からな」 ずいぶんど感心したらしく、橙子は饒舌に語った。 まつどうな時計塔の講師なら、どいうどころがポイントだったらしい。 「が、まあ、私の魔術は魔力を通した段階で、すでに終わっているのでねー するりど、橙子の指が虚空にどある模様を描いた ルーン魔術。 フェフ さらにその両隣に了か刻まれている。前者はス 今、足下に刻まれたルーン文字は。 ちょ - っちゃく ヴィンの幻体どアトラムの電撃網を打擲し、後者はたった今介入しようどしたフラットを 吹き飛ばした文字であった。 この術式の特徴どして、ルーン文字を刻むのには手間がかかるが、一度刻んでしまえば シングルアクション 魔力を通すだけの一工程で成立する。魔カ生成から術式を構築するまでのタイムラグが 限りなくゼロに近いのだ。必然、効果も限定的になるが、フラットの介入する隙もないど いう次第だった。 シングルアクション もちろん、一工程の魔術を、フラットが初めて見たわけではないのだ。それ自体は時 計塔ならいくらだって見る機会がある。ルーン魔術にしたどころで、蒼崎橙子本人が技術 を時計塔に売り払ったどいう理由から、ごく基礎的な術式に限ってならフラットも行使で じようぜっ アルギズ 120
一気に橙子を対象へど捉え、遠心力を活用しながら斜めに切り落どす。すでにアッドは 周囲の魔力を必要なだけ刈り取っている。さきほどの猫のどきよりも数段上ーーー現段階の 臨界まで魔力を循環させた。 手加減など一切考えぬ鎌の一撃は、しかし寸前で止まったのだ。 ルーンではない。 これまでの状況から言って、ルーンであれば防御用だろうども切り伏 せられているはずだ。なのに、この異様な手応えは : 「どうも、君らも含めて、今回集まった魔術師たちは勘違いしてるな」 しみじみど、橙子は呟く 雨音の中で、その声は低く地面を這った。 「魔術師が最強たらんど欲するなら、自らに手を加える必要などない。ああ、それこそロ ード・エルメロイⅡ世はよく知ってるんじゃないか。なにしろ、彼が前の戦争で生き残れ た最大の理由だ」 こんなにも近いのに、彼女の声はひどく遠かった。 いつのまにか、橙子の右手には鞄が握られていた。 旅行用どしてもいささか大きすぎる、奇妙な鞄の隙間から覗いたのは、ただ漆黒の闇で あった。自分の『強化』された視覚でさえ見通せぬ、もはや個体ど化した闇が、鞄の中に 146
「じゃあ、その匣の中で、鞄に通電したらどうなる ? メビウスの環のような話だが、貴 パラドックス 様が一一重に出現するのか ? それども矛盾で貴様が引き裂けるのか ? これは興味深い設 問だな。是非ども答えを教えていただきたい おそらくは『強化』された片手で、師匠は鞄を放り投げる。 放物線を描く鞄に、 いつもの葉巻が結ばれているのを、自分は見た。淡い魔力が宿って いるそれが、簡易式の魔術礼装であるこどを初めて知った。 茨の触手が、阻もうど殺到する。 師匠の一一一口葉を理解したのか、それども本能的なものか。 反転した死神の鎌が、たちまちその触手たちを切断した。 それでも群がってくる触手を前に、叫 「アッド ! 」 「イッヒヒヒヒヒヒ ! 今度はアレか ! アレは大好きだぜ ! ご機嫌だねえ ! 」 よたび 四度、笑うアッドが変形・展開する。 内側の宝具から神秘を表したカタチはーー大槌であった。 ぐるん、ど身体ごど回転する。大槌の背面から瞬間的に放出される魔力は、ジェット噴 射のごどく最速で最大の効果を発揮する。英霊のスキルどしても Q ランクに匹敵する、限 章 定形態・破城槌の特性。 はじようつい 0 ) 0 おおっち 263
第 た。一切の反応を浮かべるこどなく、小さな怪物どしてこの暗い森に君臨していた。 猫以外からの反応は、あった。 「・ : : ・大丈夫、ですか ? ー ど、尋ねる声が目の前の樹木から生じたのだ。 その陰から現れた少女に、フラットが目を剥いた 「グレイちゃん」 「グレイちゃん劉 目を剥いたフラットを、自分はひどく不思議な心持ちで見下ろしていた。 師匠に言われて、フラットがあっちの方ど指していた森へ追いかけてきたのである。 途中からは、大きな魔力の動きも感じられて、こうして落ち合うまでは苦労しなかった。 だけど、このいつも太平楽でのんびりどした少年が、髪の毛まで泥だらけに逃げ回って いる状況は、自分のスイッチを切り替えるのに十分だった。 フラットを追いつめた影を、見やる。 133
章 第 刹那、見てしまったのだ。 触手ど逆に、暗闇の匣から近づいてくる、ふたつの目を。 自分の身体よりも大きく開き、粘っこい涎をおびただしく垂れ流す顎を。 「駄目だ」 スヴィンが唾を飲み込む音が聞こえた。 「うまく、やりすぎた」 そうだ。宝具を振るわずども、匣の中身の興味を惹いてしまうほど、自分たちはうまく やりすぎた。 これに対抗できるのは、最果てにて輝ける槍しかない だが、あの宝具を発動する魔力や時間など、もはやなかった。 自分に、できるのは 「ーーー第一段階限定応用解除・死神の鎌」 盾が分解・展開を繰り返し、死神の鎌へど戻る。 退いていく触手の間をすりぬけ、匣の至近距離で、思い切り振りかぶった。 「グレイたん」 259
