巡 - みる会図書館


検索対象: 提督と甲標的と、あたし
33件見つかりました。

1. 提督と甲標的と、あたし

「大井っち、「提督が北上さんにあんな武器載せよう炬燵に入る北上と軽口を交わしながらやれば俺だけの としたら、私が魚雷で懲らしめてやりますから』だっ時よりもすいぶんと捗った。 た あ 「 : : : よし、今日はこの辺で終わりにしよう」 と 北上の真似する大井の口調があまりにそれつほくて 「おっかれー」 俺は笑ってしまう。正反対のようでいながら、なんだ 書類をしまった俺は執務机から立ちあがり伸びをす かんだで彼女たちは姉妹なのだ。 る。炬燵の中で備え付けのミカンをばくついていた北 「大井は : その、あれについては気にしていない 上が拍手してくれる。 のか」 北上が来てくれて延長したおかげでだいぶ遅い時間 「大井っち、魚雷さえ撃てればそれでいいからー になってしまった。嫌がる彼女を炬燵から追い出し、 言われてみれば確かに、大井はそのあたり実に割り 帰り支度を整えながらこのまま北上を鎮守府の外にあ 切ったものだった。北上とは違って実艦の頃に早く沈 る自宅へと連れ帰れたら、と思ってしま、つ。 んでしまったのもあるのかもしれない だがケッコンしていない艦娘を勝手に外泊させるの 北上が来てくれたことで気力が盛り返した俺はもう いくら俺たちが深い仲とはいえ他の艦娘に示しが いちど仕事に取りかかる。 付かず難しかった。 装備改修の予定表を作成し、駆逐艦たちの練習航海 北上を促して二人で執務室から外に出る。 のローテーションを組み、大型艦の中から演習に出す「提督、帰る前にちょっと散歩していかない ? ものを選ぶ。複雑きわまりない事務作業も、ときおり 昔み

2. 提督と甲標的と、あたし

た。執務室の窓際で抱き合いながら、頭の片隅で誰か娘達と会話を交わした後で再び執務室に戻って残りの ここにやってきたらと考えたが、 今さら見られたとこ仕事をこなそうとする。 ろでど、つだっていい。 ひとりきりだと集中できるかと思ったが傍らに北上 それに俺と北上が深い仲なのは自分たちで言いふらの気配がないとどうも落ち着かない。いまいち気分が しこそしていないが今や誰でも知っている。何も感づ乗らず仕事が進まないまま夜が更けていく。 いていないのはおばこの駆逐艦たちくらいだ。 しいかげんそろそろ家に帰ろ、つかと思ってたところ だいぶ経って泣き止んだ北上は、涙で赤くなった眼でようやく北上が姿を表す。 をこすると照れ笑いしながら足早に執務室を出て行っ 「やつほー 北上さまのお出ましだよー 「遅いな。今ごろ何しに来た」 」上のいなくなったひとりきりの執務室で、俺は雑「あっ、せつかく来てあげたのに。提督ひどーい」 念を払うべく机に向かう。 戯れに厳しい言葉をかけてみると北上は大げさにロ 報告のために執務室に姿を表した艦娘達からは揃っ を尖らせて抗議する。しばし見つめ合ったあとで俺た て秘書艦のはずの北上が執務室にいないことを指摘さちは二人で笑い出す。 れ、俺はそのたび曖昧に口を濁してやりすごすしかな 「だいぶ元気になったみたいじゃないか」 かった。 「うん。部屋で大井っちにも話を聞いてもらってた」 そうして時刻は夜になり、相変わらず北上は姿を表 そう北上は彼女のこの部屋での定位置である炬燵に さないので俺は一人で食堂に向かった。食堂に集う艦するりと滑り込む。 27 提習と甲標的と、あたし

