日常的にストレスを抱え、 すぐに保健医療につながりにく に行き渡っていない現状も明ら 4 % の親が精神的な健康に問題 いこと、病院等で治療を受けるかとなりました。 を抱えていました。 ことに対する抵抗感と、家族に つまり、社会からの孤立・情 さらに病状が悪化した際に精神疾患をもつ人がいることを報からの孤立・支援からの孤立 ・ 9 % の家族が暴言や暴力が周りの人から隠そうとする心という主に 3 つの間題点を背景 みられたと回答しました。同時理、そして病状が悪化してしまとして、精神疾患のある人のい ・ 4 % の家族はこれらのよった時に家族がとる手段がほとる家族は自宅で看護するしかな うな状態になったことはないとんどないことが、現在の精神保 い状態に追い込まれています。 しました。こうした暴言や暴力健福祉の問題点として挙げられ諸外国に比べ医療アクセス改革 は病状が悪化した際に見られるます。 は大きく遅れているため、精神 もので、そのような状態になる そして最終的に家族の病状が保健医療、福祉の改革が強く望動 の 前に治療を受けることでこのよ悪化してしまった際に、病院にまれます。 と っ うな状態になることを防ぐこと連れていこうとしてもそうした 言査結果から見ると、「監禁」 ね な ができ、仮にそうなってしまつ手段が公的には整備されていまという状態は決して許されるも ん み た場合でも治療を受けることにせん。家族が無理やり連れてい のではありませんが、重度の精 す よって比較的早い段階でこのよけば家族に対する不信となり、 神疾患がありながら日中特に何 ま し うな状態が改善します。 民間の移送サービスを利用するもすることがなく、家族の看護 今回の事件の背景には、精神と高額な費用がかかります。まだけで生活している人々が相当ら お 的な疾患をもった際に、精神疾た、治療が行われ病状が安定し数いることが推測されます。 患としての認識を持ちにくく、ていても、福祉サービスが十分 お知らせします ものでした。 状況について現時点の見解を述 みんなねっとの活動 奇しくも今年は精神科医呉秀べるものです。 三が精神障害者の私宅監置 ( 自 当会では、 2017 年度に家 ■「おおくの家族が心配事や困宅の中に設置された隔離室で監族支援に関する全国調査を実施 難を抱え、精神的に問題を抱え禁すること ) の実態報告書を政し、その調査結果によると、「日 ている ( みんなね 0 と全国調査 ) 府に提出してから年目と中何もしていない」人が . 2 大阪・兵庫の現代版私宅監置となります。これをき「かけとし % 、障害者総合支援法のサービ も = = える相継ぐ事件は、他人事て 1950 年に精神衛生法が制スを利用していない人が . 8 では決してない ! 」との見解を定され私宅監置が禁止されまし % にのぼり、障害支援区分認定 発表 ( 抜粋 ) を受けている人も・ 8 % にと 私たち全国精神保健福祉会連 一世紀を経た今日において、どま「ています ( 「わからない」 合会は精神に障がいを持「ひと精神疾患を持「子どもを家族がを除く ) 。重度に限定すると訪 の家族会全国組織です。 長年監禁していたという点につ 問看護も受けず、 ・ % の人 3 月兵庫県、昨年の月大阪 いては全国精神保健福祉会連合が「日中なにもしていない」と 府で類似する 2 つの事件の報道会 ( 以下、当会 ) としても看過し、 ・ 5 % が福祉サービスを がありました。 2 つの事件に共できない内容であるため、それ 利用していないとしました。こ 通することは、児童期に精神障ぞれの事件は背景が異なる部分れらの重度の人々は一日中自宅 害を患「た被害者が家族によ「もあり、事件の全容解明がなさで過ごしていることが予想され 〔 00000 』 0 〔 = 一』」 0000 、 000 = 0 て自宅に長年監禁されていたとれていない段階であることを前ます。一方で・ 3 % の家族が みんなねっと 2018 年 6 月号 2
円 ) レる、 むさ 何とも不思議な感覚にな 0 〈日た 2 …一■看過できない重大な事件 のドれい 料く 一が連続して起きている今ります。時空を超えて、精な以さだ んノ稿くた価譴せ 6 6 ・」 日、みんなねっとがまとめ神科医療に関する課題と今 定冓円 貝 O ムロビ 4 み一投入く た平成四年度全国調査報告回の全国調査の実態を共有 ・一三ロ 費 6 問グ一 いン 書は、家族の実態を広く世した感覚になりました。 会 3 お 一稿。こお ホ 8 ペ 呉秀三先生が「我が国何 論に伝えていくものになっ ペ投すをを 号費間間 3 9 ム ています。 十万の精神病者は、実にこ の。でム 月会年年 1 、つ 0 ホ 6 助人体一 一調査結果は、多くのマスの病を受けた不幸の外に、者たルの一 っ 0 「 / 読しにそネ 年賛個団 コミにも注目をいただいてこの国に生まれた不幸が重 4 C 11 なるという一し」と称した引まんン います。