「そうだ、その調子だ。今日中に音源を聞いて、明日 はスムーズに練習に入れるようにしておけよ。」 うんうん、と満足げに頷きながら、プロデューサーは 「ということで、今回は君たちニ人にユニットを組ん部屋を出て行った。 でもらう。」 その威厳溢れる大きな背中を見送リながら、美波は そういってプロデューサーが取リ出したのは、ニ人分隣の少女に微笑みかけた。 の楽譜だった。 「ユニットを組むのは初めてですね、よろしくお願い 「ニ人には今回、このカバー曲を歌ってもらう。名曲しますっ ! 」 中の名曲だ。次の全国ツアーでお披露目してもらうっしかし美波の朗らかな声も虚しく、隣の少女から返 もリだから、さっそく明日から練習に取リかかっても事は返ってこなかった。 ら一つ。」 隣で楽譜を握リしめた北条加蓮は、ただじっと、鋭 一一人は、音符がびっしリと並んだ楽譜をしげしげと見い視線を美波に送リつけていた。 つめていた。 「この曲、私、知ってます ! 」 顔合わせが終わったあと、ニ人は屋上に来ていた。 先に口を開いたのは、ラフなポロシャツ姿の新田美波もちろん、美波が誘い出したのだ。 だった。 「加蓮ちゃん、あそこに見えるの、私のお気に入りの 「あまリ歌ったことのない曲ですけど : : : でもせつかカフェなんですよ。今度、一緒に行きませんか ? 」 くいただいたお話です、全力で頑張らせていただきま遠くに見える赤いレンガ屋根を指差しながら、美波は 亜麻色の髪の乙女達 4
「それに、ナナは思うんですよ。ナナは今、幸せで「ちょ、ちょっと、もうこの子は、聞いてたの ? 」 す ! た、たしかに、同級生のあれやこれやを見てい「当たリ前。あんなに不自然に自室を見てこいだなん ると、『普通』の幸せでは無いのかもしれないけど : ・て言われたら、そう思うっしよ」 。ナナは、私という物語を生きていて、そしてはあ とちゃんもその物語を生きてて : : : みんな、輝いてい実を一一 = 日っとすぐ引き換えして、全部話しを聞いてい るんですよ ! 」 た佐藤は、若干呆れた顔でそうかえした。 「そうね : : : 私もはじめは、もっと普通の道を、って 思ったけど。私達とは、時代も違うし、幸せの形も違「も、もうはあとちゃんは、恥ずかしいところ聞かな くださいよ ! 」 「そういうことです ! はあとちゃんも、幸せ、だと思「いや、物語どうこうってこの前も : : : 」 いますよ ! 」 「そこじゃないですー ! というかはあとちゃんどん 「ほんとに。でも、多分、その幸せは貴女のおかげだだけ私の話しちゃってるんですか ! ! 」 ろうね。いつも、あの子の語りを見ると : 。ほんと、「まあまあ、落ち着け☆」 こうあえて、こう伝えられてよかった」 「もう ! 」 「物語、か : ハイセン、いいこと一一 = 日つな☆」 そんなこんなで次の日の朝を迎え、プロデューサー が迎えに来た。 「一一人とも、いよいよメインの会場に行くからな。」 「おう ! 」
あとがき でしよう。非常に気になるので、いっかそんな企画が 実現したらいいなーとか思ってます。 初めまして、べリーです。ここまで読んでくださリ、 最後に、読者のみなさまにはもう一度、深く感謝申 あリがとうございます。今回は初めてのコミケ参加なし上げます。並びに、添削指導をしていただいた方や のですが、ツィッターでしか見聞きしたことのない憧普段から暖かく見守ってくださっている方々にも、厚 れの集いに携われて、本当に光栄です。 く御礼申し上げます。これからも末永くお付き合いい さて、コミケといえば始発ラッシュが名物ですよね。ただけると幸いです。 私も参戦してみたいなあと思っているのですが、毎朝 の通学で駆け込み乗車に失敗しているあたリ、敗北の 予感しかしません。脚力が、足リない。きっと始発ラッ シュでも無情に人混みに流されて終わリます。 それでいつも思うんですけど、あの始発ラッシュっ て危なくないんですかね ( 駆け込み乗車してるお前が 言うか ) 。で、私がいつも想像してるのは、「始発ラッ シュ勢く s 構内徐行を呼びかけるコミケ放送員」の対 決をやったらどうなるのだろうと。華麗に改札をすリ 抜けていくラッシュ勢に対して、「コミケは逃げませ ん。血小板ちゃんたちのようにゆっくリと構内をお進 みください。」みたいな放送が流れたら、。 とうなるん
