も、困っていることなどの共通彼女ははじめ、自分の話をすえば、「頑張らなければ」と感じ、 点はあると思って、その共通点ることで、会員に「偉いね、よ逆に苦しかったとのこと。 彼女は、頑張っていることを を大事にしようと考え直して入く頑張ってきたね」と口々にい われたそうです。それを聞いて、評価されたのは嬉しかったので 会し、今でも家族会に入ってい 嬉しい気持ちになったのかと思すが、これまでのつらかった体 ます」 験を聞いてほしい 気持ちがあったか 自信が持てるようになっ 精神科医や第教員、臨第生かし、三重大でほ糖 らです。「今まで 床、士らでつくる「親 & 神看護学分野を教えてい た」などの感想が聞かれる載 し 子ンものサポートを考えるる。 トんに。「必上に囹転誰にも話せなかっ 一さを気にしなくなり、一壜地 ~ 会」の人代表として、気になる学生がい周 「 = 薫 J もの集い・交囲を気にして、ど ) なく よたことが、家族会 さ 一流会」をニ 0 一一年召か年づら詈つ。。「実は親が 一ら、津市内で毎品いてい精神の病気で」と打ち明け ) 子 』第→会のホームページの小 印の人は、泣いても 板にはコ一蕫は遠くて 一る。交流会では精神疾患 0 られた。親が病気心」問幸 ない」との書強送みも・そ 題を抱え十は学園にもい 3 黙って聞いてくれ うした人のため、八日一干 一、己イえていた。「親の病気 ~ 手。田分実事に思えなくなり、の話も聞きたい」とい 0 た一日には東京都内で全 7 ます。それが嬉し ノどもの成長に、関連がある大一土成人しても自信のな生が寄せられた。「同じの交流会を開く。「各地 て きづらさを引きずる人、園の人が語り合える場が同じよっな交流の場が のでは」。 0 九年ごろか め かったです」。 " 聞 ら、統合失調症やうつ病の = 師「親の病気ナ椙させたの、必要」愚じていたこともできるよう力になりたい」 求 らしたことがあ親のもとで育った筬人への 護は分のせい」と責める人あり、交流会画。常連と語交流会の申しめみ 2 、 を 看もいた ) をの子どもが、メンバーのかさにも助けは十日までに、親 & 子ども 一人たちが瑟ヰる。聞き取り調査を始めた。 してほしい一とい 家族富の対象から抜け落られ「芦レかったのは自分のサポートえる会電 津市出身。看護学校窄幸親の症状に不安じな ちていることに気付いた。じゃなり券かり、安 059 ( 23 ↓ 5260 業後、 0 一年まで十四年がらも病気の説明はなく、 う気持ちは家族 調象者から「他の人心した」「話をするつに気へ。 闃 = ⅲ県立小児心療セン何が起きているか分からず ( 大 ) 日 っ であれば誰でも思 ター「あすなろ学園」 ( 津困第周囲に相談できす、 中 市 ) で、病響護師として孤独を深める、・ , という姿が 不登校や心の問題を抱える浮かび上がっ親の病状 うことです。家族特 心患う親持っ子をケア 一子どもを担当。その経験なに合わせ / 星居の中自 内の立場は違って 子どもの集いは、平成年かがあり、その番組を見て参加さ まって語り合うグル 1 プをはじ らはじまりました。登録制はとれた人もいました。また、土田号 めました」 親が病気の場合、子どもは幼らず、これまで約名ほどが参さんと同じ看護師をしている関 年 少時代に親から受ける、当然の加 してきたそうです。年齢は連で参加した人、土田さんの臨 愛情やしつけなどが、十分得ら代 5 代で、その内代、代床時代に関わった子という方も と っ れないこともあるのではないでの参加が多いそう。学校や仕事いました。皆さん、同じ立場の ね しようか。例えば、お弁当をつ に行っていても参加ができるよ人と話がしたいという気持ちでな くってもらうことや朝起こしてうに、毎月第 3 日曜日に開催し参加しています。しかし、みんみ もらうことなど、学業や日常生ています。 なねっとや家族会を知っていた 活において、親が子どもにして 人は、残念なことにたった一人 「話を聞いてほしい」 しかいませんでした。そしてそ あげていることが病気のために は同じ の女性も、最初は家族会に入る できずに、その結果、自分でや らなければならず、子どもの負今日は、最初に自己紹介を兼気はなかったそうです。 「家族会といっても親が多い 担になっていることがあるかもねて、順番にひと一一一一口ずつ全員が しれません。また、こういった話をしました。 と聞いて、『私とは違う』と思 「他の家とは違う」状況を、周 子どもの集いを知ったきっか いました。それは、親が病気の 囲には知られたくないという気けを伺うと、会の企画する講演子どもをみるのと、子どもが病 持ちも、子どもながらに出てく会を聞いた人や、でこの気の親をみるのでは、全然受け るのでしよう。 取り組みが取り上げられたこと止め方が違うからです。けれど 「つ当う医療
