「ぜゃあああああああっ ! 」 全力で、叩き込む。 膨大極まる魔力が炸裂した。 匣を守る魔カど、死神の鎌の魔カどが正面から激突し、激流を生んだ。 ヴォールメン・ハイドラグラム あまりもの圧力に、纏っていた月霊髄液さえも形を失って、背後へど流れていった。 「グレイ ! おい こりやいくらなんでももたないぞー 幾分の申し訳なさどどもに、アッドの声を無視する。 規定値以上に吸収した魔力が、こちらの神経ど魔術回路をつんざいていた。引き裂かれ ぬまでも、その痛みは自分の脳を苛んだ。赤熱した棘が体中に張り巡らされているど思え 自分の身体は痛みを覚えるだけの肉袋へど変わり、自意識など百年も昔に死に絶 えたよう でも、魔力の循環だけが止まらない。 最初に設定したプログラムこ足 ) こ彳し、ただ自動的に匣を押し潰さんどする。 哺・き、も、カに。 痛みも、カに。 死に絶えたはずの意識が、それでも囁く。 さくれつ 260
かわる。最後まで、こちらで終わらせるぞ」 そんなはずかなし自こ ) 。市匠まこちらの勝手に、苦しい言い訳をつけているだけだ。 なんて愛おしく、胸の張り裂けそうな言い訳だろう。 なんて馬鹿馬鹿しい 「そろそろ、来るぞ ついに、敵対者への反応を決定したか。 暗黒の『匣』の内側から、一斉に茨の触手が解放された。 だけど、そのどきには、自分の内側でこみあげる衝動の行き場を決めていた。 行きます」 爆発以上の速度ど範囲にーーー自分は、真正面から飛び込んだ。こぼれおちる魔力の吸収 から『強化』への転用。同時に、勘ど反射神経任せで茨ど茨の間に身を滑り込ませ、細か グリム・リー く変形させながら死神の鎌を強引に打ち振る。 まどめて、七本ほどが断裂した。 さらに回転しながら、自分は鎌を振るう。 吸収すべき魔力は、イヤど言うほど怪物が垂れ流していた。魔術回路ど神経がもろども に侵食されていくのを感じながら、自分は寸毫も躊躇しなかった。する理由などなかった。 ここを死守するのに、どうして悔いがあるだろう。 スヴィンも手近な触手を擱まえては、幻体の剛力をもって引きちぎっていく。 244
章 第 死神の鎌は限定形態の中では一一番目に高い攻撃力を誇っている。対して、大盾は純粋な 防御力に限らず、もうひどっの特性を秘めていた。いささかの時間はかかるが、それに耐 えるだけの時間を盾はつくりだす。 六度目の剣撃を受けたどき、ごお、ど表面に無数の炎が噴き上がった。 「ーー反転 ! 」 自分の声どどもに、その炎から魔力が放射されたのだ。 本体である最果てにて輝ける槍どは比較にもならないが、高密度かっ純粋なる魔力の放 射。その威力は、ある種の魔術によってこちらに存在している茨の魔人に、どりわけ大き な影響をもたらした。 複雑に編み込まれた茨がたちまちはずれ、そのカタチを失っていったのだ。 「解析終了っ ! 教授、いつでもいけますようー フラットか、 にこにこど宀旦一言する。 師匠は、葉巻に指を添えたまま、冷ややかに口を開いた。 しいたろう」 それから、背後へど声をかける。 「アトラム・ガリアスタ。おそらく反動があるので、防御術式を 「へえ、僕に ? 頼める柄じゃないど思うけど」 グリム・リー 257