が報われませんよ : : : ? 」 唐突に会話を打ち切られた加蓮は、あっけに取られた ままその場に立ち尽くしていた。 プロデューサーの話が出たからだろうか、加蓮は俯き階段を降リて行く美波の後ろ姿を眺めながら、加蓮 加減になって黙リ込んでしまった。 はぼんやリと昔のことをなぞっていた。 「ほら、ずっと聞いてた曲なんだったら、すぐに歌え 4 るようになるでしよう ? 」 「それは、まあ : : : 」 事務所の中は、冷房が効いていてかなり涼しい。加 「それなら、練習のことは考えなくてもいいから。私蓮は、シフォン地の半袖ブラウスで来たことを後悔し は、加蓮ちゃんに少しでも考えてほしい。それでも嫌ながら、美波の姿を探していた。窓から入リ込む一筋 だっていうなら、私も加蓮ちゃんの考えを尊重するかの日差しが、ガラスのテーブルに反射していて眩し ら。」 かった。 美波はそう言って、ふふっと笑った。 あれから、三日が過ぎていた。 「じゃあ、決まリね。また明日、会いましよう。」 何度も、考え直した。本番の想像をして、舞台裏で 「えつ、あっ」 逃げ出す自分が思い浮かんだ。歌詞を見て、毎晩泣き 加蓮は何かを言いかけたが、美波は構わない様子だつじゃくる自分しか考えられなかった。 それでも心の片隅には少しだけ、またあの歌に、旋 律に触れていたいと思う気持ちがあった。 「待ってるから。今日はゆっくリ休んでね。」 ひらひらと手を振リながら事務所を後にする美波。 「あっ、はい、、 お疲れ様でした : : : 」 加蓮が荷物を置いて部屋を見回していると、屋上に
いけど、でも途中で投げ出しちゃうよリはマシだと思た。 うし : : : ほら、真剣にやれない姿なんか、後輩たちに しかし屋上へ続く扉の前に来たところで、美波がふ も、みんなにも、見て欲しくないから : : : 」 と足を止めた。 加蓮は、両手を組んで足に挟みながらぼっリと言った。「どうしたんですか、美波さん : : : ? 」 : この歌は、ほかの誰かに回してもらった方がい 合わせて足を止めた加蓮は、覗き込むようにして美 いです。アタシがやるより、もっと楽しんで歌える人波の方を見た。美波は、じっと目の前の扉を見つめて がやった方が、いいと思いますから」 「思い入れは、誰よリもあるはずなのに ? 」 綺麗な白塗リの扉は、外の空気を受けてほのかに熱 「えっ : を放っていた。 加蓮は、怪訝そうな目で美波を見上げた。美波は、。 と美波はそこへ健康的な細長い掌を重ねながら、そっ うしたの ? とでも言いたげに、澄ました顔をしていた。と言った。 きらきらした日差しがほんの少し傾いて、やがてグ「加蓮ちゃん、私はね、加蓮ちゃんが自分の世界を狭 ラスにさしかかリ、温かみのある光が散らばるようにめているように思うの。」 乱反射した。 静かだけど、確かに芯のある声だった。 静寂をそっと切リ開くように、美波はロを開いた。「今の加蓮ちゃんは、思い出に縛られているんじゃな ちょっと、外の空気を吸いに行かない ? 」 いかな。私には、そう見える。」 加蓮は、何も言わず、ただ静かに頷いた。 「思い出に、縛られてる : : : ? 」 「そう。だって、思い出の曲を歌うのが怖くて、その 一一人はソファーから立ち上がリ、そろって歩き始め曲を避けているんでしよう ? それって、世界から歌え