ら、 3 つの病気がかぶる確立は併する。強迫性障害にうつ病をですが、別々の疾患ではなく、 号 —oo 万人に 1 人ですが、実際合併している時には 3 つ目の病同じ疾患の異なる側面を見てい には図 2 にあるように強迫生障気として何らかの他の精神障害るだけにすぎないとしたら何も 害に躁うつ病を合併している時を % の人が合併するのです。不思議なことではありません。 ー O には 3 つ目の病気として何らかもしも別々の疾患だとしたら、不思議なのは : ・これらの疾患が この高い合併率は不思議なことまるで別の疾患であるかのよう の他の精神障害を % の人が合 に扱い続けてきたこと自体が不 思議でなりません。 ま 0 前頭前野皮質下回路が かかわる 強迫性障害に関わる脳内の神 ~ 経回路を図 3 に一小します。強迫 性障害は前頭葉皮質と皮質下の 回路の障害により引き起こされ 」一ます。図 4 にもう少し詳しく強 迫性障害とパニック障害と不安 障害に関わる回路を示します。 結局これらがかかわる回路は躁 ーし うつ病のところで以前に説明しために合併率が高くなるので性症状に、中脳辺縁系は陽性症 た前頭前野皮質下回路 ( 図 5 ) す。それでは、統合失調症も同状に関わることは良く知られて いますが、中脳皮質系の「皮質 と同じ回路です。回路のどこにじ回路なのでしようか。やはり どの程度の障害があるかによっ ・ : 同じです。統合失調症のドバ 系」は前頭葉皮質で、中脳辺縁 てどの症状が強く出るかは異な ミン経路には中脳皮質系と中脳系の「辺縁系」は皮質下です ( 図 るものの、同じ回路に起因する辺縁系があり、中脳皮質系は陰 6 ) 。中脳皮質系から中脳辺縁 2 系へ抑制性の神経繊維が送られ ま入と 説連い 報 ( 表下 反系皹 ていて、統合失調症もやはり、 を回情応前調 2 辺状 ⅲ凶正 同じ前頭前野皮質下回路によっ りつ 質ら働衂路阪 E 中性 あよ 一域領回 ) 、にる一て起こります。統合失調症の人 沁 0 復野領切る縁 反前脳適す辺皮止こ らの約 % に強迫生障害が合併す 型 前他カ変圧野出部 ロュ ' たに系抑一じ回路に起因するので、合併すか 日日 、皮功が新ることは不思議なことではな 脳朝に ら 、、中縁く、 2 つの疾患が合併している 、、一二は辺Ⅱ ) 害団 1 と考える方が間違いで、同じ回ー 障中 ロ罘 なに血路に起因する複数の症状が出てー知 曰質に 的的血 皮状 ~ 、ると考えるべきなのです。 次胆次し 図 ~ 団中性 図 3 強迫性障害が関わる神経回路 prefrontal Cortex OFC Thatamus Amygdala Striatum H pocan ) 0 a 0 れ The cortico—striato—thalamocortical(CSTC) circuit, which is implicated in the path 叩 hysiology 0f OCD. Bourne, S. K. , Eckhardt, C. A. , Sheth, S. A. , eL 用 . :Front lntegr Neurosci, 6 : 29 , 2012. 図 4 強迫性障害とバニック障害と 不安障害が関わる神経回路 い謝 、、をえ b 議作物第 0 第 ! 第 0 ミ 。新 ion B は 、 OMV 旅い ( きくやまひろき )