章 第 それは一般的に考えるようなーー魔力を発露させ、超常現象を起こすだけのものではな い。ただ彼女たちの美をより引き出して、奇しくもライネスが言っていたような精髄を体 現させるためのものだった。 「美しいものを見れば、美しくなる」 何世代もかけて黄金姫、白銀姫の魔術的・肉体的な改造が進められていくど同様に、セ ブナン家の織り手もその技術を進歩させていった。イスロー・セブナンはそうした人々の 果てに存在しているのだった。 対して、 「ぼ、僕は」 薬師であるマイオは、もう少し異なる感慨を持っていた。 きつおん 不健康そうな顔色で、マイオが自分の脣のあたりをつねる。吃音がちにつつかえながら も、自分の内側の思いを一一一一口葉にしようど、もどかしく喉を震わせる。 「僕は、ディア、じゃなくて、黄金姫の、」 不意に、イスローが目を細めた。
章 第 おそらく自分がこれまで見てきた中で、最も自由な人間の、その保証。 「ーーーあああああああああああっ ! 」 身体が、動いた。 一足飛びに、五メートルを詰めた。誰が止めるよりも早くアッドを展開。ありったけの グリム・リー 魔力を死神の鎌へど注ぎ込み、強引に茨の触手を切断する。 引きずり戻したマイオの身体は、すでに足の一部が喰われていたが、どりあえず生きて いるこどだけは確かだった。 「マイオー レジーナど白銀姫が駆け寄る。 魔術のためにその身を捧げるべきだったど言われても、彼女たちの想いはまだ消えてな かったらしい 。きつど、それでも断てない関係があるのだろう。自分には分からないけれ ど、そんな時間の積み重ねが世界のどこかにあるのだどいう考えは、けして不愉快ではな かった。 「グレイ ! 」 「 : : : すいません、師匠 239
章 第 ( ああ : 高く、衝動のままに吼え猛る。 くつにも分身していった。 その身体が、い 戸惑うように震えた茨の触手へど、スヴィンたちはにんまり笑う。 「幻体の使いようだよ」 つまるどころは、魔力で半ば物質化させた自分の分身だ。橙子相手に使わなかったのは、 あっさり本体を見抜かれ、無効化される可能性が高いど考えたからだが、この触手相手で あればその心配はない。 一斉に、六人のスヴィンが茨へど襲いかかった。 グレイどスヴィンの活躍を、エルメロイⅡ世は静かに観察していた。 しいたろ , っ 獅子奮迅どいっても ) 雪崩のごどく出現する茨の触手は、見事に抑え込まれている。おかげで、彼もどある探 し物を終わらせるこどができた。フラットの介入術式も、徐々にだが空間の解析を終えっ つある。 251
突然、タ陽が陰った。 雲であった。東の方から流れてきた黒雲が、あつど言う間にイゼルマの土地を覆ってい の ったのだ。不自然極まりない速度ど規模に、自分たちが息を呑んでいるど、それはたちま ち頭上にも広がっていった。 どどろ 低く、雷鳴が轟く。 「・ーー師匠っ ! 」 思わず、自分は師匠を抱きしめて、跳んでいた たた ほぼ同時、強烈な衝撃が背中から全身を叩いた。 どれほどの魔力を溜め込んでいたのか、一撃が大地を震わ まさに、それは爆撃だった。。 せ、その場の全員を硬直させた。ほどんどの電流は地下へど流れていったが、その余波だ けで全員を震撼させるに足りた。 「つ、グレイたんー 「 : : : グレイ」 「大丈夫、ですー ・月さ , 、 , っ宀な亠 9 ノ、 やたらにおろおろしたスヴィンが、師匠の言いつけを守ってびたりど五メートル向こう おか で右往左往しているのが、少しだけ可笑しかった。
章 第 いくら霊体をも切り裂く鎌であろうども、大気に映っただけの影は切れない理屈だ。い グランド いや断ち切ったどころで、幻灯機械が動作する限り何度でも蘇る。冠位の名にふさわしい 現代離れした魔術礼装であった。 ギリギリまで神経を張りつめさせていたのを感じる。魔力を循環 どっ、どカか抜ける。、 させていた筋繊維が、今にも悲鳴をあげそうだった。 「でも、グレイちゃん。どうして ? 」 「師匠から : : : あなたたちを迎えに行くよう言われたんです」 ど、自分は答えた。 グランド 「それに、万が一、冠位の魔術師ど : 「 : : : ああ、その匣の中身は厄介だな」 今度は肉声だど、否が応でも分かった。 ぎこちなく振り返った先で、くすんだ緋色の髪は、雨に濡れても麗しかった。 淡く、煙草の香りがした。雨に掻き消されていたせいで、その香りにもこの距離まで気 づかなかったのか。女魔術師は面倒くさそうに髪の毛を掻いて、こちらを冷ややかに見つ 139