社会からの孤立・ 会 まよⅲ本よ 情報からの孤立・支援からことに、改めて光を当てる に @ 族方 号 ・池 1 3 の孤立という主に 3 つの 問ことが、精神障害者とそのでう家る 4 止東 1 一社 一題点を背景として、精神疾家族の人権と福祉を考える稿よ ( れ 禰区 2 会 投 0 る別さ 一患のある人のいる家族は自基本になります。 健島 9 一式 きⅲ性稿第保豊一株 一宅で看護するしかない状態呉先生の精神病者私宅監レ ノで広投巻神都 7 3 刷 私は、過日一 ~ ギー 0 ゲ今年、ドキ = メ」タリー映メで年で通日精和京。 , 月全條 3 6 倉 ールを訪ねた際、見学先の画「夜明け前ー呉秀三と血 こ 6 人本田一 / 法 9 3 替本 年 一病院で、日本精神科医療の名の精神障害者年」わメ住ネ ね のが、ン 8 粡長間 c 振製 麦一改革の祖ともいうべき呉秀の上映活動がはじまりま な稿ⅲ名ペ 田益事 1 便 ん 2 公理〒旺郵刷 一三先生の直筆のサインがあす。多くの方に観ていただん投氏 みのははお 」日者 一る来訪者名簿を拝見する機きたいと思います。 げへス方な 一会をいただきました。 月発発 知っておきたい精神保健福祉の動き / 特集 ( 各号にタイムリーなテーマで 掲載します ) / 多事彩々 ( 編集長随想 ) / 連載①街の診療所からのお便り 連載②語りあおう、つながろう、町の中で、日常の中で / 連載③知ることは生き ること / 連載④真澄こと葉のつれづれ日記 / みんなのわ ( 読者のヘージ ) ほか ・「月刊みんなねっと」これまでの特集の紹介・ ・ 2016 年■ 2 月号 : 精神障害者と差別解消法 ( 池原毅和 ) 3 月号 : 障害者総合支援法施行 3 年後の見直し ( 本條義和 ) 【品切れ】 4 月号 : 家族だからできる家族支援『家族による家族学習会プログラム』 ( 岡田久実子 ) 【品切れ】 5 月号 : 精神障がい者と家族ーそれぞれが自立し、ささえあうために① ( 白石弘巳 ) 【品切れ】 6 月号 : 精神障がい者と家族ーそれぞれが自立し、ささえあうために① ( 白石弘巳 ) 【品切れ】 7 月号 : みんなねっと「政策委員会」の取リ組み① ( 野村忠良 ) 8 月号 : みんなねっと「政策委員会」の取リ組み① ( 野村忠良 ) 9 月号 : メンタルヘルスと福祉教育をめざして ( 松本すみ子 ) 10 月号 : 訪問看護が家庭内暴力とどう向き合うか ( 原子英樹 ) 11 月号 : 家族の思いから立ち上がった ACT のとリくみ ( 宮崎富夫・倉知延章 ) 12 月号 : 家族が求めていた訪問支援が実現するまで ( 岡田久実子・吉澤美樹 ) ・ 2017 年・ 1 月号 : 東京ソテリアにおけるイタリア交流事業のとリくみ ( 塚本さやか他 ) 2 月号 : 精神科においてアウトリーチはなぜ大切か、どう進めたらいいか① ( 渡邉博幸 ) 3 月号 : 精神科においてアウトリーチはなぜ大切か、どう進めたらいいか① ( 渡邉博幸 ) 【品切れ】 4 月号 : オープンダイアローグ ( 開かれた対話 ) の話 ( 飯塚壽美・野村忠良 ) 5 月号 : イタリア精神保健見聞記 ( トレントの地域精神保健医療 ) その 1 ( 野村忠良 ) 【品切れ】 6 月号 : イタリア精神保健見聞記 ( トレントの地域精神保健医療 ) その 2 ( 野村忠良 ) 7 月号 : それぞれの自立をめざしてその 1 ( 夏苅郁子 ) 8 月号 : それぞれの自立をめざしてその 2 ( 夏苅郁子 ) 9 月号 : それぞれの自立をめさしてその 3 ( 夏苅郁子 ) 10 月号 : 当事者の地域生活の実現をめざす精神科病院 ( 木全義治ほか ) 1 1 月号 : 精神科医療における身体拘束を考える ( 長谷川利夫 ) 12 月号 : 当事者中心の地域支援再考 ( 山本昌知 ) ・ 2018 年■ 1 月号 : ピアサポーターと協働した地域移行支援の実践 ( 柳尚夫 ) 2 月号 : ひとリひとりの自尊心と思いを大切に 3 月 : 息子の障害から学んだこと ( 橋ロ亜希子さんに聴く ) 4 月号 : 配偶者・バートナーの立場からみえること ( 前田直 ) 5 月号 : 子どもの立場からみえること ( 横山恵子 ) ・ f 月刊みんなねっと」のバックチンバーのお申し込み方法・一 電話、 FAX 、みんなねっとのホームページよりお申込みいただけます。 代金は「 300 円 x 冊数 + 送料 80 円」となリます。 バックナンバー発送時に振込用紙 ( 郵便振込 ) を同封させていただきます。 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会 ( みんなねっと ) 〒 170 ー 0013 東京都豊島区東池袋 1 ー 46 ー 13 ホリグチビル 602 電話 : 03 ー 6907 ー 921 1 FAX : 03 ー 3987 ー 5466 月刊みんなねっと ~ 毎月こんな内容でお届けします ~ 0 編集後記 幡
