アヘン窟 - みる会図書館


検索対象: シャーロック・ホウムズの冒険
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1. シャーロック・ホウムズの冒険

かん しんがっこうこうちょう しんがくはかせ セント・ジョーや シ神学校の校長で、神学博士だった、 イライアス・ウイト = ーの弟にあたる、 がくせい しようようしゃゅめ ィーサ・ウイト = ーは大そうアヘンにおぼれていました。まだ学生のころ、アヘン常用者の夢と、 ごこち 酔い心地を書いたディ・クインシーの物語を読んで、ばかげた気まぐれを起し、同じようなきき しゅク 目があるようにと、アヘン・チンキの中へ煙草をひたして吸ったために、それからあんな悪い習 慣におぼれるようになったのだと、私は思います。こんな事をくりかえしているうちに、習慣を やめるよりも、つけるほうがずっとやさしいことをさとるようになりました。そうして長い年月、 この麻薬をやめることもできず、友だちや親せきのものからおそれられ、あわれまれるようにな りました。今ではほってりと黄色っぽい顔をして、まぶたはたれさがり、ひとみは針の先ほどに きぞく はて ちぢんでしまって、貴族のなれの果といったすがたで、いつも子にうずくまっているのが見受 けられます。 ある晩ーーーそれは一八八九年の六月のことでしたがーーもうだれでもそろそろあくびをしなが ころ つま ら、時計を見る頃になって、私の家のベルが鳴り出しました。私は椅子からからだを起し、妻は はりしごと ひざの上に針仕事をおいて、ちょっとうんざりしたような顔をしました。 うしん 「息者さんよ ! また往診にいらっしやらなくちゃならないわ。」 やっと昼間のつかれがぬけたばかりなので、私はうなってしまいました。 まやく かんじゃ たはこ しん はり

2. シャーロック・ホウムズの冒険

「おどろいたのはぼくのほうさ。」 「ぼくは友だちをさがしにいったんだ。」 「こっちはかたきをさがしていたんだよ。」 「かたきだって。」 「そうさ。当かたきにまわる男のひとりというか、まあ、ぼくの当然の獲物とい 0 たほうが ちょうさ いいかも知れない。つまりだね、ウォトスン。ぼくはいま、めずらしい調査をやっていて、あの よっぱらいどものでたら目なおしゃべりから、何か手がかりでも見つかりはしないかと思ってい たのさ。前にもよくやったことがあるからね。あのアヘン窟の中で、もしぼくだということがわ かったら、とても生きては帰れまいよ。あの店をやっている男は東インドの人間で、わるいやっ りよう つごう なんだが、何しろこっちの都合で今まで利用したことがあるもんだから、どうしてもかたきをと たてものうら ってやるといっているそうだからね。あの建物の裏の、ポ 1 ル荷あげ場のすみによったところに 落し戸がしかけてあるんだが、そこで月のない夜、何が落ちていくか、落し戸にきいて見たら、 さぞ変った話がきかれること・だろうよ。」 したい 「何だって。まさかそれは死体のことを言っているんじゃあるまいな。」 ころ 「そうなんだ。死体だよ、ウォトスン。あのアヘン窟で人をひとり殺すたびに千ポンドずつも ゆかい らえるとしたら、大した金持になれるぜ。この川ぞいでも、こんな不愉快な魔の場所はほかには みせ くっ くっ

3. シャーロック・ホウムズの冒険

ぎよしゃ て、馭者に持っていってもらいたまえ。ホウムズと会って、これから一しょに出かけますってね。 そとで待っていてくれないか。五分もしたら落ちあうから。」 ホウムズからたのまれると、いつもその言い方がひどくきつばりしていて、おだやかな中にも 人をおさえつける力をもっていますから、とてもことわることはむずかしいのです。・しかし、ウ ばしゃ イトニ 1 を馬車にのせてしまえば、私の役目はそれですんだわけで、あとは、ホウムズにとって ぼうけん みうがわ はごくあたりまえの生活になっている、あの風変りな冒険にまたついてゆけるのですから、こん なうれしいことはありません。 つま かんじよう 私はさっそく妻にあてて走り書をし、ウイトニーの勘定をはらい、彼を馬車へのせて、くらや ろうじん みの中へ消えてゆくまで見送りました。それから間もなく老人のすがたがアヘン窟からあらわれ まちかど 街角を二つほど通りすぎるまでは、この老人はこしを て、私と一しょに街を歩いてゆきました。 , まげ、足もともあぶなげに歩いていましたが、やがてすばやくあたりを見まわすと、しゃんとか らだをのばして、アハハハと腹の底から笑いはじめました。 しゃ ちゅうしゃ 「ウォトスン。君はいつも医者として、ぼくにコカインの注射だの、何だのという悪いくせの ちゅうこく あるのをいろいろと忠告してくれるが、ぼくがその上、アヘンまで吸い出したと思ったんしゃあ るまいね。」 「いや、あんなところで君に会おうとは、まったくおどろいたなあ。」 まち そこ やくめ くっ

