声 - みる会図書館


検索対象: 提督と甲標的と、あたし
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1. 提督と甲標的と、あたし

いわく、駆逐艦寮のトイレの一番奥の鏡に深夜零時 いっかの北上の言葉を思いだして応えると彼女はく に姿が映らなかった娘は次の日に大破する。 すりと笑う。そのまま見つめ合った俺たちはどちらか いわく、夜中にポーキサイト倉庫から廃棄されて資 らともなく口づけを交わす。そうして 源になった艦載機の妖精がシクシク泣く声が聞こえ 「ねえ、へんな声がしなかった ? 」 る。 「声っ・ いわく、誰もいない大浴場の水面がまるで深海棲艦 さっと振り向いた北上があたりを見回しながら小声 「、問、つ の潜水艦が居るようにひとりでに屋しく泡立つ。 いわく 気のせいだろと返そうとして、甲高いどこかで聞い まことしやかに囁かれる蚤談の大半は、たいしたこ たような声が俺の耳にも入る。 とのない現象を大げさにとらえた年若い小型艦たちの どうやらその声はだいぶ遠くのエ廠の裏手あたりか 勘違いが生み出したものだろう。 ら響いてくるようだった。 魚雷戦の教官役を務める北上は駆逐艦と接してその 「もしかして、お化けとか ? ・ 先ほどまでの切なそうな雰囲気をすっかりかなぐり手の怪談をよく知っていて、俺にもなんどか聞かせて くれた。というより蚤談のうちのいくつかは駆逐艦た 捨てた北上は目を輝かせている。そういえば彼女はこ ちを怖がらせるために北上が創作しているのではない の手の話が大好きなのだった。 かと俺は疑っている。 鎮守府には駆逐艦が怖がるような屋談がいくつか流 「見に行ってみようよ " 布している。 提督と甲標的と、あたし 30

2. 提督と甲標的と、あたし

俺に有無を言わせるまもなく北上はエ廠に向かって 駆けだしている。少し離れたところで立ち止まった北 上は早く早くとこちらを手招きする。 まったく、ころころと猫の目のよ、つに気分を変える のは参ったものだ。だがれた弱み、俺は北上の手招 きに苦笑しながらついて行くしかなかった。 「こんな時間になにやってんの ? 」 二人で足早にエ廠に近づくと件の甲高い声はより聞 こえるよ、つになってきた。 「それは、その、えっと : 一人で艤装を身につけてプ 1 ルに浮かぶ阿武隈は、 何かを号令するかのような声はエ廠の中ではなく、 、ゝナこ艮を【冰がせた。しどろ 姿を表した俺たちのⅢし力し : 目 裏手から聞こえてきている。 もどろに要領を得ない返事をする阿武隈を余所にプー 「提督、静かにね」 やるき満々の北上に俺は声を出さずにうなずく。エルの横にあるクレーンの一つが勝手に動き出す。 ウインチが作動し、水面に垂れているワイヤーが引 廠の裏手には、海に出ずに艤装を着けての簡易航行テ き上げられるとともに水中から甲標的が姿を表す。自 ストを行うための大きなプールがある。プールの周り に立ち並ぶ整備用のクレーンの合間から俺たちがのぞ動でクレーンは動き、ワイヤーに吊り下げた甲標的を 阿武隈の元に運んでくる。目をこらせば空中に吊り上 「あたしの声が聞こえる ? ほら、沈んでからあっち ああっ違、つリ違、つったらリ に向かって動いて : 浮上浮上リ」 甲高い声の正体は何を隠そう、昼間にさんざん聞い た阿武隈のものだった。 31 提賢と甲標的と、あたし

