出撃 - みる会図書館


検索対象: 提督と甲標的と、あたし
15件見つかりました。

1. 提督と甲標的と、あたし

「北上さんから通信です の北上を監督役にし、何かあってもすぐに対応可能な 大井が差し出してきた〈ッドフォンとマイクを手に鎮守府のすぐそばの海域で訓練を行うことにな 0 た。 取る。コードの先は大井の艤装に繋がっている。 総勢で二百隻弱の艦娘を配下に抱えるいま、いちいち 艦娘達の艤装には主に鎮守府との間で使われる長距 個別の演習や訓練の一つ一つに一つ一つに口を出さな 離通信と、艦隊内での連絡に使用する短距離用の隊内 い俺も今回ばかりは見に来ている。 電話の二つがある。 北上のたっての希望で先生役は彼女が行うことに 今回の慣熟訓練は埠頭から見えるすぐそこで行うの なった。もしかしたらこれで大っぴらに阿武隈をいじ でこうして大井の艤装を利用して隊内電話で指示を出れるとでも考えているのかもしれない。大井は通信の すことになっていた。 中継と万が一の場合のバックアップだ。 「二人とも、調子はどうだ」 『北上さん、ぶつかってこないでくださいよリ』 『絶好調だよー』 『そっちこそリ』 『問題ありませんリ』 隊内電話でやりあう一一人の会話に俺は耳を傾ける。 俺の目の前で朝から行われているのは阿武隈改二の 実物の艦船ほどではないにせよ艦娘は急には止まれ 慣熟訓練だった。二回目の改装により大幅に艦娘とし ないので最小単位である一一隻での艦隊運動すら接近し ての状態が変化した阿武隈は出撃のみならずいきなりて行うのは危険を伴う。 演習や遠征に出すのも危ぶまれた。 単縦から並進、そしてまた単縦と陣形をめまぐるし なのでこうして通常の演習のシフトとは別に秘書艦 く変化させ、北上と阿武隈は何度か回頭する。この二 提督と甲標的、あなし 18

2. 提督と甲標的と、あたし

生身の部分だけで行動しているときにはただの少女 吹きすさぶ朝の風で立てられた波が艦娘出撃用の埠 にしか見えない艦娘達が、妖精達による人智を越えた 頭に押し寄せ水飛沫を上げる。いつもの『提督』の制 テクノロジーの結晶であるのを思い知らされる。 服の上から外套に身を包み、埠頭に立っ俺の帽子を頭 「提督、ど、つかしました ? から降り注ぐ海水が濡らす。 知らぬ間に大井を見つめていた。不審げにする大井 傍らに立っ艤装を完全装備した大井にも等しく水飛 沫は襲いかかるが、雷巡改二の制服で肌をさらす彼女から視線を外し、俺は双眼鏡を構えて改めて沖合を見 はびくりともしない 艦娘出撃埠頭の一キロメートルほど沖合、鎮守府の 俺の見ている前で艤装から生じる斥力が大井の肌に 」こまとんどの海水をはじきとばし、吹き抜ある内海の湾を久しぶりに見る雷巡改二の制服で艤装 到達する前し : けた風はよく手入れされた大井のやや癖のある長い髪を背負 0 た北上が航行し、そのすぐ後ろに阿武隈が真 剣な面持ち北上の航跡を追っている。 を揺らす。 全身に魚雷を身につけ、艤装の煙突から煙を吐きな なんど目にしても驚異そのものの技術だった。水を 受け付けず海水に沈まない彼女たちは海の上で『転ぶ』がら波を立てて疾駆する北上を朝陽が照らす。その姿 的 ことすら可能だ。『提督』として着任してすぐ、練度のは執務室の炬燵でだらけて寝ている少女とは大違い 甲 低い駆逐艦が高速航行中にバランスを崩して転倒してで、俺は改めて感嘆する。 あれこそが北上の真の姿、あれこそがーー艦娘たる そのまま海面上をごろごろ転がっていくのを見たとき の本分。 にはあまりの異常さに驚いたものだった。