れています。 に声をかけられて、子どもの集いないという気持ちがあったこと 今回は子どもメンバーが 4 名をサポートしているそうです。 がわかりました。こうした学生 にどう関われよ、 ほどの参加になりそうですと、 ししいかと考えて きっかけは学生の 事前に連絡を受けていました いく中で、文献などを調べてみ 「 ? 」な言動 が、実際の参加人数は凵名 ! 「い ても、子どもに着目した研究や つもより人数が多いです」。こ 土田さんに、子どもの集いを支援はほとんどおこなわれず、 の子どもの集いをはじめた土田はじめたきっかけを伺いまし子どもの生活状況も明らかにさ します。 幸子さんはい、 れていませんでした。そこで、 土田さんは、もともと看護師 「直接のきっかけは、遅刻が子どもの思いを聞いてみようと として、児童精神科に勤務し、 ち ( 忘れ物も多い ) な学生がい 思ったことから、病気の親をも 不登校や精神的な問題を抱えるて、何でだろうと思っていたとっ子どものサポートをしようと 子どもたちと接してきました。 ころ、『お母さんが統合失調症思いました」 現在はその経験を活かして、三なんです。』といわれ、遅刻や 「実際、成人した子どもの立 重大学の精神看護学分野で教員忘れ物はその ( 母親の病気 ) た 場の方の話を聞かせてもらう として学生に関わっています。 めだったのかと気づいたり、まと、子ども時代に困っていただ この日は、子どもメンバーのた、家の話題になると日によっけでなく " 生きづらさ ~ を感じ、 他、三重県の保健師、精神科クリていうことが変わる学生がい 大人になった後もしんどい思い ニックに勤めるも参加して、実はお父さんが統合失調症を抱えていることがわかりまし ていました。 2 人とも土田さんのため、家のことを知られたく た。そこで、同じ境遇の人が集 特集 つながりを求め ー気の頼をもっ子ともの集い・交流会一 精神障がい者家族の立場は、親だけでなく、きようだいや配偶 者、そして「子ども」もいます。既存の家族会員は親の立場の人 が多く、例えば親なきあとなどといった、親に焦点をあてた取り 組みが家族会でもおこなわれています。ですが、子どもに焦点を あてた活動は、これまであまリおこなわれてこなかったといえま すし、家族会に子どもの立場の人たちが入会することも、ほとん どなかったかと思います。 しかし、子どもの立場の人も親などと同じように、同じ立場の 人たちと出会い、これまでの不安や悩みを話し合いたいという気 持ちはあるはずです。 三重県では精神障がいのある親をもっ子どもの交流の場をつく り、活動しているグループがあります。子どもの立場の人たちは これまで、どのような気持ちを抱え、生活をしてきたのでしよう か。今回は、「親 & 子どものサポートを考える会」がおこなって いる「子どもの集い・交流会」 ( 以下、子どもの集い ) を取材し てきました。 三重県の県庁所在地である津市 参加者多数の に到着しました。子どもの集い 夏の子どもの集い は、駅近くの「アスト津」とい 猛暑の続く 8 月絽日。名古屋うビルの中にあるミーティング 駅から特急に乗って約 1 時間。 ルームで、子どもの集いは開か 7 特集っながりを求めて みんなねっと 2013 年 10 月号 6
とが難しいからです。この外とけたらと思いました。 『違っていてもいいんだ』とい う気づきを得ていました。また、のつながりとは、仲間であり、 『 " 精神障がいのある親をもっ子情報であり、支援者だといえま ども ~ という異質性に自分をあす。そして支援者の必要性は、 てはめていたんですね』とセル子どもに限らず家族 ( 会 ) 全体 にいえると思います。 フスティグマに気づく発言も聞 また、既存の家族会もさまざま かれ、集いは自分自身への気づ な立場の家族が仲間と出会える きにも繋がっていました」とい ように、立場ごとのグループを設 いました。 けるなど、あり方の工夫を考えて 今後、三重県のような取り組 いくことも、活生化につながるの みが全国に広がっていくことが 望まれます。そのためには、土ではないかと思いました。 最後に、まだつながりをもた 田さんのような支援者が必要だ と感じました。それは、支援者ない人たちが、本誌を通じて少 が土台となってグル 1 プを立ちしでも仲間とつながる勇気を もってくれたらと願います。