す。まず私が居候する四畳半のの病気にもなりました。心身とまで、とにかく大変でした。体 がだるくなったり、眠くなった 部屋には大きな洗濯機と乾燥機もにボロボロの状態が続いてい 、いたるところに が置いてあり たそんな時の事です。私は堪らりと仕事に差し支えて仕方あ カビが生え、肉眼で確認できるず、高校の保健室の先生に悩みりませんでした。その上治療費 ほどの大きなダニが数えきれなを打ち明けました。先生は目をは全て自分で働いた賃金でまか なっていました。ですので、仕 いくらいたくさんわいており、そらさず、親身になって話を聞 窓はありましたが太陽の日差し いてくれたのです。その後も私事を休むわけにはいきません。 倒れてしまった時なども、点滴 はまったく入ってきません。しはその先生にたくさん助けてい かし雨風しのげるだけでも助か ただき、また支えていただきまをしてすぐ仕事に戻りました。 : それからしばらくすると、職 りました。そして精神疾患を抱した。・ : 私は思いました。薄ら えながらの生活で、いつも寝て笑う絶望のそばで、希望の光を場の方から、精神保健福祉手帳 いる事が多かった私に、怠けて灯し続けたその結果がこの先生の取得を勧められました。です との出会いを生んだのだと : が、取日守の・後に、。はったりと仕 いると思われたのでしよう : 義理の兄から、「お前生きてたっ それから私は高校 4 年生から、事を任せてもらえなくなりまし て何の役にも立たないから、せある企業で事務職をしておりまた。そればかりか、私が入れた めて体を売って金でも稼いで来した。以前から精神の不調を感お茶は飲みたくないなどと言わ希 と い」と本当に心無い言葉を浴びじていた私は、家族の誰にも一一一口れたり、偏見差別の為、仕事を愛 せられたりもしました。後の事わずに、一人で街の小さな精神続けられなくなってしまったの 集 ですが、この劣悪な環境の中、科のクリニックを訪ね、投薬治です。私は、心が折れ、その仕特 過度のストレスの為、婦人科系療を始めました。薬が体に合う事を辞めてしまいました。失業 カンニングしていると思われてした。いじめも続きました。 校に入学しました。小学校から しまいますので注意してくださ そして、とうとう心が壊れた中学校卒業まで続いたいじめは いね」と思わず耳を疑うようなのです。中学 1 年生の頃、幻聴・無くなり、希望を胸に、新たな 事を言われたりもしました。家妄想・対人恐怖などの精神疾患気持ちで高校に通いました。し 庭内では親から虐待、学校ではを発症しました。明らかに言動かし、家庭内では虐待が続き、 先生生徒からいじめ、私は心と がおかしくなったのを今でも覚精神疾患もひどさを増すばかり 体を何かに蝕まれていくのがわえております。同じ頃、身体にでした。 かりました。しかしその事だけも影響が出ていました。激しい そんな折、高校 2 年生の時の にとどまらなかったのです。登胃痛、吐き気やおう吐、激しい事です。乂の虐待が原因で、私 下校中に、痴漢にあったり、車下痢とひどい肌荒れです。しか バリカンで は、自ら」を切り、 の中に引きずり込まれて、連れし誰も助けてはくれません。せ頭を丸めました。私はこれ以上 去らわれそうになったり、性的めて、親からの虐待を止めても実家にはいられないと思い、駄 暴行をされそうになったりと、 らおうと、教育センターの相談目元で姉に相談しました。しか 家や学校以外でも大変っらい思 室などに駆け込み、事情を説明し姉は快く受け入れてくれまし いをしておりました。そのようしても理解されませんでした。 た。その頃すでに姉は結婚をし に度重なる不幸が、再び私を絶その日、その日を生きるのが精ておりましたので、私は義理の いつばいでした。 望へと導くのでした。 兄と姉の家にお世話になること になりました。ですが、そこで 中学でも虐待が続いた 定時制高校の時、精神科に受診 もまた義理の兄からいじめを受 中学校入学後も虐待は続きま 私は中学校卒業後、定時制高けることになってしまったので みんなねっと 2018 年 6 月号 8
「愛と希望」 忘れ、絶望していきました。 きました。・ : その瞬間、私は目信じる心と希望を、再び持っこ をつぶり、グッとこらえました。 とができたのです。その後も虐 初めて人に助けられて しかし痛くはありません。恐る待は続きましたが、その方を思 恐る目を開けると、なんと、目 6 歳の時の事です。風邪をこ い出し、人を信じる心と希望を じらせ、高熱でうなされていたの前で父が倒れていたのです。失うことなく過ごしてまいりま 私は、耳に痛みを覚えました。見知らぬ男の人が父を殴り飛ばした。 その後すぐに、強烈な痛みが私し、私を助けてくれたのです。 を襲います。しかし救急車は呼私はただただ、目を丸くして、 小学校でいじめに遭う ばずに、母は父の車を運転して、そこに立っていました。