3. 提督と甲標的と、あたし

あり、ちょっとした共有の秘密だった。 しいな」 「ああ、それも ) に出来たお菓子屋に行っ 北上が俺の手を引き建物の裏へ引っ張っていく。あ「こんどの休みだけど、 まり使わない装備をしまっておく倉庫くらいしかなてみない ? 大井っちも連れてさ 、いいな。そろそろ炬燵に置いてる菓子を入れ替 く、海と反対側で艦娘寮の窓からも見えないこちらは えなきやと思ってたしな。しかし大井は嫌がるんじゃ 滅多に誰もやって来ない鎮守府の穴場だ。 昼間はサポりや密談に使われているここも夜になれないのか ? 」 ばます誰もやって来ない。 「大井っち、あたしと提督で二人で出かけると拗ねる んだよー 「冷えるねえ」 腕に北上の体温を感じながら他愛もない会話を交わ 北上がそっと寄り添ってきて俺の腕を取る。 す。俺たちはすっかり歩き慣れた裏庭を進み、奥まっ ただの秘書艦と提督の関係から一歩進んで付き合い には一一たあたりに積まれている予備の戦艦の主砲が座るのに だし、だがまだ他の艦娘ーーー例えば大井だ ちょうど良いのでそこに腰を下ろす。 人の関係を明かしていなかった頃。 寄り添ってくる北上の肩を抱く。二人の吐く白い息 あれは北上が改二の雷巡になるかならないかぐらい の頃だったか。 が星空のしたで混ざり合う。 秘書艦と提督として遅くまで仕事をしたあと、こう 「提督、こんなあたしを選んでくれて : : : 本当に、 して鎮守府の裏庭で星を見ながら散歩をする。デートありがとねー とも一一一一口えないようなそれが当時の俺たちの間の日課で 「ああ。俺は趣味がいいからな」 29 提習 4 甲標的と、あたし

4. 提督と甲標的と、あたし

も、頑張ります 一小書を書き終える。 改装を受けても艦娘そのものの肉体的な部分はほと 「北上、たまには秘書艦の仕事だ。後でこれを配布し んど変化しない。耳に来る甲高い声ばかりは改装でもておいてくれ」 変わらなかったらしく、勇ましい内容に不釣り合いな ーい。でも提督、もう夜だよ。まずはご飯に行こ 幼い声で敬礼すると阿武隈は出て行った。 、つよ」 北上の言葉に壁の時計を見やればそろそろ食堂が混 「なんだが元気が空回りしている感じですね」 「格好は大人っほくなったのに喋り方は前の阿武隈とみ始める時間だった。秘書艦に作ってもらったり食堂 同じなのが変な感じー」 から持ってきてもらったりして執務室で食事を取る提 好き勝手に言い合う大井と北上。自分たちだって女督も多かったが、俺は艦娘全員と接触できる貴重な機 学生のようなプレザーから、何かのキャンペーンガー 会としてできる限り食堂に赴くようにしていた。 北上を大井を伴って執務室を出て食堂へ向かう。ち ルのごときへソ出しミニスカートに格好が変わってお いて人のことなど言えたものか、と俺は思うがロに出なみに提督の執務室と同じ棟にあるのは重巡以上の大 しはしない 型艦向けの食堂で、あまりにも数が多い駆逐艦と軽巡 そのまましばらく北上と大井に喋るままにさせなが向けの食堂は別のところにある。 ら、俺は阿武隈がやってきたことで中断した書類仕事 雷巡は身体こそ軽巡と同じではあるが役目としては を再開する。翌日の演習と遠征の計画、夜のうちにも 駆逐艦を率いる軽巡よりも遠距離攻撃を担う空母など 欠かさない鎮守府前面の哨戒などについて一通りの指に近い。秘書艦とその付き添いとして執務室によく顔 提督と甲標的と , あたし 12

5. 提督と甲標的と、あたし

まの駆逐艦たちが全く寒さを感じさせない様子であた 慣熟訓練中の雷巡改一一の制服から北上は雷巡改の長 りを行き交っていた。 袖に着替え直していた。制服は艦娘寮の部屋で保管し しばらく歩き続けてようやく執務室や大型艦用の食ているから、わざわざ寮まで戻って着替えてからもう 堂のある棟にたどり着き、玄関の扉を開けて中に入っ 一度執務室にやってきたのか。 た俺はそこで一息つく。 艤装を着けていないと寒いから普段は長袖の雷巡改 失敗に終わった慣熟訓練のあとで阿武隈を連れて陸の制服を着ているのだとかって北上は話していた。だ に上がった北上は言葉少なにしていた。常にゆるい態 が今の彼女は、それだけとは思えない何か違う雰囲気 度を貫き、めったに動揺したりしない彼女にとっても をまとっている。 応えたらしい 「今日の訓練、ごめんねー」 阿武隈をエ廠で検査するのが先決だったので北上 「北上は何も悪くないさ。いきなり阿武隈に甲標的を とはすぐに別れていた。もしかすると艦娘 ~ 尞に引きこ 使わせようとした俺がまずかった」 もったりしていないだろうかと危惧しながら執務室の 慰めの言葉にも北上は釈然としない様子だった。 ドアを開けると、窓際にいた北上が俺に振り返る。 窓越しの冬の午後の陽差しが柔らかく北上を包む。 「あ、提督。おっかれー窓から駆逐と話してるの見窓の外に目をやった北上はため息をつく。 えたよ。いちいちまとわりついてきてうざいよねえ」 「考えてたんだ。どうしてあたしは甲標的を使えるの 俺に向かって北上は何事もなかったかのように微笑かなって」 む。 「それは、雷巡だからだろ」 23 提習と甲標的と、あたし