3. 提督と甲標的と、あたし

赤城に声をかけられて俺は彼女が通りやすいように そんな家に、今の関係になってからは北上を何度か 椅子を少し動かす。その後についてぞろぞろとやって泊まらせたりしていた。 きた演習を終えた正規空母たちの一団は声高に喋りな 「だがな、そういうのはあんまり大きな声で喋るな」 がら俺の後ろの席に陣取った。 しいじゃん」 今週の夕食のメニュ ーについて、休暇で外出したと 「そうですよ提督。はやく北上さんとケッコンして、 きに見た映画、流行の冬物のファッション。かしまし きちんと責任取ってくださいよ . くしゃべくる空母たちの会話に耳を傾けていると、 大井にまで怒られるのは納得いかないが、万事につ 上がテープルに身を乗り出して話しかけてくる。 け北上の味方をする大井には反論しても無駄だという 「ねえ提督、次の外出のときにまた遊びに行ってもい のはこれまでの経験で身にしみていた。 いまだ北上とケッコン出来ていないのは彼女の練度 「もちろんだとも」 が不十分だからだ。装甲が脆弱で傷つきやすい雷巡は 「へへー、やったあ。ありがとね」 演習で育ててやるべきなのだが、最近になって空母た 鎮守府の営内で暮らしている艦娘達とは違って俺はちに追加された新たな要素がそれを阻んでいた。 外に「提督』用の邸宅を支給されている。しよっちゅ 「加賀さんの烈風、何本線になりました ? 」 う執務室で夜を明かしているのであまり自宅という感 「斜め三本線まで行ったわね」 覚はないが、とはいえプライベートの空間なのは確か 「あ、 いいですね。次は私にも使わせてくださいリ」 「瑞鶴、自分の艦載機くらい自分で育てなさいな」 ヾ、 ) 0 提督と甲標的と、あたし 14

4. 提督と甲標的と、あたし

海上で静止する北上と阿武隈。 入る。だが阿武隈は首を振って応じない。 数分の後に標的から発信された訓練用魚雷命中の信 『沈めれば自分で動くからさ、ほら』 号を大井の艤装が受信する。そこからまたしばらくし 『装備が勝手に動くって、水偵じゃないんだから : て、帰還した甲標的を北上は海面からすくい上げて艤そんなの信じられませんリ』 装の腰のところに吊す。 阿武隈の耳をつんざく高い声での抗議に俺は顔をし 傍から見ている分には何が起きているのか判然とし かめる。双眼鏡の中では、困ったように北上が肩をす ない。そもそも艦娘ならぬ身には北上がどうやって甲くめていた。 肉本勺こよゝ弓、、 標的を動かしているかすらわかりよ、つかない。 ーカし少女そのもの、戦闘の知識などと かって尋ねてみたことはあったが、北上は曖味に一一一口ても似合わなさそうな艦娘が各種の装備を手足のよう 葉を濁して笑うだけだった。 に操れるのもまた人智を越えた妖精達由来のテクノロ 北上と同じく阿武隈も背中の艤装の腰のあたりに甲 ジーの産物だ。 標的を吊している。恐る恐るそれを海面に下ろそうと 例えば戦艦なら、恐ろしく複雑な測距と計算の必要 する阿武隈。 なはずの遠距離の公算射撃を自らの眼と頭の中の暗算 『ほら、そこで手を離して』 でのみこなす。人間ではとても追いかけきれないはず 『そんなことしたら沈んじゃうじゃないですか " " 』 の対空射撃を艦娘は眼で追うだけでやり遂げる。 『沈めないでどうするのさーもう』 電探や測距儀、高射装置といった装備は彼女たちに 北上がしきりに促す声が隊内電話を通じて俺の耳に とって補助器具であり、艤装を背負った時点で艦娘達 提腎と甲標的と、あたし 20