とんでいた状態を、揺らして起こす。「あ、いや大 丈夫」 「 ( いやあ、いつものからかいとかじゃなくて、ほんと 「どうか、したんですか ? ずいぶん悩んでたみたいでうにパイセンの優しさにも、救われたなあ、と思って すけど」 るんだけどなあ : まあ、いまさらはあとだけの前 「いやあ、実家に顔だしたら、どう言われるかなあって。でなにを隠すかって感じもするけど : ・ : ・ ) 、 だいぶまえは、そんなことせずに帰ってらっしゃい 変に慌てふためくのを前に、佐藤は感慨深くものを 状態だったから・ : まあ、実家にいたころも、そう考えた。 いう空気はあったけど」 不安がってる状態の佐藤を、安部が抱きかかえて 云った。 さて、一一人は佐藤の実家に到着した。すでに軽井沢 「大丈夫ですよ、はあとちゃん」 での仕事へ出るまでに、連絡はとってある。安部菜々 というのがどういう人物かも、当然把握済みであろ 「大丈夫ですよって言ったんですよ。私も、この何年も、う。 うまくいかない中でやってきて、それで認めてもらつでも、じっさい相対してみてどういう反応するかは た。はあとちゃんも、もうこんなに成功してるんです未知なもので : : : どきどきしながら、佐藤は実家へ向 から、大丈夫ですよ ! 」 かった。 「はあ : : : ほんとにパイセンは、おばあちゃんみたい に優しいな、あリがと☆」 「なっ・ ・どうしてそんな受け取リ方をけど : : : 」 「お、おーい。母さん。ナナバイセンもつれて、きた
「そんなって : ・ 「いいんだよ、それで。多分、あの近所のこが結婚し そして、移動途中。 たとかそんなことが気になってるんだろ ? 別にいいん 「なあプロデューサー。私の物語ってなんなんだろうだよ。結婚がゴールだなんて、言ってしまえば古い、 な。」 いや、ゴールが一つだなんてのも、言ってしまえば古 「なんだ ? 飛鳥と一緒にやるからって、何を急に哲学い」 的になったんだ ? 」 「菜々さんの言うことが正しいよ」 「関係ねーよ。そうじゃなくて、いろいろと、考え て」 そうなのだ。もう、単純な時代ではない。多様な価 「両親になにか言われたのか ? 気にするなって言った値観な社会では : : : なにが成功かという物語もまた多 だろ」 様で。 もう言わないだろうってわかってて、そういうこと「まあ、プロデューサーだってもう世間的な普通の成 をプロデューサーは言っている。 功なんてのぞめないからな、そう一一 = 日っ考えに同調もす 「違う。違う。最初の方は、周リの同級生たちが普通ルー るっしよ」 トに乗っかっていくのに不安になったからさあ、でも、「おいおい、勘弁してくれ : : : 別な成功をつかんだ君 ナナバイセンが : : : 」 らと違って、こっちはなんだかんだ親戚から突き上げ そういって、云われたことと、話したことをプロもやばいんだから。これでも正社員で頑張ってるのに デューサーに伝えた。 まったく、古い価値観でのセイコウ・失敗はだ 「なんだ、そんなことか」 めだよ」 「了解です ! 」
リ向くと、そこには私の腰ぐらいの背丈の女の子が「そう」 立っていた。 黒目がちの大きな瞳をこちらに向けながら、女の子は 誰だろう、知らない子だな、と思っていると、 頷いてみせた。 「おねえちゃん、ひまわリすきなの ? 」 「このまえ、みんなでうえたの。それでね、かんさつにつ と、女の子から透き通るような声が発せられた。 きつけるんだよ。」 驚きのあまリ何も言えずにいるアタシに構わず、女「観察日記か : : : 」 の子は続ける。 アタシは、いっかのドラマの、子供が観察日記をつけ 「わたしもね、ひまわリすきなのー るシーンを思い描いていた。あれは夏休みの宿題を 黙ったままではよくないと思い、アタシは辛うじて返やっている場面だったか。 事をした。 「毎日つけるやつでしょ ? 途中で忘れないようにしな 「そう : : : アタシも好きだよ、ひまわり」 いとね。」 「だいじようぶ、みんなでまいにちがっこうにあつま 声が微かに震えているのが、自分でも分かった。 