6. 提督と甲標的と、あたし

あたしたち艦娘ならともか たら怒られちゃって : く、ただの人間の提督をそんな寒いところに連れてく な、って」 大井がそんな風に俺のことを気遣ってくれていると 明くる日の朝。 は意外だった。 ーこ寸き合って帰るのが遅くなっ 阿武隈の夜中の特訓しイ とはいえ昨夜、北上についていったのは俺自身の意 た俺はそのまま軽く寝坊してきていた。 志の元だ。北上が怒られるいわれはないのであとで大 「おはよー、提督ー 執務室に顔を出すと既に来ていた北上が俺を迎え井にはその旨を告げておこう。 「それで提督、昨日のことだけど る。今日の彼女は炬燵に入っておらず、コーヒーの 「ああ、水偵と同じ感覚で扱えってアドバイスは良 入ったマグカップを手に窓辺に立っていた。 「提督、風邪引いたりしてない ? 何か暖かいものか 0 たな。よく考えたもんだよ」 以前に、艦載機の妖精と甲標的の妖精の話をしてい 作ってあげようか ? 」 たのがきっとトリガーになったのだろう。こればかり 「なんだ、今日はいやに優しいな」 妙にまめまめしい北上の態度に不審を覚えると彼女は自ら装備を扱 0 ている艦娘にしか出来ないアドバイ スだったと俺は思う。 は目をそらしてばつの悪そうに頬を掻いた。 艤装を背負い人間の姿をした軍艦である『艦娘』と 「昨日、遅くなって部屋に帰ってさ。大井っちに提督 なる感覚。各種の装備を身につけ、身体の感覚だけで と二人で夜のプールで阿武隈の特訓を見てたっていっ 提督と甲標的と、あたし 34

7. 提督と甲標的と、あたし

のだ。 「雷巡だから ? 理由はそれだけ ? こちらに向き直り、真剣な面持ちで問、ってくる北上 そうしたかって存在した武器の記憶を媒介にエ廠の に俺はロごもる。 妖精によって生み出される装備たち。そこに何が選ば かって北上を雷巡に改装して甲標的が使えるようにれるかを俺たちは制御できない。前触れなしに新しい なったときには俺は北上に真っ先に装備させた。空母種類の装備が追加されたり、改装された艦娘が見たこ ともない装備を持参したりする。 とは別の遠距離攻撃手段はあればあるだけ良いと思っ たからだ。 そして艦種による制限はあるとはいえ、艦娘の装備 北上自身もただの軽巡から重雷装巡洋艦に改装されは実艦に比べてかなり自由だ。むしろそれこそが彼女 たことを喜んでいた。甲標的が使えるようになったのたちが人の姿を取っている利点だとも言える。 は改装で攻撃手段が増えたくらいにイ : 軽く考えてい なので北上が甲標的を装備できることに俺は疑問を たし、北上もそ、つだったろ、つと思、つ。 持ったことがなかった。だが : 「北上だって艦娘の装備がどれだけいい加減かは判っ 「あたし、昔のことあんまりよく覚えてないんだ 寂しげに、北上はほっりと呟く。 てるだろう。軽巡が 20.3cm 砲を積めるんだぞ ? 」 「それは、そうだけどさ : 「阿武隈とあたし、どっちがどっちにぶつかったかも 艦娘の装備は実艦が搭載していた武器をなぞった名曖昧だったし 称こそ付けられているがあくまでも単なる呼び名に過 艦娘を形作る実艦のころの記憶の濃淡は一人一人ご ぎない。 46cm 砲の口径は 46cm であるわけではない とにかなり違う。それら『記憶』は俺たち後世の人間 提督と甲標的あなし 24