5. 提督と甲標的と、あたし

も、頑張ります 一小書を書き終える。 改装を受けても艦娘そのものの肉体的な部分はほと 「北上、たまには秘書艦の仕事だ。後でこれを配布し んど変化しない。耳に来る甲高い声ばかりは改装でもておいてくれ」 変わらなかったらしく、勇ましい内容に不釣り合いな ーい。でも提督、もう夜だよ。まずはご飯に行こ 幼い声で敬礼すると阿武隈は出て行った。 、つよ」 北上の言葉に壁の時計を見やればそろそろ食堂が混 「なんだが元気が空回りしている感じですね」 「格好は大人っほくなったのに喋り方は前の阿武隈とみ始める時間だった。秘書艦に作ってもらったり食堂 同じなのが変な感じー」 から持ってきてもらったりして執務室で食事を取る提 好き勝手に言い合う大井と北上。自分たちだって女督も多かったが、俺は艦娘全員と接触できる貴重な機 学生のようなプレザーから、何かのキャンペーンガー 会としてできる限り食堂に赴くようにしていた。 北上を大井を伴って執務室を出て食堂へ向かう。ち ルのごときへソ出しミニスカートに格好が変わってお いて人のことなど言えたものか、と俺は思うがロに出なみに提督の執務室と同じ棟にあるのは重巡以上の大 しはしない 型艦向けの食堂で、あまりにも数が多い駆逐艦と軽巡 そのまましばらく北上と大井に喋るままにさせなが向けの食堂は別のところにある。 ら、俺は阿武隈がやってきたことで中断した書類仕事 雷巡は身体こそ軽巡と同じではあるが役目としては を再開する。翌日の演習と遠征の計画、夜のうちにも 駆逐艦を率いる軽巡よりも遠距離攻撃を担う空母など 欠かさない鎮守府前面の哨戒などについて一通りの指に近い。秘書艦とその付き添いとして執務室によく顔 提督と甲標的と , あたし 12

6. 提督と甲標的と、あたし

UI<OGITEI PRESENT l<an-CoIIe Fan-Fiction Novel VOI. 、申標的と、あたし ir 1 Torpe M ・ get Sub ånd 工 イラスト七 蓍宇古木蒼 北上は俺に、そう告げた ある冬の日 載せないでよね。 提督、あの武器だけは

7. 提督と甲標的と、あたし

提督と甲標的と、あたし Admira1, Torped0, Midget Sub and 工 著宇古木蒼 イラスト七新

8. 提督と甲標的と、あたし

「提督、お願いがあるんだけどさ。あの武器だけは、 やつば載せないでよね。頼んだよ : あの冬の日。彼女は俺に、そう告げた。 「提督、呼んだ ? 」 俺が首を振ると北上は不思議そうに小首を傾げ、し ばらくすると先ほどまでのように炬燵の中で暖まりな がらばうっとしだす。書類仕事の傍ら横目で眺めてい ると、数分後には北上はうつらうつらと前後に舟をこ ぎ始める 今にも炬燵の天板におでこをぶつけそうな北上に 「まったく : 笑ってしまいそ、つになりながら、俺は演習向けの艦隊 たつけか ? 編成から開発と建造の指示、つぎの改装対象の艦娘の 俺がふと漏らした独り言に炬燵の中の北上は目ざと選定まで仕事を進めていく。 窓の外では雪がちらっき始めている。駆逐艦たちが く反応してこちらに視線を向ける。その耳ざとさがそ 軽巡に連れられてよくやっている体力作りのための走 れこそ猫のようだ。 季節は冬。提督のーー俺の執務室には秘書艦の北上り込みもそろそろ辛くなってくる季節だろう。 艦娘制服は艤装と組み合わさった状態で百パーセン のたっての希望で炬燵が設置されていた。提督もこの トの力を発揮する。逆に言えば艤装無しのときの制服 中で仕事しようよとなんども誘われながらも炬燵とは は人間の衣類と大差ない。極寒の北洋の海を航行でき 別に執務机を用意しているのはちょっとした意地と、 る艦娘である北上が炬燵に入って丸まっているのはそ 他の艦娘に対する威厳を保っためだ。 なんとかは炬燵で丸くなる、だっ 3 提督と甲標的と、あたし