3. 提督と甲標的と、あたし

も、頑張ります 一小書を書き終える。 改装を受けても艦娘そのものの肉体的な部分はほと 「北上、たまには秘書艦の仕事だ。後でこれを配布し んど変化しない。耳に来る甲高い声ばかりは改装でもておいてくれ」 変わらなかったらしく、勇ましい内容に不釣り合いな ーい。でも提督、もう夜だよ。まずはご飯に行こ 幼い声で敬礼すると阿武隈は出て行った。 、つよ」 北上の言葉に壁の時計を見やればそろそろ食堂が混 「なんだが元気が空回りしている感じですね」 「格好は大人っほくなったのに喋り方は前の阿武隈とみ始める時間だった。秘書艦に作ってもらったり食堂 同じなのが変な感じー」 から持ってきてもらったりして執務室で食事を取る提 好き勝手に言い合う大井と北上。自分たちだって女督も多かったが、俺は艦娘全員と接触できる貴重な機 学生のようなプレザーから、何かのキャンペーンガー 会としてできる限り食堂に赴くようにしていた。 北上を大井を伴って執務室を出て食堂へ向かう。ち ルのごときへソ出しミニスカートに格好が変わってお いて人のことなど言えたものか、と俺は思うがロに出なみに提督の執務室と同じ棟にあるのは重巡以上の大 しはしない 型艦向けの食堂で、あまりにも数が多い駆逐艦と軽巡 そのまましばらく北上と大井に喋るままにさせなが向けの食堂は別のところにある。 ら、俺は阿武隈がやってきたことで中断した書類仕事 雷巡は身体こそ軽巡と同じではあるが役目としては を再開する。翌日の演習と遠征の計画、夜のうちにも 駆逐艦を率いる軽巡よりも遠距離攻撃を担う空母など 欠かさない鎮守府前面の哨戒などについて一通りの指に近い。秘書艦とその付き添いとして執務室によく顔 提督と甲標的と , あたし 12

4. 提督と甲標的と、あたし

「大井っち、「提督が北上さんにあんな武器載せよう炬燵に入る北上と軽口を交わしながらやれば俺だけの としたら、私が魚雷で懲らしめてやりますから』だっ時よりもすいぶんと捗った。 た あ 「 : : : よし、今日はこの辺で終わりにしよう」 と 北上の真似する大井の口調があまりにそれつほくて 「おっかれー」 俺は笑ってしまう。正反対のようでいながら、なんだ 書類をしまった俺は執務机から立ちあがり伸びをす かんだで彼女たちは姉妹なのだ。 る。炬燵の中で備え付けのミカンをばくついていた北 「大井は : その、あれについては気にしていない 上が拍手してくれる。 のか」 北上が来てくれて延長したおかげでだいぶ遅い時間 「大井っち、魚雷さえ撃てればそれでいいからー になってしまった。嫌がる彼女を炬燵から追い出し、 言われてみれば確かに、大井はそのあたり実に割り 帰り支度を整えながらこのまま北上を鎮守府の外にあ 切ったものだった。北上とは違って実艦の頃に早く沈 る自宅へと連れ帰れたら、と思ってしま、つ。 んでしまったのもあるのかもしれない だがケッコンしていない艦娘を勝手に外泊させるの 北上が来てくれたことで気力が盛り返した俺はもう いくら俺たちが深い仲とはいえ他の艦娘に示しが いちど仕事に取りかかる。 付かず難しかった。 装備改修の予定表を作成し、駆逐艦たちの練習航海 北上を促して二人で執務室から外に出る。 のローテーションを組み、大型艦の中から演習に出す「提督、帰る前にちょっと散歩していかない ? ものを選ぶ。複雑きわまりない事務作業も、ときおり 昔み

5. 提督と甲標的と、あたし

判ってないな、とばかりに首を振る北上に俺は何も 俺と一緒に見るでもなく報告書を眺めていた北上が 言えない。 目ざとく何かを見つける。その指先を目で追えば、名し あ 同じ重雷装巡洋艦どうしの北上と大井は艦娘寮で同簿の中の『阿武隈』の文字が目に入る。 と 的 北上の指差した艦娘練度一覧表の阿武隈の欄には、 室で暮らしている。秘書艦と言、つこともあり勤務時間 中の大半は俺と執務室で過ごしている北上だが、秘書工廠の妖精による『改装可能』の判定の印が付けられと ていた。 艦勤務の時間以外のほとんどは大井と共に過ごしてい る。いったい二人で何を話しているのやら。 大井の出ていった執務室で俺と北上はふたたび二人 で寄り添って炬燵で暖まる。 舟女には練度があり、ある程度の高さまで練度が向 流石にもう餌付けをするのも気恥ずかしく、俺は大 井が置いていった演習の報告書をめくる。 上した艦娘は改装を受ける。提督なら誰でも知ってお り、それなりに長く戦っている艦娘なら誰でも経験す ここしばらく戦況も安定し、大規模攻勢の報もない のでこうしてゆるゆると過ごせるのはまことに幸せのることだ。 限りだった。 だが改装にはどの艦娘にも可能な一回目と、限られ た者のみが許された二回目以降がある。装備や制服の 報告書に記載されている演習に出した艦娘達の成績 は上々だった。 みならず場合によっては艦種すら変化する二階目以降 の改装はすなわち歴戦の艦娘の証だった。 「あれ ? 提督、これって」