そ 上げ、地域にしなければ、 家族は「家族だけでなんとかしして支援者には、家族どうしが つながる掛橋の役割が求められ なければ」と抱え込むばかりで、 外 ( 社会 ) とつながりをもっこていることを、理解していただ ていますね」、「 ( 子どもの集い今後は、病気の親への心配は 加者からは、『まさか、こんな に ) 苦労して ( やっとの思いで ) あったとしても、自分の人生を話を聞いてもらえるなんて』と 号 月 参加しています。今も ( 病気の ) 主体的に、大切に過ごしてほしの声も聞かれ、グル 1 プは人に 母からジャンジャン電話がケー いと思いました。 いえなかった思いや経験を話年 タイにかかっていると思うけ し、受け止められる場として機 と やっぱり支援者が必要 ど、考えないようにしています。 能していることがわかりまし っ ね 距離をとらないと、お互いにス 今回、子どもの立場の方々のた。それは、子どもたちにとっ 亠な トレスになってしまいます」 話を伺い、これまで誰にも自分て、自分の人生が、他者に希望み 本来子どもは、幼少期に親にの話をしてこなかったことがよや勇気を与えることもできると 護られて育っていくものです。く伝わりました。そして、この知る場にもなり、なくしていた しかし子どもメンバーは、自分子どもの集いに出会って、仲間自信を回復させることにも繋 が護られ、主体的に生きるとい ができた喜びや話せる場があるがっていました。これらの子ど うよりも、家庭内が不穏になら安堵感が、子どもメンバーの支もは、世間の枠・人の基準から ないよう、波風が立たないよう えになっているのだと感じまし外れることを恐れ、人と一緒で に気を配って生活してきたのでた。このことは、家族会員の方々あることにこだわってきたが、 はないかと想像します。子どもが経験してきたことと同じだと集いで仲間とやり取りすること として、時に甘えたり、わがま思いますし、家族会の必要性をによって、同じ境遇にありなが まをいうことがなかなかできな 改めて認識するところです。 らも人によって感じ方や暮らし かったのではないでしようか。 また土田さんは「グループ参方には違いがあることを知り、 く親 & 子どものサポートを考える会 > 514-8507 三重県津市江戸橋 2 丁目 174 三重大学医学部看護学科土田幸子 TEL : 059 ー 231 -5260 e-mail : sachiko@nurse.medic.mie-u.ac.jp URL:http:〃www.oyakono-support.com/ ( 取材 / 高村 ) 15 特集っながりを求めて
連載⑩ 新科室 号 所医教 月 究阪学亠貝 研大医 年 学 . 神裕 っ 0 神病経山 と 精山祁菊 阪武学 っ 大阿大 ね 亠な ん み どれ位合併率が高いのか図 2 併する。強迫性障害にうつ病をニック障害を % の人が合併す に示します。これは強迫性障害 合併している時には 3 つ目の病ることになります。また、同様 を持っ患者さんのデ 1 タです。気としてパニック障害を % のに、強迫性障害に躁うつ病を合 強迫性障害に躁うつ病を合併し人が合併する。強迫性障害に躁併している時には 3 つ目の病気 ている時には 3 つ目の病気としうつ病やうつ病を合併していなとして社交不安障害を % の人 てパニック障害を % の人が合くても 3 つ目の病気としてパ が合併する。強迫性障害にうつ 病を合併している時には 3 つ目 率 併 上 曇「の病気として社交不安障害を 格 者群患 几又 串 ) 患者併 1 % の人が合併する。強迫性障 司・】面四つ 0 0 ・疾患合 全性害 合俿非 神病合害 害に躁うつ病やうつ病を合併し 、係障患患症っ 」関か疾疾調病う障夘害疾の。感 ていなくても 3 つ目の病気とし 害の症性性失 0 性性〉障性 朝。 C2 障患経質因合う因迫 = 安因る て社交不安障害を % の人が合 ク痴神器内統躁内強パ不心ナ っ お 併することになります。 わ で ん 、と この合併率の高さだけ考えた ま 州ーし 害害 者 症 障障 としても、これらの疾患が全く ど 経 性安断 症章 迫不診 宀つながりのない別々の疾患であ 調 0 門回 2 〕Ⅸ 強性来患患症っ患症経症邯 るとは考えられません。