9. 提督と甲標的と、あたし

ういう事だった。 け『秘書艦』は存在すると一一一〕えた。 「うーん : ・ : ・大井っち : それはダメ : : : 」 「魚雷 : : : 四十発・・ : : もう撃てないよお・・ ついに炬燵の天板に突っ伏して涎を垂らした北上が いったい何の夢を見ているのか北上は幸せそうにむあ と 寝言を漏らす。気持ちよさそうにしているその姿を眺 にやむにやと呟いている。 めていると実に心が和む。 着任してから色々な艦娘を秘書艦に置いてきて、俺と 『秘書艦』にどこまでの役目を持たせるかは、各々のが最後に行き着いたのがこの北上だ 0 た。 提督のさじ加減と秘書艦を務める艦娘の能力と性格に いくら秘書艦が助けになろうと最終的に決断を下 寄るところが大きい すのは提督たる自分だ。紆余曲折を経てそう考えた俺 情報処理に優れたものを据えて文字通り秘書としては、事務仕事をそのまま手伝 0 てもらうよりもこうし 働かせる提督がいれば、書類仕事は苦手でもリーダー て和ませてくれる方を選んだ。 シップに長けたものを登用して艦娘達の精神的支柱 すぐに終わらせる必要があったいくつかの書類への にする提督もいる。駆逐艦を秘書艦にして艦隊のマスサインを終えて一息ついて伸びをする。 コットにすると同時に提督からは直接目の届きにくい 執務机から立ち上がった俺が炬燵で眠る北上の隣に 駆逐艦娘の世界をのぞく窓にする者もいる。 潜り込むと、目を覚ました彼女は寝ほけ眼でこちらを 持ち回りで様々な艦娘を秘書艦にされることもあれ見やった。 ば、決まった一人だけが重用されたりもする。 「あれ、提督じゃん : 提督の数だけ鎮守府があるのと同様に、提督の数だ そのまま猫のように身体をすり寄せてくる北上。半

10. 提督と甲標的と、あたし

に入る俺たちを見下ろしていた。 ば抱きつくようにしてくる北上の肩を片手で抱きなが ら、俺はもう片方の手で炬燵の上に並べられた菓子ー 「大井っちも入る ? 暖かいよ ? ー北上が毎日わざわざ用意しているものだ。ーーを手に 「なつ一緒になんて : : : 」 続けて怒ろうとしたところで北上に割り込まれ大井 取る。 はロをばくばくとさせる。しばらく何か一一一口いたげ・に視 片手で包装を剥いた饅頭を俺の肩にもたれかかる北 上の口元へ持っていくと北上は顔だけ動かして饅頭に 線をさまよわせたあとで大井は盛大にため息をつく。 北上のことを他のどの姉妹艦よりも大切に思ってい 食らいつく。その様子がまるで動物に餌付けをするよ る大井は、そんな北上を奪った と、大井は感じて 、つで面白く、俺は結局まるまる一個分を北上に食べさ せてしま、つ。 いるらしいーーー俺に対してことさらに厳しかった。 、これ今日の演習の結果です。提督、昼間から もう一個ちょうだい、と目で催促する北上の可愛ら いちゃっくのはまあ良いですけど : もし北上さん しさに俺は再び菓子を手に取る。今度は煎餅を北上に 食べさせようと口元に持っていったところで、ノック を裏切ったら、私が海に沈めますからね , し とともに執務室のドアが開かれた。 も、つ何度目になるか判らない、飽きるほど聞かされあ た脅し文句を捨て台詞にして大井は執務室を出て行っ 「提督、まーたそんなことしてるんですか。相変わら 的 標 甲 ずお熱いことで : と もうすっかり聞き慣れた氷のように冷たい声色。執「大井っちも、もっと素直になれば良いのにねー」 務室のドアの向こうでは、北上の姉妹艦の大井が炬燵「素直 ? あれで十分素直だろ」