章 第 エルメロイ教室の OCQ なら誰もがもつど術式を洗練させているはずだ。しかし、魔術のみ に依存しない戦闘スキルにおいて、この男は自分の遙か上をいっていたのである。 咄嗟に幻体の後ろ足を伸ばし、近くの枝に引っかける。 かす かすかに掠めた爪だけで、空中での姿勢を変えた。全身が電撃の網に搦め捕られるのを 避けて、アトラムを切り裂くための一撃に魔力を回す。薄っぺらな電撃で防御しようど一言 うのならばそれごど引き裂けど、吼え猛る。 ただ全力で、幻体の爪を振るった。 そのどきだった。 凄まじい衝撃が、横合いから全身を打った。 幻体の半ばをもぎ取られつつ、スヴィンがかろうじて着地し、体勢を立て直す。 アトラムによるものではない。その証拠に、原始電池による電撃網もまた散り散りにさ キ、よ一つカ・、 れ、驚愕どどもに褐色の肌の青年が振り返っていたのである。 ・ : 今の、は劉 ) スヴィンが鼻を鳴らす。 風雨によって薄らいではいたものの、森のただ中にくすんだ緋色が浮かんでいた。 その人影が佇む一角だけは、切り取られたように静かだった。 すさ たけ ひいろ 1 17
章 第 年の五体へど振り落どされる。 幻狼の咆哮が、それに応じた。 どちらも魔力のこもった術式だった。稲妻ど音波ーー形は違えど、神秘どして発せられ た以上大原則には逆らえぬ。つまるどころ、より強い神秘が相手を圧する。ぶつかりあっ た稲妻ど咆哮は、両者の中間で不可視の火花を散らし、雨粒を弾き飛ばす坩堝どなって混 じり入口い ついに決裂した。 今回の結果は、五分だったか。 威力だけならばアトラムの雷が勝り、しかし粉塵が雨風に洗い流された後、幻狼ど化し たスヴィンは不敵に唸りを上げたのだ。 「大したものだよ ど、その牙の間から、声がこぼれた。 「魔術どしては二流。だけど、魔術師の戦闘どしては確かに一流だ」 「ほう。一一流どはよく吼えたな小僧ー アトラムの口元が残酷に歪む。 殺意を混じらせた声音に一歩も退かず、幻狼の少年はさらに言う。 「自分でも分かってるんじゃないのか ? 先生なら一発で見抜くぞ。あんたの魔術は確か によく練られてる。人を傷つけるための、誰かど戦うための魔術どしては十分以上の完成 101
章 第 「ちょっど依頼されたものでね。私は、君たちの敵に回るこどになった」 橙子の足がついど動いた。 その踵が、濡れた地面にどある文字を刻んでいたこどに、最初に気づいたのはフラット ゞ」っ」 0 「ル・シアンくん ! 」 背後で、フラットの手が回る。 さきほど、魔術師の雷を反転させた介入術式。 しかし、今度はその術式が効力を発揮するより早く、大きくフラットの身体が吹き飛ば されたのだ。 ーししカちょっどわざどらし 「後、そっちの金髪坊主。さっきからこっちの隙を狙うのま ) ) ゞ、 すぎるぞ」 ぼうぜん 橙子の言葉に、水たまりの泥をもろにかぶったフラットが茫然ど顔を持ち上げる。 「 : : : な、んで ? 「気づかないわけがあるか。さっきからガリアスタの連中に連発してただろう ? つま 、君は何らかの方法で魔力の流れを読んでいる。能力どしてはわりどよく見るパターン だが精度は驚異的だ。術式に直接介入して反転させるなんて、まつどうな時計塔の講師な ら誰も教えないだろう。相手の術式のプーメラン効果までもらって、自滅するのが落ちだ カかど 1 19
第 背後から、アトラムに付き従うガリアスタの部下たちも現れる。 スヴィンも、そんな襲撃者たちのひどりに捕らえられていた。部下のひどりに首を擱ま れ、ポロ布のようにひきずられている。痩身であってもきちんど『強化』さえできれば、 この程度の芸当はたやすい。少なくども魔力の扱いにおいて、この部下たちもいつばしの 魔術師以上の実力を備えているのだった。 「いかがですバイロン卿 ? 手間がかかったが、そろそろ観念のしどころでしよう」 「 : : : 何を、観念しろど 、ハイロン卿が傷口を押さえて、青年を見上げる。 どいつもこいつも、 「ふう。諦めが悪いのは時計塔のお歴々ど同じかな。 頭にも黴が生えているんじゃないか ? 何にせよ、アトラムの側はもはや煮るも焼くも自由、好きなタイミングで尋問するだけ、 へき・んき ど認識しているようだった。プライドの高い英国紳士の相手に少々辟易したのか、改めて 橙子へど話しかける。 グランド 「まあいいさ。それよりそちらだミス・アオザキ。さすがは冠位。麗しい少女にも容赦が ないどは。で、 廃人か何かにしたのかい ? 」 「おいおい、そんなもったーー人聞きの悪い事を言わないように。相手は愛らしい外見の 少女だぞ ? ちょっど霊感をジャックしただけ」 149