もし 失 従疾疾調病う疾経神経迫、 性性失っ性性神 灘別々の疾患でそれぞれ—oo 人ー統 図 質因合う因因迫ニ安 器内統躁内心強パ不 2 に 1 人におこる病気だとした ] 統合失調症は どこまでわかったか 、バニック障害、不 強迫性障害 安障害と統合失調症、躁うつ病、 再発を繰リ返すうつ病の関係 いたのですが、これらもやはり、 り、神経系が発達障害 強迫性障害、バニック障害な 心の病気というよりは脳の病気 にも統合失調症にも関係してい ども、ひとつながリの疾患 ることをお話してきました。そと考えられ、神経症の名前は廃 、パニック止され、それぞれ強迫性障害、 「精神障害はひとつながり」れでは、強迫性障害 パニック障害、不安障害といっ 先月はそんなお話をしました障害、不安障害もやはりひとっ た病名に変更されています ( 図 ね。これまでにも統合失調症とながりの疾患なのでしようか。 1 ) 。これら 3 つの病気は互い 躁うつ病と再発を繰り返すうつ実は・ : やはりそうなのです。 昔は強迫神経症、パニック神に合併しやすく、不安とパニッ 病は同じ遺伝子が関わってい て、自閉症やアスペルガー障害経症、不安神経症という病名がク、パニックと強迫など 2 つ以 などの発達障害は統合失調症とあり、「神経症」っまり、ノイ上の病名が当てはまることはよ 同じ脳の場所に問題があったローゼ、心の病気と捉えられてくあります。 1 ) PTSD ED BDD
印刷ができたら、絵を送ってくれた人に一冊ずつ進呈する。 一冊の中に、自分の絵が三回出てくるが、同じ絵でも、並べ 方が変われば違 0 て見えるのではないかと期待する。角度を変 えれば、人も絵も違って見えるのである。 それに、いろいろな絵がある。自分と似たようなのもあれば、 まったく違うのもある。それを見つけるのも面白いのではない かと思う。気にい 0 た絵があ 0 たら、どうしたらこんな絵が描 けるか考えながら、真似してみるとよい 絵を描いていったいどうなるのか、どうやって描けばいいの かなど、絵を描く時のもろもろの悩みは、自分の絵だけではな く、他の人の絵を見た方が答えを見つけやすい。自分の好きな 絵が見つかれば、元気が出る。いちいち人に教えてもらうので はなく、あくまで自分で見て、考えて、描く。 というわけで、この画集は私の頭の中ではすっかりできあ がっているが、いつまでたっても頭の中から出てくる様子がな いのは残念である。 1 空想の画集 絵と文【織田信生 ( 土佐病院絵画講師 ) 絵 たとえば四十七都道府県から、それそれ絵を描くのが好きだ という患者さん十人を選び、一人一点ずつ十点の絵を送っても らう。絵の大きさは八つ切り。画材、内容は自由。その人らし さが表現できていればどんな絵でも構わない。名前の他に性別、 年齢、作者のメッセージなどが必要。 作品が集まったら、画集を作る。 まず、都道府県別に順に絵を並べる。予算の関係で一ページ に十点、いやそれでは窮屈なので、ここは思いき 0 て見開きに 十点とする。この部分で九十四ペ 1 ジ。 次は、年齢別で四十七ページ。そして、その次は、あまり難 しく考えず、楽しい、静か、強い、柔らかいなど、見てどんな 感じがするかにわけて並べる。これも四十七ページ。最後にメッ セージで四十七ページ。余裕を見て合計二八〇ページ。 17 絵を描く人たち みんなねっと 2013 年 10 月号 16
様子について話しかけるのです ろ聞くのですが、さんは「こ が、さんはいつも「ええ、まあ」 の薬を飲んでいたら調子がいい とかの返事でした。子供の大学 です」と言われるのみです。精 の長い休みの時期には、娘さん 神科では、極端に他の考えを除 は帰って来られましたか ? と 外して自分の考えで閉じている 聞きますが、「まだです」 様子を『自閉』と名付けていて、 クラブでしようか ? アルバ 統合失調症の人に特有の症状だ イトをしているのですか ? と考えます。 「さあ」というあんばいです。 彼女には手が震えたり、身体 帰って来ないと心配ではない がだるくなったりなどの副作用 ですか ? 「心配はしています」 はなく、きちんと服薬して特に と、話が進みません。 問題なく家族と生活されている ようなので、同じ薬を処方するき受けて処方もしていますか 〈普通に心配しよう〉 お ら、今の彼女の不足なところを ことにしています。 