4. シャーロック・ホウムズの冒険

しようこ かんぜん フィッツロイ・シンプソンについての証拠は、けっして完全なものだとは思っていませんでし しんはんにん たが、それでもほくは、あの男がやはり真犯人にまちがいないと思いながら、デヴォンシャ よっにく ばしゃ 出かけてゆきました。馬車へのっていて、ちょうどストレイカーの家へついたとき、ふと羊肉の りようり カレー料理にたいへんな意味があることに思いあたりました。あのとき、あなた方がみんな馬車 をおりてしまったのに、ぼくだけがぼんやりして、車の中に残っていたのをまだおぼえておいで ないしん でしよう。ぼくは、こんなはっきりした手がかりをどうして今まで見のがしていたのか、内心ふ しぎでならなかったのです。」 大佐は、 やく 「いや私なそ、今でもわかりませんよ。カレー料理がどんな役に立ったのですか。」 あじ 「そこから、ぼくは推理をはじめました。アヘンの粉末というものは、けっして味のないもの じゃない。わるい味ではありませんが、はいっていればすぐにわかります。ふつうの料理にまぜ いじよう たら、たべた人はすぐに気がついて、きっとそれ以上たべはしないでしよう。カレ 1 はたしかに、 この味を消す微目をしていました。フィ〉ツ。イ・シンプソンというよその人間が、あの晩のス しよくじ トレーカー家の食事に、カレー料理を出すようにするなどということが、どう考えたってできる ばずがありません。そうかといって、味を消すのにちょうどいい料理の出たその晩に、アヘンの 勝をもってシンプソンがやって来たというのも、あまり話が合いすぎておかしいでしよう。ちょ こな たいさ すいり んまっ 301

5. シャーロック・ホウムズの冒険

0 と考えられませんねえ。だから、シ一プソンはこの事件に関はあるまいということになり、 りようり ゅうしよくようにく ・あの晩、夕食を羊肉のカレ 1 料理ときめることができたふたりの人間、つまりストレイカー夫婦 女ゅうい へ、いやでもわれわれの注意がむけられていくではありませんか。 わか ぶん あの料理が、うまや番の若いものの分としてべつにわけられてから、アヘンがいれられました。 れんじゅう じよちゅう ほかの連中が同じ夕食をたべて、何ともなかったんですから。では、女中に見つからないように、 あの皿へ近づくことができたのは、ふたりのうち、どっちの人間だったでしようか。 もんだい この問題をかたづける前に、あの晩、犬がほえなかったということに、重大な意味があるのを おこな すいり ほくはさとりました。一つの推理がまちがいなく行われると、かならす次の推理もできるもので ・すからね。シン。フソン事件がおこったので、うまやに犬のかってあることはわかりましたが、だ ゃねうら れかうまやにはいりこんで、馬を連れていったものがあるのに、屋根裏にねていたふたりの若い よなか ものが目をさますほど、犬はほえなかった。して見れば、夜中にしのびこんだものは、たしかに 大のよく知っている人間だったということになります。 まよなか ぼくは、ジョン・ストレイカーが真夜中にうまやヘいって、馬を連れ出したのだということを かくしん しん 確信するようになりました。だ、たいそう信じてまちがいないと思ったのです。だが、何のため てした だったのでしよう。むろん、よくないことを考えたからです。さもなければ、自分の手下の若い ・ものに、どうしてアヘンなどをたべさせたりするでしようか。 さら じけんかんけ じゅうだいい 302