6. 提督と甲標的と、あたし

俺の配下の艦娘達で言うと、北上と大井を皮切りに ので昔の制服を着たままとは行かないが、こうして秘 駆逐艦の何隻かと重巡の何隻かが二回目の改装を済ま書艦としている分には艦娘制服はただの人間の衣服と 変わらない せて改二になっている。 相棒の大井は真面目に冬になっても改二の薄着で過 「やはり、次の改二は阿武隈だな」 ごしていたが、流石の彼女も真冬になると少し肌寒い 「あの娘が ? 」 北上に餌付けをして遊んだあの日から数日後。改めとこほしていた。 て配下の艦娘の練度一覧を眺めて俺は独りごちると、 「あたしは仲良くしようと思ってるのに、阿武隈が嫌 相変わらず炬燵に入ってうつらうつらしていた北上が がるんだよね , 耳ざとく反応する。 北上はそう一言うが、阿武隈からは嫌がらせばかりさ 「なにか不満か ? 」 れると聞かされている。間に立つ大井に真相はどうな のか聞いてみてことがあるが、彼女も呆れたように首 「んー、不満じゃあないけどさ : ・ それきりもごもごとロの中でなにか呟いている北上を振るばかりだった。 し た あ 艦娘達のかっての記億には濃淡があり、艦としての の横顔を俺は執務机に座ったまま見つめる。ここしば と らく彼女が改二の雷巡でありながらも北上改の頃と同戦歴を克明に記憶している者もいればなんとなくのイ 的 標 じ濃緑のプレザーを着て過ごしているのは単に寒いか メージしかないものもいる。阿武隈と北上の間での衝 ららしい 突についての記意はだいぶ曖味なもののようだった。 出撃ともなれば艤装とのマッチングに問題が生じる 「阿武隈、入ります

7. 提督と甲標的と、あたし

た。執務室の窓際で抱き合いながら、頭の片隅で誰か娘達と会話を交わした後で再び執務室に戻って残りの ここにやってきたらと考えたが、 今さら見られたとこ仕事をこなそうとする。 ろでど、つだっていい。 ひとりきりだと集中できるかと思ったが傍らに北上 それに俺と北上が深い仲なのは自分たちで言いふらの気配がないとどうも落ち着かない。いまいち気分が しこそしていないが今や誰でも知っている。何も感づ乗らず仕事が進まないまま夜が更けていく。 いていないのはおばこの駆逐艦たちくらいだ。 しいかげんそろそろ家に帰ろ、つかと思ってたところ だいぶ経って泣き止んだ北上は、涙で赤くなった眼でようやく北上が姿を表す。 をこすると照れ笑いしながら足早に執務室を出て行っ 「やつほー 北上さまのお出ましだよー 「遅いな。今ごろ何しに来た」 」上のいなくなったひとりきりの執務室で、俺は雑「あっ、せつかく来てあげたのに。提督ひどーい」 念を払うべく机に向かう。 戯れに厳しい言葉をかけてみると北上は大げさにロ 報告のために執務室に姿を表した艦娘達からは揃っ を尖らせて抗議する。しばし見つめ合ったあとで俺た て秘書艦のはずの北上が執務室にいないことを指摘さちは二人で笑い出す。 れ、俺はそのたび曖昧に口を濁してやりすごすしかな 「だいぶ元気になったみたいじゃないか」 かった。 「うん。部屋で大井っちにも話を聞いてもらってた」 そうして時刻は夜になり、相変わらず北上は姿を表 そう北上は彼女のこの部屋での定位置である炬燵に さないので俺は一人で食堂に向かった。食堂に集う艦するりと滑り込む。 27 提習と甲標的と、あたし

8. 提督と甲標的と、あたし

俺に有無を言わせるまもなく北上はエ廠に向かって 駆けだしている。少し離れたところで立ち止まった北 上は早く早くとこちらを手招きする。 まったく、ころころと猫の目のよ、つに気分を変える のは参ったものだ。だがれた弱み、俺は北上の手招 きに苦笑しながらついて行くしかなかった。 「こんな時間になにやってんの ? 」 二人で足早にエ廠に近づくと件の甲高い声はより聞 こえるよ、つになってきた。 「それは、その、えっと : 一人で艤装を身につけてプ 1 ルに浮かぶ阿武隈は、 何かを号令するかのような声はエ廠の中ではなく、 、ゝナこ艮を【冰がせた。しどろ 姿を表した俺たちのⅢし力し : 目 裏手から聞こえてきている。 もどろに要領を得ない返事をする阿武隈を余所にプー 「提督、静かにね」 やるき満々の北上に俺は声を出さずにうなずく。エルの横にあるクレーンの一つが勝手に動き出す。 ウインチが作動し、水面に垂れているワイヤーが引 廠の裏手には、海に出ずに艤装を着けての簡易航行テ き上げられるとともに水中から甲標的が姿を表す。自 ストを行うための大きなプールがある。プールの周り に立ち並ぶ整備用のクレーンの合間から俺たちがのぞ動でクレーンは動き、ワイヤーに吊り下げた甲標的を 阿武隈の元に運んでくる。目をこらせば空中に吊り上 「あたしの声が聞こえる ? ほら、沈んでからあっち ああっ違、つリ違、つったらリ に向かって動いて : 浮上浮上リ」 甲高い声の正体は何を隠そう、昼間にさんざん聞い た阿武隈のものだった。 31 提賢と甲標的と、あたし