・ : ふと、 小学校に入学して間もない頃 診てもらえそうな病院をぐるぐ 私の目の前はゆがんで見えましです。いじめの標的にされまし ると探し回るだけです。どの病た。目いつばいに涙があふれてた。学校へ行くと、私の机だけ 院も医師が不在との理由で診てきていたのです。私は生まれて教室の一番後ろに片づけられて いただけず、 1 時間半後、仕方初めて人に助けていただきまし いて、机の上には花が飾ってあ なく自宅へ戻ってきました。そた。しかし、お礼を言おうとしり、机には鉛筆で「死んでくれ の間にも耳の奥はとても痛くな た瞬間、私を乗せた車は、走りてありがとう」などと書かれて いたりと、とても陰湿ないじめ希 り、こじらせた風邪もひどくな出してしまったのです。後日、 と り、ついには父の車の中で吐い その方の事を聞きましたが、母を受けていました。担任の先生愛 てしまったのです。父は自分のは教えてはくれず、結局最後まにも、目と目があっただけで「は 集 いみなさん、注目してください。 車が汚れたことに怒りが爆発し、でお礼を言えずにいました。し 私に向かって拳で殴りかかってかし、私はその方のおかげで、 この子のように目つきが悪いと、 父親からの虐待 3 歳の時の事です。その頃か ら親から虐待を受け始めます。 もともと酒乱だった父は、お酒 を飲んでは大暴れする人でした。 暴れるだけでなく、母を殴るな どの暴力をふるっていたのです。 しかし、その暴力の矛先は私に 向いたのです。父からは手首や 足首をライターの火であぶられ たり、タバコの火を押し付けら 昭和年 ( 1985 年 ) 6 月ナックを経営しておりました。れたりしました。また、性的虐 5 日に私は産声をあげ、生まれ 3 人の義理の姉は、長女は高校待やネグレクトなどを受けて育 てきました。 生、次女は中学生、三女は小学ちました。そして、満足に食事 私は父、母、そして母の連れ生で、ともにまじめで、成績優をさせてもらえなかった私は、 子である 3 人の義理の姉の 6 人秀な子供だったそうです。当の自分の爪やその周りの角質を食 家族でした。私の父は、建築現本人、つまり私は、勉強はできべて飢えをしのぎました。もち ろん、毎年訪れる私の誕生日な 場でショベルカーなどを扱う仕ませんでしたが歌を歌うことと、 事をしておりました。一方母は、絵を描くことは大好きな子供でどはめったに祝ってはもらえま せん。いっしか人を信じる心を 自宅の一階をお店に改装し、スした。 置ー第■■■・第置・■ 特集、 zo-o 法人ぜんせいれん佐藤真智子 ■第・一■■■第■・第 みんなねっと 2018 年 6 月号 6
月刊みんなねっと 2018 年 6 月 1 日発行 2007 年 7 月 24 日第三種郵便物承認 月刊みんなねっと ( 毎月 1 回 1 日発行 ) 通巻 134 号 2018 年 6 月 1 日発行 2007 年 7 月 24 日第三種郵便物承認 ・特集・ 愛と希望 ( 佐藤真智子 ) ・連載語りあおう、つながろう、町の中で、日常の中で第 3 回 ( 三ッ井直子 ) ・知ることは生きること ( 胃木聖久 ) 連載ロ 大地でたくましく生きる人たちから得た、「蟻と自分は対等な存在」 《自らの人生の主人公としての家族の暮らし特集⑨》 精神疾患がある人や家族に役立つ出版物 A 4 判・ 1 1 2 頁 定価 1 OOO 円 ( 別途送料 ) 家族相談の活動は家族会の原点ですコ好評発売中 ! ! 本書は、全国から寄せられた家族による相談事例の中から 32 事例を掲載しま した。事例を、日常生活、医療、家族会、家族依存、地域連携、親亡き後、制度の七 つに分類し、それにコメントを加えた初めての家族相談事例集です。同じ家族 としての立場から相談にのり、情報を伝え、家族会につなげていく活動は家族 会の原点ともいえます。みなさんの活動に役立てていただければと思います。 精神ミい者相爍 精神障かい者家族 相談事例集 2018 社会資源ハンドック ↓凸凸物 命凸台 精神獰がい者と家族に役立つ 社会資源ハンドブック B5 判・ 180 頁・定価 1400 円 ( 送料込 ) 【内容】医療に関する制度 / 地域で生活するための支援 / 日中活動の 場、就労や復学の支援 / 経済的な支援を受けたいとき / 財産の活用 や保護、法的な支援など / 家族が情報を得る、相談できるところ 家族会員・支援者のための 覊道営☆家族会運営のてびき A4 判・ 18 頁・定価円 ( 送料込 ) 会からのラ蚊は 1 冊 600 円に割引します 家族会の設置から運営の仕方まで家族会の活性化に役立つ「てびき」ができま した ! 会報や案内パンフなどの見本の資料ページもあり、家族会とつながり のある支援機関でもせひご活用を ! 【内容】精神障がし、者家族会とは / 家族会 活動をおこなおう / 運営・活動費 ( 財政基盤 ) について / 家族会の組織強化をし よう / 地域にとけこむ活動への積極的参加 / 新しい家族を家族会につなげよ う / 新しく家族会を立ち上げよう / 支援者・関係者の方々へ / 資料編 ☆家族相談ハンドブック A4 判・ 76 頁・定価 700 円 ( 送料込 ) テキストができました ! 