6. シャーロック・ホウムズの冒険

てんじよう ので、どんどん中へはいってゆきました。そこは細長い部屋になっていて、天井が低く、こげ茶 みんせんせんしつ しんだい 色のアヘンの煙が一ばいにたちこめています。そうしてまるで移民船の船室のように、木の寝台 かいく段にも作りつけられていました。 ぐら かっこう みようきかい うす暗い寝台の中をすかして見ますと、妙に奇怪な恰好をしてねている人々のすがたがほんや りと見えます。そこにもここにも肩をすぼめ、ひざを折り、頭をうしろへまげて、あごを上へつ しんらい き出した人たちが、新来の私のほうへどんよりとにごった目をむけていました。その黒いかげか あか きんぞくせい ら、小さい明りが赤くぼっかりと浮び出しています。そうして、金属製のきせるの火皿に盛った アヘンのもえ方によって、それが明るくなったり暗くなったりするのでした。大ていはみんなた いつばんぢよう [ まってねていますが、中にはぶつぶつひとりごとを言っているものもあり、妙に低い、一本調子 の声で話し合っているものもあります。しかし急にしゃべり出すかと思うと、また急にだまりこ んでしまい、それも自分勝手に思ったことを口にするだけで、相手の話などすこしもきいてはい ないのです。 さんきやく むこうのすみに炭火をおこした火ばちがおいてあって、そのそばの木の三脚に、すらりと背の ろうじん 高い老人がこしかけていました。ひざに両ひじをついて、両のこぶしにあごをのせ、じっと火を 見つめています。 私がはいってゆきますと、黄色い顔のマレー人のポーイが、きせると一回分の薬をもってかけ すみび ひざらも

7. シャーロック・ホウムズの冒険

顔かたちはひどく変っていて、だれでもゆき合うものはつい見てしまうどなのだ。もじゃも きす うわ じゃの赤い髪に、青白い顔、おそろしい傷あとが頬をひきつらせて、上くちびるのはじはぐいと 上につりあがっている。それにブルドックのような大きいあご、するどい黒い目、こういったも 、、、れんじゅう きみようたいしようてき のが髪の毛の色と奇妙に対照的に見えるから、ふつうのこじき連中とはまるでちがうのさ。その 上きてんがきくところもね。何しろ通りがかりの人にちょっとでもからかわれると、すぐに受け じゅうにん こたえをするんだよ。これがあのアヘン窟の住人で、しかもぼくたちがやっきになってさがして いる、セント・クレア氏を最後に見た人間なんだ。わかったかい。」 「でも、いざりだっていうじゃよ、、。 しかも働きざかりの男に、たったひとりでどうして向 づてゆけるもんか。」 「いざりはいざりだが、びつこを引けばあるけるていどなんだ。それに足のほかは何ともない いしやけいけん し、ちょっと見るとよくふとっているし、力も強そうだよ。きっと君も、医者の経験でわかって いるだろうが、手足がどこか悪いと、よくそのほかのところがとくべつじようぶになって、しり うぶんそのうめ合わせをするものらしいね。」 「話のつづきをきかせてくれないか。」 方にんまど 「セント。クレア夫人は窓についた血を見て気を失ってしまった。まあべつに、そこにいても、 やく しゅんさ じけん 査の役には立ちそうもないから、馬車にのせて、巡査がうちへ送りかえした。この事件を受け そうさ ばしャ