8. 提督と甲標的と、あたし

「空を飛ぶのも水に潜るのも一緒。どっちも妖精が に消える。永遠にも思われた数分の後、阿武隈の甲標 乗ってて、あたしたち艦娘から離れて自分の判断で動的はプールサイドに立っ彼女の足下すぐ傍に浮き上 くんだから がってくる。 北上に促されて阿武隈は抱えていた彼女の甲標的を 水の冷たさをものともせず阿武隈がプールに手を そっとプールの水面につける。 突っ込んで甲標的を抱え上げる。人間とは身体のつく 「そのまま、水の上に出ないでプールサイドに立った りが違いすぎて表情を読みづらい妖精達だが、阿武隈 ままでいいから。水偵を飛ばすときと同じイメージ の胸に抱かれた甲標的の上に座る妖精は誇らしげにし で , ているよ、つに奄には見えた。 北上の指示を受けて阿武隈がそっと甲標的を送り出「よーしょーし、よく出来た」 す。前進しながら甲標的は水中に没していきすぐに見「ありがとうございますリって、前髪はやめてくだ えなくなる。 さいよおリ」 黙りこくって集中する阿武隈を俺たちは固唾を呑ん いつものように阿武隈の前髪をいじる北上から逃れ し で見守る。そのうちにプールの向こう端で甲標的が浮ようと阿武隈は身をよじるが、艤装を身につけて海上 と 上するのが見えた。 航行用の格好で居るためうまくいかない。なすがまま じゃあ次は、回収だよ」 にされる阿武隈の悲鳴と北上の笑い声が響くなか、俺 と 小声で囁く北上に阿武隈はうなずきを返す。 はそんな二人を微笑ましく見守る。 これならきっと、、つまくやっていけそ、つだ。 プールの向こう端で浮上している甲標的が再び水中

9. 提督と甲標的と、あたし

「ええー、ケチ」 俺の後ろに座る正規空母たちがちょうどそのことに 「そ、ついえばさー提督。あたしたちの甲標的にも妖精 ついて話している。 が乗ってるよね ? あれにも艦載機と同じで熟練度が 彼女たちが話題にしているのは、つい先日、空母のあるのかなあ ? 艦娘の装備ーーー艦載機に付属している妖精に突然発生 「エ廠からは報告は来ていないが : それは使って した熟練度の概念についてだ。 る北上の方がよく判るんじゃないのか ? 」 むしろ今までそうい 0 た現象がなか 0 たのが不思議「うーん、あの子たちよくわかんないんだよね。大 だったとも一一一一〔える。砲や魚雷とは異なり空母艦娘の艦井っちはどう ? 載機はパイロット役の妖精がそれぞれに搭乗してお 「私もさつばりです」 り、明らかに自律行動しているのだ。 大井と北上がうなずき合う。 なので、艦娘が経験を積んで練度が上がるのと同様「というか、ず 0 と使 0 てたけど気にしたことなか 0 に艦載機の妖精達にも同じ現象が起きない方がおかし たって一一一口ったほ、つがいい力も かったと一一一一口、んよ、つ。 頬杖をついた北上が小さく呟く。 そうして熟練度の概念が生じたおかげでいまの鎮守 俺の配下の千歳と千代田はすぐに軽空母に改装した 府は空母たちが優先して演習に出撃し、ひたすら艦載ので甲標的母艦として運用されたことはない。木曽は 機を鍛えている。そんなわけで甲標的による長距離攻練度が足りずに軽巡のままなので、俺の元で甲標的を 撃役として役目の被る雷巡はしばらくお役御免だっ 使うのは目の前の北上と大井だけだ。 15 提督と甲標的、あたし

10. 提督と甲標的と、あたし

「少しだけだぞ を出していることもあり、北上と大井は俺とともに主 北上が俺の揚げ出し豆腐を欲しがったので少し切り として大型艦向けの食堂に出入りしていた。 分けて箸で差し出してやる。そのまま俺の箸に直接か 早いうちにやってきたので食堂にはまだ人影は少な かった。俺たちはカウンターに並び、配膳担当の艦娘ぶりついた北上は、幸せそうに目をつぶって味わう。 「んー美味しい。ありがとね、提督 からタ食を受け取る。 かわいらしく笑、つ北上にらしさにどきり・としてし 「大井っちーこれ取り替えっこしよ」 まいイ ( 咳払いをしてその場をごまかす。一見すると 「駄目ですよ、きちんと野菜は全部食べないと」 煮物の具を巡って北上と大井がやりあっているのを色気の欠片も無いような容姿をしていながらも、親し い相手に見せるこういった姿は北上の魅力の一つだ。 尻目に俺は自分の分の焼き魚とお浸しをつまむ。そう も、ついちど目を合わせると北上はなにもかも判って して耳をそばだてるのは、周りで交わされる艦娘達の ますよ、とばかりに軽く微笑みを返す。 食事中の雑談だ。 一連の俺たちのやりとりを北上の隣に座る大井が眺 俺が居るのはみな承知の上なので本当に都合が悪い ことは話さないだろうが、それでも執務室にこもってめ、肩をすくめるているのを俺は見ない振りをした。 いるよりはずっと彼女たちの間で何が流行っている か、何が話題にされているか、何に困っているかをつ かむきっかけにはなる。 「提督、それちょうだーい」 「提督、後ろ失礼しますね」 「おう」 13 提督と甲標的と、あたし