家族会からの注文は 1 刪 500 円に割引 【内容】家族による家族支援 / 精神障がい者の状冫ル / 精神障がい者家族の状況 / 家族相談の 意義と特徴 / 家族相談の目標 / 家族相談の留 / 相談実習の進め方 / 家族相談の方法 / 新しく家族相談事業を立ち上げたいときは / 家族相談員の養成 / 家族相談の事例 問い合わせ先 家族相談 / ウドブック 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会 ( みんなねっと ) tel 03 ー 6907 ー 9211 / fax03 ー 3987 ー 5466 ホームへージ http //www.seishinhoken.jp
「みんなねっと」の ホームページをご覧ください ☆メルマガ会員募集中 ( 無料 ) ☆ 「みんなねっと」で検索 ! http://seishinhoken.jp/ LINE 公式アカウント【@ minnanet 】 公式ツィッター【@ minnanet 】 2018 LINE@ 0 みんなねっと お知らせしますみんなねっとの活動 2 特集愛と希望 (N p O 法人ぜんせいれん ) 佐藤真智子 5 語りあおう、つながろう、町の中で、日常の中で ~ オープンダイアローグに学ぶ日々の中で気づいたこと ~ ( 第 3 回 ) 三ツ井直子 14 続・事例からみる精神障害者の障害年金の実際 《 3 》診断書表面のイ欄について ( 白石美佐子 ) 18 多事彩「〇さんの主治医」 ( 野村忠良 ) 22 街の診療所からのお便り【連載 133 】 ( 増本茂樹 ) ・・うまく行かない時期にはがんばり過ぎないことが大事です。・ 24 知ることは生きること ( 連載 30 回 ) 大地てたくましく生きる人たちから得た、「蟻と自分は 対等な存在」《自らの人生の主人公としての家族の暮らし特集⑨》 ( 青木聖久 ) 28 真澄こと葉のつれづれ日記 ( 第 87 回 ) 34 みんなのわー一読者のページ・地域の話題 36 第を第をを、をこ一響」よ : 宿 1 をド物 ーを物リー叮ス事物物第コいす 0 第第イベント物、 ■友だち追加の方法 ■フォローの方法 ① Q R コードから Twitter ページより LINE アプリを起動し 「@minnanet」で検索 「その他」→ →プロフィールページへ行き、 「友だち追加」→ プロフィール画像のすぐ下に 「 QR コード」から QR コードを ある「フォローする」をタップ 読み取り「追加」をタップ ② ID 検索から LINE アプリを起動し ご登録 ! 「公式アカウント」→虫眼鏡マー お待ちしています ク→みんなねっとと検索し「追カⅢを タップ 「みんなねっと」電話相談のご案内 TEL : 03-6907-9212 受付時間 : 水曜日 10 時 ~ 15 時 ※祝日と重なった場合はお休みです。※お昼 ( 12 時 ~ 13 時 ) はお休みをいただきます。 みんなねっとのホームページではメールマガジンを発行しています ( 無 料 ) 。当会の活動だけでなく、各都道府県連の情報なども随時お知らせす るメルマガになっています。ぜひ、ご登録ください。詳しくはホームペー ジをご覧ください ( 「みんなねっと」で検索ください ) 。 感想・意見・投稿を募集しています メールでの原稿募集を始めました。 アドレス : minnanet.seishinhoken@outlookjp ・「みんなのわ」コーナー ( 300 ~ 350 字程度 ) ・「地域の話題」コーナーへ皆様の原稿をお寄 せ下さい ! ( 1000 ~ 1200 字程度 )
はすべての住民一人ひとりの延功したアポガド栽培の他、アマ事業がいちばん大切であること に気がついたそうです。 長上にあり、皆で共有して「私たゴなどの魚の養殖加工、しいた ち」として共に生きようと考えてけ栽培などもおこなっており、◇この地を希望のある故郷とし います。人が少ない過疎地では、それぞれ漁業組合、シイタケ製て生きる 不可能と思えることでも、長 造組合に加盟しています。竹の 皆が必要とされています。 い年月をかけて実現させてゆく 子栽培では、メンマ製造が好評 ◇なんぐん市場の発展 なんぐん市場では、精神科医を博し大手企業に納入していま覚悟をし、「自らが土を耕す」 という生き方が何より大切、と 療につながっている「私たち」す。 これらの活動はどれも、必要長野先生は語ります。これまで を地域に知ってもらうために、 年余りを、住民や家族と共に、 こちらから進んで地域の活動のとする人の声があがってから皆 お手伝いをします。環境や防災、で動き始め、長い年月をかけてこの地を自分たちの素敵な故郷動 の にしたいと願って生き抜いてこ ようやく実現しました。