9. 提督と甲標的と、あたし

んな風に改装されるのかは判らないがこれで阿武隈も 北上が滅多に使わないので埃を被りつつある秘書艦 少しは強くなることだろ、つ。 用の事務机に座った大井は手元の茶を一口すする。 そうして、一人で仕事を進めながら時折やってくる 「私たち雷巡改二が寒そうだと思うのなら、改のとき 艦娘達の相手をして過ごすことしばし。 の制服なんて着せていないで何か上着を用意してあげ 窓から差し込む陽差しにタ刻の訪れを感じながら、 ればいいじゃないですか」 俺はお茶を差し入れに来てくれた大井を引き留めて世「そうは言ってもな、さすがに北上ひとりだけを特別 間話に盟 ( じる。 キいするわナこよ、ゝ ししーし力ないだろ」 「それにしても大井、その格好で寒くないのか ? 「北上さんと個人的に親しくしてるのに ? いまさら 「海の上に比べたら陸の上での生活なんて、夏でも冬そんなの白々しいですよ ? 提督ー でも変わりませんよ」 そう指摘されると事実そのものなので、俺は大井に 「いや、そういう話では無くてな : : : 」 返す言葉もない。 寒いからと雷巡改の制服を着て炬燵に入って過ごし 北上とは単なる提督と秘書艦の関係を越えて、既に ている北上とは大違いで、大井は出撃はなくとも毎日お互い恋人同士と言っていい仲になっている。まだ練 きちんと雷巡改二の制服を身につけている。北上とは度が足りていないが、いっか必ずケッコンカッコカリ 違って勤務時間中は炬燵に入ったりすることもない の指輪を渡してやるつもりだった。 同じ球磨型の軽巡をベースにした雷巡でもこれほど お互いの言葉が不意に途切れ、俺と大井の間に沈黙 までに性格が違、つのかと接する度に感心してしまう。 が広がる。なにか言葉を探そうとしたところで執務室 提督と甲標的と、あたし 10

10. 提督と甲標的と、あたし

「ええー、ケチ」 俺の後ろに座る正規空母たちがちょうどそのことに 「そ、ついえばさー提督。あたしたちの甲標的にも妖精 ついて話している。 が乗ってるよね ? あれにも艦載機と同じで熟練度が 彼女たちが話題にしているのは、つい先日、空母のあるのかなあ ? 艦娘の装備ーーー艦載機に付属している妖精に突然発生 「エ廠からは報告は来ていないが : それは使って した熟練度の概念についてだ。 る北上の方がよく判るんじゃないのか ? 」 むしろ今までそうい 0 た現象がなか 0 たのが不思議「うーん、あの子たちよくわかんないんだよね。大 だったとも一一一一〔える。砲や魚雷とは異なり空母艦娘の艦井っちはどう ? 載機はパイロット役の妖精がそれぞれに搭乗してお 「私もさつばりです」 り、明らかに自律行動しているのだ。 大井と北上がうなずき合う。 なので、艦娘が経験を積んで練度が上がるのと同様「というか、ず 0 と使 0 てたけど気にしたことなか 0 に艦載機の妖精達にも同じ現象が起きない方がおかし たって一一一口ったほ、つがいい力も かったと一一一一口、んよ、つ。 頬杖をついた北上が小さく呟く。 そうして熟練度の概念が生じたおかげでいまの鎮守 俺の配下の千歳と千代田はすぐに軽空母に改装した 府は空母たちが優先して演習に出撃し、ひたすら艦載ので甲標的母艦として運用されたことはない。木曽は 機を鍛えている。そんなわけで甲標的による長距離攻練度が足りずに軽巡のままなので、俺の元で甲標的を 撃役として役目の被る雷巡はしばらくお役御免だっ 使うのは目の前の北上と大井だけだ。 15 提督と甲標的、あたし