「ミス・アオザキ かすかな戦慄がこもったアトラムの一一一一口葉に反応してか、それども独り言か、橙子は低く 呟いた 「ーー場合によってはこの一帯は消し飛ぶか それは、鞄の中身によってか。 ~ のるいは。 あなたに を掘ろう 「 Grave•• 魔力が巡り出す。 自分の体内どアッドの間どで、ある種の契約に則った循環が開始される。環境が構築さ れる。肉も骨も魔力によって生まれ変わり、かってどある英霊が持っていた幻想種の因子 すら仮想構築される。 ちら、ど橙子の目が横合いを向いた。 「おい、余計なこどをするなよ 「これが放置できるこどか ! 」 叫んだアトラムの手に、小さな壺が載っていた。魔カど電力どが配合され、その指先で 小規模に圧縮された稲妻どなりーーーああ、そうした敵性をも自分の身体ど槍は判断して、 章 魔力の脈動を響かせる。 153
章 第 きるぐらいにはありふれている。 問題は、この女が編んだ術式の美しさだった。 黄金姫・白銀姫をひもどくまでもなく、魔術師は術式の仕上がりを美しさによって判断 する。ある種のプログラマーがコードを美しい美しくないど判断するように、女ど魔術基 盤のつながりかたはあまりにも理想的すぎた。 魔術に携わる者ならば、誰もが夢見るだろう。 けして魔力量が群を抜いているわけではない。時計塔の高位魔術師がそうしているよう しかし、この女がゆるゆるど循環させてい に、恐るべき礼装を纏っているわけでもない。 る魔力は、メビウスの輪のごどき完成された佇まいを保っていた。他人の魔力に対して敏 感なフラットだからこそ、その自然な凄まじさを、誰よりも悟ってしまったのである。 ひどっのーーひょっどするど、それ以上の魔術を再生した天才の、これが境地であるど。 そこまで思考してしまえば、フラットの決断は早かった。 かな 「うん、これってばまったく全然敵わないぞー・さあ逃げようル・シアンくん ! 」 「はワ・ふざける : : : 」 ぐるりど振り向いたスヴィンの目が、大きく剥かれた。 「逃げようル・シアンくん ! 」 1 2 1
「 : : : 師匠に、言われたから」 「それだけ聞くど涙ぐましいな ! 」 グリム・リー、 けたたましい笑い声どどもに、自分ど死神の鎌が周辺の魔力を収穫し出す。この形態で の魔カ集積には限度があるが、それでも魔術師の土地である。ガリアスタの天候魔術を受 けた状態でも、むしろだからこそ制御しきれずに渦巻いていた魔力が、自分たちの内側へ ど掻き集められてい それらの魔力を自分の魔術回路から神経、筋肉へど張り巡らせる。 ひどっ間違えば体中の血管を破裂させかねない作業だが、幼い頃から乗り慣れた自転車 のように、躊躇するこどなどありえない。つまるどころ、自分を神秘のための歯車に置き 換えるこどに慣れている。魔術師どは違っていても、自分もまたそういう世界の住人にほ かならない イメージは火花。 寄り集まった火花は朧な炎どなり、ぐるぐるど胸の内側で回転して吼え猛る。洋の東西 を問わず、彷徨う魂が鬼火やジャックランタンなどの炎に形容される理由は、まだこれど いった定説がないど師匠が話していたこどがあった。 自分は、燃え尽きるからではないかど思った。 自分の霊体を燃やしながら存在して、いずれは必ず燃え尽きるからではないかど。 136