何事も その他の活動の準備や片づけ、 と っ られました。 会計、雑用を引き受けています。控えめに進めてきました。 ね これからも、急激に人口が減な 設立してしばらくの間は、観 その結果、なんぐん市場のイ み り続ける日本の社会に、未来に べントには町長や課長も来てく光客を呼び寄せて収入を得よう す れるようになり、今では 2 万人と宿泊施設、温泉、レストラン、希望がある故郷のモデルとし ま のみんなと知り合えるまでにな音楽会などを華々しく展開しまて、実践を通して示し続けてゆし したがうまくいかず、結局は地 りました。 くことが、長野先生の願いです。昉 ( 講演の要約・野村 ) なんぐん市場の産業として元の方々の毎日の必要を満たす 〈次号につづく〉 は、 2 年以上かけてようやく成ための、地に足の着いた地道な ・みんなねっとフォーラム 2018 地域づくりに家族ぐるみで取り 少しでも動ける人なら誰でも引 平成年 3 月 2 日、帝京平成組んできました。その経緯を、っ張りだこです。精神障害があ号 大学冲永記念ホールにて開催され今回の「共に故郷をつくる」編っても、あちこちの仕事場から 年 た「みんなねっとフォーラム」は約と次回の「過疎地の精神科医療」声がかかります。休みたいとき 名の参加がありました。 編の 2 回に分けてお伝えします。には、いつでも休ませてくれま と マ共に故郷をつくる△ す。アパ ートにも、すぐに入れつ 亠な みんなねっとフォーラム 2018 講演より ◇人口が減り続ける町 ます。介護施設にも入れます。 ん み 『過疎の地で皆と生き抜く』 愛南町は人口 2 万人。過疎化◇「なんぐん市場」設立 5 ある精神科医の実践 5 ( 前編 ) が進み、毎年人が減り続長野先生は、精神科医として みしよう ( 講師 ) 御荘診療所所長・なん けています。高齢化率は % での仕事の傍ら、精神科にかかっ ぐん市場理事長野敏宏先生 産婦人科医院は廃業。県の地方ている人たちや住民、奥様と共 局や保健所、企業も撤退しましに、地域の人々が集まって皆が 《編集者より》長野先生は、刀年た。鉄道はなく、バスは 1 時間生きる場、地域貢献の場として 前の平成 8 年、愛媛県愛南町のに 1 本。人口の多い地域からは「特定非営利活動法人ハートⅲ 公益財団法人正光会御荘病院 ( 精離れています。 ートなんぐん市場」を平成 神科病院 ) の渡部三郎先生に招 この町は、未来の日本の社会Ⅳ年に立ち上げ、その活動を通 かれて愛南町に移り住み、渡部を先取りしている、と長野先生して町の問題解決と未来への希 先生の構想によりその病院を閉は考えています。 望創りに取り組んできました。 じて診療所、居住施設などをつ◇過では、すべての人が大切◇害の有無で人を分けない くり、住民同士が皆で支え合う 過疎地では人がいないので、 なんぐん市場では、「精神障害」
ど許されるのかリ」と怒鳴り散事の支度などは私がしていまし妊娠できませんでした。病院で らしていました。彼の親族も同たが、対人恐怖や他人からの視診ていただいた結果、排卵が全 線を強く感じてしまうことや他くないことが分かり、排卵誘発 じ理由で猛反対でした。しかし、 剤を使うことになりました。そ 私達の友人や現在の主治医の応人が私の悪口を言っているよう 援もあり、田年Ⅱ月日、婚姻に感じるなどの症状のため、外して精神科の主治医と婦人科の 届を提出いたしました。この時、出し買い物に行くことが困難な主治医と私たちの努力が実り、 8 年 4 月Ⅳ日妊娠していること 私は、私の親族から縁を切られときは、夫に行っていただいて おりました。また、夫が苦手ながわかりました。不安と期待の た状態になりました。 事は私が担うなど、互いに支え中での妊娠・出産は、私達にとっ て、まさに大冒険そのものでし 合い、生きていきました。 そして、結婚をして、新しい た。ある時などは、人が怖くな 住まいに引っ越しをした私達は、 り、緊張して心臓がドキドキし 2 Q のアパ ートにて結婚生活妊娠、出産そして子育て いっしか、二人の間で子供がてしまうなどの症状が出てしま をスタートさせました。しかし、 そのような恐怖心で被害妄 幸せな結婚生活をスタートさせほしいという思いが強くなりま 想がひどくなり、妊婦健診に行 るには、少しだけ課題をクリアした。二人で子育てができるか させなくてはならなかったのでどうかの不安よりも、将来産まけなくなりそうになったりもし す。まずは金銭の管理。これはれてくるわが子と、どのようにましたが、友人の助けでなんと 精神遅滞の私には難しい課題で楽しく過ごしてゆこうかというか病院へ行くことができました。 またある時などは、切迫流産の したので、主に夫が管理をして気持ちが強かったです。しかし、 くださっていました。掃除や食薬の副作用のせいか、なかなか危険があるとのことで、一時期 後、私は市役所にて、手帳の更話の上手な人でした。その頃か が過ぎた頃、私達の気持ちは結 新などをしていた時に、精神障らでしようか、 = ・その人を意識婚へと進んでいきました。