さんは子供のことを心配すら 〈話したがらない人〉 みの多いものになるように、治るという普通にある感情を出せ所 さんは定期的に通院されま療目標を立てたいと思います。ないようです。これも統合失調診 すが、特に悩みを相談されるこそれで、家事のことや余暇の過症の『不適切な感情』と呼ばれ街 ごし方、ご主人のことや子供のる症状です。あることに対して、 とはないのです。私も治療を引 ・・・合失調症』って よくある状態なんです。 : 連載可 — 1 ー第ー囓 ' ・ーー ~ ー ~ ~ ー「 ! 」で来られ、前の病院からの紹介と楽に生活してほしいな ~ と 〈娘が就職内定した〉 状もなかったので、以前はどん思ったものです。 「この休みは、家族で温泉に 〈この薬でいい〉 行って泊って来ました」と、 いません。どうも家族内で大騒 つになく楽しそうなさんでぎがあって、精神科の病院に入持って来られた薬は、セレ す。「大学 4 年の娘の就職がやっ院したらしいのですが、「まあネ 1 スの少量と抗不安薬が朝夕 と決まって、そのお祝いです」 そうです」とか言って、詳しく にあって、寝る前にコントミン さんは 2 人の子供のお母さ話してくれません。新しい精神と睡眠薬があるというよくある んですが、ご主人の転勤でこの科医には言わないでおく、と決処方でした。さんは「この薬 町に来られ、その後うちのクリめておられるようでした。そのでいいです」と、決めたように しかたくなな ニックに 5 年くらい通院・服薬決心の仕方に " 少こ 言われます。精神科医は少しで されています。初診の時に 1 人もの ~ があり、精神科医は " もつも薬を減らせないかと、いろい 街の 診療所から のホ便り 7 ましもと しげき 増本クリニック院長 みんなねっと 2013 年 10 月号 22 増本茂樹
ない場合もあるかと思います。に参加して皆さんの話を伺ってつらい ~ とメンバーよ、、 。しします 中には、「困って、助けてほし いるので、 ( 子どもに ) 何か支援けれども、成人し成長していく いと病院や保健所にも電話をしができないだろうかという気持中で、徐々に気持ちにも変化が たけれど、保護者でないからちはあります。これからも集いあるようです。 と、取り合ってもらえませんでで、皆さんの話を聞かせてもら 「昔は、箱の中で生きていか した。話しても無駄の繰り返し いながら、こういった場面でどないといけない状況でした。そ で育ってきました」という人もう行動できるか考えていきたい うでないと、 ( 病気の ) 母にう いました。このようなときに歩と思います」 るさくいわれ、怒られ、ギャン みよってくれる支援者、特に医 この子どもの集いで体験を聞スカいわれるからです。でも、 療機関のスタッフが、存在して いているからこそ、子どもへの高校生の時に反抗できるように いるだけで心強いものになるの支援の必要性は感じているのだ なって、そこから変わりました。 だと思います。 と思います。今後同じような場母の心配や不安は、自分への愛 今日はちょうど、の方面があったときには、子どもに 情でもあるんだと思えるように て め が参加していたので、意見を伺もひと言声を掛けてくれることなりました」 求 いました。「先日、親や親せきを期待をしたいです。 を 「最初は ( 病気の ) 母に対し と一緒に子どもが病院に来てい て恨みもありました。けれども、 な 自分の人生を大切にして ました。しかし、そのときは十 病気の知識を得てからは、 ( 母っ ほしい 分対応することができませんで 集 を ) 守らなきゃいけないと思い 特 した。けれども、子どもの集い " 子どもは世間が思う以上にました。ただ、抱え込んでしまっ しまったように感じるのではなのほうも学校では、悩みがある療機関のスタッフは、精神障が 、こっ、て、こちらが説明しな いでしようか。そのため、成人ことを気づかれないようにしてししし くてもすでに知っていますよ います」 しても誰にも気持ちを打ち明け 小・中・高校生くらいであれば、ね。なので、気楽に話せるかな ることなく、抱えてしまっていた 困ったことがあったときに学校と思います」 のではないかと思うと、話を聞い の先生に相談しようと考えそう ていて非常に胸が痛みました。 