8. シャーロック・ホウムズの冒険

しゅんさまち なかま は巡査が街をかけて来るぞと、仲間の東インド人から知らされていたかも知れない。ぐずぐずし ているひまはない。そこで、今までもらいためた金をかくしてある、秘密の場所へかけていって、 どうか ポケットの中へつかめるだけの銅貨をぎゅうぎゅうつめこんだ。これで上着はしずむだろう。そ まど こで窓から投げすてた。下からあがって来る足音がきこえなかったならば、他の衣類も同じよう しまっ に始末したかったのだろうが、窓をしめるのがやっとで、そこへどやどやと巡査がやって来た。」 「なるほど、もっともだと思えるね。」 せつめい じっさい 「うん。他にいい説明がっかないから、実際にあったのはこんなことじゃないかと考えて見た しら けいさっ のさ。前に話したように、プーンは逮捕されて、警察へ引っぱってゆかれたが、今までの事を調 べて見ても、この男に不利なものは何ひとつ出て来ないんだ。長年こじきをしていることはわか じみ っているが、たいへん地味な暮らしをしていて、わるい事は何もしていないようなのだ。 かいけっ 事件はここまでわかっているが、これから解決しなくてはならない問題はいろいろあるーーーっ まり第一に、ネヴィル・セント・クレアがアヘン窟で何をしていたか、そこで彼の身に何がおこ ったか、今どこにいるのか、彼のすがたを消したことがヒ、 ・プーンとどんな関係があるのか、 というような問題がひとつも解決されていないんだ。ちょっと見るととてもかんたんに見えて、 牛よ、まったくはじめてだよ、ぼくは。」 しかもこれほどやっかいな事イ。 シャーロック・ホウムズがこんな風にこのふしぎな事件をこまごまと話しているうちに、私た じけん ひみつ うわぎ

9. シャーロック・ホウムズの冒険

ひみつ たったひとり私の秘密を知っていたものがおりました。それはスウオンダム小路に部屋を借り くっしゅじん ていた、あのアヘン窟の主人でございます。この宿から、毎朝きたないこじきとしてすがたをあ しんし いロンドンの紳士に早がわりするのでございました。この東インド らわしては、毎晩身なりのい 人のおやじには部屋代としてしゅうぶん金をやってありましたので、私の秘密はこの男からもれ るはすはありませんでした。 まち ちよきん さて、わすかのうちに、私にはかなりの貯金ができました。ロンドンの衡にいるこじきがだれ へいきんしゅうにゆう でも年七百ポンドかせぎ出せるわけではありませんーー七百ポンドといえば、私の平均収入より うでまえ はすくないのですがー・ー私には顔を作り変えるというとくべつの腕前があり、それにその場で さいのつ 上手に受け答えのできる才能もあって、これがなれるにしたがってますますうまくなっていくも とうか ぎんか めいぶつおとこ のですから、しまいには、シティの名物男になってしまいました。一日中銅貨に銀貨をまじえて ' 私〈雨のようにふりそそぐので、よほど悪い日でもないかぎり、もらいが一日一一ポンド以アにな ることはありませんでした。 やしん 、いなかに家を一軒持って、つ 金持になるにしたがって、私はますます野心をもつようになり しよくぎよう けっこん いに、結婚までいたしました。私の本当の職業について、あやしいと思うものはだれもおりませ ん。妻でさえ、私がシティで働いていると思っておりました。それがいったいどんな仕事なのか も知らないのです。 じようす つま やど ひみつ こうじ けん 5

10. シャーロック・ホウムズの冒険

らけで、年よりらしくこしをまげ、アヘンのきせるをひざの間にぶらんとぶらさげています。指 の力がまったくぬけてしまったので、手から落したらしいのです。 あぶなく声を立てると 私は二歩あるいてから、ふりかえって見ました。するとどうでしよう。 ろうじん ころでしたが、やっと気をとりなおしました。この老人は私にしか見えないように、みんなのほ うへ背をむけましたが、からだはぐっと張りきって、しわは消え、どろんとした両の目は火のよ , うにかがやき出していました。そうして、火のそばにすわったまま、おどろいている私のほうを にやにやしながら見ているのは、ほかならぬシャーロック・ホウムズではありませんか。 あいす ホウムズはちょっとした身ぶりで、そばへ来いと合図しました。そうしてもう一どみんなのほ うへぐるりと顔をむけましたが、その時はもうだらりと口をあけた、よぼよぼの老人にかえって いました。 「ホウムズじゃないか ! こんなところで何をやっているんだい。」 「できるだけ小さい声でたのむよ。ぼくは耳がいいんたからね。あのよっぱらいの友だちのほ ・うが何とか片づいたら、すこし君と話をしたいんだがな。」 おもてはしゃ 「表に馬車が待っているんだ。」 ひとりで大じようぶだよ。すっかり 「それじゃ、友たちをのせて帰してしまったほうがいい 」兀気がなくなっているようだから、途中でまちがいなぞおこりやしないさ。奥さんに手紙を書い とちゅう おく