です号 月 がい者の共同作業所があることし始めたのは。そうです。そのが、私の親族も、彼の親族も、 年 を知り、その作業所の面接を受人こそが、現在の夫なのです。 障がい者同士の結婚には猛反対 けさせていただきました。そし しばらくするとその彼と一一人でした。それどころか彼とお付 と て、その後私は作業所へ通所しきりでお出かけするようになりき合いすることすら認めてはく っ 始めたのです。作業所では、家ました。カラオケに行ったり、れなかったのです。しかし私達な 庭内などとは違い、 本当に楽し市営体育館のトレーニングジムは、「障がいがあっても、人並みみ い時間を過ごせました。 でトレーニングを楽しんだりと、の幸せを手にしたい : ・」その思 私は生まれて初めて、とても充 いが、お互いに結婚への意志を 所とグループホームの生活実した日々を過ごしておりまし固めていきました。 作業所に通所するようになっ た。まるで心が弾むような感 田年Ⅱ月Ⅱ日、彼の思い出の て数年が経った時の事です。そ覚です。いっしか、私達はお互場所で、プロポーズを受け、愛 の頃、私はグループホームでひ いに恋人としてお付き合いしたを誓いました。私達が結婚を決 とり暮らしを始めていました。 いと思うようになり、その年のめた後の事です。私の親族は、 やっとしがらみから解放された 年 8 月日、正式に彼 なかば半狂乱になり、彼や、市 : そう思っていた時の事です。と交際を始めたのです。 役所のケースワーカーの方、そ ふと、気になる人が現れました。 してグループホームの世話人の その人は時々面白いことを言っ障がい者同士の結婚へ 方々に「精神障がい者同士で、 て笑わしてくれる人でした。お お付き合いを始めて、 2 か月生活保護受給者同士で、結婚な 11 特集愛と希望
は絶対安静と言われ、車いすに与えていました。しかしミルクしいことでもあります。そのう お世話になったこともあります。を用意するのはちょっと一苦労れしいことは数知れず、抱き上号 月 しかしそのような中にも喜びはです。ミルクを作る前に、まずげた時にはじめてニッコリと微 年 ありました。はじめて胎動を感哺乳瓶とそれにつける乳首を、笑む娘の顔を見たときの、あの じた時や、一一人で子供の名前を数分間煮沸消毒しなくてはなり うれしさに舞い上がるような感 と 考える時など、つつましい生活ません。それから粉ミルクを入覚でしたり、はじめてベビー っ の中にもうれしいことはたくされて、熱湯を入れてよく振り、スから普通のお風呂に入った時な んあったのです。 ようやく、人肌まで温度を下げの、肌と肌のふれあいに喜びをみ そして 8 年月Ⅳ日午後たミルクを、あげることができ感じたり、はじめてつかまり立 3 時分、夫の立会いの下、るのです。そのほかにも、お風ちしたときや、ひとり歩きがで ゆき 3330g の元気な女の子・幸呂に入れたり、おむつを替えたきた時のあの感動、そしてはじ 歩が誕生したのです。そこからり、健常者の方の子育てと同じめて私を「おかあさん」と呼ん 私達はこの小さな命と共に生きように、はじめは恐る恐る、しでくれた時のうれしさといった てゆくことになります。 かし大切に育ててきました。赤ら : ・、例えようもない感動であ 1 週間が経ち、病院を退院後、 ちゃんの時はまだしも、成長すり、今でも忘れられない大切な 私達の子育てが始まりました。 るにつれて、自我は芽生え、気 思い出です。私達は、子育てと まずはミルクです。精神薬を服に入らない事があれば、食器や いうものが、これほど大変で、 用していたため、母乳で育てるおもちやをプンプン投げ飛ばすしかしこんなにも幸せを感じる ことができなかった私は、 2 時など、時々困った出来事も起こものだとは、思いもしませんで 間おきに夫と交代で粉ミルクをります。しかし、それらはうれした。 親族とも和解、広がる支援の輪ます。それから、私は伝えたい 障がい者も、ひとりの尊厳を持っ 当初はお互いに親族の助けがのです。私の父と母に、私を産た人間であり、「障がい」という 無いままの二人だけの子育てでんでくれてありがとうと : ・。な個性があるだけで、あとはほか したが、親族とも和解することぜなら、父と母がいなかったら、の人となんら変わりのない人間 ができました。そして次第に支私は、こんなにも愛と希望に満であるという事を理解していた 援の輪が広がっていきました。ちた人生を送ることはできな だけると、当事者としてとても 子育て支援センターの相談員のかったからです。人を信じる事っ うれしく思います。 方や保健センターの保健師の方、てなんてすばらしいのでしよう 市役所の方、そして高校の保健か。信じる事は同時に痛みを伴 現在、私は全国精神障害者団 室の先生に、母代りをしてくれうかもしれません。しかし、そ体連合会 ( ぜんせいれん ) という ている友人や主治医です。たくの先にはささやかな幸せが必ず団体で、当事者活動をさせてい さんの人のやさしさが私達の生待っていると思います。 