しかし、最初は驚きのあまリなにも見えていなかつるの。そうすれば、みんなかくのわすれないからって、 たが、よくよく見ると清潔感があって非常に奥ゆかしせんせいがいってた」 い子だった。 「そっか・ : ・ : 」 可愛いなあ、いっそ連れて帰リたいぐらいだなあ、 その無邪気な声に、アタシは胸が握リしめられるよ などと考えていると、女の子はまたロを開いた。 うな思いだった。 「がっこうにね、いつばいさいてるのー 一人でぼつんとひまわリを眺めていた自分が、可哀 「ひまわりが ? 」 想な人間に思えてきて、アタシは思わず目を伏せてし
「まあ ! これが安部菜々ちゃん : : : ! 」 「はじめまし ! 安部菜々、 17 歳です ! 」 「いつもあリがとうね、安部菜々さん。あの子が、 いつも電話とかで、貴女とのあれこれを、とても嬉し また例の一悶着てきなことは起きたけど、それでもそうに語るものだから : : : 私達、あの子に最初はあま 「ウサミン」を連れてきたことに、両親は一般的な興リ十分に応援できてやれなくて : : : たぶん、傷ついて 奮を抱いていた。 しまったと思うの」 多少の歓談を経て、母親がたかだかにに発言し「うつ。いやあ、まあ、ナナも、いろいろ、あリまし たし : : : 」 「久しぶリだし、自分の部屋でも見てきたらどう ? 」 「この前、近所のだいぶ年下の娘が結婚したのが耳 そう言われて、佐藤はかっての自室へむかった。そに入ってしまったらしくてねえ : : : 」 こには、様々な目標のためにここを出るまでの、様々 「そ、それは : : : 」 な軌跡が残っていた。 「ほかにも年の近いアイドルがいるから、いろいろ 「はあ、なっかしい、けどなあ : : : 」 あったらしいけど : : : それでも、貴女をみていると救 なんでわざわざ見に行かせたのか。なんとなく、理われるって、あの娘言ってたんだよ」 由はわかっていた。 「あ、あの : : : その、ナナは」 なぜ 17 歳の「ウサミン」が救いとなっているの 佐藤が自室へ向かったあと。 か、よくわからないのかもしれないと思って、言っ 佐藤の母親と、安部。この一一人が、語らい合っていた。 「ナナは 17 歳では無いですし、それで : : : 」
が集まってくれているの。みんなには、スペシャルスいた。陽だまリが満たす部屋の中は、包み込むような テージがあるから集まって欲しいって言ってあるの暖かさだった。 加蓮の横顔を見ながら、美波はそっと自分の手を離 「えつ、ちょっ、それって」 して、後ろで手を組んで向き直った。 「つまリ」 「無理に、とは言わないからね。それは、加蓮ちゃん 美波は語気を強めてきつばリと言った。 の自由。でも、まあそうね、もうみんな集まってるわ 「ここで、まずはお披露目してみましよう」 けだし、加蓮ちゃんが行かないのなら、私が出て行っ 驚く加蓮は、目をばちばちさせて首を震わせた。 てさくらでも独唱してこようかな」 「いやいやいや、急にどういうことですかっ、いきな澄ました顔で言っ美波を前に、加蓮の鼓動は早まって リすぎますって」 「大丈夫よ、加蓮ちゃん、もう歌えるでしよう ? 楽し手をかけたドアノブは、ほんのリ熱を帯びていた。 い思い出を今作っちゃえば、これからだって歌えるで気がつけばもう、辺リはタ陽で満たされていた。背 しょ一つ ? 」 中にも、焦がすような熱さが感じられる。 美波は諭すように言った。加蓮は、道理を通された子「アタシ : : : 」 供のように目をそらしてしまった。 加蓮の栗色の髪が、隙間風でふわリとたなびいた。 扉の下の方の隙間からは、ちらちらと外の光が漏れ ていた。ぽんやリと滲むその明かリは、加蓮の瞳にも美波は、そっと両手を握リしめ、跳ねるような加蓮 白く焼き付いた。 の髪の毛を追って階段を駆け上がった。 しんとした部屋では、時計だけが刻々と動き続けて