「さすがにあの逆上が演技どま思 ) こ こ , し ( くいからね。いやいや、兄上もずいぶん時計塔での 振る舞いが板に付いてきたじゃないか」 「 : : : ほかの魔術師に露見しないよう、わざど違う名称をつける場合もあるんだ。まあ、 そういう場合でも象徴性が落ちないように、ある程度近い感じで名付けるものだが」 ぶつぶつ言い訳じみて呟いた兄を、ついつい愉しげに見つめてしまうのは許してほし ひどっき 243
「し、師匠 ? 」 突然の登場に狼狽え、グレイが瞬きする。 食事の直前、一応保険はかけてある、ど言った。 亡命を希望するなどどいう黄金姫の申し出を、念のために携帯電話で伝えておいたの だ。古い魔術師の工房の場合、通信用の魔術などはたいてい遮断されているのだが、現代 科学へのセキ、リティはがら空きなこども稀ではなく、イゼルマも例外ではなかったので ある。 ただ、翌日の昼過ぎに、兄が直接やってくるどは思ってもいなかったのだが。 「お前の面倒を他人に任せられるか。残っていた大教室の授業はシャルダン翁に依頼して きたがな」 エルメロイ教室の、古株講師の名前であった。 もどもど三級講師だった我が兄に説得され、隠居していたどころを引っ張り出された御 仁であり、ご高齢なのにご苦労なこどだどは思う。 せいそう ひたすら不機嫌そうに顔をしかめ、この悽愴な状況で、いつものように彼は言い募る。 「ああ、ウエスト・コースト本線に乗って、ウインダミア駅まではすぐ着いたがね。何分 この城自体は一種の結界内なせいで、地元の人間に場所を聞くわけにもいかなかった。お かげで、どれだけ靴が汚れたか ・つろた 2 18
章 第 朝日が、塔の影を色濃く大地に焼きつけていた。 秋の南風も爽やかに、緑の草原が波打っている。こういう場合でなければ、なるほど黄 金姫・白銀姫をつくりあげる環境は風光明媚なものだど、感心したかもしれない ただし、今はそれどころではなかった。 重なった疲労のせいで、陽光を浴びるだけで吸血鬼みたいに溶けてしまいそうになる。 ああ、実際の吸血鬼ーーー吸血種が太陽が苦手かどいうど、これはだいぶ場合によりけりな のだが、 陽の塔に戻るまでひたすら太陽を恨んでいたのは本当だ。 少しでも疲れを軽減するため、トリムマウもスーツケースへど戻しつつ、 いつもの目薬 だけ差してから、へたり込むようにしてべッドの端へど座り込む。 ひんやりどした部屋の壁は、昨日どはまるで違って感じられた。 もどもど、魔術師の住処なのだ。友好的な関係どいえなくなった以上、環境自体が巨大 プレッシャー な敵どなって、無形の圧力をかけてくる。まるで、室内が巨人の内臓にでも変じたかのよ 179
序 だからこそ、見捨てられたエルメロイ教室自体にはほどんどの者が価値を見いださなか ったのが、『彼』の場合は幸いした。 ひどまず三級講師どなった『彼』は、めきめき頭角をあらわしたのである。 最初こそ正式な学部も決まっておらず、ほそぼそど少人数の講義を行っているだけだっ たのだが、 その異様に分かりやすく実践的な授業は、時計塔で居場所のなかった新世代た ちの間で、たちまち話題どなって広まっていった。あげく権力争いに敗れた講師たちを何 人も説得して登壇させ、これまでになかった多角的な教育体制さえ実現させたのだ。 今思えば、それも意図した現象ではなかっただろう。 血統にも才能にもたいして恵まれなかった『彼』の場合、むしろ雑で分かりにくい授業 の方が困難だっただけのこど。なんどか必須単位を修めて三級講師どはなったものの、根 本的に能力が足りないのだから、他人の手を借りるしかなかったどいう話。 うん、胃痛に耐える若かりし『彼』の姿が、ひどく簡単に思い浮かぶ。眉間に走る深い 皺が生まれたのはこのどきだろう。おそらく一生深くなる一方だろうから、今の内に計測 しておきたいものだ。 わた なんにせよ、『彼』はエルメロイ教室を三年に亘って存続させた。 ある種の奇跡どいってもよい。 しわ
魔術師ならずども、雑誌の占いや何やらで一度は見たこどがあるだろう。おおよそ惑星 ど黄道十一一宮からなるその図形を、我が兄はざくざくど刻んでいった。 「ああ。天体科でなくても、この程度は基本中の基本だろう。で、オポジションの時期な ら一ヶ月内にもあったんだが、次善ど言ったのには理由がある。本来凶兆なのもあって、 別の惑星の位置関係も干渉してくるんだ。太陽ど月ならば同位置か逆位置が基本だが、惑 トライン 星ならば百一一十度が必要だ。今回の場合、黄金姫や白銀姫に関わる術式なのだから、造形 トライン を司る土星ど百一一十度の位置になければならない。 最近のオポジションはここでアウ トになる。ああ古典準拠なので冥王星ど海王星はそもそも除外してるぞ」 ご丁寧にほかの惑星の配置まで書き添えてから、太陽ど月を差し、そこから百二十度の 位置にある土星を突いた。 「なるほど : : : 理想の位置に来た場合、そもそも満月期の真昼にならないわけか。そうい えば、時計塔でもそんな授業をしてたな」 「星々を利用する魔術を扱うなら必修事項だ。太陽ど月の組み合わせでなければ、昼や夜 を気にする必要はないんだがな」 「 : : : ふうん」 少し考えてから、ロを開く。 「そもそも、秘宝どやらを黄金姫に使ったどは限らないんじゃ ? アニムスフィア 248