ただいております。昔は家事も きる原動力になりました。そし それから、精神障がい者が恋ろくにこなせなかった私ですが、 て、・ : 私は思うのです。希望を愛・結婚・そして子供を産み育 今ではなんとかお仕事と家事の 捨てないで、光を灯し続けてきてるという事を、理解してほし両立をし、生活保護から卒業し、 望 たからこそ、たくさんの素晴ら 希 いと願うのです・ : 。そして、そ親子 3 人で生活をしております。 と しい方々と出会えたのだと。そこから家族の支援が始まると思 これからも、この世に生を受けた して何よりも夫に出会えたこと います。家族の理解と支え、そことに、そして、支えてくださる 集 特 に感謝です。夫を信じ、頑張っしてやさしさはやはり必要だと方々に感謝し、生きていきます。 てきて、本当に良かったと思い 思います。それから、私達精神 ( さとうまちこ )
たか」と、ビルギッタさんに尋のいないところで本人のことをワ 1 クジャパンが今年、発表し ねたところ「一日よ」と答えが決めない」精神科医療システムた対話実践のガイドラインに記 返ってきた。「やる ! とみんなでヘの改革と同じ時期に、はじめされている。 べてるの理念とは 決めたから、変化するには一日の一歩は踏み出されて第をを 「三度の飯よりミー しかかからなかった」というそ ティング」「安心し 7 つの原則とは「 1 ・ 一の答えに、「決めたら、行動した てサポれる職場づく らいいのだ」と希望が溢れてき即時対応」「 2 ・社会的 り」「自分でつけよう で ネットワークの視点を 、 ( 一たことを覚えている。 中 自分の病名」「場の の 持つ」「 3 ・柔軟性と機 常 KAZOC 事務所の壁に貼られ 日 力を信じる」「弱さ 動性」「 4 ・責任を持っ ( 一 た『 7 つの原則』と『べて で を絆に」「弱さの情 こと」「 5 ・心理的連続 中 るの理念』 の 報公開」「昇る人生か 性」「 6 ・不確実性に耐 町 かぞっく ら降りる人生へ」「苦 3 年ほど前から K く OC の練える」「 7 ・対話主義」。 労を取り戻す」など こよオープンダイア 馬事務所しし 豊富な臨床実践と臨一 ~ 新 % っ など、ワクワクする ロ 1 グの 7 つの原則と、べて床研究をもとに導き出 ようなワードが並んお るの理念が貼られている。偶然されたオープンダイア ~ 彎第 あ でいる。私たち自身り にも、北海道浦河べてるの家はローグの骨格をなすも 五ロ 一三ロ の実践にとって、こ のであると、オープン 1984 年に生まれており、前 れらの原則や理念が 述したケロプダス病院で「本人ダイアローグ・ネット第」ーー ス病院へやってきた。講義をき ケロプダス病院のはじめの き「これならできる」と考え、 一歩『本人のいないところ 語りあおう、 その翌日にさっそくスタートし で本人のことを決めない』 た。その時、最初に決めたこと つながろう、 昨年の夏、東京大学の安田講は「本人のいないところで本人 町の中で堂で、オープンダイアローグののことを決めない」ということ。 創始者ャーコ・セイックラさん 1 病院全体で 10 人ほどのス 日常の中で とビルギッタ・アラカレさん 2 のタッフがいたそうだが、「変化に 講演会が開かれ、オープンダイかかった時間はどのぐらいでし 臨一す一域ダ策ネ①変にしイ 訪問看護ステーション Y<NOU 看護師アローグが生まれたフィンラン 、ロ関口区プ対ラ、の軟貫ダ 授アにア健ロ症アは態柔一ン 三ッ井直子ド西ラップランドのケロプダス 教イグイ保ケ調のと状にでプ , 学ダ一ダ神で失学こ②ズま一用 病院でのはじめの一歩をお話し 大ンロン精ま合大き、一るオ引 ラプアブド年統クベとニ至の くださった。 ュ一ィ一ン 4 ドルすこたにら キオダオラ 1 ンウ筆たじ療とか スでン。プ o ラト特れ応治こ著 1984 ・ 8 月日、 ア院プるカッ 2 ンてで入にる環 ヴ病一あ 2 ラら。イしルり清か酉藤 Need-Adapted approach ュスオが 8 西かたフとデ取駟療を斉 、ダ、作 9 る年めに環モをの診気 ( ニーズ適合型アプロー ドプり著 1 い 5 務代一の入れ③にか ンロわ・て 9 を年のこ介ぞ、度何 チ ) 3 を実践していた ラケ関文医れ 9 長 c ト。なれと態は ン。に論科さ 1 院 8 ク発速そこなと イ士発の神践。の 9 工開迅者る的グ トウルク大学のチーム フ理開数精実務院 1 ジがの患す療一 心の多、が勤病ロら期や応治ロ が講師としてケロプダ 1 床グる 2 グでス 3 プン早化対てア 5 オープンダイアローグに学ぶ 日々のなかで気づいたこと 5 回、 矛トプンダイアロ↓ーグのうの原則。 第ツッテシルットッの競かを : 物第豊任の第なの明確化ま 0 新日 : 。 を心な続をもツて : 第朝紅年ま : 、不第がさに第えて ( な回気ミ長イ諞を第、 、一一を対ををま朝新に みんなねっと 2018 年 6 月号 14