子どもともつながって ですが、親が病気の場合、子ど ほしい 身近な支援者は医療機税 もなりに複雑な心境なのかもし のスタッフ こんな提案もありました。「例 れません。また、男性の場合は、 子どもメンバーの話を伺って親の病気を話すことで、変に先えば、私たちが病院に行ったと いて、子どもにもしつかり目を生や友達に気を遣われることもきに、名刺を出して『何か困っ 向けてくれる支援者の必要性を嫌だそうです。「男の場合は、メたことがあったら電話してね』 強く感じました。では、どのよンツも気にしたりしますからね」といって、渡してくれるといい ですね。名刺はとっかかりの一 うな支援者が子どもに求められというメンバーもいました。 また、「わかってくれる人がつで、情報の一つ。子どもとっ ているのでしようか 一人でもいる、ということがわながってあげるという気持ちが 「医療機関のスタッフから、 あるといいと思います」 私たち ( 子ども ) にひと言声をかるだけでも気持ちが全然違い 困っていても、他の家族に気 掛けてほしいです。学校の先生ます。それがわからないと、怖 は気づいてくれないし、私たちくて話すことができません。医を遣って自分からが出せ みんなねっと 2013 年 IO 月号 12
の発散にもなり、とても有り難は、その対応に疲れましたが、工芸、スポーツ、ダンス教室、 かったです。 あきらめず焦らず、動き出すのお花見、クリスマス会、バザー 息子も、徐々に外泊を重ねるをじっと待っしかありませんで等に参加し、三か月目からは、 した。 ことができるようになりました。 一人で通所できるようになりま 「病院生活を半月、家庭生活を半二年間外へ出られなかった息した。 デイケアで学んだことで、息 月」を繰り返し、再発を防ぐため、子でしたが、先生から自動車の 薬をきちんと飲む習慣を身につ運転許可が出たのを機に、父親子が得たものは大きく、現在の けて、一一年目で退院にこぎつけの助けを借りながら、自動車の基礎になっていると思います。 ました。 運転に挑戦するようになりましデイケアの仲間は全員やさしく た。やがて病院ソーシャルクラ 思いやりがあり、息子のことを 運転許可が出たのを機に プに入会、ワーカーさんの指導いろいろと心配してくれる、心 活動を始める のもと、徐々に活動を始めるよからの友だちです。 て し 退院した当時は、小規模作業うになりました。 発病から一一十五年間に利用さ と 母 所、援護寮、生活支援センター せてもらった制度として、障害 デイケアで学んだことが 授産施設もなく、家庭にいるしか 者年金の受給、通院医療費公費ゅ 現在の基礎になっている なく、途方に暮れる毎日でした。 負担、精神障害者適応訓練事業、も 息子は退院したものの陰性症また、保健師さんの呼びかけ精神障害者保健福祉手帳交付等子 と 状が強く、一一年間あまり引きこで、旧三戸保健所のデイケアに があります。 ( 次号へつづく ) もりの状態でした。家族として親子で参加しました。料理、手 ( さとうやすこ ) 解し、知識を得て、退院したら、 降りようとします。私は、息子 最初は落胆したが、 を必死で押さえながら、病院に よりよい対応をできるようにし 気持ちを切り替えた 到着しました。 ようと、気持ちを切り替えまし 初めての面会で、先生に病名た。 診療の結果、医療保護入院に なり、主人は裁判所へ、私は病は統合失調症と告知され、まさ 家族会に入会して 院に残り手続きを終え、息子は かと半信半疑で頭の中が真っ白 学習会にも茄 看護師さんにつれられ病棟へと になり体が震えました。 医療相談室でソーシャルワー 姿を消し、後ろ髪を引かれる思 余りにも落胆した様子に、先生 いで家に帰りました。 が、「お母さん、交通事故にあったカーさんから、病院家族会があ 息子は出産の時、流産しかけようなもので、百人に一人位はることを知りました。参考にし たのをどうにかもたせたため、かかる病気なのですよ。今後病てと「ぜんかれん」誌をいただき、 難産でさらに未熟児だったこ状が落ち着いたら、外泊を繰り返家族会に入会することにしまし しようこうねっ と、保育園の時、狸紅熱に伝染して様子を見ていきましよう」とた。 家族会では、病院関係者の方々 し高熱が出たことなど、私の育励まして下さいました。 て方が悪かったためなのかと、 私は、ハッと目が覚める思い の協力で月一回の学習会を開い あれこれ原因探しをして泣きあがしました。そうか息子は生きていただき、たくさんの知識を かしました。 ている。まだ希望がある。泣い 得るとともに、同じ悩みを持っ てばかりいられない。これから家族の方々と交流することがで 病気について学習し、正しく理きました。私にとってストレス みんなねっと 2013 年 10 月号 20