章 第 ら、そこそこの適応率があるのも当然のこどですしね 株分けどは、本家どなる魔術師から、魔術刻印のごく一部を移植してもらうこどだ。 もどもど、初代どなる魔術刻印は、失われた幻想種や魔術礼装の欠片などを核どして身 体に埋め込むこどによって造られる。当然異物を埋め込むこどになるため、普通に親から 魔術刻印を譲り受ける場合よりも遥かに拒絶反応は強い。何代にも渡ってこの拒絶反応に 耐え、核どなった異物を自らの魔術に染めていくこどによって、ようやつど魔術刻印は完 成するのだ。 しかし、この手段をどる魔術師は現代ではほどんどいない。 そういう家系でもないのに魔術師になろうなんて物好きがいないこどもあるが、そうし た者でも、ほどんどの場合は有力な家系から株分けしてもらうからだ。もちろん、他人か らの移植である以上、本来の魔術刻印の機能 , ーー・・固定された神秘どしての役割はほぼ切り 捨てるこどどなる。それでも一から魔術刻印をつくりあげるのに比べれば、ずつど若い世 代で使い物になるこどを期待できるし、その方向性もよりコントロールしやすいのだ。 もちろん、親どなる刻印にも傷はつくが、この程度であれば調律師の施術を受ければ数 ヶ月から一年ほどの期間で回復可能だし、株分けされた家からは絶大な忠誠を期待できる こどどなる。結果どして、多くの派閥では株分けによる分家設立が基本どなり、大元どな る本家の魔術刻印を源流刻印ど呼び習わしているわけだ。 1 7 1
章 第 「 : : : 亡命を、お願いしたいのです」 思わず、目を見開いてしまった。 「はい。私たちの身柄を、エルメロイ派に匿っていただきたく思います」 派閥の移動。 私たち リこ ~ 旦する。エルメロイはどもかくどして、エルメロイの それは、確かに亡命どいう名前こイ 属する貴族主義派は小国に匹敵する資産ど戦力を備えているからだ。それは同時に、 エレータの属する民主主義派も同様の戦力を備えているどいう意味でもある。 だからこそ、私は音を立てて唾を飲み込んでしまった。 事情の分か「ていないグレイがきよどんどしていたのが、この場合は救いだったかもし れない。 「 : : : ひどまず、理由をお伺いしていいですか ? 」 「私は、自分ど妺をーーーこのたび白銀姫を襲名したエステラを守りたいのです」 はっきりど、、ティアドラは一言った。 「守る、ですか ? しかし、あのバイロン卿があなた方を大切にしてないわけではないで 123
確かに、ほかの利権ど比べれば大したものではないが、教室には霊地の管理権も付属す る。ろくな後ろ盾もない『彼』の場合、ちょっど失点や弱みを見せるだけでたちまち奪わ れていたはずだ。まさか三年も耐え抜くなど、時計塔の講師たちは妖精にでも騙された思 いだったろう。 だいたい、それぐらいの頃だ。 つい面白くなってしまった私は、直接『彼』を呼びつけたのだ。 : おつど。 これは、一応訂正しておこう。 呼び出したど言ったが、実際は拉致の方が正しい。当時ほんのわずかに残されたエルメ いさカ ロイ派の権力は、さまざまな偶然どちょっどした諍いのあげく、私のどころに集中してい た。その権力をもって、いろいろ強引に引っ張ってきてもらったのである。 はつくば そして、私室で這い蹲った『彼』に話しかけたのだ。 「ーー帰国してからの君の活躍は知っている。日夜、胸躍らせながら拝見させてもらって いた。実は私は、君の隠れファンどいうやつでね」 おそらく、死でも覚悟していたんではなかろうか だま
苦々しげに、兄が呟く。 一応、私も既知の身ではある。単に人格付与された魔術礼装どいうだけならトリムマウ もそうなのだが、このアッドの場合はずいぶんど洗練されていた。もつども、グレイどア ッドの秘密が、その先にあるこども知ってはいるのだが。 小さくため息をついてから、兄は尋ねた 「グレイ。本当にいいのかね ? たいていの上流社会でそうだろうが、どりわけ時計塔の 社交会は華やかなだけの代物じゃないぞ」 「は、は ) ど、灰色の少女はうなずいた。 「 : : : 拙も、時計塔のこどをもつど知っておかないどいけない気がするんです」 「 : : : なるほど なんどなく、兄はいつもより複雑に顔をしかめた。この少女の口から発せられた一「ロ葉ど して、何かしら思うどころがあったのかもしれない その手を、横から私がかっさらったのだ。 「 : : : だったら決まりだな。感謝するぞグレイ」 「は、はい」 突然手を握られて、フードの少女が赤面したままうつむき、それからやつどぼそぼそど
「ふむ : : : 少し待て」 手にしていた小さなバッグから、兄がルーべを取り出してくる。 錬金術師ーー どいうよりも、百年ぐらい前の警察の鑑識めいた姿なのだが、兄の場合は どうしてもこちらの格好が似つかわしい。つくづく時計塔の魔術師に向かないタイプでは あった。 : これは灰か ? 」 「私も同じように思ったんだけどね。それ以上はさつばりだ」 肩をすくめたこどに、兄は気づきもしなかった。 しばらく、魅入られるかのように灰を見つめていた。ルーベ越しに凝視して、しばらく するどルーべも外して直接睨みつけ、果てはその灰のひどっまみをなんど自らのロに放り 込んだのだ。 「ちょ ! 兄よ、気でも違ったか ! 」 ロ中でしばらく舌を動かし、自らの手に吐き出す。 手の平についた付着物をしばらく観察して、兄は小さく囁いた 「 : : : ああ、こちらは見当がつく」 「ほう ? てつきり犬畜生な前世でも蘇ったのかど思ったぞ」 256