それから援護寮、グル 1 プホ レ風呂が家の外で夜など非常に はラベンダ 1 が美しく咲いて、 ーム、デイケア、アパートで一 号 〇さすが北国発色が濃く、車の窓ぶっそうでした。 現在私は年収 110 万、娘は人暮らし、作業所と、今は幸せ明 を開けるといいかおりがしまし わ た。たまに旅行は本当に命の洗障害年金の万、交通の便のよをかみしめて生活しています。物 い明るい環境に住みたいといっ作業所中心の生活で、週末は一 よタクになります。 も思っていましたが、県営の団日は博物館、映画、デートなど と っ 地も数回応募しましたが一回もで遊び、もう一日は完全休養日 ね み◆三重県本人元代 ) にしています。 亠な 〇統合失調症を病んでいる母子当たりませんでした。娘が働か ん み 〇です ( 母月歳、娘歳 ) 。三重ないと交通に不便なので車が必 ◆神奈川県モモ本人代 ) 〇に住んで年程になりますが、要、生活して行けません。 私は幻歳の時に病気になり、 障害者のための年金に応じた 〇それまでは大阪で働いていまし 代の時 4 回ほど入退院を繰り 〇た。私が退院して年になりま住宅と仕事の確保を、家族会と すが、この田舎になかなかなじみんなねっとで早急にとりあげ返しました。今は歳です。仕 〇 事はこれまでに転々とし、現在 てほしいです。 めずに二人とも苦労しました。 はヘルバーをしております。 〇まず一番の苦労は住居の問題 病気が酷い時は 2 級くらいだ です。隠居部屋のあいていると◆福岡県たく本人 ( 代 ) 私は歳で発病し引歳まで入と思いますが、軽い時に級をい ころを借りくらしましたが、 7 年目に家主が万で買わな院していました。最初の病院でただいたので 3 級 ( 手帳 ) です。 いと出て行ってもらうと言っは躁になると隔離室に入れられ病気になった時年金を支払って て、正月も近づいている暮れにていました。歳の時、別の病いない為、年金 ( 障害 ) はいた 家を追われることになりまし院へ移り、主治医が代わり薬がだいておりません。 この年齢になり、まだ 2 、 3 た。近くの隠居部屋のあきに住変わり ( ジプレキサ ) 3 か月で みましたが、戸締りも悪くトイ退院できるまでになりました。年先になると思いますが、借地 少しずつ少しずつ なので家を出なくてはなりませ幸せ遠く垣間見る はい上がって行く ん。私には兄、姉、妺とおりま寂しき私つまずいて 自分との戦いが すが、兄には兄の、姉には姉の夢をなくして彷い歩く みち いばらの人生に灯し火ひとっちょっと楽になったのは 暮らしがあります。 音楽 このままへルバーをして私なワークの友にめぐりあい あの人の好きな りの過ごし方で暮らし方で生き大きな愛に支えられ 音楽を聴いていると ていきたいのですが、病気だっ明けて点したみちしるべ 何故か元気になれる 、。、。、 1 トとか短時 た為ほとんとカノ そうよ私達 間でしか働いてこられませんで した。年金 ( 老齢 ) はもらって明日へ向ってはばたこう いますが少なく、結婚もしませ温もり知った夢があるから んでした。私と同じような方々 は、どのようにお過ごしになら◆愛媛県ミント本人 れていますか ? ひとりぼっち 自分の中で 詩・その他 何かが動いている 恋なのかもしれない ◆東京都宇井静男 つらい別れ寂しさ 灯し火 乗り越えたけど やつばり心の中に 多摩の河原にそよ風吹いて ひそんでいる 頬を寄せあう若人よ とことんまで落ち 培う調べ紅も注す ◆ 岡 県 カ 本 人 犬ナ告たち 40 代 - 〇〇〇〇〇〇〇〇〇みんなのわ〇〇一 39 読者のページ ( みんなのわ ) 一歩一歩